第11話 六花

『ここでか、魔法陣!』

『やっちまえ! カガリ!』


 半身を消し飛ばされたスライムは直ぐさま形を変える。

 成人男性ほどあった背丈が縮まり、ガントレットもぶかぶかな子供の姿。

 その状態でも逃げ足は速く、火炎に生命の危機を感じたスライムは逃走を図る。


「逃がすか!」


 二度目の火炎を吐く。

 だが、その放射はスライム故の自由自在な変形によって躱されてしまった。


「くそッ」


 魔法陣の肩代わりを無駄には出来ない。

 正直かなりきついが走れるだけの余力はある。

 まだ地面を踏み締める感覚があることに安堵しつつ、逃げるスライムを追跡。

 大人と子供の足だ。歩幅が違う。

 あっという間に追い付けるはずだったが、スライムも当然抵抗をした。

 跳んだかと思えば、そのまま両腕を上げてガントレットを地面に叩き付ける。

 瞬間、少年の姿だったスライムの造形が一気に歪んで滅茶苦茶になった。


「デメリットッ!」


 地面が陥没する。陥没して、波が立つ。

 このままじゃまた流される。


「こうなったら一か八か!」


 烈日の出力を引き上げ、押し寄せる地面の波に対して最大火力の火炎を見舞う。

 それは真っ向から波と激突し、すべてを焼き尽くして融解させ、貫いて見せた。

 だが、その代償に魔法陣が焼き切れる。

 オーバーヒート。しかも肩代わり分を越えてしまった。


「ぐ、あぁっ……」

『カガリ!?』

『ダメだオーバーヒートしてる』

『逃げられちまうぞ』


 ついに走る余力をなくし、今度こそ本当に一歩も進めなくなる。

 それでもなんとか顔を上げると、逃走するスライムの背中が見えた。


「なっ!?」


 その更に先には泉がある。

 そう、泉だ。

 聖なる泉。


「あいつっ!」


 補充するつもりだ、泉の水で失った体積を。


「くそッ!」


 火炎を放とうと腕を伸ばすも、それすらも叶わず地面を這う。


「ダメ、か」

『あああぁああああ』

『ヤバい』

『逃がして回復されたら反撃食らうぞ』

『飲み込まれる!』


 朦朧とする意識の中、スライムが泉に飛び込むのが見えた。

 もうこちらからそれを阻止することはできない。

 だが。


「だから、無茶し過ぎ!」


 スライムは泉に飛び込めなかった。

 その寸前に水面が凍り付いたからだ。


「あたしが側にいないとすぐ無茶するんだから」

「トウカ……」

『来た!』

『トウカちゃんだ!』

『ナイスタイミング!』


 ひんやりとした手が頬に触れる。

 それが心の底から心地よかった。


「流石、良いタイミングで泉が凍った」

「んーん。あたしじゃないよ、あれ」

「え?」

「あれをやったのは冬花ちゃん」


 次に視線を聖なる泉へと向けた時、その上にいたはずのスライムは完全に凍結していた。

 たくさんの氷の花に包まれるように。

 その側に、ふわりと冬花が舞い降りてそっと地に足を付ける。


六花りっかって魔法らしいよ」

「魔法? 魔法使いなのか!?」


 冒険者の中でもごく少数しかいない、魔剣や呪いの武器に頼らず能力を使える者。

 習得方法は秘匿とされ、噂ではダンジョンに居を構えているエルフから伝授されているとかいないとか。


「初めて見た……なっと」


 すこしよろめきながらも立ち上がる。

 まだデメリットが相殺し切れていないが、それが出来るくらいの体温にはなった。

 呼吸が凄く楽になって、大きな息が漏れた。


「スライムは倒したわ――って大丈夫? 随分と苦しそうだけど」

「あぁ、なんとかな」

「そう、よかった。にしても、凄いわね。この光景。いったいどんな威力を出せばこんなになるのかしら? あたしでも無理よ? こんなの」


 波打つ地面を貫いた火炎の痕を見て、冬花は目を丸くしていた。


「トドメをありがとな。助かった」

「お礼なんていいわ。私は美味しいところを持ってっただけだもの。あそこまで追い詰めたのは貴方なんだから自信を持って胸を張りなさい」

「だってさ、カガリくん」

「わかったよ、じゃあそうする」

「――あぁ、見付けた。突っ走るのは冬花さんの良いところでもあり悪いところでもありますね。まったく」

「あなたの到着がいつも遅いの」


 遅れて蒼鍵もこちらに合流する。


「これはこれは、凄い有様ですね。それであれが例の魔物ですか。いやはや本当にスライムとは驚きですね。呪いの武器一つでこうも脅威になるとは」

「呪いの武器を装備した魔物、これから要注意ね」

「初遭遇から再遭遇までのスパン短すぎじゃねぇ? 今後わらわら湧いてくるんじゃないのー?」

「この半世紀一度も姿を見せなかったのにな」


 堰を切ったかのように現れ始めた呪いの武器を装備した魔物たち。

 きっとまだ公に知られていないだけで他にもいるはず。

 この頻出は偶然か、それともなにか原因があるのか。

 どちらにせよ、答えは今のところ誰にもわからないか。

 わかっているのは今後、冒険者全体の脅威となるであろうということだけだ。


「ところで、アレ。どうするの?」


 冬花の視線の先にはスライムが残して行った呪いの武器、ガントレットがある。


「俺たちにとってはガラクタ同然だ」

「欲しいならどぞー」

「いらないわよ。体が変形しちゃうようなデメリットの武器なんて」

「ははー。たしか以前は国選冒険者の方に回収してもらったんですよね?」

「あぁ、今回も回収して貰えるか聞いて見るか」


 携帯端末を取り出して役所に連絡すると、すぐに担当の役人が出てきて人を寄越してくれることになった。


「話は付いた。直ぐに回収に来てくれるってよ」

「そう、よかった。じゃああとは待機ね」

「呪いの武器の見張りに四人は多くない? 二人は先に帰っていいよ。あたしたちには休憩が必要だし」

「あらそう? じゃあ任せちゃいましょうか」

「では、ありがたく。呪いの武器はお任せしました」

「また会いましょう。じゃあね」

「またな」


 軽く手を振って去って行く二人の背中をを見送る。


「ふぃー。トラブルはあったけど、目標は達成だな」

『その聖なる泉は凍ってるけどな』

『カガリ溶かせ』

『入浴シーンは?』

「ねーよ、そんなの」


 だが、聖なる泉が凍ったままのもよくないか。

 ほかの冒険者がここを立ち寄るだろうし、このままにはしておけない。

 なので、出力を加減して火炎を吐く。


『蒸発させるなよ』

「わーってる」


 凍結していた水面は細波を立てて、溶け残った小さな氷塊がたゆたっている。

 ここまで溶かせばもう十分だろう。


「あっつ。ちょっと休憩だ。リスナー、ガントレット見張っといて」

『そしてこのドアップである』

『おい、画面にガントレットしか映ってねーぞ』

『ずっと見つめてると呪われそうなんだが?』

「へーきへーき」


 撮影ドローンの画角を調整して一息をつくと、後ろのほうで何かが割れる音がする。

 振り返った先ではトウカが氷の玉を作っては地面に落として割っていた。


「なにしてんだ?」

「んー? なにって、ん」


 両手を広げたトウカ。


「ん?」

「ん!」


 再度広げて見せるトウカ。


「あぁ、そうか。いつも悪いな」

「お互い様っしょ? それにさっきも中途半端なままだったし」


 広げられた両手に吸い込まれるように、互いに抱き締め会う。

 地面の波を焼いた火炎の分と、泉を溶かした分のデメリットが相殺されていく。


「汗臭くないか?」

「多少はね、でも平気。嫌じゃないから」

「そっか。ならいいんだけど……あ」

「なに?」

「今思ったんだが、これ背中合わせでもよかったんじゃ」

「あ、そっか。でも、いーの。こっちのほうが早く終わるんだから。気にしない気にしない」

「そうか? トウカがいいなら別にいいけど」


 一段落ついたとはいえ、まだここはダンジョンだ。しかも深層。

 デメリットは一秒でも早く相殺するにこしたことはないか。


『ラブコメの波動を感じる』

『こいつらラブコメみたいなことしたんだ!』

『おい、せめて画角に入れろ!』

『無機物はもう見飽きた! 有機物を見せろ!』

「ダメでーす」


 それからしばらくして国選冒険者のパーティーが呪いの武器の回収に現れた。

 ガントレットは両方とも赤子を運ぶような丁寧な扱いを受けて箱に詰められる。

 うっかり触れたらそれで終わり。

 一生、呪いの武器と付き合うことになる。

 手伝いたいところだけど、すでに呪いの武器を装備している俺たちが触れるとガントレットを弾いてしまうので大人しく眺めていることにした。


「ご協力ありがとうございました」


 今度の国選冒険者は、これは月島のことをどうこう言うわけではないが――とにかく礼儀正しい人で余計なトラブルもなく、最後にその言葉を残して帰って行った。


「これで万事解決。目標も達成したし、今回はこの辺でお終いだな」

『乙』

『今日も楽しかった!』

『泉の水持って帰ろうぜ』

「そうしたいのは山々だけど、泉の水は一界から持ち出すと効能がなくなるらしい」

『マジかよ』

『使い勝手わりー』

『でも、そうか。持ち出せたら絶対話題になってるよな』

「てな訳だ。以上、撤収!」

「てっしゅー!」


 当面の目標である解呪の方法について進展はなかったものの、深層一界でも俺たちは十分通用するとわかったのは大きい。このまま二界、三界と攻略を進めて行けば、いつかは解呪の方法も見付かるはず。

 根気強く行こう。


§


 その日、俺の前に現れたのは、国選冒険者の月島だった。


「キミに、キミたちに折り入って頼みたいことがある」

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