3話「プロローグ」



 ある出来事は世界、特に日本に大きな衝撃を与えた。

 厳密に言えば経済や政治、人の考えなら倫理観や道徳観。一番変わったのは若者のモチベーションだろう。一攫千金の夢をみる者が多くなったと言うのが正しい。大人は分かっているが子供は夢を見る。

 1つのイレギュラーの発生で。


 それが、ダンジョンである。


 突如それは東京に現れ、人々を驚愕させた。

 朝起きたらそこに建っていた。音もなく光も発することなくそこに。

 これは近くに住んでいた人のコメントらしい。

 直径約200m、円柱状の建造物は10階建てのビルの高さと同じぐらいであり1日で作れるような建物ではない。見た目は塔のようで、日本では見られない洋風のなんというか、ヨーロッパにありそうな雰囲気だった。


 初めての衝撃でテレビとネットニュースで1日を過ごした事を覚えている。

 朝から夜までニュースで騒がれていたそれは日本の経済と政治をかき乱した。政府はすぐさま自衛隊を動かし周りの安全を確保させた。突入はさせず3日間その場で待機。

 直前に行われていた解散総選挙でこれからの与党がどうするのか記者会見をしていたのだが、このタイミングでのダンジョンの出現は解散総選挙を大変な状態でストップさせたのを覚えている。イレギュラーな出来事のおかげか、せいなのかわからないが、今はそのまま与党が継続して政治を行っている。


 しかし事態は変わった。3日後、何も変わらない現状に対して政府が突入の指示を出した。それと同時に建物の入り口から1人の少女が出てきた。


 テレビで生中継を見ていた僕は驚いた。その少女が耳の長い人種、いわゆるエルフだったからだ。

 まあ、塔が出てきた時から想像はできた事で一瞬で理解したのだが、軍の一部は違ったようだ。

 その少女の見た目も然り、特に少女が発した言葉が未知のものだったことから、驚いた兵士が銃を発砲した。

 ほとんどの中継を見ていた人々は驚愕しただろう。その状況に。

 銃を発砲した事ではない。少女の目の前で銃弾が止まっていた事にだ。

 

 すぐにズームで撮られたその光景は非常に神秘的だった。光輝く中に少女が立っているのだから。

 それには上層部の連中は冷や汗ものだっただろう。少女からしたら敵意を示されたのだ、反撃しても良かっただろう。しかし、反撃は一切なく、次は流暢な日本語で話しかけてきた。


『助けてください』と。


 すぐさま政府は話し合いの場を作った。


 少女からの要望は一言で言えば私たちの世界を救ってくださいとのことだった。

 実際はそんな大変なことではなく、ただモンスターが多く出現するようになったのだそうだ。あちらの世界ではエルフしか魔物を狩ることが出来ないらしく、そのエルフ達だけではもう対処ができなくなり、違う世界に助けを求めたとのことだった。モンスターをダンジョンに閉じ込めて。

 それが政府から話された現状だった。


 少しでも漫画やラノベを読んでいる人は歓喜しただろう。やはり異世界というのは存在していたという事に。

 今まで夢を描いていたことが現実に起こった、そういう瞬間だった。


 しかし、政府はどのような危険があるのかかわからないダンジョンに軍、即ち国民をすぐに投入することはできない。国民達の意見も様々挙げられた。

 『日本には関係ない、干渉しないべきだ。』とか、『未知のものには手を出すべきでない。』とか、予想通り反対意見の方が多かった。中には『メリットがあるなら入るべきだ。』『交渉相手も人間だ、助けるべきだ。』など意見もあったのだが。

 政府だけでは考えきれないとのことで、一部中継を放送した。民主主義だと、国民の意見が欲しいと。

 中継直後出た意見で、一番面白かったのはネットやSNSの意見だ。ほとんどが賛成意見だと思っていたのだが現状は逆だった。ダンジョンに潜りたい奴らの意見に対し、『死ぬなら潜りたくない。』『怖いだろ。』『リアルなら無理だな。』『ゲームじゃないんだから。』など反対意見がほとんどだった。まあ当たり前か。


 しかし、議論は長引くかと思ったところ、エルフからの一言が驚きを与える。


『このダンジョンの中では死んでも大丈夫です。』


 呆気にとられた。


『厳密には1度だけ生き返ります。』


 この言葉により意見は反対意見から賛成意見に変動する。

 『死なないんじゃ入りたい。』『1度は行ってみるべきだ。』『マジでゲームじゃん。』『これ本当にリアルなの?』など。


 加えてもう1つエルフからの提案が決め手となる。


『ダンジョンの中のものは外に持ち出すことができませんが、その物によってはこの世界で必要となるもの、つまりお金に変わるものに交換させていただきます。例えば金などに』


 政府の目の色は変わる。

 答えは出た。ダンジョンに軍を投入することとなった。


 デメリットは一時的な苦痛、それはどの物事にも付属していることで、メリットの方が大きいというのが政府の意見らしい。

 軍、つまり自衛隊を投入し、一般市民には入ることは今の所考えていない。つまり政府が独占したいということだ。

 まあ、国民からは大ブーイングだ。一般市民には稼がせないのか。やはり政府の独占かと。

 後々政府はダンジョンを一般市民にも公開するとのことで丸く収まった。


 そしてダンジョンの探索が始まった。

 自衛隊の中からダンジョン探索部を作り突入した。

 厳重に装備をした自衛隊はかっこよかった。テレビも入りワクワクが止まらなくテレビ越しに前のめりになって見ていた。

 しかし、いざ突入と入り口に入った時、映像が消えた。幼少期に見たことがある砂嵐の映像が映るのみ。

 すぐに画面はダンジョンの外の風景に切り替わったが、慌てているスタッフと自衛隊。聞き耳を立てて見ていると聞こえる、通信機器が全て繋がっていないと。そのように、うだうだしているうちに帰ってきた自衛隊。

 そして現場スタッフの一言。


『こちらからダンジョンへの持ち込みは全てできないとの事です』


 現場からの落胆の声。自衛隊の申し訳ない表情。

 ダンジョンの中には何も持ち込めない。そして全てゲームのような初期装備となり探索を始めるしかない。それがこのダンジョンの仕組みだった。唯一持ち込めるのは異世界にもあり、こちらの世界にもあるもの。共通している鉱物のみだった。運が良く金は共通している鉱物となっていた。あと、加工されているもの、こっちの技術が入った物も持ち込めない様だった。


 それでも政府は自衛隊を突入させる。

 初めのうちは順調に探索、つまり攻略ができていたのだが、次第に苦戦していく。

 ダンジョンが出現してから1年が経つ時にはもうダンジョン探索部も半壊しており、残りはそれまで一線で活躍していた隊員のみとなっていた。それほどまでダンジョン攻略は難しいという事だった。

 1度死んだものは探索に戻れない。その縛りが攻略を難航させていたのだった。


 あまり攻略が進んでいないその時期からか海外勢の声が消えた。自衛隊が突入した後、海外から話が持ちかけられて来たのだが、日本はダンジョンについて海外には公表を控えた。勿論そんなことは許されないだろう。金が取れる所それが急に現れたのだ、下手したら世界の情勢が変わる。

 文句を言われっぱなしの日本だが、日本が先行してダンジョンに入り情報を開示する事で一旦落ち着いた。しかし今思うとそれが可笑しい。その情報開示もままならないまま海外からの声が一気に消えたからだ。世間体的にはあまりにもダンジョン攻略が難航していることから、海外が入り込む気が無くなったとか、この存在だけならあまり変化が起こらないと踏んだからだとか言われている。しかし、僕は確信はないがそれは違うと思っている。


 そしてもう半年経ったところ、一般にも公開させた。しかしその時にはダンジョン探索をしようとする人物は一時期より減っていた。攻略しようと頑張る者たちもいる中、ほとんどの人は記念に入ってみるなど本気ではなく観光地としての方が成り立っていた。

 理由としては死ぬのが怖いことに加えて、最初の階層では思っているより稼げない、新卒の初任給より余裕で少ないことが大きな理由だった。

 その中でもしっかり攻略する人はおり、一応情報は日々更新されている。


 現在ダンジョンは観光地となり、攻略勢は数少なくなっている。


 ある人は言った。

『剣と魔法の世界、夢ではあるが、夢でしかない』と。

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