臆病者は首を吊る
放課後の部室。タイトルだけが欠けたその原稿を読み終え、顔をあげる。
向かいの席で、同じように原稿を読み終えたらしい琴原さんと目が合うと、彼女は苦笑して言った。
「してやられました。まるで名探偵ですね」
と言われ、背中がむず痒くなる。
琴原さんが視線を隣へと移す。
「早くタイトルなんてちゃちゃっと決めちゃって! あれだけ美術部の尻を叩いてたから、もう仕返しとばかりにプレッシャーがすごいんだから。胃に穴が空いちゃう」
そこでは一週間前、「私は速筆なんだ……キリッ」とドヤ顔を浮かべていたはずの彼方さんが水科先生に激を飛ばされ、自前のノートPCの前で苦悶の表情で唸っていた。何徹目なのかいつもきめ細やかな肌は荒れて、目の下には色濃いくままでできている。
……この、彼方さんによる告白小説を読んで、琴原さんがなにを思ったのかはわからない。でも彼方さんを見つめる彼女の表情は、普段と比べて柔らかな気がした。だからまあ、二人はきっと大丈夫だ。
それにしても、彼方さんが自分で告白してしまった以上ぼくの脅しの効力はゼロだな。なんて思いながら、ぼくは再び彼方さんの原稿に目を落とす。
これと比べてしまえば、ぼくが寝る間を惜しんで書き直した日常ミステリーはどうしようもなく稚拙だった。結局、彼女には到底及ばなかった。きっと彼方さんと琴原の作品の影で、ぼくの作品は誰の心にも残らないだろう。
それでもぼくは初めてミステリー小説を書いた。そしてきっと、これからも書き続けるのだと思う。
「よーし、決めたぞ!」
彼方さんが叫び声をあげ、アヒャヒャヒャヒャと精神的に相当キテることが伺えるヤバめの笑い声を上げながらカタカタとキーを叩く。
PC画面にタイトルが入力されていく。
彼方翔子 臆病者は首を吊る
臆病者は首を吊る ジェロニモ @abclolita
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