第4話 リザードマン
「なんか今日はやけに人が多いな」
「そうなん? いつもどんくらいなの?」
「大体200から300ってとこ。今日は765人も来てる」
「二倍以上じゃん。それってー? あたしがかわいいからー?」
「どうなんだ? リスナー」
『そうだよ』
「いえーい!」
『かわいいトウカちゃんを見に来ました』
「ありがとー!」
『隣りにいるのはトウカちゃんのオマケですか?』
「俺のことをオマケ扱いするな」
『まぁ、世の中にはオマケだけ貰って商品捨ててる奴もいるから』
「マナーの悪いオタクが俺のファン層ってこと?」
『そうだよ』
「そこは否定してくれ」
なんてことを話ながらダンジョンを歩く。
『でも解呪の方法なんてホントに見付かるのかー?』
『すくなくともダンジョンの表層にないことは確定してる』
「だから深層に行くための準備をするんだよ、今回は」
『準備って具体的には?』
「魔物をぶっ倒して
『浄瑠璃とはなんぞや。教えて有識者』
『魔法陣の原材料のことだぞ』
『魔物の体内で稀に精製される宝石』
『浄瑠璃で作った魔法陣には魔法みたいな効果があるんや。水中呼吸とか、毒素の中和とか、環境適応の諸々とか』
『深層は表層より過酷な環境してるから魔法陣なしだと秒で死ぬぞ』
リスナーの言う通り、ダンジョンの深層はそのほとんどが生身の人間では生きられない過酷な環境だ。
触れるだけで皮膚が焼け爛れる瘴気だとか、目にしただけで失明する炎光だとか、嗅ぐと眠りから覚めなくなる胞子だとか、ほかにも色々。
その分、レアメタルや石油、現代科学では解析不可ではあるけど有益な資源が埋蔵されている。
そこに資源があれば取りに行くのが人類というもので。
そのために発明されたのが浄瑠璃を染料にして描いた魔法陣だ。
『自分で浄瑠璃を持ち込むと安く済むらしい。二人の連携も深められるし一石二鳥』
「そういうことー」
リスナーと会話をしつつも、常に警戒の糸は張り巡らせている。
曲がり角から、あるいは地中から天井から、いつ魔物が出てくるかもわからない。
それにトラップの存在もある。つい先日それで危うく死ぬところだったし、そのせいで呪いの武器を担ぐことになった。
より一層の警戒をしつつ通路を歩いていると、ふと曲がり角でばったり別の冒険者パーティーと鉢合わせる。相手は五人編成。いずれの顔にも憶えはない。トウカも面識はなさそうだ。
軽く挨拶だけして擦れ違うか。
「お疲れ」
「おお、お疲れさん――って、あ! あんたたしか」
相手のパーティーのうちの一人が、俺の顔を見て声を漏らす。
それから改めて相手の顔を良く見てみたが、やっぱり憶えがない。
「悪いが憶えてないんだが、どこかで会ったか?」
「いや、違うんだ。今朝、あんたの配信を見てな」
「あぁ、それで」
こう言ったことは珍しい。
配信しているとはいえ、俺は知名度がほぼ皆無の冒険者だ。
顔を差されることなんてこれまでに一度だってなかったし、トウカの加入で人は二倍に増えたものの、元の数が少ない以上、それほど影響はない。
だから、悪い気はしなかった。
んだけど。
「相楽。急がないと」
「悪い悪い。ついな。そんじゃ、頑張れよ」
「あぁ、どうも」
「それと、カガリだったかな」
相手パーティーの、恐らくはリーダー格の男と目が合う。
「キミたちの戦い方は正直無茶だと思う。素直に引退したほうがいい」
『は?』
『なんだこいつ』
『随分と上から目線だ――』
撮影ドローンを弄って、コメントの読み上げ機能をオフにする。
「ご忠告どうも。これからも応援よろしく」
「……そう。じゃあ、行こうか」
こちらに背を向けて去って行くリーダー格の男。
相楽と呼ばれたほうは、あちゃあとでも言った風な表情をして、こちらを一瞥する。
「わりぃな」
と、言い残してこの場から去っていた。
「おー、こわっ。なにあれ?」
「襟の所にあったバッチみたか?」
「バッチ? そんなのあったっけ?」
「あったの。あれは弁護士バッチと同じ身分証だ」
「んん? あ! 国選冒険者か! 初めて見た」
文字通り国が選んだエリートたち。
俺たち一般冒険者と違って、ダンジョンで起きたあらゆる事象への対処が仕事だ。
強力な魔物の討伐やコロニーの殲滅と言った冒険者らしいこともすれば、ダンジョンで起こった犯罪の解決に関わることもある。
肩書きは公務員。
「じゃあ揉め事起こしたくないねぇ」
「だからコメントの読み上げ機能切ったんだ」
「いやぁ、でもカガリくん結構なこと言ってたよ? テメェの忠告なんざ聞かねぇぜって」
「正論言われると楯突きたくなるもんでね」
無茶なのは重々承知だ。
それでも諦められないから、こうして無理を通して続けてる。
とはいえ、横からごちゃごちゃと言われたくないってのが本音だ。
「いいだろ? 下のほうから吠えるくらい」
「ま、あたしもなに好き勝手言ってんだコノヤローって気持ちだったし、いっか!」
コメントはまだ荒れていそうなのでしばらくしてからコメントの読み上げ機能をオンに。それから国選冒険者パーティーとは真逆の方向へと進めていた足が、魔物の気配を感じでぴたりと止まる。
隣りのトウカも、それは同時だった。
「いるな」
「だね、この辺りだと……予想、リザードマン」
天井付近を漂う燭台の明かりに照らされて、魔物の正体が浮き彫りになる。
全身を覆う鱗、鋭い牙と爪、息を細く吐いたような音。
右手に剣を左手に盾を持ち二足歩行する蜥蜴、リザードマンだ。
「正解」
「やったね!」
数は五体ほど。
そのうち一体は直前に他の魔物か冒険者と戦っていたのか左腕の半ばから先がない。
血の滴る患部は、しかし瞬く間に肉が膨れ上がり、鱗が生え揃い、左腕を完全に再生してみせる。
リザードマンに備わった再生能力だ。
「正直、一発で倒せちゃう相手だけど」
「それじゃ練習にならないな」
互いに火炎と冷気を刀に換えて構える。
炎を武器に換えるだけなら、軽く汗を掻く程度で支障はない。
問題はここから。
「なるべく互いの動きを意識!」
「ヤバくなったらすぐに申告!」
「行くぞ!」
「おおー!」
息を合わせてリザードマンの群れに斬り掛かる。こちらの動きを見てあちらもすぐに臨戦態勢を取り、剣を構えて牙を剥き出しにした。
両者の距離はあっと言う間になくなり、間合いに踏みこむと同時に剣を薙ぐ。炎を帯びた刀は火の軌跡を描いて、振るわれた剣ごとリザードマンを叩き切る。
瞬間、どっと汗が噴き出し体温が上昇する。
けど、出力を押さえた分、まだこの程度なら大丈夫。
リザードマンは再生能力に優れた魔物だ。本来ならこの程度の太刀傷は直ぐに治る。だが、俺の得物は炎の剣。傷口が焼けて再生が阻害され、思うように再生せず、火炎に包まれたリザードマンは断末魔の叫びを上げて地に伏した。
対象の無力化を確認して次の標的に目を向ける――前に、視界の端で凍て付いたリザードマンの死体を見た。
トウカもまた冷気の刀を振るったデメリットで顔が蒼白い。
仲間を二体失ったリザードマンたちは追悼するように、奮起するように、握り締めた剣を掲げ、雄叫びを放ち、三位一体となって地面を蹴った。
互いが互いの間合いに踏みこむまで一瞬。その次の一瞬では勝敗が決まる。
閃いた一閃が盾を焼き切り、蛇の胴体に深い刀傷を刻む。
体温が再び上昇し、脈打つ心臓が指先から感覚を奪う。
動きは精彩を欠き、最後に残ったリザードマンの動きに対応が間に合わない。
だから。
「トウカ!」
「うん!」
空の左手を振るい、乾いた音が鳴り響く。
ほんの一瞬、僅かに触れ合うハイタッチ。
デメリットの相殺はほんの僅か、だがそれでも体にキレが蘇る。
間に合わないはずの対応が叶い、真っ直ぐに振り下ろされた剣を躱す。
地面を砕いた一撃を、その次へと繋げるためにリザードマンは腕を振るう。
だが、もう遅い。俺たちの間に割り込んだのが運の尽き。
火の軌跡と冷気の太刀筋がリザードマンの前後から胴体を断つ。
燃え尽き、凍て付き、ごとりと三等分された死体が地面に落ちる。
「あっつ」
「さむさむっ」
周囲に魔物の気配がないことを確認して、背中合わせになって座り込む。
止めどなく流れていた汗はすっと引き、蒼白い肌に血色が戻る。
「はぁ……なんとかなりはしたな」
「だね。でも、もっと密にデメリットを相殺しないとダメかも」
「今後の課題だ」
体温が平熱に戻ったところで立ち上がる。
焼き払い、凍て付かせた魔物の死体はすでに掻き消えていた。
黒い煤と空っぽの氷像が立つばかりだ。
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