第2話 烈日と秋霜

「改めて、あたし紅丘トウカ。冒険者一年生。よろー」


 と、トウカは俺の撮影ドローンに笑顔を向ける。


「手慣れてんな。配信やってるのか?」

「ううん。友達の配信にお邪魔したことが何度かあんの。にこっとして手を振るだけで勝手に好感度上がるからめっちゃコスパよい」

『よくわかってんじゃん』

『おじさん投げ銭しちゃう』

『それ届くのカガリのほうだぞ』

「あ、投げ銭届いたらあたしにも半分よろー」

「そりゃ構わんけど。半分でいいのか?」

「もちろん。これカガリくんの配信なんで」

「あらそう」


 その辺はきっちりしてるんだな。


「お、ホントに届いた。しかも一万」

「やったー! いえーい! Fooooooo!」

「凄い喜ぶじゃん――って、うわ」


 飛び跳ねて喜ぶトウカを見てか、連続して高額投げ銭が続く。

 一万はもちろん二万もあって、更には五万の投げ銭も届いた。


「こ、こんなに!? もぉー! みんなあたしのこと大好きじゃん! あたしも大好き-!」


 最後の一言でまた投げ銭が届く。

 コメント欄はかつて類を見ないほど大盛り上がり。


「お前らって奴は……」


 俺がこれまで配信してきて得た投げ銭の総金額をものの二分か三分くらいで大幅に超えて来やがった。

 まぁ? 別に? 投げ銭のために配信してたわけじゃないけど?

 でもなんだろうな、この凄まじい敗北感は。


「はいはい。それで、だ。いい加減、本題に入るぞ」

「あっと、そうだった」


 飛び交う投げ銭に舞い上がっていたトウカも、ようやく落ち着きを取り戻す。

 ここからは真剣な話だ。


「まず状況を整理しよう。俺たちは呪いの武器を装備しちまったわけだ」

「置かれた状況がまーったく同じで笑っちゃうよねぇ」

「烈日は体温上昇のデメリット」

秋霜しゅうそうは体温低下のデメリット」


 それがトウカの呪いの武器の名前。


「俺たちが触れ合えばデメリットを相殺できる」

「みたい。あたしもびっくり。握手した途端ぽかぽかしたんだもん。恋したかと思った」

「俺はすっと気持ちが冷めたけど」

「ひっどーい! 冷めたのは体温でしょ!」

「まぁまぁ。そんな訳で俺たちが組めば冒険者を続けられそうって話だったんだけど」

「でも、実際そんな上手く行く? 一回使っただけで結構持っていかれるっしょ? 体温」

「洒落にならないくらいな」


 意識を保ったまま火炎を吐ける回数は精々一度か二度程度。

 出力を押さえて回数を稼ぐことも、もしかしたら可能かも知れない。

 けど、それにしたって焼け石に水程度のもの。

 それはトウカも同じはず。


「魔物が一体や二体なら多分、それほど苦戦はしない。けど、問題は乱戦になった時だ」

「冷気吐いては手を繋いで火炎吐いては手を繋いで。デメリットで動きは鈍くなるし、常に近くにいれるとも限らない。分断されたが最後お互いにお陀仏ってところかなー」

「容易に想像が付くな」

「でも」


 と、トウカは続ける。


「あたし、まだ冒険者を続けたい。そのためなら多少の無茶は許容範囲! カガリくんは?」

「俺は……」


 ふと、視線が撮影ドローンに向かう。


「そうだな。この時間が――配信がまだ続けられるなら、俺も同じ気持ちだ」

「じゃ、決まり! これからよろしく、カガリくん!」

「あぁ、よろしく頼むぜ」

『祝! 配信継続!』

『よっしゃ! またこの時間がくる!』

『次の配信も楽しみに待ってるぜ!』


 この先、なにがどうなるかはまだわからないが、まだ引退は先延ばしに出来そうだ。

 そのことにほっと安堵したのも束の間、自分が置かれている状況を思い出して気を引き締める。


「なんか終わった雰囲気だけど、まだだからな。地上に出るまでが配信だぞ」

『そうだった』

『完全に忘れてたわ』

『せっかく引退が伸びたのに帰り道で死亡なんてオチはやめてくれな』

「まぁ、見知った通路ではあるし、大丈夫だろ」

『それがカガリの最期の言葉であった』

「不謹慎なこと言うんじゃねーよ。でも、そうならないように気を付けないとな」


 折角、閉ざされたと思っていた道に光が差したんだ。

 こんなところで終わって堪るか。


「んじゃ、帰ろっか。あ、待ってこの辺ってたしかコロニーが――」


 魔物たちの集団繁殖地。

 下手に刺激すると大勢の魔物が蜂の巣を突いたようにわらわらと現れる。


「あぁ、でも大丈夫だろ。近くだけどそれなりに距離があったはずだし」

「違う違う違う! あたしも忘れてたけど、その情報もう古い! 最近になってコロニーが移動したの!」

「マジ? じゃあ今は――」


 その言葉の先を言うまでもなく、それは通路の暗がりからのっそりと現れる。

 ウェアウルフ、スケルトン、ゴブリン、スライム、その他もろもろ。

 あらゆる種類の魔物たちがこちらを標的として近づいて来ている。しかも前方だけじゃない、振り返ると背後にも同じ面子が押し寄せていた。

 逃げ道はもはや俺たちが開けた大穴しかなく、その先も行き止まりだ。


「ははー、今日は厄日だな」

「カガリくんと会えててよかったよ。あの部屋から出られても外でこれじゃ、どの道生き残れなかった」

「同感。互いに命の恩人ってわけだ」


 俺は前方に、トウカは後方に、それぞれ手の平を向ける。

 空いた手で互いの手を握り、自らの身に宿る呪いの武器の力を呼び起こす。

 周囲に吹き上がる火炎と冷気。

 その凄まじい威圧に、魔物は怖じ気づいたような素振りを見せるも、最初に駆けだした一匹の魔物の背中を追うように群れに勢いがつく。

 正面切っての行軍に、こちらは高出力を以て相対する。

 手の平から放つ火炎と冷気の奔流が、前後から迫る魔物の群れを呑む。

 俺より前には灰と煤だけが残り、トウカの前には物言わぬ氷像だけが並んでいる。

 あの数の魔物をモノともしない火力。

 これが呪いの武器の、烈日の力。

 だけど。


「あっつ!」

「さ、さむぅ!」


 吹き出す汗と、震える体。

 手を握り合っているのに体にデメリットが。


「相殺できてなくない!? デメリット!」

「いや、出来てる。でも追い付いてないんだ!」


 デメリットを相殺するより、体温が上昇する速度のほうが上回っている。

 穴の空いたバケツに、漏れ出る以上の水を常に注いでいるようなものだ。

 この出力で火炎を放ち続けていたらすぐに限界がくる。

 だが、それでも。


「クソッ、耐性持ちだ」

「こっちも!」


 魔物の中には特定の属性に耐性を持つ種がいる。

 放つ火炎の只中を平気で駆けてくるヘルハウンドもそうだ。

 火炎に耐性を持ち、火の毛皮でこっちの火炎を弾かれる。

 だが、耐性にも上限がある。

 さしもの火炎耐性もこの業火の中にあってはじりじりと身を焦がさざるを得ない。

 ヘルハウンドを焼き付くには出力を上げるしかないが、今より更に体温上昇が加速することになる。

 それなら。


「トウカ、交代だ! 入れ替わる!」

「え!? あ、そっか!」


 滴る汗を散らして反転、トウカと入れ替わるようにして、数多の氷像に火炎を浴びせかける。

 冷気の只中を突き進んでいたのは雪猿ジャックフロスト、その耐性はあくまで氷雪だ。俺の炎を耐えることはできない。

 凍て付いた通路を駆け巡った炎が改めて魔物たちを蹂躙する。

 だが、当然のようにこちら側にもヘルハウンドはいた。


「切りがねーぞ」


 コロニーにいる魔物すべてが押し寄せているのではないかと、そう思うくらいに数が減らない。寧ろ増えている気さえする。今いるこの場所が通路の一本道でなければ、今頃は膨大な数の魔物に四方八方を囲まれ圧殺されていたに違いない。

 位置の入れ替えを繰り返し、どうにか耐性持ちの処理をする。

 だが、それもすぐに限界が来た。


「も、もう……ダメ、かも」

「限界……か」


 脳が茹だる。血液が沸騰する。心臓が爆ぜる。

 上昇した体温はついに生命活動を脅かし始めた。

 手を繋ぐだけではダメだった。

 なら、どうすればよかったんだ。

 デメリットの相殺には成功しているのに。

 その効力を高めるには――


「トウカ。悪い」

「へ? ひゃっ」


 それは一か八かの賭けだった。

 確証はない。ないまま、繋いだままの手を引いてトウカを抱き寄せた。

 密着する体と体。華奢な体を強く抱き締める。

 瞬間、限界寸前まで上がり切っていた体温が一瞬にして低下した。

 デメリットの相殺。その効力を高めるには、単純に触れ合う面積を増やせばいい。

 手の平だけの接触よりも、体同士の密着のほうが遙かに効果的に違いない。

 その読みは当たっていた。


「しばらくこのままで頼む」


 トウカ越しに見える魔物の群れに手を伸ばす。


「……しようがないなぁ。特別だよ?」


 背中に手が回ったのを感じる。

 抱き締めたまま、抱き締め合ったまま。

 解き放つのは最大出力の火炎。

 通路すべてを覆い尽くしながら駆け巡るそれの前ではもはや、耐性なんてものはあってないようなもの。火炎に呑まれたヘルハウンドは初めて身を焼かれる恐怖を知る。

 伝播するように、魔物から魔物へと伝い、触れるモノすべて一切合切の命を奪う。

 やがてコロニーすらも壊滅させたのか、魔物は一匹残らず姿を消し、そうしてようやく終息する。

 その間、俺はただの一度も暑いとは感じなかった。


「終わった……悪いな、トウカ。急に」

「う、うん。大丈夫、お陰で命拾いしたし」

「体の調子は?」

「平気。ちょっと動悸が激しいくらい」

「そりゃこんなことになってりゃな」


 抱き締めていたトウカから離れ、改めて周囲に目をやる。

 火炎が通った道はマグマのようにドロドロに溶け、冷気が駆け抜けた道は無数の氷柱つららが結晶みたいに生えていた。

 凄まじい光景に思わず息を呑む。これを俺たち二人でやったなんてな。


『あの出力でデメリット完全相殺ってマジ?』

『完全にチート』

『二人が密着しないといけない縛りはあるけど、これはヤバいな』

『正直羨まし……くはないわ。いくら何でも不便すぎて』

『カガリが急に抱きついた時はついにイカレたと思ったよね』

「生きるか死ぬか、一か八かだったんだよ、こっちは」


 とはいえ、悪いことしたなとは思う。よくあの場で受け入れてくれたもんだ。

 ほぼ初対面の汗だく男に抱き締められたんだ、あとでもう一回謝っとかないと。


「まーまー、生きてるんだからいーじゃん。でも、流石に疲れちゃった。早く帰ろ?」

「そうだな。流石にこれ以上は勘弁だ」

『ところでこれ、どうやって帰んの?』

「あ」


 前方は煮えたぎるマグマ、後方は凍て付く氷柱の群れ。

 冷え固まるのも、溶け落ちるのも、時間が掛かりそうだ。


「あーもう! しようがねぇ。もう一回だ!」

「オッケー! こうなったら最後まで行こう!」


 手を繋ぎ、火炎と冷気を吐きながら、再び道をこじ開けて帰路につく。

 今日は本当に大変な一日だった。

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