ボドゲ部 


 その後琴原さんに、「森辺さん、わたし日暮れには帰りたいんです。なので効率重視でいきましょう」と言われ、部室棟内の部に別々に聞き込みをすることとなった。


 琴原さんがこの提案をしてきたのには言葉通りの理由の他、彼女の陰に隠れてろくに聞き込みらしい経験をできていなかったぼくを気遣った可能性と、あまりのぼくの役立たずっぷりに共に行動することを見限ったという可能性がある。……あまり考えないようにしよう。


 ぼくは文芸部の三つ隣の部室前で突っ立っていた。この部室では去年まで将棋部が活動していたらしいが、今年ついに部員がゼロとなり活動停止中となった。しかし、扉の向こうからは「残念、ファンブルでぇーす!」などとキャッキャというよりはギャハギャハとした、少々はしたない女子の声が響いていた。


 意を決するというよりは半ばあきらめてこんこんとノックする。一瞬の静けさのうち、「はーい♪」という猫なで声が扉の向こうから響いてきた。


 扉が開き、きゅるるんとした瞳がこちらを見る。目の前の不自然なほどアヒル口の女子生徒と、その奥で重ね合わせた机の下に隠れながらこちらをチラチラ見ている女子生徒二人には見覚えがあった。机の下の貞子みたいな髪の長い方が新田、さっぱりとショートボブにしてる方が三島、そして眼の前のアヒル顔が剛田。全員ぼくと同じクラス、つまり一年生である。


 重ね合わせて作られたテーブルの上には鈍器みたいな分厚い本と、あまり見たことのない多角形のダイス。中央にはなにかが書き込まれた紙に、色とりどりのチェスの駒のようなものが載っていた。将棋盤は見当たらない。なぜなら彼女たちは将棋部ではなく、ボードゲーム同好会だからだ。


 突如としてボードゲーム同好会と名乗る一年女子三人が、「将棋も広く考えればボードゲームですよねぇ」と謎の理論を展開して生徒会から承認をもぎ取り、空となった部室を乗っ取ったという噂は聞いていたが、どうも真実だったらしい。まさかクラスメイトだったとは思わなかった。


 来年将棋部への入部希望者がいたらどうするつもりなのだろうかと考えていると、チッという舌打ちが聞こえて眼の前の女子生徒に意識を戻……え、舌打ち?


「あのー、なにか用ですかぁ?」


 そこには変わらずきゅるるんとした瞳とアヒル口があった。甘ったるい猫なで声にも関わらず、言葉の端々から「なんだてめえ」という威嚇をヒシヒシと感じるのが不思議だ。舌打ちをしたのもこいつで間違いないだろう。


「えっと、文芸部の森辺なんだけど、ちょっと聞きたいことが」「えー、文芸部なんですかぁ

! それはちょうどいいカモが」

「カモ?」


 と首をかしげると、剛田は「あ、やべ」と漏らし、


「タイミングいいカモ―、みたいな?」


 と言い直した。いや、さっきの言い方は明らかにネギ背負ってる方のカモだったよなと思ったものの、口には出さない。


「地味面確認。陽反応なし。警戒解除」

「ふぅ\……」


 などと言いながら後ろの二人も机の下から這い出てくる。


「あー、どうぞどうぞぉ」


 と剛田が引っ張り出してきた椅子に座る。


「あー、マーダーミステリーってわかりますぅ?」

「被害者がマーダーされる感じのミステリーだろ」

「は?」


 冷たく威圧的な「は?」だった。猫撫で声はどこにいったのか。


「あのさー、森辺TRPGって知ってる?」


 後ろで隠れていた二人の片割れ、三島に急に名前を呼ばれてびくりとするが、曲がりなりにもクラスメイトである。名前を知られていてもおかしくない。もちろん「森辺TRPG」という名詞が存在するという可能性も無視はできない。

剛田が「え? この人知り合い?」と呟くのを聴き、彼女がさっきからやたらと敬語だった疑問が解ける。こいつ俺のこと上級生と勘違いしてたな。クラスメイトだぞ。せめて顔くらいは認識しとけよ。まあ、訂正しない方が色々とやりやすいか。


「ああ、知ってるけど」


 TRPGの方ならば。


「なら話が早いんだけど、マーダーミステリーっていうのはさー」


 三島の早口解説を聞くに、マーダーミステリーはTRGの一種らしい。カード状のアイテムや自分の選んだキャラを演じるためのハンドアウト等、聞いた限りでは推理ゲームといった印象だ。彼女たちはそのマーダーミステリー、マダミスを自作するべく、そのシナリオを文芸部にお願いしようかと話していたらしい。しかしだ。


「どんなに頑張っても文化祭には間に合わないと思うぞ」

「別に文化祭までってわけじゃなくてぇ」

「文化祭で活動実績作りたい\んじゃないのか?」


 ならばなぜこの時期に。


「実績を作りたいっていうより、それをどうにか売って活動費を確保したいって感じ?」

「部室申請したのも、ただ教室に居場所がないから、他に安息地が欲しかっただけだし……」


 そう言ってへへへと後ろの二人は卑屈な笑いを浮かべた。


「こんな感じでうち意識低いんで大丈夫でぇす。それでどうですか? 引き受けてもらえます……?」


 剛田は練乳みたいに甘ったるい声で、きゅるるんと上目遣いで目を潤ませる。


「まあ、話すだけ話してみるけど」


 どの道うちでこういうのが書けるのは彼方さんだけだし。


「わぁ、ありがとうございまーすぅ。よろしくお願いします。これ参考資料に貸しときますねぇ」


 と、マーダーミステリーらしきものがまとめられたファイルを渡される。


「GM役だったら言ってくれればいつでもするんでぇ。後ろの二人が」

「え……無理」「いや、私知らない人とセッションとか普通に無理なんだが?」


 という二人の抗議の声を無視し、


「それじゃあ今日はありがとうございましたぁ」


 剛田は別れの言葉を告げる。


「それじゃあぼくはこの辺で……って違う違う違う!」

「えっ、なんですかいきなり、こわっ」


 突如大声をあげたぼくを剛田が蔑むような冷たい目で睨む。


「昨夜、部室棟にいた奴っている?」

「みんな居ましたけど……」

「なら、なにか変わったこととか、なかったか?」


 ぼくはそれを聞くためにここにきたのだ。

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