第2話 湾岸勇者イセカイザー
伊勢湾洋上に突如として現れた深界大要塞。
そして、ついにその姿を現した深界棲命体を統べる深界王。
この要塞に備わる極大滅殺砲には、この地球をも破壊する程の威力があると言う。
エネルギーチャージが終わる前に、なんとしても破壊しなければならない。
・・・勇者達の最終決戦の時が迫っていた。
湾岸勇者イセカイザー 第26話 勇気よ永久に
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『カケル、君を連れていくわけにはいかない』
「なんでだよ!僕だって伊勢湾警備隊の隊長なんだ、これまでだって一緒に・・・」
この少年の名はカケル。
深界棲命体の引き起こした事件に巻き込まれ、当時未完成だったイセカインを起動した人物である。
それ以来、カケルは伊勢湾警備隊の名誉隊長として、勇者達と行動を共にしてきた。
この最終決戦に彼もまた勇者達と同行しようと言うのだが・・・
『ダメだ、この戦いはこれまでとは比べ物にならない。最も厳しい戦いになるだろう』
「そんなのわかってるよ!だから・・・」
だからこそ勇者達だけに任せて自分だけ安全な所に居たくないのだ。
これまで苦楽を共にしてきたイセカインにも、その気持ちは痛いほどにわかる。
だが、そんなカケルだからこそ、危険な目に合わせたくはないのだ。
そんな言い争いを続ける彼らに、横合いから別の声が掛かった。
『イセカインよ、なぜはっきりと言わないのだ?足手まといは要らない、と・・・』
『ゴッドフリード、貴様・・・』
カケルを足手まといと言われ、イセカインがにわかに殺気立つ。
ゴッドフリードはアメリカ軍によって造られた最新鋭のイージス艦型勇者ロボだ。
その指揮系統や思想の違いからイセカイン達と衝突する事も多かったが、今では心強い仲間の一人だった。
『フン、俺はお前達の仲良しごっこには興味がないからな・・・自分のポジションを離れて好き勝手するような兵士はUSAにはいない、それが隊長ならなおの事だ』
「う・・・」
『カケル隊長、お前にも自分の果たすべき役割があるのではないのか?隊長の使命がな・・・』
それだけ言い残して、ゴッドフリードは米軍基地の方へ去っていった。
決戦に向けて、最後のメンテナンスを受けるのだろう。
「・・・悔しいけれど、ゴッドフリードの言う通りだ。僕なんかじゃ足手まといにしかならない」
『カケル・・・』
目に涙が浮かぶのを堪えながら、カケルは勇者達へと語り掛ける。
「僕はここでみんなの帰りを待つよ!だから・・・絶対に・・・」
『ああ、必ず帰って来るとも』
『大丈夫だぜタイチョ、俺達に任せなって』
「スカイ・・・」
軽口を叩くのはイセスカイ・・・飛行機の勇者ロボだ。
その軽い性格でムードメーカーとしてチームを支えてきた。
『この俺達が揃っているんだ、何の心配もないさ!隊長は後ろでドーンと構えていてくれ』
「マリン・・・」
イセマリン・・・彼は潜水艦の勇者ロボだ。
深界棲命体は伊勢湾から現れる事が多く、水中戦闘に特化した彼が活躍する場面は多かった。
伊勢湾警備隊とって欠かせない存在だ。
『長官達も良い作戦を考えてくれています。我々が負ける事はありませんよ』
「ライナー・・・」
イセライナー・・・伊勢の沿岸を走る特急列車の勇者ロボだ。
彼のAIは勇者たちの中でも演算能力が高く、その計算には何度も助けられてきた。
「絶対に・・・絶対に帰って来てよ、約束だからね」
・・・そして、最後の戦いが始まる。
「遅いぞ、カケル隊長」
「ご、ごめんなさい!」
指令室では既にカケル以外のメンバーが全員揃って配置についていた。
慌ててカケルが席に着くと、博士が手元のコンソールを操作しながら説明を開始する。
「この深界大要塞じゃが・・・先程からエネルギー反応が増大を続けておる、極大滅殺砲のエネルギーチャージが始まっていると見て間違いはないじゃろう」
正面の大きな画面には、伊勢湾の洋上に浮かぶ未知の物質で出来た島のようなもの・・・深界大要塞が映っていた。
そして別のモニターには要塞内部から検知されたエネルギーがグラフ化され表示されている。
「このペースであれば、この地球を破壊する程のエネルギーが貯まるのは約3時間といったところじゃろうな・・・」
「そんな・・・あとたった3時間で地球が・・・」
「だが、悪い事ばかりではないぞ!それだけ膨大なエネルギーだ、もし発射する前に極大滅殺砲を破壊すれば・・・」
「うむ、行き場を失ったエネルギーは要塞内部で暴走・・・あの要塞は崩壊するでしょうな」
長官の言葉に応えつつ博士がコンソールを叩くと、シミュレータによって溢れたエネルギーで要塞が崩壊する映し出された。
「つまり、あの滅殺砲が発射される前に叩けば良いわけだ。聞いたな、勇者諸君!」
『了解!伊勢湾警備隊、これより出動します』
通信によって勇者たちの声が指令室に響く。
勇者達はそれぞれのメカへと変形、基地に設置されたそれぞれの射出装置に固定され出撃体制に入った。
それらを確認したオペレーターが告げる。
「伊勢湾警備隊出動シークエンス・・・問題ありません、行けます!」
「よし、伊勢湾警備隊、出動!」
『了解!』
イセカイン、イセスカイ、イセマリン、イセライナー・・・
4機の勇者メカがカタパルトによって伊勢湾の洋上へと射出されていく。
「正真正銘これが最後の戦いになるだろう・・・出し惜しみはナシだ、カケル隊長!」
「了解、レッツブレイブフォーメーション!イセカイザー!」
カケルがその右手のブレスレットを高々と掲げて叫ぶ。
すると勇者メカ達がイセカインを中心にした陣形を取ると、紫電を放った。
『ブレイブフォーメーション!』
まずイセライナーが4つの車両に分かれ、先頭部分と終端部分がイセカインの肩に、残りの2つが足にはまる。
そしてイセマリンの後部から巨大な2連スクリューが分離して足先に・・・本体が二つ別れ腕に変形する。
イセスカイが薄い機体を上下に展開、その翼を大きく広げながらイセカインの真上から降りて来て、胸と背中を挟み込む。
最後にイセカイン顔を兜のようなパーツが覆った。
『完成、勇者イセカイザー!』
イセカインよりも二回りは大きい巨大ロボがそこあった。
4機の勇者達が合体した最強の勇者、人類の希望。
その名は勇者イセカイザー。
背中の大きな翼からのジェット噴射で空を自由に飛び、深界大要塞へと真っすぐに飛んでいく・・・
そのイセカイザーの後を追うように、一隻のイージス艦が洋上を猛スピードで進んできた。
「ゴッドフリード!」
『その様子だと、どうやら振っ切れたようだな。カケル隊長』
「ゴッドフリード、やっぱり君はわざとあんなことを・・・」
『あいにくと余計なデータは消去済みだ、君が何の事を言っているのかわからんな』
「あはっ・・・素直じゃないんだから・・・」
もちろんデータの消去などされていない、ゴッドフリードなりの照れ隠しだろう。
『ゴッドフリード、協力を感謝する』
『フン、人類全体の命運が掛かった戦いだ、我々USAも協力しない理由は無い』
『それでもだ、お前ほど頼りになる援軍はないさ』
ライバルとして、何度もぶつかった事のある相手だ。
その強さは誰よりも互いが理解していた。
そして、その絆は新たな力をも生み出している。
「いくよ!スーパーブレイブフォーメーション!ゴッドイセカイザー!」
『了解、スーパーブレイブフォーメーション!』
水飛沫を上げながら、勢いよくイージス艦が飛び上がる。
イセカイザーとゴッドフリード、造られた国も違えば規格も違うはずの勇者だが彼らの絆は新たな合体を生み出していた。
単体でもイセカイザーとほぼ同じサイズの巨大ロボであるゴッドフリード。
その体が10を超えるパーツに分かれ、イセカイザーの足に、腕に、胴体に・・・装着されていき・・・
『完成、ゴッドイセカイザー!』
イセカイザーよりも更に一回り大きな超巨大ロボ、それがゴッドイセカイザーだ。
「要塞内部から敵機の反応が多数!その数10・・・20・・・数えきれません!」
彼らの合体に危険を察知したのか、魚のような姿をした深界戦闘機が要塞から次々と飛び立ち空を埋め尽くした。
敵の反応で染まっていくレーダーに博士の表情が歪む。
「やはり、ただで行かせてはくれんか・・・」
『この程度の敵など問題ではない、ゴッドブレイブスマッシャー!』
ゴッドイセカイザーの必殺武器である超重力砲によって薙ぎ払われるように一掃される深界戦闘機。
しかし、倒した先から次々に現れ、再び戦闘機が空を覆った。
『何度来ても無駄だ、ゴッドブレイブ・・・』
「いかん!奴らの狙いはこちらのエネルギーを消耗させる事じゃ!」
博士の叫びにゴッドイセカイザーの動きが止まる。
確かにゴッドブレイブスマッシャーの威力は強力だが、エネルギーを多く消耗する。
要塞砲を破壊するのにどれだけのエネルギーが必要になるかわからない状況で何度も撃つべきではない。
『だが、他の武器ではあの数には・・・』
「フフフ・・・気付いたようね」
ゴッドイセカイザーの足元の水面から、人間の女性のようなシルエットが浮かび上がった。
妖艶な声で語り掛けるその人物は当然、人間であろうはずがなく・・・
彼女の名はベルディーネ・・・深界の幹部、魔女と呼ばれ幾度となく勇者達の前に立ち塞がった存在である。
『貴様は深界魔女ベルディーネ!あの時、確かに倒したはず・・・』
「アハハッ!深界王様の偉大なるお力で甦ったのさ!新たな肉体を授かってね!」
そう言うなり海面の下から彼女の下半身が浮かび上がる・・・それは美しい上半身とは全く異なる巨大さで・・・
と、同時に水面から二本の触手が伸びてゴッドイセカイザーの足に巻き付いた。
『く・・・その姿は・・・』
「なんでも、この地球の神話にはこんな姿をした神がいるそうじゃないか!これからはゴッドベルディーネとでも名乗ろうか」
いくつも触手の生えたそれは、巨大な蛸のような姿をしていた。
もはや下半身と言うよりも、蛸の頭の上にベルディーネの上半身が生えているような状態だ。
「これはまずいぞ・・・このままでは、あの要塞に近付く事も出来ん」
ベルディーネは何度も苦戦させられた強敵だ、エネルギーを温存して勝てる相手ではない。
そして、上空の戦闘機の群れも無視出来るものではなかった。
『フン、合体解除』
『ゴッドフリード?!』
ゴッドイセカイザーからパーツが外れ、一体の巨大ロボの姿となった・・・ゴッドフリードのロボット形態だ。
分離した事で触手からは脱出出来たが、困惑するイセカイザーの様子からゴッドフリードの独断で分離した事が伺える。
『この邪神の出来損ないは俺が相手をする、お前は先に行って滅殺砲を破壊しろ』
『ゴッドフリード・・・だがお前は・・・』
『いいから行け!この俺が戦功を譲るなんて事はもう二度とないぞ』
『・・・了解した、任せたぞ』
「それで行かせるとでも思ってるのかい?!」
頭上を飛び超えていくイセカイザーの元へ、ベルディーネが触手を放つ。
だが、そこへ飛来した十発のミサイルが触手を爆砕した。
『とっくに貴様はロックオン済みだ、よそ見している余裕は与えんぞ』
「く・・・アメリカの玩具風情が、やってくれるじゃないのさ!」
思わぬ攻撃の威力に防御態勢を取りながら、ベルディーネはゴッドフリードと向き合う。
イセカイザーの姿は遥か先だ・・・止められることはないだろう。
(残りのエネルギーは30%か・・・だが問題ない)
ゴッドフリードは分離する際に、エネルギーの多くをイセカイザーへ渡していた。
戦場で一番の戦果を上げる事を目的に造られたゴッドフリードとしては本来ありえない行動だ。
だが・・・
(仲間を信じる事でスペック以上の戦果をもたらすのを俺はお前から学んだ・・・)
ゴッドフリードが両腕を前に突き出すと、腕の装甲が開きミサイルの発射口が展開される。
彼のイージスシステムでロックオンした狙いを外すことは絶対にない、必中のミサイル達だ。
『さぁ来い邪神、その醜い触手をこの俺が全て破壊してやろう!』
(頼んだぞ、イセカイザー・・・)
その頃、深界戦闘機による最終防衛ラインへ突入しようとしていたイセカイザーを真下からの攻撃が襲っていた。
そう深界戦闘機は水空両用・・・海中にも同数いたのだ。
『く・・・』
水中への反撃を試みるイセカイザーだが、今度は空中から戦闘機が迫る。
まさに、圧倒的な数の暴力がそこにあった。
「要塞まではあとわずかなんじゃが・・・このままでは・・・」
「そんな・・・がんばれ、イセカイザー!」
カケルにはモニターの向こうで苦戦するイセカイザーを応援する事しか出来ない。
そんな時、不意にまたイセカイザーの合体が解除される。
『くっ・・・これは・・・』
『イセカイン、ここは俺達に任せろ!』
イセスカイが空中の敵を、イセマリンが水中の敵を・・・
イセカインから分離した勇者メカ達がそれぞれ特異なフィールドで敵に向かっていく。
そしてイセライナーはというと・・・両者の中間ともいうべき海面付近にいた。
『その攻撃の軌道・・・計算通りです!』
イセライナーが敵の攻撃を避ける度に、その背後で爆発が起こる。
水中からの攻撃を空中の敵へ、空中からの攻撃を水中の敵へ・・・
彼の高い演算能力のなせる業だ。
『お前達・・・』
『ほら、イセカイン!忘れ物だ』
そう言って放たれたのはカイザーブレード、イセカイザー用の剣だ。
イセカインが持つには大きすぎるが、滅殺砲の破壊にはその威力が必要になるだろう。
『時間がもうないぞ、急げ!』
仲間達に追い立てられるように、イセカインが要塞へと迫る。
その両手には、巨大な一振りの剣。
要塞の正面、その中央から突き出すように筒状の物体がそそり立つ・・・あれこそ極大滅殺砲だ。
その砲身エネルギーにはエネルギーが充填され、妖しい光を放っていた。
『見えたぞ・・・くらえ、カイザーブレード!』
両腕を大きく振りかぶり、真正面から斬りかかる。
エネルギーを込めた刀身が光り輝き、滅殺砲の砲身を真っ二つに切り裂いていった。
「やったぁ!」
斬り裂かれた砲身は左右に倒れ、倒壊していく・・・極大滅殺砲の破壊は成功だ。
カケルを始め、指令室の何人かが声を上げてガッツポーズをする。
だが・・・要塞のエネルギーは暴走することなく・・・
「おかしい・・・これは一体どういう事なんじゃ・・・」
歓声に沸き立つ指令室の中で博士は一人、表情を曇らせていた。
・・・その時。
「見事だ、と言っておこうか勇者よ」
『・・・深界王』
・・・その声に、指令室の一同が凍り付く。
滅殺砲を破壊したイセカインの前に、敵の首領たる深界王が立っていた。
「イセカイン・・・お前達によって我が極大滅殺砲は破壊され、この地球を破壊する事は出来なくなった」
そう語る深界王の言葉は淡々としていて、悔しがっているような気配はない。
それはまるで・・・
「その戦いぶり実に見事である、褒めてつかわそう・・・だが、エネルギーはもう残っておるまい?」
『まさか貴様、はじめから・・・』
「くくく・・・地球の破壊など、貴様らを屠った後でゆっくり行えばいい・・・そういう事だ」
慌てて剣を構えるイセカイン・・・だが深界王の言葉通り、エネルギーは残り僅かだった。
そしてそれはイセカインだけではなく・・・
「フフフ・・・もう弾切れかしら?」
『・・・』
「ゴッドフリード!」
片膝をつくゴッドフリード・・・その腕からミサイルが発射される様子はない。
『やっぱ数多すぎっしょ、俺もう無理かも・・・』
『ふざけている場合か・・・ぐ・・・』
『こいつら・・・行動パターンを変えて来た?』
「スカイ、マリン、ライナー!」
攻撃を受けてイセマリンがよろめく・・・イセライナーの計算にも狂いが生まれてきていた。
「イセカインよ、我らのエネルギーの源が何なのかわかるか?それは人々の心だ」
『人々の心・・・だと・・・』
「妬み、憎しみ、そして恐怖・・・人が持つこれらの感情こそが我らの力・・・それらは決して尽きる事はない」
深界王のその言葉を聞いて、博士は合点がいったとばかりに呟いた。
「そうか、わかったぞ・・・」
「博士?」
「この深界大要塞と滅殺砲で、やつは人々の恐怖を煽り、そのエネルギーを集めた・・・」
「まさか・・・あの滅殺砲というのはブラフ・・・」
「やつにとって、恐怖を煽る事が出来れば何でもよかったんじゃ・・・煽られた恐怖こそがやつの目的」
「では、このエネルギー反応は滅殺砲ではなく・・・やつ自身のものだと言うのか!」
モニター上では、いまだにエネルギー反応がその数値を高め続けていた。
「ああ・・・力が漲る・・・これぞまさしく無限のエネルギー、実に素晴らしいぞ」
「素晴らしいお力です、深界王様!」
ゴッドフリードに破壊されたベルディーネの触手が再生していく・・・
『人々の心が・・・やつらを強くしているのか・・・』
「勇者よ諦めよ・・・そこに人間達がいる限り、我らが滅びる事は無い」
『く・・・』
イセカインの表情が曇る・・・人間達を護る限り、敵のエネルギーは増え続ける。
もはやどうする事も出来ない・・・彼は初めて絶望という感情を知ったのである。
「そんな・・・私たちの心がエネルギーにされてしまうなんて・・・」
オペレーターの悲痛な声が指令室に響く・・・
指令室の者達を・・・人類全てを絶望が支配しようとしていた。
「・・・ゃダメだ・・・」
「カケル君?」
「みんな、諦めちゃダメだっ!」
静まり返った指令室に、カケル少年の叫びが響く・・・
「人間の心が・・・人間の恐怖が力になるって言うのなら、恐怖に打ち勝つ勇気だって力になるはずだよ!」
「勇気か・・・そうだな、何より我々が諦めていてはいけない!」
カケルの言葉に長官が頷く・・・そしてそれは指令室全体に波及していった。
「そうだ、勇者たちはまだ立っている・・・諦める理由がないぜ」
そして・・・
「これは・・・いやまさか・・・」
「どうした博士?」
「今、ごく僅かじゃが、勇者達のエネルギーが増えたような・・・気のせいかも知れんが・・・」
画面上で勇者のエネルギーの数値は確かに増えていた、僅かに・・・本当に僅かだが。
その僅かで、指令室の人々の表情が変わった。
「僕たちの勇気で足りないのならっ!」
オペレーターの手が勢いよくコンソールを叩いていく。
全世界へ開かれる通信チャンネル・・・そこに向けてカケルが声を放つ。
「世界中のみんな、力を貸して!」
『これは・・・どういうことだ・・・』
勇者達に変化が起こった・・・尽きかけていたエネルギーが回復しているのだ。
『細かい事は良いっしょ!』
最高速度を取り戻したイセスカイが敵機を撃墜していく。
『そうだな、俺達はまだやれるって事だけで充分だ!』
イセマリンのソナーが強力な超音波を放つ・・・
高い出力で放たれた超音波振動は深界戦闘機を共振崩壊させる事が出来るのだ。
『私の演算速度も上がっているようです!スカイ、マリン、私の指示するポイントへ!』
『了解』
イセライナーの演算予測によって、2機はより効果的な攻撃を繰り出せるようになった。
無数にいた敵機の数が次第に減っていく・・・
『モードチェンジ!』
ベルディーネの触手を振り切りイージス艦の姿へと変形するゴッドフリード。
洋上を駆ける速度はこの形態の方が速いようだ。
「弾切れで逃げ回るのがやっとってかい?」
『フン、それはどうかな』
ゴッドフリードがその舳先をベルディーネに向け・・・真っすぐに突っ込んでいく。
「ヤケになって突撃かい?そんなものがこの私に・・・」
『ベルディーネ、お前に一つ教えてやろう・・・このイージス艦のイージスが何を意味するのかを・・・』
ゴッドフリードの前面が光り輝く・・・エネルギーフィールドだ。
エネルギーの光を纏ったイージス艦が真っすぐにベルディーネの胴体に突っ込んでいき・・・貫通した。
「そん・・・な・・・バカな・・・」
『イージスは神話に残る絶対の盾、この俺こそが人類を護る盾だ!』
蛸の身体に大穴を空けられたベルディーネが崩れ落ちていく・・・二度目の復活はなかった。
そして・・・
「なんなのだ・・・イセカイン・・・その力はなんなのだ・・・」
イセカインの全身が光輝いていた。
エネルギーが機体の許容量を超えて溢れ出ているのだ。
『感じるぞ・・・カケルの・・・みんなの勇気を・・・』
イセカインがその両手で剣を振りかざす。
カイザーブレードもまた、かつてないエネルギーの輝きを放っていた。
『深界王よ・・・人々の恐怖が無限のエネルギーと言ったな・・・』
「そ、そうだ・・・恐怖こそ無限のエネルギー!これを超える力などあろうはずが・・・」
『違う・・・勇気こそ・・・勇気こそが無限のエネルギーだ!』
持てる力の全てを込めて、深界王へカイザーブレードを振り下ろす。
カケルたちの、世界中の人々の勇気が生み出した輝きが周囲を染め上げた。
「これで終わりと思うな、勇者よ・・・我は何度でも・・・人間の心がある限り・・・ふめ・・・つ・・・」
『ならば何度でも、人々の勇気がそれを上回るだろう・・・カイザースラッシュ!』
・・・全人類の勇気の勝利だった。
深界王を中心に激しい爆発が起こり・・・イセカインのカメラを焼き切るかのような眩い光が満ちる。
やがてその光が収まった時・・・イセカインのカメラに映ったのは・・・
(ここは・・・私は深界大要塞にいたはずだが・・・)
そこは、石造りの大きな建物だった。
西洋の城を思わせるが・・・該当データはない。
「召喚に失敗した?!・・・私がちゃんと呪文を覚えられなかったから・・・」
「く、アニス様・・・かくなる上は、この私が刺し違えてでも・・・」
人間の女性とおぼしき声が聞こえるが、これもまたデータにない言語だった。
『データにない言語を確認・・・状況を解析中・・・』
カメラに人間の女性2名と巨大な生物が映る・・・モグラに似た特徴をしているが、やはり該当するデータはなかった。
「・・・なんだ、この変な声は?!」
「この箱から・・・聞こえる?」
「聞いたことのない言葉・・・まさか異世界の・・・」
先程までロボット形態で戦っていたはずなのだが・・・いつの間にかイセカインは放水車モードになっていた。
先程の女性の片方が怪我をしている事を確認、すぐに手当をしないと何らかの後遺症が出る可能性が高い。
そして巨大モグラの爪に女性のものと思われる血痕も確認した、あれは危険生物のようだ。
『・・・未知の危険生物と要救助者を2名確認。これより救助活動を開始する!モードチェンジ!』
「これは・・・鉄の・・・巨人?」
彼の変形を見た女性が声を上げた・・・まだ言語はわからないが驚いた様子だ。
こちらの言葉も通じないと思うが、なるべく刺激しないように名乗りを上げる。
『勇者、イセカイン!』
人間二人は驚きのあまり固まっているが、土竜ガイザナッグはさほど動じなかった。
「ふん、ゴーレムか・・・」
大型のゴーレムならば彼ら魔王軍にもあるのだ。
しかし、変形するものは初めて見た・・・人間とは変な機能を付けるものだ。
(まぁいい、こんなものはどうせこけおどしだ)
強いゴーレムを作るには膨大な魔力が必要になる。
人間ごときにそれだけの魔力があるとは思えなかった。
舐め切ったまま、ゴーレムへと無造作に近づこうとして・・・
『アクアバレット!』
イセカインの腕に付いている銃口が火を・・・もとい、水を噴いた。
高圧放水車の勇者ロボであるイセカイン固有の武装アクアバレットは、圧縮された水を弾丸のように撃ち出す事が出来る。
その威力は厚さ数センチの鉄板を易々と貫くのだ。
「え・・・」
いったい何が起こったのか、ガイザナッグには理解できなかった。
気が付いた時には、彼の胴体に開いた穴から勢いよく血が噴き出していたのだ。
多量の出血によって身体に力が入らない。
何が起きたのかもわからないまま、地竜の眷属たる彼は倒れ伏したのだった。
「あの魔物を、一撃で・・・」
勇者が構え、その腕から何かを発射して、ガイザナッグの胸に命中した。
その様子はアニスにははっきりと見えていた。
(これが伝説の勇者の力なの?・・・)
あまりにも強い、強すぎる。
目の前の光景が信じられず、夢でも見ているのではないかと思った程だ。
『救急治療ツール展開』
イセカインの左の手首から先が腕の中へ引っ込み、代わりに細かい金属のアームが多数出てきた。
最低限の救命活動が出来るようにと、勇者ロボ全機に備わっている治療ツールだ。
「な・・・ちょっと、ソニアに何を・・・」
慌ててソニアの元へ駆け寄るアニスだが、そのアームが包帯を取り出したのを見て治療行為だと気付いた。
アームは的確に動き、ソニアの応急手当が完了する。
『しばらく安静にしていてくれ』
「??」
声のようなものが聞こえるが、アニスには理解できない。
今はそれよりもソニアだ。
「ソニア、大丈夫?変な事されてない?」
「ええ、なんとか・・・アニス様のおかげで助かりました」
「やっぱりこれが勇者・・・なのかな」
「ええ、見事にやり遂げましたね」
「えへへ・・・」
アニスの頬が緩む・・・ソニアに褒められたのは数年ぶりだ。
だが、こうしてもいられない。
「後はあのゴブリン達を何とかしなきゃだよね」
「ええ、まだ城内には入られていませんでしたが、おそらくあの穴からすぐにでも・・・」
「急がないとだね、勇者・・・様、ついてきて」
勇者に語り掛けるが反応は無い。
勇者は先程から微動だにしていなかった。
(やはり、ここは伊勢湾ではないようだ・・・データが足りない)
先程から解析に専念しているが、彼のAIでは理解出来ない事が多過ぎた。
女性達が話し続けてくれているおかげで、言語の解析は進みつつあるがもう少しデータが欲しい。
「勇者様、私に、ついてきて」
ガイザナッグが壁に開けた穴から勇者を外に連れ出そうと声をかけているが、勇者はその場から動いてくれない。
まったくの無反応・・・いい加減アニスはイラついてきた。
「いいからこっちに来なさいよ!寝ちゃってるの?」
だが反応は無い。
「もういい、やっぱり勇者になんか頼らないわよ」
諦めて一人で駆け出していく・・・
(これは、私について来いと言っているのか?)
そのアニスの様子から、イセカインはそう判断し、彼女を追いかける事にした。
(何よあいつ、動けるんじゃない)
後ろから勇者が歩いて来るのに気付いたアニス。
だが、本当にあてになるのかどうかはわからない、過度な期待は命取りだ。
城門が見える位置まで来ると、やはりゴブリンたちが穴から這い上がって来るところだった。
慎重に周囲の様子を警戒しながら、穴の中の同胞を呼び込んでいる。
ガイザナッグの気配がない事に不信を抱いているのかも知れない。
「あいつら・・・もうこんなに・・・」
アニスは物陰に隠れながらゴブリン達の様子を伺う事にしたが・・・
ガシャン、ガシャン・・・
その背後から追ってきた勇者の足音は、もちろんゴブリン達の耳にも届いたようで・・・
たちまち殺気立ったゴブリン達の集団がアニス達の方へと向かってきた。
「ああもう・・・こうなったら勇者様、あいつらをやっつけるわよ!」
そう言いながらアニスは剣を構える・・・しかし、勇者は動かない。
(あれは・・・人間に似ているが・・・データにない)
イセカインはあくまでも人間を護る為のロボットだ。
もしこれが人間同士の争いならば、手を出すわけにはいかない。
しかし深界魔女ベルディーネのように人間に近い姿をした敵もいる。
果たしてここで戦うべきなのか・・・イセカインは判断に迷っていた。
「何よ、また動かなくなったの?!勇者様、戦うのよ!た、た、か、う、の!」
アニス達を遠巻きに囲みながらも、勇者の巨体を警戒して手を出して来なかったゴブリン達だったが・・・
勇者が微動だにしないと見るや、表情をにやけさせながらアニスとの距離を詰めていく・・・
「勇者様?勇者様ってば!・・・ああもう!」
やはり一人で戦うしかないかとアニスが覚悟を決めたその時。
『その、勇者様、というのは、私の、事ですか?』
勇者が喋った。
なんとか言語の解析が実用のレベルまで進んだようだ。
「そうよ、あなたが勇者様なんでしょ!あいつらをやっつけるの!」
『あれは、人間、では、ないのですか?』
「あれが人間なわけないでしょ、魔物よ、魔物、私達人間の敵」
『人間の、敵・・・』
この間も言語の解析は進められている・・・人間の敵と言うニュアンスに間違いはなさそうだ。
確かに、彼らを取り囲むゴブリンからは人間のような知性は感じられなかった。
深界棲命体や、それに類する存在と分類する。
『了解、しました、敵を、排除します』
相手を人類の敵と認識し戦闘態勢になる。
そうと決まってしまえば、後は早かった。
圧倒的な勇者の力の前に、ゴブリンなど敵う筈もない。
城壁の外にあれだけいたゴブリン達も、イセカインが降り立っただけで戦意を喪失。
蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。
「アニス様・・・無事だったんですね」
幸いな事に新兵達も生き残っていた。
重傷を負った者も多かったが、治療ツールのおかげで皆一命を取り止める事が出来た。
その中にはあの少年兵カロの姿もあった。
比類なき強さと怪我人を助ける治療ツール。
さすがのアニスも認めるしかない・・・彼こそが人類を救う伝説の勇者だと。
「勇者様、その・・・ありがとう、皆を助けてくれて・・・」
純粋な感謝の気持ちから、お礼を言おうとしたが・・・
『要救助者多数・・・救助活動を開始する!』
街の惨状を見て駆けだしていく勇者。
放水車として火の手が上がっているのも見過ごせなかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!お、お礼くらい言わせてくれたって・・・」
慌てて勇者を追いかけるも、速度が違い過ぎてまったく追いつけないアニスだった。
所変わって、王都の東の街道。
水色の地に白で王家の紋章が描かれた旗が風にたなびく・・・
国王率いる軍勢は王都の惨状など知る由もなく、予定通りに前線へと進んでいた。
その街道の向こう・・・前線の方から馬を走らせ1人の騎士が駆けて来る。
「陛下、国王陛下に至急お知らせ申し上げます!」
「ジークボルト配下の者か・・・いったい何があった?」
どれほど慌てているのか、早口にまくしたてる騎士を落ち着かせるようにゆっくりと、国王は訊ねる。
「と、砦が陥落、ジークボルト隊長は敵将と一騎打ちの末・・・討ち死に致しました」
「それは・・・真か・・・あれほどの騎士が・・・」
その場にいた者達が全員、凍り付いたかのように表情が固まった。
雷光の騎士ジークボルトの討ち死に、そして前線の陥落。
間に合わなかった援軍は、敗走兵を回収しつつ王都へ引き返す事になったのである。
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君達に極秘情報を公開しよう。
魔王軍四天王「火」のアーヴェル。
ゴーレムマスターの異名を持つ彼の造り出したゴーレムは、他のゴーレムとは別格の強さ。
闇を纏ったかのように漆黒に塗られたそのゴーレムは、魔導騎兵と呼ばれ恐れられた。
次回 勇者イセカイザー 第3話 漆黒の魔導騎兵
に
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