第5話 鋼の鎮魂歌

人里から遠く離れた深い山々・・・樹木の一本も生えないような硬い岩山の中に・・・

まるで山が意志をもって口を大きく開いたかのようにぽっかりと、穴が開いていた。


誰かが掘ったわけでもなく、ただひたすら長い年月をかけて自然が作り出した大きな洞窟だ。

洞窟の壁面には、色とりどりの様々な宝石や鉱石の結晶が育ち、剣山のように生えている。

まさに大地の宝石箱とでも呼ぶべき美しいその洞窟に・・・その竜は住んでいた。


その全身を覆う鱗は、周囲の鉱石のように無機質で赤錆びた金属のよう。

その竜は、洞窟の中央でその身体を猫のように丸めて瞳を閉じている。

獲物を求めて洞窟の外に出る事もなく、微動だにしない・・・その姿は彫刻家の作品と言っても通りそうだ。


ある程度の年月を生きた竜種は狩りをしなくなる。

他の生物を食らうだけではその巨体を賄えなくなるのだ。

・・・もしも彼らがその気になれば、この地上の生物はすぐに食らい尽くされてしまうだろう。


故に成長した彼らは気に入った土地を見つけて、その土地から魔力を吸い上げるのだ。

気に入る土地は竜の種類によって異なる・・・鋼竜マーゲスドーンが選んだのはこの洞窟だった。


もちろん竜の中には他の生物に力を誇示する事や殺戮を好む者もいる。

しかしこのマーゲスドーンは元来おとなしい性格で、外の世界に興味はなかった。

居心地の良いこの場所でただ惰眠をむさぼる事こそが、彼の至上の喜びなのだ。


(また・・・人間か・・・)


洞窟に近づく小さな気配に、彼は重たい瞼を上げる。

この洞窟一面に生えた宝石と鉱石・・・彼が土地から魔力を吸い上げた副産物なのだが・・・

いつからか・・・それらを「竜の宝物」と呼び、奪わんと狙う者達がこの洞窟を訪れるようになったのだ。

しかし彼らは眠りを邪魔されたマーゲスドーンの怒りを買うばかりで、ただの一人もその本懐を果たした事はなかった。

・・・人間如きと竜ではその力の差は歴然なのだ、当然の結果と言える。


ただただ面倒に思いながら、その日もマーゲスドーンは身体を起こし、愚かな収奪者を待ち構えた。

例え洞窟の入り口付近であっても、石を掘る耳障りな音を立てようものなら容赦はしない。


しかし、その気配は恐れを知らないのか・・・洞窟の奥深くへと進んでくる。

人間達の中には、宝石の類には目もくれず「竜殺し」の名声を求めて彼に挑んでくる者達が稀にいる。

・・・どうやら今回の人間はその挑戦者だったようだ。


(面倒な人間か・・・)


竜への対策と称して、様々な嫌がらせをしてくるタイプの人間。

それらによって苦戦させられた事など一度もないが、気分の悪さは段違いだ。

大量の香辛料の粉をまき散らされた時など、しばらくの間くしゃみが止まらなかったものだ。


いったい今回はどんな嫌がらせが来るのか・・・頭を痛める彼の前に、その人間は驚くほど無防備に現れた。


「すっげー!本物のドラゴンだ!」



・・・それが、勇者グランストームこと迅雷アラシと、鋼竜マーゲスドーンの出会いだった。





「勇者よ・・・こんな場所に連れて来て何をするつもりだ?」


彼らの前には、竜の身体よりも大きな湖が広がっていた。

数百年ぶりに洞窟の外に連れ出されたマーゲスドーンは、気怠そうに尋ねる。


「俺の名前はアラシだって教えたろ、ちゃんとアラシって呼んでくれよ」

「ここで何をするつもりだ、勇者よ」

「あ、わざとだな!くっそ、見てろよ・・・」


アラシ少年は荷物の中から大きな、タワシのようなものを取り出した。


「?・・・何をする勇者!」

「へへっ、お前なんてこうして・・・こうだ!」

「くすぐったいぞ、勇者よ」

「知るか!ちょっとぐらい我慢しろ!」


アラシ少年は、手に持ったタワシでマーゲスドーンの身体をこすっていく。

よくこすった部分に湖の水をかけてやると、錆色をしていた竜の鱗は銀色の光沢を覗かせた。

その輝きを見たアラシ少年は満足そうに微笑む。


「よし思った通りだ、待ってろ、このまま全身磨いてやるからな!」

「く・・・やめろ勇者・・・やめるのだ・・・」


堪らず身をよじるマーゲスドーンだが、アラシ少年も根気よくその全身を磨き続けた。

そして日も暮れてきた頃・・・


「すっげー、ぴっかぴかになったぞ!ホラ、湖に映ってるから見てみろよ」

「これが・・・我なのか・・・」


磨かれた銀色の身体は、夕日を受けて赤銅色に輝いていた。

赤と黒の錆にまみれた姿とはまるで別人・・・別竜のようだ。

心なしか身体も軽い・・・実際、関節周りの錆が落ちた事でこれまでよりも動きやすくなっていた。


「最高にかっこいいぜマーゲスドーン!これからよろしくな!」

「アラシよ・・・この程度で我が気を許すと思うな」

「へへ、名前で呼んでんじゃん」

「身体を磨いた礼に、お前の頼みを聞いてやっただけだ」

「まったく、お前は素直じゃないなあ」


・・・そこから二人の冒険が始まった。





「ストームファルコン!」


巨大なミミズの魔物・・・ジャイアントワームが蠢く大地に、少年の叫びが轟く。

たちまち巻き起こる旋風に、魔物の動きが止まった。


その旋風の中から現れたのは、巨大な鷹・・・幻獣ストームファルコンだ。


「幻獣合身!」


再び少年が叫ぶ・・・そこへ舞い降りたストームファルコンが大きく嘴を開いた。

躊躇うことなくその口の中へと少年・・・迅雷アラシが飛び込んでいく。


アラシ少年を飲み込み、嘴を閉じたストームファルコン・・・その身体に変化が起こった。

大きな翼が短く折りたたまれ、首と足の関節が本来と異なる方向へ曲がる・・・

その胴体からは新たに腕が二本生え・・・首の付け根から兜を被った人のような顔が飛び出してきた。


その背に翼を、その胸に鷹の顔を持つ巨人は、戦場全体に響く声で名乗りを上げた。


『勇者グランストーム!』


耳らしき器官は見当たらないが、ジャイアントワームは声の方向へ首を持ち上げた。

空に浮かぶ未知の存在へと威嚇の声をあげる。


「キシャァアア!」

『うへぇ・・・こわいこわい』


威嚇の声にグランストームは大げさに体を震わせる・・・しかし怖がっているようには見えない。


『でも、ミミズは鳥の餌って決まってるんだ・・・食らえ!フェザーブラスト!』


背中の翼から羽根のようなものが高速で発射され、ジャイアントワームへ降り注ぐ・・・

グランストームの必殺武器の一つで、広範囲に攻撃出来るのが特徴だ。

雨のように降り注ぐ羽根の攻撃・・・たまらずジャイアントワームは地面に穴を掘り、地中へと潜っていく・・・


『あ、逃げるのか!待てよ!』


気付いた時にはすでに遅く・・・あっという間にその全身が地面の中へと消えていった。

後にはぽっかりと開いた穴だけが残され・・・穴へと羽根を放つも、手ごたえはない。


『くそっ!出てこい卑怯者!』


グランストームが叫ぶも、地中から反応は帰ってこなかった。

・・・その代わりに、別の方向からグランストームに声をかける者があった。


「アラシ、何をやっている」

『マーゲスドーン、いやこれは・・・』


グランストームが振り返った先には、金属の光沢を放つ銀色の竜・・・マーゲスドーンがいた。

鋼のような鱗はどれも分厚く、重量を感じる・・・その重さでもはや飛ぶことも出来ないのか、マーゲスドーンはズシン、ズシンと地響きを立てながら歩み寄ってきた。

グランストームは人間のようなその顔に、ばつが悪そうな表情を浮かべていた。


「一人で充分だと言って先に行った結果が、この有様か」

『いやだって、まさかすぐ地面に逃げるなんて思ってなくて・・・』

「・・・仕方ないやつだ、そこで待っていろ」


そう言うと、マーゲスドーンは地面に空いた穴へと近付き・・・大きく息を吸い込む。

竜族固有の能力である竜の吐息・・・ポイズンブレスが穴の奥底へと吐き出された。


次の瞬間、地面が大きく揺れ始め・・・ジャイアントワームが地中で暴れているのだ。

地面の一部が隆起し、大きく盛り上がっていく・・・


「そこだ・・・来るぞアラシ」

『おう!決めるぜ、グランブレード!』


毒の吐息から逃れようと、地上へと姿を現したジャイアントワーム。

・・・そのタイミングを逃さず、勇者の剣が閃く。

強大なミミズの身体は真っ二つに分かれ、土煙を上げながら左右に倒れていく・・・


『よっしゃぁー!やっぱり俺達は最強のコンビだぜ!』

「本当にそう思っているなら・・・次は勝手に先走るな」

『悪かったって!またその鱗磨いてやるから機嫌直してくれよ』

「・・・むう」


マーゲスドーンは不服そうに唸るが、まんざらでもなさそうだ。

磨き上げられた銀色の身体は、以前よりも滑らかに動く。

今では身体を動かす事を楽しいと感じるようになっていた。


「さぁマーゲスドーン、次の街に急ごう」


いつの間にかグランストームの姿は消え、アラシ少年がマーゲスドーンの首の上にしがみついていた。

この場所が彼のお気に入りらしく、普段はこの体勢で移動するのだ。

振り落とさないように首の動きを気にしながら、マーゲスドーンは足を進める。

この大地には、勇者の助けを求める人々がまだまだたくさんいるのだ。





「どうしても・・・一人で行くというのか」

「ごめん・・・この海の向こうでも大勢の人が苦しんでるんだ」


・・・西大陸の東端の岬。

目の前に広がる水平線・・・その先を見据えながら、アラシは語る。


「俺、勇者だからさ・・・やっぱ見過ごせないよ」

「ならば、我も・・・」

「悪い、グランストームのパワーでもお前は運べないんだ・・・お前はここに残って、この大陸のみんなを護ってくれよ」

「むう・・・」


マーゲスドーンの身体は重く、そして泳げない。

どうしても海を越えることが出来ないのだ。


「そんな辛気臭い顔すんなって、あっちの敵が片付いたら帰ってくるからさ」

「アラシ・・・」

「必ず帰ってくる、だから・・・この大陸を頼むぜ、相棒」

「ああ・・・確かに、任された」

「じゃあ、行ってくる・・・ストームファルコン!」


アラシの振り上げた右腕のブレスレットが輝き、旋風が巻き起こる。

ストームファルコンに乗ったアラシが飛び立っていく・・・遥か東の大陸へと・・・




それから、マーゲスドーンは勇者の帰りを待ち続けた。

長い・・・長い時が流れていく中で、ただ一人・・・勇者の帰りを信じて・・・

住処としていた洞窟の魔力もやがて枯渇し・・・あれだけあった鉱石の結晶もただの岩肌と化していく・・・

果てしない時の中で、人間の寿命などとうに尽きているだろう事はわかっていた。

それでも勇者なら・・・勇者との約束を信じて、彼は待ち続けた。

やがてその身体も朽ちていき・・・竜の寿命も尽きようとしていた・・・そんな折。


(・・・うわコレ、ひょっとしてまだ生きてるの?・・・聞こえる?聞こえるかしらドラゴンちゃん?)


彼の前に現れたのは、勇者ではなく・・・招かれざる客だった。

朽ちた彼の耳にその言葉は届かない・・・しかし直接彼の頭の中に響いてくるようだった。


(何者だ・・・勇者とは・・・違う)

(そんな身体になってもまだ勇者を待ってるの?とんだ忠犬っぷりね・・・)


その言葉は彼の心を読んだかのようだった。

激しい怒りを覚えたマーゲスドーンは、朽ち行く身体に力を籠めようとする・・・


(あら怒らせちゃった?でも残念ね、もう少し長く生きれれば勇者と会えたかもしれないのに・・・)

(勇者に・・・会える・・・だと・・・)


その言葉によって生まれた心の隙・・・その隙にその声が滑り込んでいく。


(どう?ここで死ぬのは悔しいわよねぇ?)


もう少しで勇者が帰ってくる・・・それが本当なのだとしたら・・・まだ死にたくない。


(そ・こ・で、素敵なプレゼント!ちょっと痛いけど我慢してねぇ)


その瞬間、首に激痛が走る・・・大きく引き裂かれたようだ。

流れ出る血と共に、最後の力が失われ・・・竜の意識が闇に飲み込まれていく・・・


(大丈夫よ・・・「勇者には」必ず会わせてあげるから、安心なさい・・・)


次の瞬間・・・おぞましき力が開かれた首の傷から流し込まれ・・・






地竜の首に剣を突き刺した瞬間、流れ込んできた記憶の奔流。

刺さった剣と共に竜の首ににしがみつきながら、アニスは混乱した頭を必死に整理していた。


(今のは・・・確かマーゲスドーンって、この竜の・・・)


『アニス王女!』


イセカインの声に我に返った。

気になる事は山ほどあるが、今は目の前の事を考えなければならない。


アニスの集中が途切れた為、地竜の首に突き刺さった剣から魔力の炎は消え去っていた。

その代わりに傷口からは黒い煙のようなものが噴き出しており・・・


「!・・・この魔力は・・・」


先程の記憶のラストを思い出し・・・彼女が学んだ魔術の知識と線で結ばれる。

死霊術・・・死者を操るというおぞましき魔術だ・・・それを使う者が魔王軍にはいるらしい。

そして彼女の考えを肯定するかのように・・・地竜は、その身体に纏った岩肌を落とし続け・・・真の姿を露にする。

むき出しになったのは白い骨と、異臭を放つ腐肉・・・


ドラゴンゾンビ・・・邪悪な術によって蘇った竜の死体。

それこそが魔王軍四天王マーゲスドーンの正体だった。


「ユウ・・・シャ・・・ユウシャァアアア!」


かつての勇者への思いは歪められ、殺意となってイセカインを攻撃する。

今の彼を動かしているのは「勇者を倒せ」という魔王の命令だ。


「酷い・・・こんなのって・・・」


いくつもの命中打を受けながらも、イセカインはよく耐えていた。

重い岩の装甲を捨てたドラゴンゾンビの攻撃は正確さを増していたが、重さを失った事で威力も下がっているのかも知れない。

自らの役割を思い出したアニスは剣に魔力を籠め直す・・・その魔力は炎ではなく光。

不死なる者を浄化する属性だ。


「これで・・・どうっ!」


白い光を帯びた剣は易々と竜の傷口を切り裂いていく・・・

傷口からは先程を上回る勢いで黒い魔力が噴き出していった・・・しかしサイズが違い過ぎる。

マーゲスドーンのサイズからしたら、小人が縫い針で突いているようなものだ。

しかし、その剣の纏う光は効果を発揮しているようで・・・竜の動きは鈍ってきていた。


『アニス王女、もう充分です!こちらへ』


生まれた隙をついて、イセカインがアニスの元へ近づく。

その手には魔導騎兵の戦槌から作った棒が、剣のように握られて・・・


「これだわ!・・・イセカイン!」


アニスは剣を投げ捨て、イセカインの方向へその身を投げ出した。

慌てて受け止めるイセカイン。

先程の光がまだ効いているのか、ドラゴンゾンビの攻撃は止まっていた。


「イセカイン、その棒であいつの首を狙って!ホラ、私が傷つけたあそこよ!」

『了解』


イセカインには黒い魔力は見えない・・・しかしそのセンサーは首の傷をはっきりと捉えた。

ドラゴンゾンビの首に向かって一直線に突っ切る。

苦し紛れに竜の爪がイセカインを襲う・・・が、お構いなしに突っ切った。


その身をかすめる爪から火花を散らしながら、イセカインは竜の首筋へと棒を掲げ・・・

アニスはありったけの魔力を絞り出し、イセカインの持つ棒へと光の力を付与する。


アニスの魔力では一瞬が精一杯だろう・・・攻撃の命中する一瞬、そこに全てを籠めた。


「マーゲスドーン・・・どうかその魂に救いを・・・」


魔力を放出しながら・・・瞳を閉じて祈るアニス。

・・・その祈りに応えるように、祭具の腕輪が光を放った。


イセカイザーの攻撃は寸分違わず、マーゲスドーンの首の傷・・・そこに埋め込まれた死霊術の核を捉えた。

聖性を帯びた光が黒き力を浄化する。

浄化の光は竜の首からその全身へと広がっていき・・・






・・・夢を、見ていた。


枷に捕らわれたようなその夢は果てしなく長く・・・どうしようもなく悪い夢だった気がする。


(勇者は死んだのだ、もうこの世にはいない)


夢の中で誰かがそんな事を言っていた・・・くだらない嘘だ。


(勇者はもう帰ってこない、お前は見捨てられたのよ)


そんな事を言う者もいた・・・愚かな戯言だ。


本当に愚かな戯言だったが・・・それは棘のように心に刺さった。


その棘は長い時の中で徐々に育っていった。

そんなはずがない・・・勇者は必ず帰って来る・・・でも、ひょっとしたら・・・


ただ待ち続けた。

首の傷が魂を蝕んでいく中で・・・心さえも闇に塗り替えられながら・・・ずっと待ち続けた。


そして勇者は帰って来た。


記憶が失われ、もはや顔も声すらも思い出せないけれど・・・勇者は帰ってきた。


その腕に輝くブレスレット、強い意思を宿した瞳。

・・・何よりも強い勇気を秘めた魂の色。


(マーゲスドーン・・・)


勇者が名前を呼んでいる・・・そう、我が名はマーゲスドーン・・・勇者の相棒だ。


「ああ・・・勇者よ・・・我はまたお前と・・・」





「マーゲスドーン?」


・・・アニスは、その声を聞いた気がした。

ドラゴンゾンビ・・・マーゲスドーンだった竜の巨体は、今や光の粒となってイセカインの周囲に漂うばかりだ。

やがてその光は輝きを失い消えていく・・・



「おお・・・あの光は・・・」

「四天王のドラゴンが・・・」

「勇者様だ!勇者様がやってくれたぞ!」


巨大な竜が光となって消えていく。

その光景は魔物達に苦戦していた兵士達を勇気付けた。

逆に魔物達の方には動揺が走る・・・特にマーゲスドーンから力を与えられた「地竜の眷属」達はその力を失っていた。


「アニス様・・・我々も負けてはいられないな」


ソニア達が相対していた魔物達も勢いが衰え、反撃に転じる余裕が生まれつつあった。

動揺したオーク戦士の隙をついたソニアの剣が、その胴を薙ぎ払う。


「よし、攻勢に出るぞ!まだ戦える者はわしに続け!」

「騎兵隊、突撃!」


機運を見た国王も自ら先頭に立って戦場を駆ける・・・気付けば各所で反撃が開始されていた。


「イセカイン、残りの魔物達もやっつけるわよ!」

『了解、魔物の掃討を開始します』


そこにイセカインも加わる・・・魔王軍が総崩れとなるのにさしたる時間はかからなかった。






魔王城、大広間。

大型の魔物もいる魔王軍の本拠地とあって巨大なこの城の中でも最も広い部屋。

だだ広い面積と高い天井を持つ巨大な空間・・・その四方には大きな四つの魔方陣が配置されていた。


その一つ、赤き炎の意匠がされた魔方陣から炎が立ち上り・・・その中央に一人の人物が現れる。

炎のような輝きを瞳に宿し、漆黒の鎧を身に纏ったその男は、広間の中央へと歩みを進める。


「四天王『火』のアーヴェル、陛下のお呼びにより参上いたしました」


アーヴェルが恭しく跪くと、その正面・・・対極にある魔方陣が輝きを放つ。

水の意匠が凝らされたその魔方陣から溢れ出た水は、まるで意志を持ったかのように広間の中央へと流れていった。

その水の上を滑るように、一人の男が現れた。

男の下半身は魚のようなヒレを持ち、鱗に包まれている・・・

おとぎ話の人魚のような姿だが、その上半身は筋骨隆々の肉体美を放っていた。

背中まで伸びた長い髪に、負けじと伸びたかのような長い髭を持つその男は、海を統べる人魚族の王だ。


「四天王『水』のアトーリア、参上仕る」


「四天王『風』のミラルディ・・・ここに」


いつからそこに居たのか・・・三人目の男は、蠱惑的に身体をくねらせながら名乗りを上げた。

薄い布地を幾重にも巻き付けたような独特の衣服と細い身体は、他の四天王二人に比べると明らかに劣る貧相なものだ。

しかしその見た目では侮れぬ使い手である事は、四天王の位が証明している。

ミラルディは二人を左右に見渡す位置を取り、口を開いた。


「陛下はお身体が優れないとのことで、私から伝えるわ・・・先日『地』のマーゲスドーンが勇者に倒された」


「・・・!」


その言葉に戦慄が走った・・・古くから支店の位についていたマーゲスドーンの力は四天王の中でも抜きん出ている。

それを倒した勇者とは・・・


「人間達の間に伝わる伝承上の英雄・・・所詮は作り話と思っていたが・・・実在していたのか」


そう語るアーヴェルの口元がにやりと歪む。

良い獲物を見つけた・・・そう書いてあるかのような表情だ。


「勇者を倒せ・・・それが陛下からのご命令よ」

「良いだろう、その勇者とやらは俺が倒す」

「あら、確かアナタはマーゲスドーンにも勝てなかったと記憶してるけど?」


強者との闘いを求めたアーヴェルは、かつて一度マーゲスドーンに戦いを挑んでいた。

しかし力及ばず、その時に搭乗していた魔導騎兵は破壊され、彼自身も重傷を負ったという。


「ふん、この俺をいつまでも同じと思うな・・・奴との再戦の用意はしていたのだからな」


それ以来アーヴェルはずっと魔導騎兵の改良を続けてきた・・・もはや叶わぬ再戦の用意。

しかしそれは勇者へと、より強い対戦相手に変わっただけだ。

闘志を燃やすアーヴェルをミラルディは嘲笑うかのような表情で窘める。


「それはそれは頼もしい限り・・・でも・・・まだアナタの出番じゃないわ」

「ほう・・・お前がやるとでも言うのか?」

「まさか、御冗談を・・・勇者は海を渡ってくる・・・海と言えば、適任がそこにいるでしょう?」


二人の視線が同じ方向に向けられる・・・海を統べる「水」の四天王へと・・・

海の王、アトーリアは苦々しい表情で頷いた。


「俺は気が進まんのだがな・・・」

「魔王陛下のご命令よ、我らに逆らう事は許されない・・・それとも、怖気づいちゃった?」

「ふん・・・海は我らの領域よ」


アトーリアはそれだけを告げると、彼らに背を向け、水の・・・四天王専用の転移の魔方陣へと消える。

広間には「火」と「風」の二人が残された。


「あらら・・・まぁ、海の王のお手並み拝見といきましょうか・・・」

「ミラルディ・・・陛下の容体はどうなのだ?」


そのまま自らも転移の魔方陣へと向かうミラルディを呼び止め、アーヴェルが尋ねた。

魔王は彼が唯一、主と定めた存在だ・・・その容体は勇者よりも気掛かりな問題だった。


「ああ、陛下もご老体だからねぇ・・・跡継ぎのご指名でも期待してるのかしら?」

「貴様・・・」

「そんな殺気向けないでよ、陛下のお身体は心配ないわ、たまたま今日は調子悪かっただけ」


ミラルディを睨みつけるアーヴェルはその殺気を隠そうともしない。

慌てて宥めようとするミラルディだが、アーヴェルの殺気は収まらない。


「ホントよ、命に関わるような事じゃないわ!・・・我らの陛下は永遠不滅よ」


ミラルディはそう言い残すと、まだ殺気を向けるアーヴェルから逃げるように魔方陣へと飛び込んだ。

魔法陣から旋風が巻き起こり、ミラルディの姿を消していく。


「ふん、臆病者が・・・」


アーヴェルが見据えた広間の奥には、まるで城門のような厳しい扉が佇んでいた。

この扉の向こうが玉座の間・・・そこにいるのは彼の主君たる魔王だ。


「陛下・・・どうかご健勝を・・・」


姿を見せない魔王に一礼し、アーヴェルも魔方陣へと消えていく。

広大な広間には不気味なほどの静寂だけが残されたのだった。






港町に大勢の職人が集められ、造船所がフル稼働していた。

魔術による処置もあるらしく、造船所内には魔術師達の姿も見られる。


勇者の活躍によってついに西大陸にいた魔王軍を駆逐した王国軍は、東大陸への遠征を計画していた。


その要となるのが、イセカイザーを乗せるための巨大船の建造だ。

イセカインが運んでくれるので材料の木材に困る事はない。

かつてない巨大船の建造とあって、職人達も士気が高かった。


「本当に大きな船ですね」


アニスの側でソニアも目の前で組み上がっていく船を見上げる。

・・・アニスは毎日のようにこの造船所に通っていた。


始めのうちは色々と作業を手伝っていたのだが、今はもう素人に出来る事は残っていない。

職人たちの仕事を眺めながら完成を待つだけだ。


「東大陸・・・いったいどんな所なのかしら・・・ソニアは知ってる?」

「いいえ、しかし魔王軍によって捕らえられた人々が、今も奴隷のような扱いを受けていると聞いています」

「そう、この海の向こうでも大勢の人が・・・」


(・・・この海の向こうでも大勢の人が苦しんでるんだ)


・・・マーゲスドーンの記憶で見た勇者の言葉がよぎる。

あの勇者は一人で旅立っていった・・・でもイセカインは一人で行かせたりはしない。

アニスは右腕を上げた・・・そこに嵌った腕輪には一つの星が輝いていた。


あの時・・・光となって消えたマーゲスドーン・・・その最後に残った僅かな光が、この腕輪に吸い込まれていったのだ。

あの光は腕輪の中で一つの光点となり、今も星のように輝いている。


(これはきっとマーゲスドーンの・・・勇者の魂)


きっとここには、一人で旅立った勇者をずっと待ち続けた彼の願いが籠められている。

ならば自分は最後まで勇者と共に戦い続けよう・・・彼の魂にそう誓ったアニスだった。


「がんばって東大陸の人達を助けてあげないとね」

「はい、しかしアニス様にはもう少し慎重になって頂きたいです」

「もう、ソニアはいつまでも私を子供扱いして・・・私もだいぶ大人になったんだからね」

「それで・・・ですか?」


全く自覚の無さそうな返答にソニアは頭を抱える。

マーゲスドーンとの闘いの最中も危険を顧みず、飛び出したと聞いている。

イセカインと出会ってからというもの、アニスの無茶は拍車が掛かっているように感じられる。

このままではいつか彼女の身に危険が及ぶのではないか、気が気でなかった。


しかしアニスの方は、そんな彼女の胸中を知らず・・・むしろ彼女の胸を凝視して、何かに気付いたらしい。

その顔が赤くなっていく。


「そ・・・育ってるもん!ちゃんと大きくなってるもん!」


アニス魂の叫びに、わけがわからず首をかしげるソニアだった。




_________________________________


君達に極秘情報を公開しよう。


魔王軍四天王「水」のアトーリア。

海を支配する人魚族の王、彼の力は他の四天王より劣る。

だがそれは陸の上での事。

海を味方につけた彼の真の力がイセカインに迫ろうとしていた。


次回 勇者イセカイザー 第6話 リヴァイアサンの咆哮

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