閑話「三人の行末」


 あれ?どうしてまさきが消えていくの?


 あれ?どうしてゆうやが必死で戦っているの?


 あれ?私ってどうしてここにいるの?


 あっ、そっか。祐也の後を追ってモンスターと戦ってたんだっけ?それで将貴と一緒にダンジョンに来て、


 あれ?じゃあ、なんで将貴がいないんだろ?


 あれ?


「……、え……」


 目の前に大きな口がある。今にも私に襲いかかろうとして、


「…………あ」


 そして、何もわからないまま私は暗闇の中に落ちた。


 何も見えない、なんだろ……


「っ!!!!!!!!!」


 次の瞬間、何も見えない暗い中、一瞬のうちに体を駆け巡った激痛が私の意識を刈り取った。







 水に浮かんでいるような感覚。


 思考を置き去りにし、何かに身を委ねる様な感覚。


 その感覚を言い表すなら、ほとんどの人間は覚えていない、母親のお腹にいたような、始まりの感覚。


 わからない。なにも、わからない。







 目を開く。見えるのは石造りの部屋。何も考えられないまま、目に情報だけが入ってくる。光と景色と……


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 全身に駆け巡る激痛。

 痛い、痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、痛くない、痛い、痛くない、わからない、わからない、わからない、苦しい、苦しい、くるしい、くるしい、なに、なに、なに、怖い、怖い、こわい、こわい、こわい…………


「……り、な……」


 微かに聞こえる声。でも、そんなの気にならない。体が、心が苦しい……こわい、こわい、こわい……


「……りな! りな! 大丈夫か! りな!」


 体を思いっきり揺すられ意識が覚醒する。


「……あ、れ、? ま、さき?」


「そうだよ! 俺だよ! 将貴だ! わかるか?」


「……え? あ、うん……」

 

 まだ、何も理解は出来ていない。わからない、なんなんだろう。え、っ、と……


「落ち着いて、深呼吸して」


 言われるがままに深呼吸をする。少し落ち着く。でも、まだ何なのかわからない。違うのは全身の痛みがなくなったこと。違う、痛い、痛いよ、なんだか痛いよ。なに、なにこれ……


「痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しいよ、くるしいよ!」


「里奈! 落ち着いて! 大丈夫、痛くない。錯覚、それは錯覚だから!」


 うそ! 錯覚だなんてうそだよ! 痛いもん、本当に痛いもん。


「なんで、なんで、涙が……苦しい、苦しいよ……」


 涙が勝手に流れてくる。わからない、なにもわからない。


「……あ」


 だめ、もうだ、め……


「……ちょっと、ごめんな、りな」


「……え」


 ぎゅって包まれる感覚。なんだろうこれ、暖かい。安心するような、落ち着くような、暖かい感覚。


「……うっ、うっ……うわあぁぁぁぁぁぁん……」


 その状態で私は大粒の涙を零した。





「……落ち着いた?」


「……うん、ありがと」


 なんとなく落ち着けた。なんで泣いたのかわからないけど、とにかく苦しかった。でも、将貴のお陰で落ち着けた。


「ねえ、ここってどこなの?」


 落ち着いてから一番最初に疑問に思ったこと。この石造りの部屋、確か最初のチュートリアルダンジョン?に潜った後もこういう感じの所に出たと思う。でも、ここはもっと広い。


「里奈、今日俺らが何してたかは覚えているよな?」


「う、ん?」


 私たちは今日も多分ダンジョンに潜っていたと思う。いつも通り祐也について行ってレベル上げで……あれ?


「そっか、あまり覚えてないよな。俺もそうだったし。えーっと、ゆっくり思い出して欲しいんだけど。俺たちはダンジョンに今日も潜ったのは覚えてるよな」


「うん。それは覚えてるよ」


「で、今日の目的は何だったかは覚えてる?」


「え? えーっと、いつも通りのレベル上げ? だったような……あれ?」


 うーん、なんか頭がはっきりしないなぁ。さっきも思った事を言ってる気がする。


「いや、違うんだ。今日は10階層のボスを倒すためにダンジョンに潜った」


「……ボ、ス、?」


「そして、結論を言うとここはダンジョンの外」


 え? ボス? で、ここは外?


「落ち着いて聞いてくれよ。すうぅ、ふうぅ……俺たちは死んだんだよ」


 私たちは、死んだ? え、死ん、だ……。


「……あ」


 記憶がフラッシュバックされる。さっきまで起こっていた出来事が次々と鮮明に思い出される。

 祐也が飛ばされて、必死で祐也の下に向かおうとして。でも、周りのブラックハウンドが邪魔で行けなくて。そこに、あの化け物が来て、将貴が私を庇って死んじゃって……あ、そして、私も死んだんだ……

 暗い中、何もわからない中、激痛が走って……


「……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「っ!! おい! 里奈! しっかりしろ!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい、怖い、怖い、怖い、わからない、わからない、これ、な、に、嫌だ、嫌だ、いやだ!!


「くそ、早かったか? 俺も理解するのに時間がかかったのに、くそ!」


 体を揺すられる、揺すられてるけどわからない。何も考えられない、わからない。


 嫌だ、嫌だ、怖い、怖いよ……


「ごめん! 里奈!」


「んっ……」


 あ……また、なんだか暖かい。包まれてるような、安心できるような、暖かい。


「聞こえる?? 聞こえたら返事して? 大丈夫だから」


「う、うん……」


「ああ、よかった」


 合わなかった焦点が少しずつ合う。


「……え?」


 目の前に将貴の顔がある?肩に手がある。


 え? え?


「……っ! ち、ちかい!!」


「っ、うぉう! ご、ごめん!」


「あ……」


 将貴が離れていく。あれ? なんだろ、この気持ち。なんか寂しいような……


「ご、ごめん。そうだ、これでも飲んで落ち着いて」


 祐也から渡されたお茶少し飲む。あ、これ新品だ。


「ごめんね、落ち着いたよ。ありがと」


「お、おう。よかった」


 大分落ち着いた。頭の中でぐるぐる回っていた何かも少しどこかに行ったと思う。


「こほん! じ、じゃあもう話しても大丈夫かな?」


「う、うん。大丈夫だと思う」


 大丈夫。何があったか思い出して来たし、少しずつでも受け入れないとダメだと思う。


「……わかった。結論から言うと俺らはヘルハウンドに殺されたんだと思う。少なくとも俺は食べられた。里奈はどうかは知らないけど、多分」


「うん。私も食べられた。そこまでは思い出した」


 思い出すだけでも辛い事だけど、我慢して思い出さないといけないと感じたから。


「で、ダンジョンの中で一回死んだ俺たちはここに飛ばされた」


「……うん。この石造りの部屋にだよね。そこまでは理解できる」


 死んだらどこかに飛ばされるんだ。でも、この感じはダンジョンの中みたいだけど、


「よし。じゃあ、立てる? ちょっと付いて来て」


「う、うん」


 スタスタと歩いて行く将貴の後ろを付いていく。ん? 扉がある。


「じゃあ、開くよ」


「……ん」


 将貴が開けた扉から光が差し込む。眩しい。この部屋少し暗かったから眩しく感じる。

 少しずつ慣らしながらゆっくり目を開く。


「あ……」


 遠くに見える高い建物。都会で暮らしてるなら毎日目に入る建物。


「……え? 本当にここって……」


「そう、もうここはダンジョンの、外なんだよ」


 目に入る景色にびっくりする。ダンジョンのゼロ階層のような町並みではなく、いつも通りの風景が遠くに見える。


 なんだか変な感覚。


「でも、本当だったんだな」


「え? 何が?」


「ダンジョンで死んでも生き返るって事。実際にはダンジョンの外では死んでないって事なんだな」


「死んでも、生き返るか……」


 あ、だめだ。落ち着いて! 思い出したらまた辛くなるから。ゆっくり、慣れさせないと。


「あ、ごめん。思い出させないほうがよかったよな」


「うーうん、ありがと。でも、将貴は辛くないの?」


 見た感じ将貴はあまり辛くなさそうだ。逆にホッとしているような感じもする。元々将貴はダンジョンに潜る事は反対だったもんな。そりゃそうかぁ。


「辛いけど、まあ、そうだな。慣れたっていうよりかは、そこまでダメージではなかったかな」


「へーーぇ」


 将貴は思ったより強いんだな。ちょっと、かっこいいかな。


「よし! 里奈も大丈夫そうだし、もうそろそろここを出ようか!」


「え? あ、うん。そうだね!」


 何も考えてなかった。そうだ、ここから出た方がいいよね。うん、将貴に任せよ。


「祐也ならあのボスを倒して出てくるはずだし、俺たちは入口で待ってようか」


「うん。将貴に任せるよ」


 そうして私たちはダンジョンの入り口に向かった。

 私たちが出た所は入口の裏側だったみたいで、ぐるーっとダンジョンの周りを半周したんだと思う。

 側から見て眺めてた時より、ダンジョンって本当に大きいんだなって思った。ダンジョンの中はもっと広かったけど。今思うとダンジョンの中ってどうなっているんだろう? 不思議だな。


 入口の前に立つとやっぱり思い出される記憶。それを頭を振って振り払おうとするけどどこにも行かない。辛いのがお腹の底に溜まる感じで気持ち悪い。トラウマになっちゃってるし、今すぐここで叫びたくなる。


「ごめん、将貴……」


 私は将貴に無理言って離れたところで待たしてもらう事にした。



「……あ、ゆうや」


 それから1時間経ったぐらい、ダンジョンの方から将貴と祐也が歩いて来た。


 私と目が合った瞬間に祐也が走ってくる。そして、


「里奈! 本当、本当にごめん! 本当にごめんな! こんな辛い思いさせてしまって、俺が、俺がいたのに。俺が勝手したせいでこんな事に。本当にごめん!」


 祐也は泣きながら私の前で土下座をしていた。


「……あ、うーうん。大丈夫だよ? いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫だから。祐也、顔を上げて? ね?」


「いや、本当にごめん! 許してとは言わない! 俺が出来る事ならなんでもするから、だから……」


 私は祐也の肩を掴んだ。しゃがみこんで祐也の目線に合わせる。


「大丈夫だよ。祐也が悪いとか思ってないから。し、死んだけど今は生きてるし、苦しいけど、それは私が祐也の足手纏いだったから」


「で、でも、俺がちゃんと二人を見ていたらこんな事にならなかったから。全部俺のせいだ」


 そのまま祐也は謝り続ける。


 あ、そうか。祐也もかなり辛いんだ。私たちを死なせたって事で、責任感じてるんだ。

 でも、もういいのに。謝り続けられると、色々と頭に浮かぶ。


 もう思い出させて欲しくないから、もういいのに。


「りな、本当にごめんな……」


 いや……本当に、もう、いいのに。


「大丈夫、大丈夫だから。もう、いいから……」


「で、でも……」


 っ!!!!!!


「もういいって言ってるでしょ! もう思い出させないでよ! 嫌なんだから! こっちはこんな所早く出たいと思ってるのに!」


 あ、叫んじゃった……


「あ……」


「……ご、ごめん。私、もう行くから……」


 その場にいれなくなって私は早歩きで出口に向かった。


 でも、だって、祐也にもういいって言ってるのに……

 あれ? なんだろ、この気持ち。わからない。


「ちょっ! 里奈! まって……おい! 祐也、行くぞ! 待てって! 里奈!」


 どれだけ呼び止められても、私は振り向かなかった。もう、とにかく何もかもが嫌だった。


 ダンジョンに、祐也の後を追って行って、本当に失敗だったと思った。こんなに私を変える所に行かない方が良かった。



「もう、嫌だよ……」




======================================

あと2話閑話が続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る