第10話 波打つ地面

「なるほど……それで思い出したのですが、数日前に小耳に挟みましたね。呪いの武器を装備した瑠璃目のリザードマンのことを」

「私も聞いたわ。ただの与太話かと思っていたけど、違ったみたいね」

「まさかお二人がそのリザードマンを倒した張本人だとは」

『有名人じゃん』

『二人のことが知れ渡ってきたな』

『そのわりには顔も知られてなかったけどな』

『これからよ、これから。今やもう同接一万以上の上澄み冒険者だぞ』

『沈殿物が多すぎるけどな、冒険者のダンジョン配信界隈は』


 ちょっと前の俺もまさに沈殿物って感じだった。


「話を整理しましょ。私たちが道に迷っているのは、魔物が地形を変えて誘導していたら。そしてその魔物は十中八九呪いの武器を装備している。なら、能力は地形操作ってところかしら」

「そんなところだろうな。でも、操作できる規模はそれほど大きくない可能性もある。じゃなきゃ今頃俺たちは壁や天井が迫って来てサンドイッチになってる」

「やり方が回りくどいったらありゃしないもんねぇ。迷わせて疲弊させよう、なんてさ」

「出来ないのか、出来るけどやらないのか、出来るけどやれないのか。それによって話は違ってくるがな」


 可能性を言い出したら切りがない。


「呪いの武器には必ずデメリットが生じます。火炎と冷気を操るカガリさんとトウカさんのお二人は体温変化。真空波を放つリザードマンは自傷。では地形を変化させる呪いの武器のデメリットとは?」

「能力とデメリットに関係性があるんなら、肉体の変形だろうな」

「能力を使う度に体がぐにゃぐにゃになるのかー。もう原形保ってないんじゃない?」

「そこはリザードマンと同じで魔物の特性で無効化させて自己完結してるんだろ」

「自分のどの部位が変形しても生命活動に影響のない魔物……壊れても自己修復可能なゴーレムか、軟体生物――いえ、もっと流動的な魔物がいるわね」

「スライムですね。どちらもこの一界に生息しているはずです」

「どっちが装備していても可笑しくないか」

「どっちも狡賢いこと出来そうにない印象なのが判断に困るー!」


 ゴーレムは人型を模していることが多く、スライムは変幻自在に形を変えられる。

 どちらも呪いの武器を十全に扱うことは可能だ。


「どちらにせよ、魔物の位置を特定しないことには話にならないわね。なにか策がある人」

「確証はないけど、試したいことがある。トウカ、秋霜を出してくれ。烈日と共鳴させてみよう」

「わかった。がっちゃんこしよ」


 火炎と冷気が集い、それぞれが刃となる。

 体温変化は互い許容の範囲内。

 その刀身を交わらせると、かつてリザードマンと鍔迫り合いになった時と同じように、呪いの武器同士が共鳴する。それは音叉が自ら鳴り出すように、どこかにある呪いの武器を炙り出す。


「あっち!」

「あそこだ」


 俺とトウカの視線が魔物の位置を捉えた直後、足下が脈打つ感覚に襲われた。

 これは前兆だ。地形操作の先触れ。

 地面は急速に隆起したかと思うと、次の瞬間には陥没し、大波が立つ。

 水面に波紋が広がるように、それは俺たち四人をバラバラの方向に押し流した。


「カガリくん!」

「トウカ! くっそ! またかよ!」


 だがこれはリザードマンの時とは違って防ぎようがない。

 まさか地面が水面みたいに波打つなんて思いもしなかった。

 勢いに攫われるままになり、最後には弾き出されるようにして地面に投げ出される。

 上手くバランスを取って着地は出来た、側には誰一人としていない。


「新調したばっかだってのに」


 砂だらけになった戦闘服を払い、周囲を見渡して見る。

 そこは結晶の柱が幾重にも張り巡らされた檻のような場所。

 投げ出されて入ってきた入り口は、すでに新たな結晶の柱が立って塞がれている。


「ドローンは……檻の外か」


 結晶の檻の向こう側に浮かんでいるのが見える。


『いたいた』

『捕まってんじゃん』

『いえーい、見ってるー?』

『お、この檻じゃ人間が飼育されてんのか』

『皆さん、エサを投げ込むのはご遠慮ください』

「動物園じゃねーんだよ、ここは」

『じゃあなんだよ』

「たぶん、食い物を保管しとくところだろうな」


 百舌鳥もずという鳥は捕まえた蛙なんかを有刺鉄線の棘や木の枝に刺しておく習性がある。

 乾涸らびた干物にして保存するためだ。

 この檻の用途も同じ。ここに得物を捕まえて置いてあとで食おうって算段だ。


「その証拠に足下には骨がたくさん。テーブルマナーがなってないな」


 軽く蹴っ飛ばした肉片の欠片も残っていない綺麗な骨がからんと音を立てる。


『どうすんの? 離れ離れだけど』

「とりあえずここを出て合流が先決か。いや、合流したところでまた引き離されるだけか」


 地面の波に対する対抗策が思いつかない。

 ただジャンプをする、くらいじゃ防げもしないだろう。

 あれが来る前に魔物の位置を特定して攻撃を仕掛けるしかないか?

 だが呪いの武器の共鳴を使って位置を割り出すのも、トウカがいないと成立しないものだ。

 一人だけじゃ近くにいる、くらいの情報しか得られない。

 トウカを見付けてから共鳴させて位置を特定するまでの間、魔物がただじっと眺めていてくれるとは思えない。


「……魔法陣はある」

『魔法陣?』

『環境の適応ならもうしてあるだろ』

「こいつは呪いの武器のデメリットをちょっとだけ肩代わりしてくれるんだ」


 魔法陣が描かれた紙をちらりと見せる。


『そんなもんがあるのか』

『便利だな、やっぱ魔法陣』

『でもちょっとだけか。それで解決にはならんよな』


 円条さんが作ってくれた烈日のデメリットを肩代わりしてくれる魔法陣は試作品で数は一枚だけ。肩代わりしてくれるのはデカいの一発分。

 上手く使えば魔物を出し抜けるか?


「しようがない。やるか」


 火炎を刀に換えて握り締める。

 先ほどの火照りが残る中、更なる体温上昇で額から汗が落ちた。

 それが火炎の熱で蒸発したのと同時に火の軌跡が結晶の檻を断つ。

 音を立てて倒れた結晶を踏みつけて檻から脱出する。

 となれば、魔物も黙ってはいない。

 すぐに地面から結晶が生え、こちらを貫かんと伸びる。

 躱してしまえばデメリットは発生しない。だが、あえて俺は突き放たれた結晶の槍を溶断する。

 赤熱する断面、上昇する体温、吹き出す汗。体中が火照る、服の内側がサウナみたいだ。

 それでも、次々に繰り出される結晶の槍を逐一斬って捨てていく。


『おいおいおい、大丈夫か』

『魔法陣があるから平気だって』

『いや、でも平気そうに見えないぞ』

『もう魔法陣の肩代わり分、使っちまったのか?』


 肌が紅潮する、血液が沸騰する、心臓の鼓動が暴れる。

 辛うじて身に迫る結晶の槍を斬り捨て、ついに地面に膝をつく。

 吐き出す吐息すらも熱を帯びて、流れ出る汗が地面を濡らす。


「さぁ……獲物が弱ったぞ」


 烈日を杖代わりにして、周囲に目を配る。


「腹減ってんだろ、来いよ」


 魔物が姿を見せる確証はない。

 このまま結晶の槍で突かれて終いな可能性だって十分ある。

 相手が人間なら俺が命ある限り絶対に近づいては来ない。

 でも、相手は魔物だ。

 そして多分、その正体はスライム。

 スライムは捕食対象を生きたまま丸呑みにする。

 道に迷わせて疲弊を待つ回りくどいやり方も、俺たちに対する初手の行動が攻撃ではなく分断だったことも、檻に閉じ込めたことも、攻撃らしい攻撃を仕掛けたのは獲物が逃げてからようやくだったことも、スライムの習性と合致する。

 そして決め手は牢屋にあった骨だ。

 肉片一つ残っていない綺麗な状態の骨の数々。

 スライムの内部で肉だけを溶かして消化しなければ、あの状態にはならない。


「――来た」


 自分の内側で烈日がざわついた。

 瞬間、俺の目の前に鈍色の何かが落ちてくる。

 それは禍々しい気配を放つ左右一対のガントレット。

 呪いの武器だと確信してすぐ、そのガントレットから液体がにじみ出す。

 青みがかった半透明なそれは粘性を持ち、ずるりずるりと人の形を模した。


「やっぱり、スライムか」


 人の頭部に当たる部分が膨れ上がり、顎が下腹部の辺りまで落ちる。

 このまま丸呑みにしようってことなんだろうが、そう簡単に食われて堪るか。


「こっから先は!」


 試作品の魔法陣を起動。


「ボーナスタイムだ!」


 突き出した左手の拳がスライムの肥大化した頭部を消し飛ばす。

 体温は上がったまま、体調は最悪、視界もぼやけてはっきり見えなくなっている。

 だが、体積の半分を失わせたことは間違いない。

 このまま蒸発させてやる。

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