現代にダンジョンができたら潜りますか? ~私は今の仕事にしています~

黄緑のしゃもじ

第1章「チュートリアル」

1話「これが壁だと言う存在」


 激しく金属がぶつかる音が響く。

 弾かれた剣は軌道を変えられ相手を切り裂く事なく体制を崩す要因となる。

 即座に来る相手の攻撃は僕を殴り飛ばそうとする。

 左から来る攻撃は体制を崩した僕には避けきれない。


「っ、くっ、そ……」


 咄嗟に左腕に力を入れる。左には武器も何も持っていない。この状態でガードするのは悪手だ。でも仕方ない。

 すぐに来る衝撃に耐えるため、歯を喰いしばる。


 直後にやってきた僕を貫く衝撃は、左腕を破壊した。


「があああああぁぁぁぁぁ」


 意識が飛ぶ。しかし直ぐに来る痛みで覚醒させられる。

 何も考えられない。剣を落とした右手で左腕を掴み、座り込む。


「ああああああぁぁぁ……」


 左腕が、左が焼ける様に痛い。


 やばい、やばい、やばい。この感覚はやばい。今までにない、今までにないやつだ。


 感じたことのない衝撃は全てを真っ白に染める。

 人間ありえないことが起こると何も感じなくなるのか。


 だが、徐々に左腕の痛みが引いていく。いや、感覚が無くなって来ているのか。


 本当にやばい、もうこれは死ぬ。


 目もぼやけて来た。耳も片耳がおかしい。

 何もかもがおかしくなっている。

 こんな経験するべきじゃない、だろ。


 しかし、なぜか頭は冷静だ。

 とにかく、残していたポーションを飲み干す。


「げほ、げほ、げほ、がほ」


 盛大にむせた。気管もおかしい。

 左腕を掴んでいた右手を離し、体重をかける様に地面に置く。

 少しだけ回復した。ゆっくり起き上がる。


 しかし、自分でも思う、ここまで来れた時点で上出来だと。


 ああ、左腕の感覚はもうない。体も通常の倍の重さを感じるくらいだ。

 側から見ると満身創痍だと見えるだろう。


 人間、ここまで血を流しても生きているんだなと逆に感心している。今までだったらもう死んでいるだろう状態だ。

 今にも気絶しそう。


 ダンジョンに入る前に考えていたこと。今なら理解できる。ここが、ほとんどの冒険者が冒険者になることができなかった壁なのだと。一度諦めさせる壁なのだと。

 ダンジョンに潜り数時間。武器を持っている以外ほぼ生身の人間が倒せるはずない。いわゆる初見殺し。装備も武器もここで使えるレベルの代物ではない。


「ごああああぁぁぁ」


 突如くる咆哮。


 ダメだ。構えろ。


「はあ、はあ、はあ」


 息を荒げ、剣を拾い上げ再びバケモノと対峙する。

 体長は2メートルは超えてる人型のモンスター。右手に持つ血塗られた棍棒は、長年様々な敵を葬ってきたとわかる。

 鬼の名を持つモンスター。オーガ。

 今の状態で出会うとここまで強敵だとは思わなかった。

 ゲームだったら、マンガだったら、余裕で倒してるだろうモンスターだけど。


「があぁぁ」


 オーガが棍棒を振り下ろす。


「ぐっ……」


 振り下ろされた棍棒に剣を当て横に倒れこむように避ける。


 くそ、避けるので精一杯だ。

 直ぐに起き上がりオーガに振り向く。


 追撃は来ない。

 オーガの動きも鈍い。無数にある切り傷からオーガも満身創痍相だとわかる。

 ゆっくり僕の方を向くオーガ。

 必ず殺すと言うかの様に睨みつけられる。


 やめてくれよ、さっきまで一般市民だったんだぞ、僕は。怖いだろうが。


「はぁ、はぁ。くそ、重い」


 片腕だけで扱う剣ではないのだが、左が使えないなら右手でどうにかするしかない。

 左に流す様に剣を垂らす。この構えからは剣を振り切るのみ。


 でも、あと数回当たれば倒せるだろう。なぜか感じる。これまでの経験なのか。

 ゲームみたいにHPが見れたらいいのだけど。


 しかし、何でここまで頑張れるのだろう。死にそうな思いをしてるのに何でだ。

 その事ばかり頭に浮かぶ。


 ゆっくりと足音が響く。


 ダメだここで考えごとは命取りだ。

 あと少しなんだから。


 オーガに向かい僕も歩き出す。ゆっくりと。狙うはカウンター。自分からは動けない、体が言うことを聞かない。


「ぐがぁぁぁ」


 オーガの攻撃は大抵が棍棒の振り下ろし。同じ攻撃は慣れる。

 一歩前に出る。振り下ろされた棍棒を右に倒れこむ様に避けながら剣を振り抜く。

 剣道の胴切りの様にはいかない不細工な攻撃だが、オーガの脇腹を切り裂きダメージを与える。

 思ったより致命傷なのか、膝をつくオーガ。


「っよし……」


 よし、あと一発でいけるか。

 安心し最後の一撃を当てようと構える。


 長かった。ダンジョンに入ってから数時間しか経っていないが、数日にも感じた。

 特にこのオーガ戦は異様に長く感じている。


「これで、さいご…………」


 オーガに向かい気合いで剣を振り上げようと……


 その時悪寒が走った。


 この部屋を覆い尽くすほどの怒気。

 全ての生き物を恐縮させるほどの怒気。


 オーガから発せられている、恐怖しか感じさせない覇気は、目に見えるほど濃いオーラと化した。


 ゆっくりと立ち上がるオーガ。


 気に当てられた僕は全く動けない。


「まじ、か……」


 言葉だけが漏れる。ありえないと、考えたくないと。

 ボス戦でもないまだ始まったばかりの階層のはずなのに。




 後で伝えられる、

 冒険者の殆どを冒険者にさせなかったステージ。


 初見殺し。憤怒のオーガ。




 オーガが僕の方を向き、大きく息を吸い込む。


「ごおおああああぁぁぁぁぁぁ」


咆哮。


 鼓膜が破れたと錯覚するほどの咆哮が響く。

 意識が恐怖に塗り重ねられる。何も考えられない。一瞬で空白の時間を作る、圧倒的な威圧感。




「う、っ、ぁ……」


 目の前が白く染まる。


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