悲鳴は二度鳴り響く

ようやく学校の入り口までたどり着いた。一本道の左右は自転車置き場になっており、少し先に階段がある。あの階段を登り、正面にあるのが体育館。左に曲がり、右手に順に見える職員玄関、昇降口、特別棟、プールを見送ったのち、ようやく今回の目的地である部室棟へとたどり着く。


 幸いなことに校舎からは明かりと声が漏れ出ていた。ガヤガヤとした声と人影からして、文化祭の準備で居残っている生徒が結構いるようだ。人の気配に恐怖が少しだけ緩和される。


 しかし校舎から部室棟までの間に明かりは一切ない。暗く不気味な道をスマホのライトで照らしながら恐る恐る進む。ようやく部室棟が見えてきたという時、ぐいっと、服の裾をうしろに引っ張られ足が止まる。振り返ると、琴原さんは顔をひきつらせて道端に生えた木を指差して、口をパクパクさせている。


 木の枝から、なにかが垂れ下がっていた。スマホのライトを当てる。白い服のようなものに、べっとりと赤いものが付着していた。赤、血、首吊り少女。連想が高速でかけめぐり、


「うひぁっ!」「ひぃぃぃぃっ」


 二人分の悲鳴が校内に響き渡る。


「って、なんだこれ」


 少しして気付く。てっきり人だと思ったそれは、よくよく見ると木の枝に引っかかったただの布だった。血だと勘違いしたものはペンキだったらしい。D組のお化け屋敷か、A組のヤンデレ喫茶か。それとも上級生のクラスだろうか。とにかく準備中の小道具が校舎の窓から飛ばされてきたのだろう。なんて紛らわしい。


 そもそも冷静に考えれば、首を吊って死んだのに血がべっとりというのもおかしな話なんだけどさ。


 悲鳴をあげたところを目撃されなかったかきょろきょろとあたりを見回すが、人影はない。


 色々な意味でほっと息をつく。ふと琴原さんの姿もないことに気づいて後ろを振り向くと、彼女はその場に尻もちをついていた。


「立てそうか?」


 と手を差し伸べる。琴原さんはこくりと頷いた。


 ……あの、漏らしてないよね? とは、さすがに聞けなかった。



 アクシデントはあったものの、ついに目的地である部室棟へとたどり着いた。


 旧校舎の取り壊しと共に新築されたという部室棟は比較的新しい。横長二階建てのシンプルな作りだ。噂によると文化祭シーズンになると夜中にこっそりと忍び込んで、泊まってイチャイチャするカップルがいるとかいないとか……。まったく気分が悪くなる噂である。


 正面から見て一階右端にあるのが我らが文芸部の部室だった。


 鍵を開け、扉を開く。


 琴原さんがびくりと俺の裾を引っ張るのを感じる。またかと呆れるのもつかの間、ぎょっとする。


 カーテンが締め切られほとんど暗闇の部室の中、首を吊る人型のシルエットがゆらゆらと小さく揺れていた。恐る恐るその顔あたりにスマホのライトを当てる。それは確かに人だった。顔は乱れた長い髪で覆われていて、首から天井に向けて布状のなにかが伸びている。得られた情報は、そのセーラー服と長い髪から、女性のようだということだけだった。一拍置いて、


「きゃーーーーーっ」

「わーーーーーっ!」


 ぼくたちはさきほどよりも数段事件性のある悲鳴をあげた。


 琴原さん悪く思わないでくれ! ぼくは心の中でそう叫び、琴原さんを置き去りに我先に逃げ出そうと踵を返す。しかし、回れ右した視界の先には走る琴原の後ろ姿があった。置き去りにされたのは俺の方だったらしい。


 仲間を見捨てるなんてこの人でなしめ! と自分のことは棚にあげ、慌てて後を追いかける。そして、早々に足がもつれてこけた。ああ終わったなと心を絶望と諦観に満たしながら後ろを振り返る。しかし、首吊り少女が追いかけてくる気配はなかった。

 視線を前方に戻すと、ちょうど琴原さんが何もない地面でこけた。



 二人して逃げ込んだ正面玄関でへたりと座り込み、息も絶え絶えに互いを見る。あれだけ体を動かした後なのに、琴原さんの顔は真っ青になっていた。

 校内から聞こえてくるガヤガヤとした喧騒と、漏れる蛍光灯の光が心を落ち着かせたのか、

琴原さんの顔に、だんだんと血色が戻っていく。


「部室が、一階でよかったな……」

「なんで、ですか」

 ぼそりと出た独り言に、琴原さんが覇気のないしおれた声で反応する。


 だってそうだろう。


「階段があったら、絶対コケてた」


 琴原さんを巻き込みながらごろごろと転げ落ち、二人揃って大怪我間違いなしだ。 


「ああ、確かに。体が入れ替わってしまったら色々と困りますからね」


 琴原さんがなるほどと頷く。多分心配するのはそこじゃない。




 その後、首吊り少女から逃げたぼくらは、あれが本物の死体だったら洒落にならないという理由でおっかなびっくり部室へと戻った。しかし、確かに見たはずの首吊り少女の姿はなく、そこには倒れた机がぽつんと月明かりに照らされていた。

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