だから彼女はホラー作家を目指す
通話で指示されながら、琴原さん宅へと到着する。着いたことを伝えると、玄関から生まれたての子鹿みたいな歩き方で学校指定のジャージを着た琴原さんが出てきた。
スマホへと目を落とし、どうにか正気を保っているようだった。「あ、翔子さん、既読つきました」と言ったきり、沈黙が場を支配する。
「なんでも良いので気を紛らわしてください」
理不尽な無茶振りが沈黙を切り裂く。
「じゃあ、しりとりでもする?」
「ふざけてるんですか?」
圧倒的理不尽である。
「琴原さんはそんな怖がりなのに、なんで急にホラー作家になろうと思ったの?」
しりとりを拒絶されたぼくに残された手札はほとんどない。無難な質問でお茶を濁すことにした。
「暴露法って知ってます?」
「ああ、まあなんとなくは」
暴露法。確かトラウマや恐怖の対象を避けるのではなく、むしろ積極的に関わって慣れていこう! みたいな荒療治的アプローチだったはずだ。
「彼方先輩が私の怖がりにそういう克服方法があると教えてくれて、まずはホラー小説を読むところから始めたらどうかって勧められたのが、藤原秋水の君の死体にキスをすることだったんです。そのあとがきに書いてあったんですよ。私は小さい頃から怖がりで、すぐに悪い妄想ばかりしてしまう人間だった。それをどうにか武器にできないかと小説家を目指した、と。私は衝撃を受けました。怖がりなことが武器になるとは思いもしなかったので。これしかないと思い立った私はすぐさま陸上部をやめ、文芸部に入ったんです」
「名前も栞でしたしね」と付け加える琴原さん。
「その暴露法の甲斐もあって、こうして自分を追い込みさえすれば肝試しに自発的にいける程度には改善したわけですよ」
琴原さんはどことなく誇らしげに頷いた。へっぴり腰だけど。
ホラー小説を勧めた彼方さんも、よもや彼女が陸上部をやめてホラー小説家を目指すとは夢にも思わなかったに違いない。せめてもの救いは彼女がスポーツ推薦じゃなかったことか。しかしだ。そうなると彼女が小説を書き始めたのは、つい最近ということになるわけだ。
「書いて一年も経ってないのに、本当にすごいな」
「そんな、彼方さんに比べれば全然ですよ」
両手を振って謙遜する琴原さん。……個人的な好みの話を抜きにすれば、ぼくというアリンコから見れば彼方さんも琴原さんも、どちらも等しくゾウには代わりないのだが。
「まあぼくも、彼方さんの書く話は好きだよ。彼方さんの書くミステリーって、すごく優しくて、ハッピーエンドだから。今回のはちょっと違ったけどさ」
「そうです。彼方さんはすごいんです」
そうこくこくと頷く琴原さんは、やっぱり誇らしげだった。
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