第12話 エルフの事情
呪いの武器を持ったスライムを討伐してから数日後。
ここ数日と言えば配信本編の切り抜き動画に対するガイドラインの設定や、すでに無許可で切り抜き動画を出してしまった動画投稿者に対する処遇の決定などに追われていた。
こうなる前には必要のなかったことだが、多少でも名が売れるようになると、雨後の竹の子の如く面倒ごとがわらわら湧いて出てくるみたいだ。
「やあ、カガリ」
喫茶店でトウカを待っているこの短い時間でも、こんな風に。
「クッキーは嫌いなのかい? 手を付けていないようだけど」
「お前にはやらない」
「そう言うつもりで言ったんじゃ……」
「なんの用だ? 月島」
国選冒険者の月島、下の名前は知らない。
調べれば名簿くらい公開されているかも知れないが、わざわざ調べようとも思わなかった。またこうして会うことになるとも思ってなかったし。
「座っても?」
「すぐ帰るならな」
「それはキミの返答次第かな」
余程面の皮が厚いのか、無遠慮に月島は俺の対面に腰掛けた。
「ご用件は?」
「実はキミに、キミたちに、折り入って頼みたいことがある」
「国選冒険者が俺たちに?」
通常、そんなことは起こりえないことだった。
「どういう風の吹き回しだ? エリート様がアマチュアに協力を求めるなんて」
「たしかに僕たち国選冒険者はキミたち一般冒険者を下に見ている」
随分とはっきりと言う。
「だが、その認識を変えようと努力もしている。中々上手くはいかないけどね」
「あんたを見てたらよくわかるよ」
「耳が痛いね」
変わる切っ掛けに恵まれたとしても、心と体に染みついた意識は中々変わらない。
まぁ、それは俺たち一般冒険者も変わらないが。
「キミたちにしか出来ないことがある。呪いの武器関連の話だ」
「……またそれか。今月に入ってこれでもう三度目だぞ。月曜日と同じ頻度だ」
「それはどの曜日でも変わらないような……とにかく、頼む」
「はぁ……事の詳細は?」
「エルフを知っているだろう?」
「あぁ、良い面をしたのっぽの亜人だろ? 魔法が使えてビーガン」
「正確にはセミ・ベジタリアンだけどね。彼らは偶にだけど肉も魚も普通に食べる」
「それで? そのエルフがなんだって?」
「エルフが居を構えている里の近くには特別な魔物が棲んでいるんだ。エルフはその魔物を聖獣と呼んでいる」
「聖獣、ね」
聖なる泉の次は聖なる獣か。
その魔物がエルフにとってどう特別なのかは今は置いておくとして。
「それが呪いの武器となんの関係が……あ? まさか」
「そのまさかだ。その聖獣が呪いの武器を装備している」
聖なる者であっても、呪いには抗えない。
「その呪いの武器の能力は再生だ」
「リザードマンのそれとはまた違うんだよな」
「あぁ、比べることすら
「加速……」
国選冒険者はエリートで実力者集団だ。
呪いの武器を装備したリザードマンに遅れこそ取ったものの、優秀であることに変わりない。あれがもし一般冒険者だったら間違いなく、誰一人として生き残ってはいなかった。
それが束になっても敵わない再生能力か。
「そこで俺たちの火力が必要ってことか」
「そうだ。現状、かの聖獣を殺すことが出来るのはキミたちしかいない。この通りだ、頼まれてくれ」
頭を下げた月島を前にして、頭の中で情報を整理してみる。
話を聞く限り、聖獣討伐の話を持ちかけたのはエルフ側からだろう。
魔法を使える彼らが、それでも殺し尽くせなかった聖獣を、外部の力を借りてなんとかしようとするのは当然の考えだ。
エルフは外界との繋がりをほとんど持たない閉鎖的な種族。この件を期にエルフと国交が結べる可能性が生まれるとなれば、国は嬉々として国選冒険者を送り込んだはず。
そして、選りすぐりの国選冒険者はエルフの期待に応えられなかった。
月島が自分たちの面子を潰してまで俺たちに事を頼むのは、その裏にそれだけの利益があるから。
上手く行けば今までごく一部しかいなかった人間の魔法使いを量産できるかも知れない。
国選冒険者も、国も、そしてエルフも、切羽詰まっているわけだ。
「事情はわかった」
「じゃあ!」
「でも、俺一人じゃ決められない」
俺は一人じゃなにも出来ない。隣りにトウカがいて初めて戦える。
俺一人の独断で物事を決めるなんて蛮行は出来ない。
「……そうか、そうだね。もっともだ」
「すこし時間をくれ。トウカと話してみる」
「キミ自身は今どう思っている?」
「正直なところ半々だ。結局のところ、この件は俺たちの目的とは逸れた所にあるもんだしな」
「目的……呪いの武器の解呪」
「あぁ。話を聞いてなんとかしてやりたいとは思う。けど、これを達成して得られるメリットが薄いってのが本音だ。俺のな」
その聖獣とやらも呪いの武器の呪縛から逃れられないのなら解呪には繋がらないだろう。
「解呪の方法は僕たちにもわからない」
「わかってたら俺たちも苦労してない」
「でも、エルフたちなら。長い時を経て積み上げられた知識なら、なにかわかるかも知れない」
「わからないから聖獣に手を焼いてんだろ?」
「……聖獣には無理でも人間なら可能な解呪の方法があるかも知れない」
「かも知れない、ね」
「それにエルフに恩を売れる機会なんて一生に一度あるかないかだ。これは明確なメリットだろう?」
「……それはそう」
ふと携帯端末から音が鳴り響く。
月島のだ。
「――もう行かないと」
「じゃあ最後に一つ」
「なんだい?」
「配信オッケーなのか? 今回の件は」
「……上に掛け合ってみよう」
「よろしく」
「返事はまた後日、こちらから聞きに行く。良い返事を期待しているよ」
そう言い残して月島はこの場から去って行った。
「エルフ……聖獣ねぇ」
さて、どうしたもんか。
「お待たせー。ねぇねぇ、さっき前に会った国選冒険者の人と擦れ違ったんだけど」
「あぁ、さっきまでそこに座ってた」
「やっぱり。なんの話だったの?」
「それを今から話すところだ。クッキーでも食べながら聞いてくれ」
「やった! 聞く聞く!」
トウカは月島が座っていた位置を避けるようにして奥の席につく。
他人のケツで暖まった椅子ほど不快なものもそうない。
クッキーに齧り付いたトウカに、先ほどの話をそっくりそのまま伝えた。
「ほえー、エルフ。エルフの里ってたしか深層二界だっけ? 配信的には丁度良い立地だけど」
「もしかしたらエルフの里を配信に流せるかもな」
「わ! そしたら大バズリ間違いなし! まだどこの冒険者も配信に流せてないし! それどころか貴重な資料になるかも!」
「いいな、歴史的な配信になるわけだ」
「受けよう! 同接すっごいことになりそう!」
「わかった、じゃあ次に月島が来た時に返事しておく」
「楽しみぃ! あとはこれが解呪に繋がれば言うことなしなんだけど」
「まぁ、そこは実際に聞いてみないことにはわからないからな」
解呪の方法を、その手掛かりでも、知っていれば万々歳。
聖獣が装備した呪いの武器を解呪できていない時点で望み薄だが、月島が言っていたように可能性はゼロじゃない。
受ける価値は十分にある。
最悪、俺たちの思惑がすべて外れても、聖獣を倒せればエルフに恩を売れることだけは確かだ。
俺たちも魔法を学べるかも知れない。
けど、そうか。
俺たちが魔法を習得したら、もうトウカとパーティーを組む理由がなくなるのか。
それは――
「ん? どうかしたの? 難しい顔して」
「いや? なんでもない」
誤魔化すようにして、残っていたコーヒーを飲み干した。
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