リア充撲滅委員会
オカルト部はぼくら文芸部と同じく少人数の部だ。それといった実績も聞かない。というか、オカルト部の実績ってなんなのだろう。
「オカルト部って文化祭はなにをするんですか?」
「昔はポスター展示してたんだって。あ、今年はお化け屋敷作って、録音した怪談流すだけなんだけどね」
「オリジナルの怪談も結構あるんだよ!」
文芸部の隣に位置するオカルト部の部室。琴原さんの質問に、オカルト部の男子部員二人は我先にと競うように答える。なぜか目線はぼくの方へと合わせたままで。
といっても、ずっとがんつけられているというわけでもない。引力でも働いているのか、彼らの目線は引き寄せられるように琴原さんの方へ動いては、彼女と目が合いそうになった途端にぎゅるんとこちらに戻される。そして肌寒いのに汗をかき、時々体をもじもじと揺らす。そう、彼らは明らかにキョドっていた。
彼方さんの言葉通り、オカルト部の二人はこの学校共学だよなと記憶を疑うくらいには、女子に対する免疫が皆無のようだ。琴原さんの顔が整っているというのももちろんあるとは思うけど。
「あの、私嫌われてるんでしょうか」
琴原さんが耳元でささやくように聞いてくる。
「いや、むしろ好かれているからこその対応だと思うけど」
「とてもそうは思えないんですが」
その証拠に君がこっちに顔を寄せた瞬間から男子諸君が般若もびっくりの憎悪たっぷりの顔でぼくを睨んできている。だから早く離れてくれ。命の危機を感じる。
「岡本、山田! なにをデレデレしているのだ! 俺達にやさしくしてくれるような可愛い女に心を開けば最後、ケツの毛の一本残さずむしり取られると教えたのを忘れたか!」
唐突に、二人の後ろに黙って座っていた男子生徒が立ちあがり、彼らを叱りつけた。男は片目だけが隠れるアンバランスな前髪をしていた。
「そ、そうですよね。なんの理由もなく、こんな可愛い子が俺達にやさしくしてくれるはずがない。危ないところでした」「さすが部長です!」
「聞きましたか森辺さん。わたしかわいいそうです」
琴原さんは心なしか声を弾ませて報告してくる。
「ああ、うんそうだね」
ぼくは投げやりに答えた。
「しかし優しくした覚えはないんですが」
などと可愛そうなことを言う琴原さんだが、男子というものは自分に話しかけてくれる女子というだけで優しい判定をし、そして優しくしてくれた子をすぐに好きになってしまう。そういう生き物なのだ。彼らの気持ちがぼくには痛いほど理解できた。ふむと首を傾げる琴原さんとバランスを取るように、ぼくはうんうんと頷いておく。
「俺がオカルト部部長の伊藤だ。それで、文芸部の一年がなんのようだ」
男は片膝を立ててまた椅子に座り込むと、ぼくを睨む。自分は他の二人とは違うぞとでもいいたげな雰囲気を醸し出しながら、その目線は泳ぐように琴原さんへと引き寄せられていき、はっとしたようにまた僕を睨む。あんたもかよ。
「俺達はお化け屋敷できゃーきゃーしにきたカップル共を震え上がらせる怪談を考えるのに忙しい。用があるなら手短にするんだな」
理由がなかなかに終わっていた。
「伊藤さんは、首吊り少女は実在すると思いますか?」
琴原さんはジャブなどしない。いつだって火の玉ストレートである。
「は? 首吊り少女? 何だ突然。まあそれなら、俺が一年生の時の部の展示が首吊り少女についてだったんだが……その時調査した俺に言わせると、首吊り少女は存在しない。ちょっと待ってろ」
伊藤はいきなりの質問に数秒呆けたあと、そう言って棚を漁ると、筒状に丸められた何枚かのポスターを投げてよこした。広げると、「刮目! ついに明らかとなる首吊り少女の正体!』というデカデカとしたタイトルが目に飛び込む。
首吊り少女の噂の出だした時期に、出現した理由の考察等々、調査うんぬんを抜きにしても、なかなかに興味をそそられる内容となっていた。
「おおこれはまさに!」
と、求めていた情報に琴原さんは声をはずませた。
「あの、これ結構面白いと思うんですけど、こういう展示系はもうやらないんですか?」
「ん? 展示じゃリア充共は悲鳴をあげないからな。やる意義がないだろう」
気になって尋ねたところ即答された。
「その点お化け屋敷なら「大丈夫、俺がついてる」なんてスカしていた男の情けなく悲鳴をあげる醜態を見せつけ女を幻滅させることもできる。もちろん理想は女を置いて逃げさせることだがな」
伊藤はどす黒い笑みを浮かべた。
リア充への悪意の粘度がネチネチを通り越し、もはや一周回って爽やかに見えてくる。もう部の名前を替えたほうがいいんじゃないだろうか。リア充撲滅部とか。
オカルト部のポスターによると、首吊り少女の話が出回り始めたのはおよそ十年前の、ちょうど文化祭シーズンまっただ中。旧校舎の取り壊しと部室棟の建設が決定された時期だとされている。首吊り少女とは、旧校舎で不遇の死を遂げた女子生徒の地縛霊であり、その取り壊しに怒り姿を表したのではないかと結論付けられていた。
「それで、この旧校舎で不遇の死を遂げた女子生徒、つまり首を吊った女子生徒というのは存在するんですか?」
「いや、新聞や学校新聞をかなり遡ってみたし、聞き込みもしたんだが、首を吊った女生徒なんてのは確認できなかった。ただ、そんな事実、そのまま書いたってオチがつかないから、そういう結末にまとめたんだ。首吊り少女がいないって知った時は俺もガッカリしたもんだ」
「そうですか」
琴原さんはしょんぼりと視線を落とす。怖いものが苦手なくせして怪異の不在証明を残念がるのだから難儀な性格だ。
しかし彼女はすぐに気を取り直したように視線をあげた。
「首吊り少女は、もとから今のような話だったんでしょうか。話に小説が関係したり、そういう話を知りませんか?」
部員二人は「小説?」と首を傾げながら互いに見合うが、部長である伊藤はふむと考え込むと、「そういえば……」と口を開いた。
「首吊り少女を調べてる際、OBを辿って当時の首吊り少女について聞いたんだが……その人たちの中に、首吊り少女が現れる条件のくだりで、首吊り少女の小説を読むこと……と答えた人が年代が上になるにつれて多かったな。まあ聞き伝えの怪談で細かいところが変わることなんて珍しいことじゃないからポスターには書かなかったんだが……おまえ、なぜそんなことを知っている」
伊藤は訝しげに睨む。もちろん琴原ではなく俺を。
「怪談と同じような話の原稿が文芸部で見つかったんです。あの、それより昨日の夜、部室棟周辺でなにか変わったことなどありましたか?」
琴原さんは急にそんな質問をし出した。
部員二人は顔を見合わせうーんと唸ったあと、一方が「あっ」と声をあげた。
「録音してる時にすんごい悲鳴が聞こえたよ。一回目はそんなだったけど、二回目はびっくりしたな」
「そうそう。心臓が飛び出るかと思ったよ」
その悲鳴、多分ぼくらだな。もちろん教えないが。
「録音?」
琴原が不思議そうに呟く。
目線を向けられた部員二人は「あ、」「えっとそれは」と言葉に詰まらせ、手であわあわと宙を掻く。
伊藤はそんな二人を見てため息をつくと、
「お化け屋敷で流す怪談の録音だ」
と棚に置かれたノートパソコンとマイクを顎でしゃくる。
伊藤の言葉に部員二人はほっと息を吐き、「そう、そうなんだ」とオーバーに頷く。
そういえば、オリジナルの怪談も多いと彼らは言っていた。となると、録音は自分たちでする必要があるわけだ。
「ちなみにその録音なんですが、聞かせてもらえたりは「い、いやダメダメダメ、ダメだよ、絶対ダメ!」
琴原さんのお願いが食い気味に否定され、すこし驚く。彼女のことならなんだってうんうん頷くと思っていたのに。断るなんて選択肢が可能だったのか。
「こ、こういうのはちゃんと文化祭でお化け屋敷に来て聴いてくれないと!」
「これはサイトでデータ販売する予定なんだ。そんな気軽に聴かせられるもんじゃない!」
オカルト部全員が、まくしたてるような早口で拒絶を示した。彼らの視線は、ちらちらとノートパソコンへと向けられていた。
「ダメ……ですか?」
それでもなお琴原さんが美少女パワーでゴリ押しを図った。
「うっ、グッ」
目をあわせられた伊藤が、発作でも起こったように胸元を抑え呻く。
「だ、ダメだ!」
効果はありそうだったが、抜群とまではいかなかったようだ。目をうるませて上目遣いだったら行けたかもしれない。
「話は終わりだな。用が済んだならとっとと出ていけ!」
という伊藤の怒鳴り声によって、追い出されるようにぼくらはオカルト部を去った。
「それで、つまりどういうことなんでしょう」
廊下に出て、文芸部へと戻りながら琴原さんがぽつりと零した声は、多分ぼくに向けられているのだと思う。
「どうもなにも、藤原秋水が文化祭で出した部誌に載せた話が、怪談として広まったってことじゃないか?」
結構昔のことまで調査したらしいあのオカルト部の部長も、首吊り少女はいないと結論付けていたわけだし。
「でも、それは変です。だって、部誌にあの話は載ってませんから。それだと首吊り少女の話は広まりようがないじゃないですか」
「それって、部室に元からあった方の部誌にはって話だろ? 昨日見つかった紛失してた方の部誌のどれかに載ってるんじゃないか?」
琴原さんはふるふると首を横に振った。
「藤原秋水が在学していた年の部誌は全て、もともと部室の本棚に置いてありましたよ」
いや、それこそおかしな話だ。
「ぼく、読んだ覚えないけど」
部室にあった部誌は一応全部目を通してる。けど、藤原秋水の名前を見た覚えはない。
「それはそうですよ。だって藤原秋水が在学していた年の部誌に、彼の書いた話は一つも載っていないので」
琴原さんは「当時はがっかりしたものです」と付け加えるが、ぼくは混乱していた。
「載ってないのに、なんで在学していた年の部誌があるってわかるんだ?」
「え、年齢から逆算すれば簡単にわかるじゃないですか。藤原秋水の年齢は誕生日と一緒に公開されてますからね」
「ああ、そうなんだ」
「どこにおかしなところが?」と、こてんと首をかしげる琴原さんに少し恐怖を感じた。
とにかく、あの首吊り少女は部誌には載らなかったらしい。しかし、あれほどの出来の話を部誌に載せないというのもまたおかしな話だ。ああ、そういえば昨日聴いた話だと、
「たしか藤原秋水は怖がりだったんだよな」
「はい。それはもう筋金入りの」
なぜか琴原さんはドヤ顔で即答した。
「なら、こんな感じじゃないか?」
藤原秋水は文化祭に出す部誌に掲載する首吊り少女の原稿を書き上げた。その後、どこからともなく、首吊り少女の怪談や目撃証言が広まり出す。極度に怖がりだった藤原秋水は、自身の書いた小説の怪異が現実になってしまったのではないかと勘違いした。あの話は、いわゆる「この小説を読んだら死ぬ」系の話だ。そうなると、そんな小説を部誌になんざ載せようとは思わないだろう。だから掲載しなかった。どころかその件がトラウマになって、高校三年間の間、彼は部誌に自分の書いた作品を乗せることができなかった。
「完成した原稿を、部員で読み回すくらいはしただろうから、怪談とか目撃証言の方は、多分文芸部の誰かが友達やクラスメイトに話したここだけの話が広まったって感じじゃないか?」
しかし予想外にここだけの話が広まりすぎで収集がつかなくなり、あまつさえ書いた本人が掲載を辞めると言い出す自体にまで発展した。もしぼくが噂を広めた第一人者だとしたら、今更自分のせいだとは言い出せない。真実は闇に葬られ、怪談だけが残った。
怪談は伝える媒体が口頭だ。読んだ人間ではなく聞いた人間を怖がらせたいなら、小説を読んだ人間は死ぬと言うより、この話を聞いた人は死ぬと言った方が都合が良い。そんな感じで、小説を読むと……というくだりも改変されていったのだろう。
「まあ全部ただの憶測だし、もし合ってたとして、藤原秋水が人を殺してしまうかもしれないと思った首吊り少女の原稿をどうして燃やしたりせず手元に残していたのかって疑問は残るけど」
「それなら簡単ですよ。ああいう話は、たいてい壊したり捨てたりする呪われてろくな結末になりませんからね」
「ああ、たしかにあの封筒は、まさに封印って感じだったな」
ぼくは今日水科先生が破り捨てた、あの無数の御札の貼られた封筒を思い出す。
となると、一応は筋が通るわけか。
「やはり、怪異首吊り少女はいないんですね、スッキリしました」
少なくとも琴原さんは今の説明に納得したらしい。が、スッキリしたという言葉とは裏腹に、横に並ぶ琴原さんはまだなにかを考え込むように顎に指を添えていた。
そして、彼女はぼくの顔を覗き込む。
「じゃあ私達が見たものは誰だったんでしょうね」
そのどこまでも無垢な瞳に、足が止まった。
水科先生や伊藤の言う通り、怪異首吊り少女は存在しないのかもしれない。しかし、昨夜文芸部部室にはたしかになにかが居たことを、僕たちは二人揃ってこの目で見た。
水科先生はなにか見間違えたのだろうと言った。なら僕たちはいったいなにを首吊り少女と見待ち違えたのだろう。あるいは、誰を。
その考えがあったからこそ、琴原さんはさきほど、オカルト部に昨日の夜のことなど尋ねたし、あの現場のすぐ近くでされていたという録音を聞きたがったのではないか?
彼女の中で、調査はまだ終わっていないらしい。むしろ首吊り少女というメルヘンの非実在性を確認したこの瞬間にこそ、本当の犯人探しは始まったのだった。そのことを、ぼくは今更ながらに理解する。
「念の為、部室をしっかり確認した方が良さそうだな」
ぼくたちが見たものが怪異などではなく、人間だったとすればそれはただの不法侵入だ。まず一番に気にすべきは盗難だろう。
「任せてください。わたし、記憶力は良いですから」
琴原さんはとんと自分の胸を叩いた。
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