勇者 イセカイザー
榛名
第1話 勇者、召喚
「姫様、姫様は何処へ・・・」
静まり返った王宮の中、女官達が慌ただしく駆け回っていた。
王宮と言っても今王族達はほぼ出払っており、この場所で大きな声をあげる者などそうそういない。
故にその声は、警護の任に就く者達の耳にも届いていた。
(またか・・・)
近衛騎士ソニアは頭を抱えた。
女官達が探している姫様とは、この国の第一王女たる彼女の主の事で間違いないだろう。
そして王女の身に今何が起こっているのかも、彼女には易々と想像がついていた。
「ソニア様!」
ソニアを見つけた女官が駆け寄ってくるのが見えた。
女性の騎士は珍しく、王宮仕えともなれば王女の近衛ソニアただ一人だ。
王女が見つからないのであれば、ソニアの元に来るのは必然であった。
「大変です!姫様が、姫様が・・・」
「・・・お隠れになったのですね」
「え・・・あ、はい・・・」
思わぬ即答に声が小さくなる女官に対して、ため息交じりに答えたソニアに動揺の色はない。
おそらくこの女官達はここに来てまだ間もない者達なのだろう、「王女に関しての」無知さが伺える。
だが王女の傍で仕えてきた彼女にとってはいつもの、と言って差し支えない事なのだ。
「姫様の居場所については心当たりがあります、ここは私にお任せ頂けますか?」
「は、はい、ソニア様・・・お願いします」
女官は顔を赤くして去っていき・・・途中でちらりと振り返って、ソニアと視線が合った。そこで動揺したのか転びそうになる。
・・・なぜかソニアと接した女性にはこういった反応を示す者が多い。ソニアは職務に忠実に振舞っているつもりなのだが・・・
それらをいちいち気にしても仕方がない、ソニアは主の元へ向かう事にした。
「まったく、姫様にも困ったものだ・・・」
居場所については察しがついている。
王宮を出た彼女の足は、迷いなく騎士団の詰め所へと向かう・・・
「ソニア様!」
入り口で年若い衛兵が礼をしてきた。
その顔にはまだあどけなさが残る、まだ見習いといった頼りなさだが立派な正規兵である。
「ご苦労、他の兵達は訓練中か?」
「はい・・・いつものように、剣を見て戴いております・・・」
返事をする声がどこか歯切れが悪い・・・
彼の言葉に嘘はない様で、ここに居ても金属同士のぶつかり合う音と、兵達のあげる気合の声が聞こえて来ている。
少年兵だろうか、声変わり前の高い声も混じっている。
「そうか・・・出来る事なら、私も毎日見てやりたいのだが・・・」
「いえ!そのお気持ちだけで充分有難いです」
今ここにいるのはもっぱら訓練中の新兵達だ。最近では年若い少年兵も増えてきている。
戦力の殆どは前線へ送られ、もう新兵や兵未満の者しか残っていない。
戦況は芳しくなく、彼らを教導すべき第一線から退いたベテランの老兵達も前線に駆り出されていた。
なので教導役さえも新兵が務める事が多い。ソニアも時間を見つけては通っているのだが、充分な練度には程遠かった。
ソニアも一人の騎士として安全な後方勤務を不甲斐なく思う事もあり、実際にそれをやっかむ声も聞くが・・・やはり後方にも人材は必要なのだ。
(もう、長くはないのかも知れないな・・・)
前線はまだ遠く、ここから見下ろす城下の街並みは平和そのもの・・・だが崩れる時は一瞬だ。
ソニアには、終わりの時がじわじわと迫って来ているように感じられ・・・
「そんな弱気でどうするの!」
そんな彼女の心の内を打ち払うかのような声が響いた。
詰め所の庭にある訓練場、そこに集まった兵士達の真ん中で、その少女は高々と剣を振りかざす。
その足元では気弱そうな少年兵が剣を落とし、崩れ落ちていた。
「でも俺・・・弱っちいし、現に今だってまったく歯が立たなかったし・・・」
目の前の少女に敗れたのだろう事は容易に見て取れる。
一目に兵士とわかる装備を身に着けた少年兵に対して、少女の方はというと防具の一つも身に着けておらず、仕立ての良さそうな衣服には汚れ一つない・・・その実力差は明白だ。
「そりゃあ誰だって最初は弱いわよ、あの騎士隊長のジークだって昔はクソ弱かったのよ」
「えっ、雷光の騎士と言われたあのジークボルト卿が!?」
雷光の騎士ジークボルトは若くして騎士隊長となった凄腕の騎士だ。
この国一の騎士として知らぬ者はなく、前線での活躍もよく伝わって来ている。
少年兵たちの間では憧れの騎士として名前の挙がる存在だ。
しかし今その彼を語る少女の顔には、憧れどころかちょっとした軽蔑の色さえあった。
「そうよ、今でこそスカした顔してるけど、あいつ昔はしょっちゅう泣きべそかいてたんだから」
「全く想像付かない・・・」
「もう毎日のようにソニアにこてんぱんにされててね・・・」
「アニス様、私がどうかしましたか?」
「あ・・・」
得意げに語っていた少女・・・王宮を抜け出した王女アニスの顔が凍り付いたように固まった。
さび付いたゴーレムのようなぎこちない動きで、声のした方を振り返る。
振り向いたのは少女だけではない、先程の話のせいで兵達の注目がソニアの元に集まっていた。
「ソニア様だ」
「あのジークボルト卿を・・・」
「まさかそこまで強かったとは」
「む、昔の話ですから!あまり真に受けないように!」
少々止めるタイミングが遅かったようだ。
顔を赤くして否定しようにも、彼女の話に嘘はなく・・・見習い時代のジークボルトを何度も打ち負かしたのは事実だ。
もっとも、今では十に一つも勝てないだろう。
「くぅ・・・アニス様が余計な事を言うから、今後の訓練が不安です」
「私は本当の事を言っただけよ・・・だから皆、今は弱くても強くはなれるの、諦めちゃダメよ!」
「はい!」
「皆には私と、このソニアがついてるからね!」
「そうだよな、俺達、あの雷光の騎士を倒したソニア様に見てもらってるんだ!」
「ああ、強くなれるに決まってる!」
「いや、だからそれは・・・」
アニスの呼びかけに応え盛り上がる兵士達。
兵士達がやる気を出してくれているのは嬉しいが、理由が理由なだけに複雑な気分だ。
「それはそうとアニス様、また勝手に抜け出したそうですね」
「う、ごまかせなかった・・・」
「あれで誤魔化すつもりだったんですか・・・彼らの事は私が見ますから、お戻りください」
「うぇぇ・・・めんどくさいなぁ・・・」
「大事な儀式の準備でしょう」
「はいはい、大事な大事な『勇者召喚の儀式』よね・・・」
「この国の・・・いや、人類の未来が掛かっているんです」
「私としては、あんなヘンテコな儀式で召喚される『勇者』なんかに人類の未来を任せたくないんだけど・・・」
「アニス様、儀式の内容は伝承に則ったもので、決して胡散臭いようなことは・・・」
「わかってるわよ・・・ただ、私に言わせれば伝承だかよくわからない異世界の存在よりも、この子達の方がよっぽど勇者だってこと・・・いいえ、今前線で戦っている兵士達も全員・・・もちろんソニアも勇者よ」
「アニス様・・・」
「わかってるわよ、行けばいいんでしょう・・・それが私の務めだもんね・・・」
前線での戦況はアニスの耳に届いていないわけではない。
ジークボルトを始め多くの者たちが必死に戦ってくれているが、もう限界が近いのだ。
『勇者召喚の儀式』は行わなければならない。
どんな『勇者』が来ようとも、未来を託すしかないのだ。
「姫様・・・有難うございます」
王女は儀式の中心となる存在、王女が呼び掛けなければ勇者召喚は成されない。
しかし、その王女が自分達こそを勇者だと言ってくれた。
ならば、自分達も勇者になろう・・・ソニアと若き兵士達はその後ろ姿に誓ったのだった。
「・・・あの人間の砦はまだ落ちんのか」
前線に程近い山中に巨大な洞窟があった。
大自然が幾億の時をかけて作り上げた鍾乳石の洞穴に、一体の巨躯が横たわっている。
地竜マーゲスドーン
魔物達の王からは四天王「地」の座が与えられていた。
竜種の中でも鈍重であるが故に出遅れてしまった彼の領地はまだ少なく、人間の領域を切り取っていくしかない。
だが、ここにきて人間達の抵抗も激しくなってきていた。
「ふん、人間共め・・・どこまでもしぶとい」
同じ四天王でも、これが「火」であれば嬉々として闘争を楽しんだのかも知れぬが・・・
あいにくと「地」たる彼には闘いを楽しむ趣味はなかった、ただただ面倒なだけである。
簡単に踏みつぶせる蟻のようなものだったはずの人間達はよく動き、彼らを攪乱した。
強大な力を持つが故に、力押ししか知らなかった彼はうまく対応出来なかったのだ。
「だが・・・この我も学んだぞ・・・」
「知略」という概念のなかった彼も、いつまでも無知であるわけではない。
人間との闘いは、彼に力押し以外の戦い方を示してしまったのだ。
地竜の視線の先・・・自然の洞窟の中に不自然な穴が開いている。
「さぁ、受け取るがいい」
地竜たる彼の、「地」の眷属が密やかに・・・人間達に迫っていた。
「あー、彼方の星の海から来る、聖なる・・・」
「姫様、呪文が違います」
「もう、こんな難しい呪文が本当に必要なの?」
「当り前です。呪文を間違って唱えれば、間違った勇者が召喚されてしまう事でしょう」
「間違った勇者ね・・・」
そもそも、正しい勇者とは何なのか・・・
生真面目で常に正しい事しか言わない、やらない堅物の勇者でも召喚されるのだろうか・・・
そんな事を考えながら、アニスは召喚の呪文の練習をしていた。
儀式場となる大広間には何やら仰々しい祭壇に祭具の数々が設置され、巨大な魔方陣が描かれている。
実際に儀式が行われるのは次の満月の夜という話だが・・・
(もしも今、私が間違えずに呪文を全て唱えたら、勇者が召喚されるんじゃないかしら・・・)
召喚には満月の魔力が必要と聞いているが、そんなものは関係なく召喚が出来てしまいそうな・・・そんな雰囲気がもうこの場には出来上がってしまっている。
それこそ「正しい勇者」とやらへの拘りの類ならば、無視してさっさと儀式を終わらせたいところだ。
「・・・大いなる慈愛の心と、勇ましき戦士の魂の・・・」
「姫様、第二節が違います」
「うー・・・」
とはいえ、「呪文を間違えずに唱える」のにも、まだまだ練習が必要なようだ。
女官達は王女がまた抜け出すのを警戒している様子で、一定の成果が出るまで練習は続きそうだ。
「バ・・バンバ・・・ンド・・・ン・・・ザー・・・この部分にはいったいどんな意味が・・・」
「伝承には力ある言葉とされております。なんでも、この言葉そのものに魔力が宿っているとか・・・」
「魔力ねぇ・・・」
その言葉を口にしていて特に魔力らしきものは感じられない・・・
そもそもアニス自身、魔術の心得があるわけではないのだが。
練習は長時間続き・・・アニスの集中力も途切れてきた頃・・・
「・・・揺れた?」
「姫様?」
ぐらりと、わずかに床が傾いた気がした。
「ねぇ、今地面が揺れなかった?」
「姫様、そう言ってまた抜け出すおつもりですか・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・って、きゃあっ!」
地面が揺れた。今度は誰もがそれとわかる揺れ方だった。
大きな揺れにより、ただ立っている事も難しい。
祭壇が崩れ、祭具が散らばっていく・・・揺れはしばらく続き・・・
「・・・揺れが収まった?」
「姫様、お怪我はございませんか?」
「うん、私は平気・・・それよりも外が、街の人たちが気になるわ」
「姫様、今外に出ては危険です!」
「そんなこと気にしてる場合じゃないわ!」
女官達を振り切って外へと駆けだす。
城下の方向を見ると、あちこちから煙が上がっていた。
「大変・・・こんな時に・・・」
居ても立ってもいられず、身体は自然と騎士団の詰め所へと向かっていた。
詰め所ではソニアが新兵達に指示を飛ばしている最中だ。
「ソニア!」
「アニス様!ご無事でしたか」
「ソニア、私も手伝うわ、指示をちょうだい」
「アニス様にそんな事をさせるなど・・・と言うべきところですが、今は人手が足りません。お願いします」
「ふふっ、任せて」
得意げに胸を張ってみせる。
この王女は昔からお転婆で、ちょくちょく王宮を抜け出してはソニアに剣の稽古をねだっていた。
その結果が今では新兵達に稽古をつける有様だ・・・だが、そのお転婆が今は心強い。
「ではアニス様は我々第1班に同行してもらいます」
「了解!よろしくね」
第1班はソニアと3人の新兵で構成されていた。
他の班が5人構成なので、本当に人が足りなかったのだろう。
しかし、ここに王女が加わった事で士気は大きく高まったようだ。
「ひ、姫様・・・おお俺、精一杯がんばります!」
その中には先程の訓練で、アニスにボロ負けして落ち込んだ少年兵の姿もあった。
心なしか顔が赤くしている・・・彼も年頃の男子なのだ。
「ああ、カロもいるのね。無茶しちゃだめよ」
「あ・・・俺の名前・・・覚えて・・・」
王女に名前を憶えて貰えていたと知り、少年兵・・・カロの拳に力が入る。
微笑ましい光景だが、ソニアとしてはこう言わねばならない。
「アニス様こそ平気で無茶をするので、気を付けてください」
「はーい」
「我々は火の手の上がっている3番通りへ向かいます」
街の中央の広場から放射状に5本のメインストリートが伸びている。
3番通りは文字通りその3番目、街の中央を縦断する大通りだ。
第1班はまず広場へと向かうが、その途中にも助けを求める人を見かける。
思ったよりも被害は大きいようだ。
「今助けま・・・」
「アニス様!この辺りは第8班に任せてあります、我々は先を急ぎましょう」
放っておくと彼らを助けて回りかねないアニスを引っ張って先へ急いだ。
ソニアの見立てでは3番通りが最も被害が大きい。おそらく急を要する被害者も多いだろう。
そして、その見立てには間違いなかったのだが・・・
「・・・」
目の前に広がる惨状に、第1班の者達は言葉を失っていた。
3番通りはこの街の顔とも言える賑やかな通りだ。
馬車の通行を想定してか他の通りよりも道幅が広く取られており、建ち並ぶ商店も貴族御用達の高級店から庶民向けの店まで幅広く、大小様々な店舗がその存在を主張するかのように彩りを放つ・・・王族であるアニスにとって誇らしい光景だったのだが・・・それが今や見る影もなく荒れ果てた姿を晒していた。
石レンガの敷き詰められた道はあちこちが陥没して醜く歪み・・・石造りの建物は倒壊し、木造の建物からは火の手が上がっている。
そして一際目立つのは、通りの真ん中にぽっかりと空いた穴だ。
その直径は人の身長よりも大きく、遠くからでもそれと分かる大きさだ。
だが問題なのはその大きさではなく・・・
「な、なんだ・・・あいつは・・・」
穴の中から這い上がってくる者がいた。
それは人間のようでいて、明らかに人間とは異なる肌の色をした醜悪な生物。
前線の兵士達からは「ゴブリン」と呼ばれる、魔物の中でもごくありふれた存在なのだが・・・第3班の中には実際に目にした事のある者はいなかった。
「あれは・・・魔物・・・なのか?・・・まさかついにこの王都にまで・・・」
前線からの伝聞からそれらしきものを思い出したソニアが腰の剣に手を掛ける。
ソニアが初めて見せるただならぬ気配に、新兵達に緊張が走った。
見るとゴブリンの方もこちらに気付いたようで、逃げるように穴の中へと消えていった。
魔物達の生態については知る者もないが、地震によって開いた穴が偶然にも地中にある彼らの住処の一つに繋がったのだろうか・・・
「あれが巣穴に繋がっているとしたら・・・この一帯は危険です、人々の避難を急ぎましょう」
となれば建物の消火などしている余裕はない。
一人でも多くの者を避難させるべくソニアが新兵達に指示を飛ばす。
手分けして避難誘導を始める彼らを前に、アニスだけが不服そうにソニアの指示を遮った。
「アニス様はこの場を離れて状況を第8班に・・・」
「ねぇソニア、あの魔物はそんなに強そうには見えなかったけど、私達で倒しに行くのはダメなの?」
「アニス様、魔物を侮ってはいけません。聞いた話によるとアレは力こそ弱いものの・・・!」
・・・ソニアがそこまで言った所だった。
穴の中から先程の魔物・・・ゴブリンが這い上がってきたのだ。
それも2体、3体、4体・・・と次々に這い出てくる。
身に着けているものはバラバラで、ボロ雑巾のような布切れだったり獣の毛皮だったりと様々だ・・・中には人間の兵士が着るような鎧を着た者いる。
「こんなにも早く・・・第1班!全員退け!」
ソニアの怒号が轟く・・・その声を聞いてようやくゴブリン達の存在に気付いた新兵達が慌てて逃げようとするが・・・
「う、うわっ・・・」
瓦礫に躓いたカロが転倒して逃げ遅れてしまった。
ちょうど良い獲物だとばかりにゴブリン達が狙いを定める。
「く・・・来るな・・・こっちに来るなよ!」
カロは剣を振り回して威嚇するが、無駄に体力を消耗するだけだ。
間抜けな少年をあざ笑うように薄笑いを浮かべ、ゴブリン達が迫る・・・
(強くなるって決めたのに・・・こんな所で・・・)
せめて一太刀、浴びせようと全力で振り下ろした剣は、予想以上に俊敏な動きで避けられてしまった。
地面に突き刺さった剣を引き抜く力は、もう残っていなかった。
(やっぱり俺は弱くて、最後までかっこ悪い・・・)
ゴブリンの短剣が鈍く光る・・・切れ味は悪そうだが、その分すぐには死なせてもらえないだろう。
すぐに自分へ襲い来るであろう痛みを想像してカロは目を閉じる・・・その時。
「諦めちゃダメでしょ!」
アニスがゴブリン達の背後から駆け寄り、剣を叩きつけていた。
ろくに刃の砥がれていない訓練用の剣だったが、容赦のない一撃をもろに受けてゴブリンが昏倒する。
その隣でソニアがその正確な剣筋でゴブリンを一体切り伏せている。
「ひ、姫様!」
「でも・・・さっきの一振りは悪くなかったわ、もう少しよ」
「は、はい!」
そう言ってアニスはポンとカロ肩を叩く。
なぜかアニスのその顔を見ているとカロは力が湧いてくる気がした。
気付くと地面に刺さっていた剣は、驚くほどあっさりと引き抜けていた。
その一方で・・・
「ヒ、メ・・サマ・・」
「ヒメ、ヒメ・・・」
姫という言葉にゴブリン達が何やら反応していた。
人間の言葉を理解しているのか、口々にヒメという言葉を繰り返す。
「な、何よ・・・気持ち悪いわね・・・」
「アニス様、今のうちに退きましょう」
「わかったわ・・・カロ、走れる?」
「はいっ」
なぜかゴブリン達はすぐには追ってこないようで・・・
その隙に広場で第8班に合流し、人々の多くを城内へと避難させる事が出来た。
しかし・・・
「なんなのよ、あの数は・・・」
城の外には膨大な数のゴブリン達が攻め寄せて来ていた。
その数は数百だろうか・・・千いるのかも知れないが、いちいち数えるのも億劫になる・・・
幸いな事にゴブリン達には城壁や城門をどうこう出来る力はないようで、城の周囲を取り囲むだけであった。
「今弓矢を用意させています、多少数を減らす事は出来ましょう・・・しかし・・・」
「・・・砂漠に水を撒くようなものね・・・城の蓄えは?」
「・・・もって一週間です」
「前線に向かったお父様の軍が引き返してくれれば間に合うわ、大丈夫、大丈夫よ」
そう語るアニスだが、その表情にはどこか陰りが見える・・・おそらく自分にも言い聞かせているのだろう。
「とにかく今は私達に出来る事をがんばって凌ぎましょう、みんな・・・力を貸して」
「はい!」
「弓と矢の用意が出来ました!」
「よし、矢の数が足りていないのはわかるな?弓の得意な者がしっかり狙って撃つんだ」
王女アニスを中心に、実践経験に乏しい新兵達が良く纏まっていた。
その時・・・
地面が再びぐらりと揺らぐ・・・こんな時にまた地震かと・・・誰もが思った。
だがそれは地震などではなく・・・
突如、城門の内側から・・・地面が弾けた。
周囲に飛び散る石と土・・・その向こうにあったのは3番通りで見たものと同じ・・・大きな穴。
だがその穴から出てきたのはゴブリンではなく・・・もっと大きな・・・
「我は偉大なる魔王軍四天王「地」のマーゲスド-ン様の眷属、土竜ガイザナッグ!」
その人間の身長などゆうに超える巨体には目と呼べるものがなく・・・強靭な前腕には鋭い大きな爪が黒く光る。
土竜ガイザナッグ・・・そう名乗りを上げた魔物は巨大なモグラのような姿をしていた。
「こんな大きな魔物もいたのか・・・それにあの穴は・・・」
この期に及んでは疑う余地もない・・・先の地震はこの巨大なモグラが引き起こしたのだ。
そしてこの魔物を相手に、もはや城壁など意味をなさない。
この魔物がその気になれば、城すらも破壊出来るのではないだろうか。
「ひ、姫様はお逃げください!逃げる時間は俺達が、俺達が稼ぎます!」
「ちょっと、何言ってるの!?」
勇気を振り絞って剣を抜いたのはカロだった。
新兵達がそれに続く。
「そうだ、姫様は俺達の希望・・・姫様だけはやらせない!」
「ソニア様も行ってください!」
「ああ、ソニア様が付いていれば安心だ」
「お、お前達・・・」
「ふん、姫を殺せば人間共の希望も潰える、という話は本当だったようだな・・・俺にはどうでもいい事だが」
彼らの様子を見てガイザナッグが呟いた言葉は、誰の耳にも入っていなかった。
「だから早く、お逃げください姫さ・・・」
・・・カロは、それ以上の言葉を続ける事が出来なかった。
腕の一振り、それだけだった。
大雑把に振り回された雑な、攻撃と呼んでいいのかもわからぬ一振り。
それも当たったわけでもない、せいぜいかすった程度だ。
だが・・・その風圧によってカロは数メートルの距離を吹き飛ばされ、意識を失った。
「カロ?!」
「アニス様!走ってください!」
「でもカロが!」
ソニアは力ずくでアニスを抱えて城内へと走り出す。
その背後では、闘いと呼ぶにも値しない、一方的な光景が繰り広げられていた。
彼らの気持ちを無にするわけにはいかない・・・
「アニス様、カロの言う通りです・・・貴女だけでも逃げて・・・生き延びなければなりません」
「なんでよ・・・なんで私の為にみんなが・・・」
アニスは王族だ。
しかし、王族の為に民が犠牲になるのが正しいなどとは思った事はない。
むしろ敵の狙いが自分ならば、自分こそが犠牲になれば済むのではないか・・・
「それは、貴女だけだからです・・・」
「私・・・だけ・・・」
その部屋の床には、魔方陣が描かれていた。
祭壇は崩れ、祭具が無造作に散らばっている。
「勇者召喚の儀式が行えるのは、この国の王女である貴女だけです・・・」
「まさか、今ここで勇者の召喚を・・・」
「はい、我らに残された手段はこれしかありません」
「でも儀式は満月じゃないと・・・祭壇だって・・・」
「そんなものが本当に必要なのかと言っていたのは姫様でしょう?」
「そうだけど・・・でも・・・」
「・・・どうやら時間も残されていないようです」
「え・・・」
ずしん、と部屋が揺れる。
彼女達の後方から、巨体が出す大きな足音が迫って来ていた。
「呪文の詠唱くらいの時間は稼いでみせます・・・この剣に、いえ・・・貴女の騎士である私自身に誓って」
「ソニア・・・」
物心ついた時から、アニスの傍にはソニアがいた。
強くてかっこいい、アニスにとってソニアこそが理想の騎士像であり、自慢であり、目標だった。
かの雷光の騎士すら敵わなかったその剣が・・・
姫のする事ではないと怒られながら、何度も相手をしてもらったその剣が・・・通じない。
巨大な魔物に傷をつける事すら出来ない。
「このままじゃ、ソニアが・・・ソニアがしんじゃう・・・」
・・・召喚の呪文なんて覚えているわけがなかった。
真面目に儀式の練習をした事など一度もない。
あんなものは女官のお説教を聞き流すだけのつまらない時間のはずだった。
勇者なんて召喚しなくても、彼女の自慢の勇者様がどんなピンチも何とかしてくれる・・・はずだった。
「ごふっ・・・まだだ、私はまだ倒れるわけには、いかない・・・」
土竜の振り回す腕を避けきれず、ついにソニアは一撃をまともに受けてしまう。
しかし、血を吐きながらもソニアは立ち上がって剣を構える・・・
ソニアにとってもアニスはかけがえのない存在なのだ・・・
「誰でもいいからお願い・・・ソニアを助けて・・・」
その時・・・足元の魔方陣が淡く光を放ち始めた。
そして散らばった祭具の中から、一つの腕輪が飛び出すと、アニスの腕にはまった。
「え・・・これは・・・」
「・・・アニス様、呪文を!」
うろたえるアニスにソニアは力を振り絞って叫ぶ。
どんな奇跡か知らないが、おそらくこれが唯一のチャンスだ。今を逃したらもう・・・
(でも呪文なんて覚えて・・・ううん、諦めちゃダメよ!)
「皆の願いをその身に受けて、今こそ目覚めよ我らの勇者・・・」
その唇から呪文が紡がれる・・・もちろん練習した呪文じゃない、そんなのは覚えていない。
ただ彼女の「願い」あるいは「祈り」のままに・・・溢れてくるのに任せて呪文を紡ぐ。
そして、その呪文が滞る事は一度も無かった・・・
「バンババン!ドンドーン!勇気の剣が悪を断つ!」
なんとなくそこだけ覚えていた「力ある言葉」をねじ込むことにした。
まったく意味が分からなかったが、その分印象には残っていたようだ。
「・・・勇者、異世界、ザー!」
異世界からの勇者が召喚される事を願いつつ、最後にもう一度ダメ押しとばかりに「力ある言葉」で締める。
アニスの想いに応えるように、魔方陣は力強く、眩い光を放った。
「なんだ、この光は・・・目が・・・目がぁああ!」
強い光に耐えられず、土竜が鼻のあたりを押さえて苦しみ出した。
・・・傍目には確認出来なかったが、どうやらそこに目があったようだ。
「やりましたね・・・アニス・・・様・・・」
強い光を確認してソニアが膝をつく・・・もはや立ち上がる力は残っていない。
だが守り切ったのだ・・・後はきっと召喚された勇者が・・・
そして魔方陣の輝きが収まった後・・・そこにあったのは・・・
「え・・・これが・・・勇・・・者?」
「まさか・・・そんな・・・」
二人の表情が失意に歪む・・・
そこにあったのは、勇者と呼ぶべき人物の姿ではなく、巨大な長方形の鉄の箱・・・
この国の国旗と同じ水色に塗られたそれは、まるで・・・
「ハハッ!こいつは傑作だ!お姫様はご丁寧に自分の眠る棺を用意したってか?」
「召喚に失敗した?!・・・私がちゃんと呪文を覚えられなかったから・・・」
「く、アニス様・・・かくなる上は、この私が刺し違えてでも・・・」
巨大な鉄の箱を棺と呼びあざ笑う魔物。
呪文を覚えなかったことを悔やむアニス。
何とかもう一太刀振るおうともがくソニア。
そんな最中・・・鉄の箱の端の方で・・・光が灯った。
『データにない言語を確認・・・状況を解析中・・・』
「・・・なんだ、この変な声は?!」
「この箱から・・・聞こえる?」
「聞いたことのない言葉・・・まさか異世界の・・・」
突如として部屋に響く謎の声。
未知の言語、生き物が発するとは思えぬ独特の響きに三者三様の反応を見せる。
『・・・未知の危険生物と要救助者を2名確認。これより救助活動を開始する!モードチェンジ!』
・・・その瞬間。
鉄の箱・・・と思われた物が宙に浮かび・・・形を変えた。
まず、先程光った前部が後部の上半分と共に90度前に傾く。
続いて、その後部上半分が真ん中から二つに別れ左右にせり出してきた。
残った後部下半分が二つに割れると、足のように地面に降り立った。
最後に人の顔のような形をした物が箱の中から飛び出してくる。
そう、その形はまるで人間を思わせた・・・その大きさを除いて。
「これは・・・鉄の・・・巨人?」
巨人と呼ぶべき大きさのそれは、落ち着いた声で堂々と名乗りを上げた。
『勇者、イセカイン!』
_________________________________
君達に極秘情報を公開しよう。
勇者イセカインは、伊勢湾警備隊所属の勇者ロボだ。
深界棲命体の脅威から人々を護るために造られた、人類の希望である。
普段は放水車として伊勢の人々の生活を支えるぞ。
次回 勇者イセカイザー 第2話 湾岸勇者イセカイザー
に
レッツブレイブフォーメーション!
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