第3話 今後の目標

「世界各国に突如として現れた構造物、通称ダンジョン。今年は世界の転換期となった日から丁度五十年目となり――」


 テレビの電源を切ったら準備完了。下駄箱の上から鍵を取ってアパートを出る。

 行き先は近くの喫茶店。適当に注文を済ませて窓際の席に腰掛けると、不意に近くからの話し声が耳に届く。


「ねぇ、聞いた? アルカナソード深層突入だって」


 アルカナソード。

 最近よく聞く名前だ。

 たしか新進気鋭の若手冒険者パーティだったはず。

 冒険者デビューの時期は俺とそんなに変わらないのに、もう深層に挑戦か。


「知ってる。けど、あたしは不安。だってダンジョンの深層とか絶対ヤバいじゃん。推しが死んだらあたしも死んじゃう」

「大丈夫だって、リョウくんも、あっくんも強いもん」

「でもさぁ」


 俺も、俺たちも、冒険者を続けていれば喫茶店で噂されるようになるんだろうか。

 とか、そんな浮ついたことを考えていると、しばらくして来客を知らせるベルの音が鳴る。


「あ、いたいた。よっ! ダーリン」

「俺の配信をカップルチャンネルにする気か?」

「よっと。あ、クッキー」

「やるよ。まだ手を付けてない」

「ホント? やった!」


 対面に腰掛けたトウカに、コーヒーに付いて来たおまけのクッキーを渡す。


「で、だ」

「ほぉい」

「……まぁ、もうちょっと待つか」


 クッキーを美味そうに頬張るトウカとコーヒーの水面を交互に眺めながらゆっくりしていると、入店時に注文していたであろうアイスティーもやってくる。おまけのクッキーも。


「今度はあたしがクッキーを上げる番」

「そりゃどうも」


 とはいえ、コーヒーも大半を飲み終わったところ。

 貰うのは一枚だけにしてトウカのクッキーがなくなるのを待った。


「よし、じゃあ本題に入ろう」

「今後のことかー、時間が経って冷静になってみると前途多難って感じぃ」

「問題は山積みだからな。戦闘面の連携もそうだし、配信の目標も決めなきゃだし」

「配信の目標? 冒険者の日常を移してきゃきゃうふふしてればいいんじゃ?」

「そんなに甘くないぞ。目的のない配信はグダる。グダると人がいなくなる。人がいなくなると収入が減る」

「それは一大事!」

「だろ? そうならないよう何か一つでかい目標がいる」

「ふーん、そういうもんなんだ。じゃあこれまでの目標は? なんかあったんでしょ?」

「一応、深層を目指すってことになってた」

「じゃあそれでいいんじゃね? ってあたしは思うけど」

「俺も最初はそう思ったし、深層にいくって目標はそのままでいい。でも、どうせなら新しくもう一つって思ってさ。で、考えてきた」

「お、準備いい。んでんで?」

「呪いの武器の解除――解呪の方法を見付けることだ」

「解呪……そりゃ、それが見付けられたら万々歳だけど、出来ると思う? この半世紀、一人だって」

「あぁ、誰も解呪には成功してない」


 これまで呪いの武器を装備した冒険者は何人もいた。

 かつてそれなりの規模で多くの冒険者が解呪の方法を探ったこともあったらしい。

 それでも見付からなかった。

 現状、呪いの武器を解除する方法はない。


「けど、ダンジョンにはまだ未知の領域も多い。深層なんてまだほとんど手付かずだ。可能性はゼロじゃない、と俺は思う」

「むぅーん。あたし、目標にするからには達成したいタイプなんだよね」

「そうか……じゃあ他になにか」

「ちょーっと! 話は最後まで聞く! だから、絶対に見付けようねってこと」


 正直、同意してくれるものかわからなかったけど杞憂だったみたいだ。


「あぁ、呪いの武器とおさらばしよう」


 それが叶った暁にはトウカともさよならになるんだろうな。


「あぁ、そうだ。忘れるところだった。はい、これ」

「ん、封筒? なにが入ってるの? これ」

「この前の分け前」

「分け前? あぁ、投げ銭かぁ! じゃあちょっと失礼して」


 受け取った封筒の中身を見たトウカは目を丸くする。


「嘘! こんなに!? ななまんえん! これホントに半分?」

「正確には四分の一。元の半分は所場代で持って行かれるから」

「四分の一! はー」


 惚けたように、気の抜けた声が漏れている。

 余程、衝撃的だったらしい。

 たしかに先日の配信は凄かった。

 トウカの登場と加入に加えて、魔物の群れ相手の大立ち回り。

 あれで投げ銭が乱れ舞うことになった。

 四分の一になっていたとしても、自分史上最高額の配信収入だ。


「もしかして配信ってぼろい?」

「こんなには稀だ」

「だよねー。でも夢あるなー、配信って」


 大事そうに封筒が仕舞われる。


「トウカはしないのか? 配信。パーティー組んでてもチャンネルは別なんて普通だし、トウカの場合は配信したほうがなにかと特だぞ」


 主に投げ銭はトウカのほうへ飛んでいくだろうと簡単に想像がつく。


「このままだと投げ銭も広告収入も俺と折半になるんだし」

「え、半分も貰っていいの? あたしがお邪魔するのに?」

「じゃないと不公平だろ? 取り分で揉めたくないしな」


 実際、その手の揉め事でパーティー解散なんてよく聞く話だ。

 そうなるくらいなら取り分は折半でいい。

 特に俺たちみたいな場合は仲違いが死か引退に直結するし。


「んー……あたし個人の配信はパスかなぁ」

「なんで?」

「色々と大変そーだし、配信してる友達がストーカーにあって死にそーな顔してるの見てるしで個人で配信をするのはちょっと」

「あー……配信してると居場所が割れるからな」

「そーそー」


 冒険者が配信をするときは大抵ダンジョンにいる。最近の冒険者は配信の開始時刻をSNSで告知するからダンジョンの出入り口で待ち伏せを受けやすい。

 まぁ、こちとら冒険者で毎日のように魔物と命のやり取りをしている訳で、その辺の一般人を恐れる道理はないんだけど。

 でも、どうやら魔物に対する畏怖と、ストーカーに対する恐怖はまったく別のものらしい。平気で魔物を斬り殺せても、正体不明な好意には身がすくむものなのだとか。

 人から聞いた話だけど。


「だから、あたしの魔除けになってね? ダーリン」

「まぁ、そういうことなら善処するよ、ハニー」

「カップルチャンネル成立だ!」

「してねーよ。うちは健全なダンジョン攻略チャンネルだ」


 そんなやり取りがあったところで今日はお開き。

 次の配信の予定を二人で立てて喫茶店を後にした。

 

§


「コロニーが壊滅した?」


 支度部屋の扉を開けてそのニュースが耳に入ったのは、装備を身につけ終わった直後のことだった。朝早くに準備を終えて、いざ出撃と言ったところで、この知らせに出鼻を挫かれる。


「誰かが俺たちの代わりにやってくれたみてーだな。楽でいいこった」


 見たところ、相楽さがらはまだ準備をする前のようだった。


「どうせなら、あと十分早く知らせ欲しかったけどね」


 身につけた装備を脱がないと。


「でも一体誰が?」

「さぁな。まぁ、その辺の一般冒険者だろ。あぁ、そういや連絡と一緒にこいつが送られて来たってよ。月島つきしまに見せとけってお達しだ」

「僕にか」


 相楽から受け取ったタブレットに映し出されたのは、とある冒険者の配信アーカイブだった。嵐のような火炎と冷気による圧倒的な制圧力を以て魔物の群れを蹂躙する映像だ。


「なるほど……これだけの火力があれば、たとえ離れた位置にあるコロニーでも壊滅するのは納得だ」

「すげーな、呪いの武器ってのは」

「火力はとても魅力的だ。でも、この出力を出せる状況が限定的過ぎるし汎用性に欠ける」

「まぁ、戦闘の只中であんだけ体を密着させてんだ、それなりのリスクではあるな」

「常に臨機応変に対応できなければ二流だよ。まぁ、これは僕たち国選冒険者の基準だけどね」

「ま、アマチュアとプロじゃ求められてることが違ーからな」


 僕たち国選冒険者はダンジョンに生じたあらゆる問題の解決。

 彼らのような一般冒険者はダンジョンの資源回収と魔物の駆除。

 同じ冒険者でもそれぞれ役割が違う。

 あくまで国選冒険者の視線ではだけど、彼らは基準に満たない冒険者だ。


「さて、じゃあ暇になったことだし、装備を脱ごうか。はぁ……」

「早めの行動が徒になったな。俺を見ろ、いつもギリギリだ」

「誇ることでもないけどね、それ」


 なんてことを言って装備に手をかけたところ。


「月島、相楽! いま新しい仕事が入ったって。緊急だよ! はやく!」


 と、荻野おぎのが二つ目のニュースを持ってきてくれた。


「わかった。だってさ、相楽」

「あーもう、わかったよ! 今度から気を付ける!」


 駆け足になって自分のロッカーに向かった相楽を置いて支度部屋を後にする。

 さて、緊急ってことはまた面倒なことがダンジョンで起こってそうだ。

 気を引き締めて行こう。

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