人はそれを盗聴と言う

「えー、別になにもなかったですけどぉ」


 と剛田は涼しい顔で答えたが、後ろの二人は別だった。


「……なかった。なにも、なかった」

「別に何もなかったが? というかそんなことを森部みたいな男子に聴かれると普通に怖いし答えたくないんだが。セクハラなんだが」


 片方はあからさまに目が泳ぎ、片方は呆れるくらいの早口だった。琴原さんを前にしたオカルト部の連中よりひどい。


 いったいなにがあったんだと目を合わせれば、剛田は笑顔のままチッと舌打ちをして、ため息を吐く。


「あの-、ここだけの話なんですけどぉ」


 そう言って剛田は両手を口元にあて、うるうると目を潤ませる。


「誰かにチクったらわかってんな? お?」という副音声がどこからともなく聞こえてきた。


「私達、一昨日の夜は隣の部屋の音を聞いてたんです」


「隣って、新聞部?」


 ていうかそれ、盗聴なんじゃないか。


「いえ、映像研の方です」


 映画部。確かオカルト部の隣。文芸部から見ると二つ隣の部だ。


「さっき行ってきたけど、昨夜は誰も部室にいなかったって聴いたんだけど……」

「」

「あー、まあ当たり前ですよぉ。映画部の三年に、茶髪でイケメンの綾部先輩っているじゃないですかぁ」

「ああ、あいつか……」


 綾部。会話をしたことは一度もないが、撮影中いつも女子に囲まれてキャーキャー言われていていけすかない奴だ。映画部の部員、特に女子部員が多い理由が、文化祭で綾部が主役の自主制作映画を観たから、と聞いてからますますいけすかない。


「それでぇ、その綾部先輩一年の頃からこの文化祭シーズンになると、夜部室に女の子を連れ込むらしいって聴いてぇ。で、この部室棟って結構壁薄いじゃないですか。だから聞こえてくるんですよね。エッチなことしてる音が。だからそれを聴いてたっていうかぁ」

「しかも、毎日違う女」

「昨日なんて図書委員長の光井さんだったし」

「物静かでそういうことはしない清純な子って思ってたのに……」

「どうせ今に髪とか服装が派手になって、言葉遣いも変わっていく。ああ脳が破壊されていく」

「だが、それがいい……ッ」


 剛田はぐへへと女子がしてはいけない笑みを浮かべる後ろ二人に目を細め、しらーっとした視線を送ると、「これ、ここだけの話ですからね」と念を押してきた。


「残念だな。学校にチクって三年生のこの時期に進路をめちゃくちゃにしてやりたかったのに」

「そのとばっちりで私たちの盗聴がバレたら困るんですけどぉ」

「壁に耳を押し付けて音を拾おうとした時点でとばっちりじゃないだろ」

「は? いやそんなことしてないしなにもしてなくても聞こえてくるくらいの大ボリュームだったんだが?」

私たちは悪くない。聞かせる方が悪いんだッ」

「そうだ。むしろ私たちは被害者だ。なのにそんな可哀想な被害者を捕まえて、ぐへへ、おまえたちだって楽しんでたんだろなんて、セクハラ予備軍だぞ、森辺」

「この、乙女の敵!」

 おとなしかった二人が突如として牙を剥く。これ、ぼくが悪いのか?


「見ての通り二人は被害妄想がすごいんでぇ、発言には気をつけてもらわないと」


 剛田がまったくもぉと甘ったるいため息を吐く。ぼくが悪いらしい。


「まあ、一昨日にあったのは本当にそれだけですね。あ、そういえば耳を澄ませてる途中で急に甲高い悲鳴があがって心臓止まるかと思いましたけど。それも二回も」

「ああ、そっちはいいや」


 話題が不快な方向に行きそうになったので軌道修正する。


「悲鳴といえば、森部は文化祭で回る場所とか決めてんの?」

「いや、特に」


 三島のマジカルバナナの下手そうな質問に、ぼくは正直に答えた。


「なら、オカルト部、オカルト部のお化け屋敷が絶ッッ対おすすめだぞ」

「激推しだな。そんなにすごいのか? お化け屋敷」

「いやお化け屋敷は知らんけど。オカルト部って、毎年怪談のバックで悲鳴が流れるのが恒例らしいんだが……」

 と、そこで三島は「ここだけの話なんだが……」と声を潜めた。

 本日二回目のここだけの話だ。きっと首吊り少女の話もこんな風に広がっていったに違いない。


「この文化祭シーズンに、肝試し感覚で部室棟でイチャイチャしようとするバカップル共を驚かせた時の悲鳴をそれに使うのがオカルト部古くからの伝統なんだって」


 ほんとにろくでもない部だな、あそこ。


「なんで一年なのにそんな事知ってるんだ?」

「は? いや将棋部の顧問が話してたのを聞いただけなんだが? あ、今はボドゲ部だったわ」

「今年は期待できそうって、喜んでた」

「キモいですよねぇ、あの教師」


一人だけただ教師を罵倒してうんうん頷いてるやつがいた。部を乗っ取られたのに顧問を続けてくれている板橋先生に感謝しろよ。


「で、なんでそんなものをぼくに勧めるんだ」

「おまえがカップル共の不幸を心底喜べそうな日陰者の匂いのする、私達の同士だからだ」


 と、三島はにやっと笑い、新田がこくこくと頷く。一緒にするな。


 剛田はそんな二人に「あのさー、あんたら私達って一括りにしないでほしいんだけど」と冷めた呆れ声でぼやいていた。


 さて、そろそろ聴きたいことも聴けたしそろそろ御暇しようと扉に手をかけた時、「ああ」と思い出して振り返る。


「そのマーダーミステリーっていうのは、人が死ななきゃ駄目なのか?」

「は? マーダーってついてるんだから、そうなんじゃ?」


 剛田は何言ってんだこいつ、という顔をしていたが、


「いーやそんな決まりはない。別に誰も死ななくても、むしろ全滅しても別にいい。TRPGは自由なのだ」


 三島が、良いこと言ったぜみたいなドヤ顔でそう言い放った。


「それじゃあ、そんな感じで話してみるよ」


 と答えて廊下に出る。


 最後に扉の向こうから、「ところであれ誰? 何年? なんでふたりともそんな舐め腐ってんの? 知り合い?」と尋ねる剛田の声が聞こえてきた。同級生だよ。



 その後合流した琴原さんは「今のところ一番挙動不審だったのはオカルト部ですね」

とふむふむ頷いていた。

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