第13話 深層二界

「よう! 久しぶりだな、カガリ!」

「相楽か。ぱっくり開いてた腹の調子はどうだ?」

「おう、もうばっちりだ。今朝もデカいのが出た」

「そっちの報告はしなくていい」


 トウカとの話し合いの結果、今回の件――聖獣殺しに参加することに決まってから更に数日後。ダンジョン表層、深層一界への入り口前で、月島率いる国選冒険者パーティと落ち合った。

 リザードマンに手酷くやられていたパーティーメンバーも全快して復帰しているようでなにより。


「あの、萩野と言います。先日はありがとうごさいました。お二人のお陰で命拾いしましたよ」


 と、謝辞を述べたのは、小柄で童顔な男の冒険者。

 見に纏う雰囲気からして気が弱そうに映るが彼も国に選ばれたエリート、見た目に反してって言い方は失礼かも知れないが、優秀な人材なことは間違いない。


「屈辱だわ、アマチュアに助けられるなんて」

「ちょっ、ちょっと志嶋しじまさん」

「ふん」


 腕を組み、目を細め、こちらを睨むようにしているのは、如何にもプライドが高そうで高飛車な女の冒険者。たぶん年下。随分とエリート思考が強いようで、端からこちらを見下しているようだった。

 ちらりと月島のほうを見ると。


「努力してるんだ、これでも」


 なんだか気苦労が知れる反応だった。


「もう、ダメよ? 助けてもらったんだからちゃんとお礼を言わなくちゃ」


 そんな態度を注意したのは、この国選冒険者パーティーでも恐らく一番年上に当たる女の冒険者。口調は優しげで雰囲気も柔らかく、おっとりとした雰囲気を見に纏っている。


「嫌よ、なんで私が」

「言えるよね?」

「だから」

「言えるよね?」

「はい……助けてくれてありがとうございます」


 今ので上下関係が見えた気がするな。


「わたしからもありがとう。わたし、凜々島りりしまです」

「蒼崎カガリと」

「紅丘トウカでーす。って、もう知ってるか」

「まぁ、それでも一応な」


 顔合わせが済み、本題へ。


「目的地は深層二界にあるエルフの里だ。そこまで僕たちが護衛する」

「エリート様のエスコートが受けられるって訳だ」

「いいねー、VIP待遇」


 こんな機会は中々ない。


「エルフは閉鎖的な種族な上に気難しいところがある。何度も言うようだが、くれぐれも心証を損なうような行動は謹んでくれ。エルフと国交を結ぶチャンスなんだ」

「わかってる。ところで、本当にいいんだな? 配信」


 側に浮かぶ撮影ドローンを指差して問う。


「もう告知もしてあるんだが」

「あぁ、問題ない。エルフ側にも許可を取った」

「よっし!」

「大バズリ間違いなし!」


 かつてとある冒険者の配信に一瞬だけ、朧気な輪郭ながらエルフが映り込んだことがある。その切り抜き動画は3000万再生を越え、今でも数字が上昇中。もし配信にがっつり映すことが出来れば、とんでもない数字をたたき出せるはず。

 大バズリは配信をする者として一度は経験したいもの。

 柄にもなくわくわくしてきたな。


「労ってやってくれ。月島の奴、相当苦労したんだぜ? 配信の許可取るの」

「そうなのか? 月島」

「まぁ、楽じゃなかったことはたしかだね。かなり反対されたし。でも、それで事が上手く運ぶならってことで許してもらったよ。エルフは配信のことがよくわかってなさそうだったけど」

「え、それって騙してることになるんじゃぁ」

「いや、その辺は大丈夫。撮影ドローンを介して多くの人の目に触れることはきっちり伝えてある。その上での許可だ。本音を言えば、ここでエルフに拒否してもらったほうが僕の仕事が少なくて済んだんだけどね」


 はは、と乾いた笑い声がする。

 随分と身を粉にして働いてくれたみたいだ。

 その苦労を無駄にしないようにきっちり配信を盛り上げないとな。


『始まりました』

『今日、エルフが出演するってマジ?』

『釣りだったら大炎上間違いなしだが』

『いや、でもカガリがそんなしょうもない嘘つくか?』

『信じがたいけど、どこぞの炎上系配信じゃあるまいし』

『たしかにこう言う嘘は吐かないもんな、カガリ』

『ですが……なんと……今回に限り!』

『まぁ、見てりゃわかるだろ。嘘かホントか』

『もう同接五万なんだが、あとには引けないぞカガリ』

「おお……もうそんなに……」

「ひえー」


 一瞬、同接の数字がバグかなにかで増えているんじゃないかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。本当にこの段階で五万人のリスナーが俺たちの配信を見に来ている。

 それだけみんなエルフが見たいってことなんだろう。

 ちょくちょく外国語のコメントも見られるし、これリスナーは日本人だけじゃないな。


『お、いつかの国選冒険者がいるじゃん』

『あぁ、あの態度の悪い連中か』

『リザードマンにやられてた奴らな』


 以前のことは当然蒸し返されるもので、みんな罰の悪そうな顔をしている。


「まぁまぁ、今日は俺たちをエルフの里まで連れて行ってくれる騎士ナイト様なんだ」

「お姫様だよー、あたしたち。お姫様らしくしとかないと」

『失礼いたしましたわ』

『お下品な方々がいらっしゃったものですわね』

『お姫様の風上にも置けませんわ』

『反省してくださいまし』

『真にごめんなさいですわー』


 妙なノリにはなったものの、これで月島たちへの批判は逸らせたか。


「よし、じゃあ行こう」

「深層一界はもう配信しちゃったからぱぱっと行っちゃおー!」

「任せてくれ。必ずキミ達を送り届けてみせる」


 国選冒険者パーティーと俺たちで合計七人の大所帯となりながら、まずは深層一界へと下る。魔法陣による環境適応は問題なし。魔物もそれほど強くないので速やかに深層二界へ。

 蒼白い光を放つ結晶の抜け道を潜り抜け、足を進める度に地面は土に置き換わり、壁や天井は緑に侵食されていく。垂れ下がった蔦を掻き分け、地を這う木の根に足を取られないように進み、辿り着いたのは幾つもの大木が乱立する大森林。

 頭上は枝葉の屋根に覆われ、隙間からは幾つも木漏れ日が差している。

 天井にある光る鉱脈によるものだ。


「おおー、なんてゆーか神秘的なところだね深層二界。その辺の木の陰から出てきそうだもん、エルフ」

「本当にな。一つ下るだけでまるで別世界だ」


 どこまでも代わり映えのしない構造物の表層とは違い、深層はそのエリアごとに環境が異なる。深層一界は鉱毒に塗れた結晶の洞窟。深層二界は神秘的な大森林。その環境はしかし、やはりと言うべきか生身の人間なには過酷の一言に尽きた。


「見ろよ、カガリ。あれがマナって奴だ」


 空中を漂う何かが、木漏れ日に照らされて露わになる。

 代わる代わる色を変える虹色の霞み。

 マナ。魔法を使用する際に消費される燃料。


「可視化するほど深層二界はマナ濃度が高いんだ。この環境に生身で適応できるのはエルフ以外にはいないよ」

「魔法陣が壊れりゃ俺らなんて一瞬でマナ中毒だ。廃人まっしぐらだぜ?」

「おーこわ」

「なにしてるのよ、早く行きましょ。魔物が寄ってくるわ」

「エルフの里まであとすこしです。頑張ってください」

「足下に気を付けてねー」

『いよいよエルフの里か』

『生エルフが見られるのか』

『マジで? ホントに? エルフがいるのか、この先に』

『ドキドキしてきた』

『同接十万いったぞ! ホントにエルフが画面に映ったらこれの二倍三倍じゃ収まらないぞ! おい! どうなんだ! おい!』

『ちょっと落ちつけ』

『コメントの流れが速すぎる』


 配信のコメント欄はすでに読むのが不可能なほど加速している。

撮影ドローンの読み上げ機能も、ランダム選出でなければ役目を果たせていないだろう。

 期待感が高まる中、ふと月島がこちらに振り返る。


「申し訳ないが、ここで一旦配信画面の映像を切ってくれ」

『は?』

『嘘だろ!?』

『ここに来て配信NGとかある!?』

『嘘吐いたのかカガリ!』

『期待してたのに!』

「待ってくれ。配信を止めろって言ってる訳じゃないんだ」

『じゃあなんだよ』

『なんで画面を真っ黒にする必要があるんですか』

「エルフの里に入るには必要な手順がある。これを正しくこなさないと魔法でたどり着けないようになっているんだ。でも、それを配信に流すわけにはいかない。それがエルフの里で配信を許可してもらう条件なんでね」

『な、なるほど』

『オートロックの暗証番号晒すようなもんか』

『それならまぁ』

『致し方なしですな』

『でも、絶対エルフは映せよな!』


 リスナーの了承も貰い、一旦配信画面の映像を切る。


『真っ暗』

『ブラックアウト』

『音声だけ流れてる』

『いきなり画面にゴブリンが映ったんだが?』


 配信に映像が流れていないことを再度確認し、月島に頷いてみせる。


「よし、なら行こう」


 いよいよ、エルフの里だ。



――――――――――


 

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呪いの武器を装備しないと出られない部屋に閉じ込められたんだが? ~なんか隣りの部屋にも同じ状況の冒険者がいたっぽいのでパーティーを組んだら大バズリした件~ 黒井カラス @karasukuroi96

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