閑話「三人の行末」
あれ?どうしてまさきが消えていくの?
あれ?どうしてゆうやが必死で戦っているの?
あれ?私ってどうしてここにいるの?
あっ、そっか。祐也の後を追ってモンスターと戦ってたんだっけ?それで将貴と一緒にダンジョンに来て、
あれ?じゃあ、なんで将貴がいないんだろ?
あれ?
「……、え……」
目の前に大きな口がある。今にも私に襲いかかろうとして、
「…………あ」
そして、何もわからないまま私は暗闇の中に落ちた。
何も見えない、なんだろ……
「っ!!!!!!!!!」
次の瞬間、何も見えない暗い中、一瞬のうちに体を駆け巡った激痛が私の意識を刈り取った。
◇
水に浮かんでいるような感覚。
思考を置き去りにし、何かに身を委ねる様な感覚。
その感覚を言い表すなら、ほとんどの人間は覚えていない、母親のお腹にいたような、始まりの感覚。
わからない。なにも、わからない。
◇
目を開く。見えるのは石造りの部屋。何も考えられないまま、目に情報だけが入ってくる。光と景色と……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
全身に駆け巡る激痛。
痛い、痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、痛くない、痛い、痛くない、わからない、わからない、わからない、苦しい、苦しい、くるしい、くるしい、なに、なに、なに、怖い、怖い、こわい、こわい、こわい…………
「……り、な……」
微かに聞こえる声。でも、そんなの気にならない。体が、心が苦しい……こわい、こわい、こわい……
「……りな! りな! 大丈夫か! りな!」
体を思いっきり揺すられ意識が覚醒する。
「……あ、れ、? ま、さき?」
「そうだよ! 俺だよ! 将貴だ! わかるか?」
「……え? あ、うん……」
まだ、何も理解は出来ていない。わからない、なんなんだろう。え、っ、と……
「落ち着いて、深呼吸して」
言われるがままに深呼吸をする。少し落ち着く。でも、まだ何なのかわからない。違うのは全身の痛みがなくなったこと。違う、痛い、痛いよ、なんだか痛いよ。なに、なにこれ……
「痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しいよ、くるしいよ!」
「里奈! 落ち着いて! 大丈夫、痛くない。錯覚、それは錯覚だから!」
うそ! 錯覚だなんてうそだよ! 痛いもん、本当に痛いもん。
「なんで、なんで、涙が……苦しい、苦しいよ……」
涙が勝手に流れてくる。わからない、なにもわからない。
「……あ」
だめ、もうだ、め……
「……ちょっと、ごめんな、りな」
「……え」
ぎゅって包まれる感覚。なんだろうこれ、暖かい。安心するような、落ち着くような、暖かい感覚。
「……うっ、うっ……うわあぁぁぁぁぁぁん……」
その状態で私は大粒の涙を零した。
◇
「……落ち着いた?」
「……うん、ありがと」
なんとなく落ち着けた。なんで泣いたのかわからないけど、とにかく苦しかった。でも、将貴のお陰で落ち着けた。
「ねえ、ここってどこなの?」
落ち着いてから一番最初に疑問に思ったこと。この石造りの部屋、確か最初のチュートリアルダンジョン?に潜った後もこういう感じの所に出たと思う。でも、ここはもっと広い。
「里奈、今日俺らが何してたかは覚えているよな?」
「う、ん?」
私たちは今日も多分ダンジョンに潜っていたと思う。いつも通り祐也について行ってレベル上げで……あれ?
「そっか、あまり覚えてないよな。俺もそうだったし。えーっと、ゆっくり思い出して欲しいんだけど。俺たちはダンジョンに今日も潜ったのは覚えてるよな」
「うん。それは覚えてるよ」
「で、今日の目的は何だったかは覚えてる?」
「え? えーっと、いつも通りのレベル上げ? だったような……あれ?」
うーん、なんか頭がはっきりしないなぁ。さっきも思った事を言ってる気がする。
「いや、違うんだ。今日は10階層のボスを倒すためにダンジョンに潜った」
「……ボ、ス、?」
「そして、結論を言うとここはダンジョンの外」
え? ボス? で、ここは外?
「落ち着いて聞いてくれよ。すうぅ、ふうぅ……俺たちは死んだんだよ」
私たちは、死んだ? え、死ん、だ……。
「……あ」
記憶がフラッシュバックされる。さっきまで起こっていた出来事が次々と鮮明に思い出される。
祐也が飛ばされて、必死で祐也の下に向かおうとして。でも、周りのブラックハウンドが邪魔で行けなくて。そこに、あの化け物が来て、将貴が私を庇って死んじゃって……あ、そして、私も死んだんだ……
暗い中、何もわからない中、激痛が走って……
「……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「っ!! おい! 里奈! しっかりしろ!」
痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい、怖い、怖い、怖い、わからない、わからない、これ、な、に、嫌だ、嫌だ、いやだ!!
「くそ、早かったか? 俺も理解するのに時間がかかったのに、くそ!」
体を揺すられる、揺すられてるけどわからない。何も考えられない、わからない。
嫌だ、嫌だ、怖い、怖いよ……
「ごめん! 里奈!」
「んっ……」
あ……また、なんだか暖かい。包まれてるような、安心できるような、暖かい。
「聞こえる?? 聞こえたら返事して? 大丈夫だから」
「う、うん……」
「ああ、よかった」
合わなかった焦点が少しずつ合う。
「……え?」
目の前に将貴の顔がある?肩に手がある。
え? え?
「……っ! ち、ちかい!!」
「っ、うぉう! ご、ごめん!」
「あ……」
将貴が離れていく。あれ? なんだろ、この気持ち。なんか寂しいような……
「ご、ごめん。そうだ、これでも飲んで落ち着いて」
祐也から渡されたお茶少し飲む。あ、これ新品だ。
「ごめんね、落ち着いたよ。ありがと」
「お、おう。よかった」
大分落ち着いた。頭の中でぐるぐる回っていた何かも少しどこかに行ったと思う。
「こほん! じ、じゃあもう話しても大丈夫かな?」
「う、うん。大丈夫だと思う」
大丈夫。何があったか思い出して来たし、少しずつでも受け入れないとダメだと思う。
「……わかった。結論から言うと俺らはヘルハウンドに殺されたんだと思う。少なくとも俺は食べられた。里奈はどうかは知らないけど、多分」
「うん。私も食べられた。そこまでは思い出した」
思い出すだけでも辛い事だけど、我慢して思い出さないといけないと感じたから。
「で、ダンジョンの中で一回死んだ俺たちはここに飛ばされた」
「……うん。この石造りの部屋にだよね。そこまでは理解できる」
死んだらどこかに飛ばされるんだ。でも、この感じはダンジョンの中みたいだけど、
「よし。じゃあ、立てる? ちょっと付いて来て」
「う、うん」
スタスタと歩いて行く将貴の後ろを付いていく。ん? 扉がある。
「じゃあ、開くよ」
「……ん」
将貴が開けた扉から光が差し込む。眩しい。この部屋少し暗かったから眩しく感じる。
少しずつ慣らしながらゆっくり目を開く。
「あ……」
遠くに見える高い建物。都会で暮らしてるなら毎日目に入る建物。
「……え? 本当にここって……」
「そう、もうここはダンジョンの、外なんだよ」
目に入る景色にびっくりする。ダンジョンのゼロ階層のような町並みではなく、いつも通りの風景が遠くに見える。
なんだか変な感覚。
「でも、本当だったんだな」
「え? 何が?」
「ダンジョンで死んでも生き返るって事。実際にはダンジョンの外では死んでないって事なんだな」
「死んでも、生き返るか……」
あ、だめだ。落ち着いて! 思い出したらまた辛くなるから。ゆっくり、慣れさせないと。
「あ、ごめん。思い出させないほうがよかったよな」
「うーうん、ありがと。でも、将貴は辛くないの?」
見た感じ将貴はあまり辛くなさそうだ。逆にホッとしているような感じもする。元々将貴はダンジョンに潜る事は反対だったもんな。そりゃそうかぁ。
「辛いけど、まあ、そうだな。慣れたっていうよりかは、そこまでダメージではなかったかな」
「へーーぇ」
将貴は思ったより強いんだな。ちょっと、かっこいいかな。
「よし! 里奈も大丈夫そうだし、もうそろそろここを出ようか!」
「え? あ、うん。そうだね!」
何も考えてなかった。そうだ、ここから出た方がいいよね。うん、将貴に任せよ。
「祐也ならあのボスを倒して出てくるはずだし、俺たちは入口で待ってようか」
「うん。将貴に任せるよ」
そうして私たちはダンジョンの入り口に向かった。
私たちが出た所は入口の裏側だったみたいで、ぐるーっとダンジョンの周りを半周したんだと思う。
側から見て眺めてた時より、ダンジョンって本当に大きいんだなって思った。ダンジョンの中はもっと広かったけど。今思うとダンジョンの中ってどうなっているんだろう? 不思議だな。
入口の前に立つとやっぱり思い出される記憶。それを頭を振って振り払おうとするけどどこにも行かない。辛いのがお腹の底に溜まる感じで気持ち悪い。トラウマになっちゃってるし、今すぐここで叫びたくなる。
「ごめん、将貴……」
私は将貴に無理言って離れたところで待たしてもらう事にした。
「……あ、ゆうや」
それから1時間経ったぐらい、ダンジョンの方から将貴と祐也が歩いて来た。
私と目が合った瞬間に祐也が走ってくる。そして、
「里奈! 本当、本当にごめん! 本当にごめんな! こんな辛い思いさせてしまって、俺が、俺がいたのに。俺が勝手したせいでこんな事に。本当にごめん!」
祐也は泣きながら私の前で土下座をしていた。
「……あ、うーうん。大丈夫だよ? いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫だから。祐也、顔を上げて? ね?」
「いや、本当にごめん! 許してとは言わない! 俺が出来る事ならなんでもするから、だから……」
私は祐也の肩を掴んだ。しゃがみこんで祐也の目線に合わせる。
「大丈夫だよ。祐也が悪いとか思ってないから。し、死んだけど今は生きてるし、苦しいけど、それは私が祐也の足手纏いだったから」
「で、でも、俺がちゃんと二人を見ていたらこんな事にならなかったから。全部俺のせいだ」
そのまま祐也は謝り続ける。
あ、そうか。祐也もかなり辛いんだ。私たちを死なせたって事で、責任感じてるんだ。
でも、もういいのに。謝り続けられると、色々と頭に浮かぶ。
もう思い出させて欲しくないから、もういいのに。
「りな、本当にごめんな……」
いや……本当に、もう、いいのに。
「大丈夫、大丈夫だから。もう、いいから……」
「で、でも……」
っ!!!!!!
「もういいって言ってるでしょ! もう思い出させないでよ! 嫌なんだから! こっちはこんな所早く出たいと思ってるのに!」
あ、叫んじゃった……
「あ……」
「……ご、ごめん。私、もう行くから……」
その場にいれなくなって私は早歩きで出口に向かった。
でも、だって、祐也にもういいって言ってるのに……
あれ? なんだろ、この気持ち。わからない。
「ちょっ! 里奈! まって……おい! 祐也、行くぞ! 待てって! 里奈!」
どれだけ呼び止められても、私は振り向かなかった。もう、とにかく何もかもが嫌だった。
ダンジョンに、祐也の後を追って行って、本当に失敗だったと思った。こんなに私を変える所に行かない方が良かった。
「もう、嫌だよ……」
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あと2話閑話が続きます。
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