第9話 迷い道
環境適応の魔法陣がフル稼働する中、火炎と冷気が駆け巡る。
それに飲み込まれた魔物は一瞬にして命を落とし、霞みのようになって掻き消えた。
「ふぅ。今のところ順調だな」
「魔物もそんなに強くないし、これは楽勝なのではぁ? って思っちゃダメだよね」
『慢心しなくてえらい』
「でしょぉ? えへへー」
ここに踏み込んでから三十分ほど、数回ほど魔物と戦闘を重ねたが危なげなく倒せている。事前に調べていた通り、深層一界の魔物の強さは表層とあまり変わらないみたいだ。
危険なのは大気中に満ちた鉱毒だけ。
けど、そうして油断した冒険者パーティーが過去何度も撤退を余儀なくされている。
先人の二の舞にならないようにしないと。
『当然だけど、深層一界にいる魔物は鉱毒に耐性持ってんだな』
『たしか結晶を食ってるからだったか? その毒を武器にする魔物もいるらしい』
『なんで? ほかの魔物全員鉱毒に耐性あるなら意味ないじゃん』
『そうなんだよ。そこが生物の進化として可笑しいんだよな』
『明らかに毒が通る外敵を想定して進化してるよな』
魔物も生物である以上、必要のない機能や器官は退化して然るべき。だが、実際にはそうなっておらず、淘汰されるべき進化が未だに生き残っている。
それはまるで、まだ進化の過程にいるみたいに。
本当のところはわからないが。
『同接一万人越えたぞ』
『もう一万二千になってる』
「マジか」
携帯端末を取り出して確認してみると確かに同時接続数が一万二千を超えていた。
「おー、ホントだ。いやホントか? バグじゃなくて?」
「このカメラの向こうに一万人もいるって、なんだか信じらんないかも」
「実感が湧かないな。凄いことなのに」
コメント欄はおめでとうで埋まり、読み上げ機能も追い付かないほど。
この加速したコメントを見てると、ちょっと実感湧いて来たかもな。
「複雑なもんだな。呪いの武器のせいで引退しかかってたのに」
この数字は間違いなく呪いの武器を装備したお陰だ。
「転んでもタダじゃ起きないってね。前向きに行こ?」
「そういうことにしとくか」
ただでさえデメリットの多い呪いの武器だ。
それで生じたメリットは素直に享受することにしよう。
「地図によれば……」
この地図は深層に挑戦する旨を先輩冒険者に伝えた際に貰ったもの。
それほど正確なものではないが、聖なる泉までのルートはしっかりとわかる。
これを頼りに歩いていると、ふと立ち往生している男女二人の冒険者パーティーに遭遇した。撮影ドローンは連れていない。
「どうかしたのか?」
声を掛けてみると、そのうちの男のほうが反応した。
彼の第一印象は優男。人畜無害そうな雰囲気を身に纏っている。
遅れてこちらを向いた女の冒険者は、彼とは対照的に勝ち気な印象を受けた。
そして、彼女は黒のびしっとした戦闘服を着ている。
「あ」
トウカが最後まで迷っていた奴だ。
あちらもたしか寒冷地仕様のはずだったけど。
「実は道が塞がっていましてね」
「道が?」
二人の先を見るとたしかに地図上に描かれた通路が結晶で塞がっている。
新たに精製されたところが運悪く道だったってところか。
「そっちも聖なる泉に用があるのか?」
「ええ、この様でして」
見れば男の左手には包帯が巻かれていて赤く滲んでいた。
下手打ったみたいだな。
「塞がってるならしようがないわ。けちってないで魔法陣使っちゃいなさい」
「ははは、そうしましょう」
「あなたたち。聖なる泉にようがあるなら遠回りになるけど迂回したほうがいいわ。じゃあね」
「あぁ、ありがとさん」
リーダーは女の冒険者なようで、付き従うように男のほうと去って行った。
『今回は悪い奴じゃなかったな』
『前の国選冒険者は酷かったからな』
『まぁ、あいつも最後には反省してたし』
『許した』
『許さない』
「むぅ……」
「どうした?」
「やっぱり黒いほうもよかったかなぁって」
「安心しろ。白いほうがトウカに似合ってる」
「えへへ、そうかなぁ! うん、そうかも!」
一時間悩んだ結果だ、自信を持ってもらわないと。
「じゃあどうする? この結晶。ぶち破っちゃう?」
「それもアリだけど、ほかの魔物が寄ってきそうでもあるんだよな」
「あ、そっか。そしたら面倒だねぇ。なら、ここは助言に従うってことで」
「だな。無碍にすることもないし」
女のほうの冒険者が言っていた通り、この塞がった道を迂回することにした。
んだけど。
「あん?」
「あら?」
道を迂回しているうちに、またあの二人組に遭遇した。
しかも対面からだ正面衝突する形で。
「聖なる泉に行ったんじゃなかったの?」
「今でもそのつもりだけど。そっちこそ聖なる泉に行くのは止めたんじゃ」
お互いに首を傾げ合う。
「これってぇ……どっちかが道に迷ってるってことだよね」
「じゃあそっちね。私たちちゃんと地図を見てたもの」
「それはこっちも同じだ。間違った道は選んでない」
「お互いに間違った憶えはない、ということですか。奇妙なものですね」
頭の中に疑問符が浮かぶ展開だが、こうなってしまったものはしようがない。
「じゃあ私たちはこっちに行くから」
「あぁ、俺たちもそっちに」
お互いに擦れ違うようにして道を進む。
けれど。
「またぁ!?」
「おやおや」
再び対面から遭遇してしまう。
「どうやらこれは」
「認めざるを得ないみたいね」
『結局両方道に迷ってたってオチか』
『しかしこうも鉢合わせになるかね?』
『なんか不自然だよな』
『違和感ある。なんだこれ』
リスナーの言う通り、この再会の仕方はかなり不自然だ。一度でもかなりの物だが二度もとなるといよいよ偶然とは思えない。
「なんらかの原因で道を間違えてる? えーっと」
「
「蒼崎カガリと紅丘トウカだ。見ての通り配信中」
「あらどうも」
撮影ドローンに軽く手を振った様子を見るに、配信に参加することには好意的なようだった。隣りの蒼鍵も同じだろう。ありがたい。嫌だって言われたら配信を止めざるを得ないからな。
「で、だ。どうする? 明らかに普通じゃないことが起こってる」
「ぱっと思いつくのは幻覚の類いね。たしかこの一界に満ちてる鉱毒に幻覚作用があったはずだけど。当然、魔法陣で弾いてるわよね」
「もちろん。ってなるとぉ、あとは考えられるのはなんだろ? 実は気付いてないだけであたしたち全員壊滅的な方向音痴とか?」
「笑える冗談ね。もしそうだったら自分が恥ずかしくって堪らないわ」
「では、こうは考えられませんか? 何者かに誘導されている、と」
「誘導? 魔物にか? ……仮にそうだったとしたら、目的は俺たちの疲弊か」
「道に迷って疲れ果てたところをがぶりっ! ってこと? そんな真似できる? 魔物に」
「新種の魔物かも知れませんし、ダンジョンでは何が起こるかわかりませんからね」
「ダンジョンがなんでもありすぎて、あらゆる事象に対して否定材料が足りないって言うのは難儀な話よね。候補を絞れないじゃない」
「……ここであーだこーだ言っても解決しないな。どれ、ちょっと配信の映像を追っかけ再生してみるか。トウカ」
「オッケー!」
トウカの携帯端末から俺の配信画面を開いてもらい追っかけ再生を開始。
冬花たちとの出会いから再会、そして再び遭遇するまでの間を1.5倍速で。
そうして映像を眺めていると違和感に気付く。
「待った」
「ほい!」
映像が一時停止する。
「十秒巻き戻してくれ。ほら、ここ」
それは俺とトウカを後ろから撮影し、ちょうど道を曲がるところ。
その際、画面の端で微かにだが確実に動いていた。
結晶と地面。
地形が動いていた。
「まさか地形を操作してるって言うの? 魔物が?」
「にわかには信じがたいですが、そう考えるよりほかありませんね」
地形を操作するような魔物なんてこの深層一界には存在しないはず。
全くの新種か、あるいは。
「ねぇ、カガリくん。これって」
「あぁ、俺もまさかとは思うけど」
俺もトウカも同じ可能性を頭に思い浮かべていた。
まだ鮮烈に記憶に焼き付いている、あのリザードマン。
この地形の変化は、呪いの武器を持った魔物の仕業ではないか。
そう思い至り、言葉にした瞬間のこと。
俺たちの中にある呪いの武器がざわめいたのを感じた。
「共鳴……してるのか?」
「でも、リザードマンの時はなにも」
「いや、でもこの感覚は」
リザードマンが持っていた呪いの武器、太刀風と鍔迫り合いになった際に感じた感覚と似ている。あの時ほど明確ではないが、同質のものだ。
あの時の共鳴が切っ掛けになったのか? それでトウカの秋霜にも影響を?
まだなにも断定できる段階じゃないが。
「冬花、蒼鍵。話がある」
恐らく、俺たちを迷わせているのは呪いの武器を持った魔物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます