第4話 反撃の狼煙
「人間共が勇者を召喚したようです!」
その報告を受けた地竜マーゲスドーンは、その巨体が泡立つかのようなおぞましい感覚に襲われていた。
(なんなのだ、この感覚は・・・この我が恐れているとでもいうのか・・・)
マーゲスドーンは数千年の時を生きた古竜である。
その数千年の中で、彼は勇者と呼ばれた者に遭遇した事があるとでもいうのか。
首の古傷がずきりと痛む・・・この傷は勇者に受けた傷なのか。
わからない・・・もう何もかもが遥か遠い過去の事だ。
マーゲスドーンはあまりにも長く生き過ぎたせいか、その記憶の多くが曖昧になっていた。
何かが引っ掛かるような気もするが、思い出すことが出来ない。
しかし「勇者」という言葉を聞くたびに彼は得も知れぬ不快感に襲われるのだった。
「ゴブリン達の話によると、ガイザナッグ様を倒したのもその勇者で間違いないようです」
「・・・なんでも、魔導騎兵を上回るゴーレムを使うとか」
「魔導騎兵?・・・あんな玩具と比べられてもイマイチ強さがわからんな」
足元では配下の魔物達が勇者についてアレコレ語っている。
大型の魔物の多い「地」の陣営では、魔導騎兵はあまり快く思われていないようだ。
しかし聞く限りでは勇者の強さもその程度だろうと推測できる。
配下の魔物達はともかく、マーゲスドーンを脅かす存在だとは到底思えない。
それでも、彼らが口にする「勇者」という言葉すらマーゲスドーンを不快にさせていた。
もはやそれが配下の者達である事すら構わずに、地竜の怒りが炸裂しようとした・・・
その時・・・
『聞こえるか・・・マーゲスドーンよ』
洞窟内にその声が響くと同時に、地竜の眼前の空間に一人の人物の姿が映し出された。
一見すると、髭を蓄えた老人のように見えるが・・・もちろんただの老人であろうはずもない。
魔物達がまるで悲鳴のようにその名を呼びながら平伏する。
そんな魔物達など意に介さず、魔王は鋭い眼光でマーゲスドーンを見据える。
マーゲスドーンはその巨体をくねらすと、地に伏せるような姿勢となり、その頭を下げた。
強大な力を有する古竜でさえも服従する存在・・・この人物こそが彼ら魔物達を統べる王。
そして今やこの世界全てを掌握しつつあるその人物は・・・魔王と呼ばれた。
『マーゲスドーンよ、もうじき勇者がここに現れるだろう』
「勇者が・・・ここに攻めてくると?」
『そうだ・・・そしてお前に命じる・・・ここで勇者を倒すのだ』
魔王の持つ力の一端なのか、それとも純粋なカリスマ性によるものか・・・不思議とその言葉に不快感はなかった。
むしろ頭の中がすっきりと澄み渡っていくようにマーゲスドーンは感じられた。
この魔王こそが彼の唯一の主・・・その言葉に間違いはない・・・マーゲスドーンはただそれに従うのみだ。
『お前は余の四天王の中でも最強・・・期待しているぞ』
「お任せください・・・」
そう言って魔王の姿が消えていく・・・
残されたのは静まり返った洞窟・・・魔物達は平伏したままだ。
・・・首の古傷はもう痛まない。
マーゲスドーンはゆっくりとその身を起こし、洞窟の外・・・まだ見ぬ勇者に届かんとばかりに大きく吠えた。
城壁が再建された前線の砦。
その新しい城壁の上に大勢の兵士達が登っていた・・・と言っても、魔王軍が攻めて来たわけではない。
皆、城壁の外で繰り広げられている「それ」を見物しているのだ。
「イセカイン!まずはこうよ!こう構えて・・・こう!」
『はい、こう構えて・・・こう』
「ちっがーう!こうよ、こう!」
イセカインが巨大な棒・・・コロッサスの持っていた戦槌を加工した武器だ・・・を剣のように構えている。
その足元では剣を持ったアニスが同じような構えをしていた。
「大事なのは足の運び方よ!どの方向にも行けるように、構えながら足を意識するの!」
アニスは剣を構えた上半身の姿勢を崩すことなく、器用にステップを踏んで見せる。
そこに剣を振る動きを加えたものが王国正式剣術の基本の型と呼ばれるものだ。
アニスは今、イセカインに剣術を教えているのである。
なぜ今こんな事をしているのかと言えば、イセカインの弱点である魔術への対策に話が飛ぶ。
始めはイセカインに魔術の知識を教えていたアニスだったのだが、これに大きな問題が立ち塞がった。
まずアニスが魔術を学び、それをイセカインに教えるという流れだったのだが・・・
アニスの学ぶ速度に対して、イセカインのそれが大きく上回ってしまったのだ。
アニスが教えた内容をイセカインはすぐに記憶し、それを決して忘れる事がない・・・
その結果、すぐに教える事がなくなったのである。
効率を考えれば、その分の時間をアニスの勉強時間にするべきなのだが・・・それはアニス本人が嫌がった。
そこで代わりに別の事を教える事になったのだ。
「だから違うってば!何度言ったらわかるのよ!」
『いや・・・しかし・・・』
アニスはイセカインの動きに不満があるらしく、練習はそこで止まっていた。
しかしイセカインはアニスの動きを正確になぞっている・・・それはつまり、アニスの動きに問題があるのだ。
「・・・アニス様、間違ってます・・・」
「へ・・・」
見かねたソニアが耳打ちすると、アニスの顔が瞬く間に赤く染まる。
「えっと、これはね・・・」
『申し訳ありません、アニス王女の動きを真似するだけで、その意味まで理解していなかった私の失敗です』
「ちょっとやめて!これはわ、私のミスだから!・・・ごめんなさい」
「アニス様・・・」
イセカインのフォローに耐えかねたのか、誤魔化す事をやめて素直に謝罪するアニス。
(これでは、どちらが教わっているのかわかりませんね・・・)
しかしそんなアニスの成長を微笑ましく思うソニアだった。
せっかくだからと、ソニアも剣を抜き参加する。
「ここからは私も参加しますね・・・アニス様、お願いします」
「へ・・・ソニアが教えてくれるんじゃないの?」
「申し訳ありません、まだ怪我の方が完治していなくて・・・」
「ちょ・・・なら無理しないで!」
『アニス王女、リハビリテーションといって、ある程度は動かした方が良い場合があります』
「そうなの?」
「はい、それです」
実際の所、怪我は完治しているが・・・楽しそうだからとしれっと嘘をつくソニアだった。
「アニス様、俺も参加していいですか?」
「自分達もお願いします!」
そこへ、カロと新兵達が加わってくる。
更にそれを見た兵士達が我も我もと加わっていき・・・
「うわ・・・なんかすごい事になってきたような・・・」
「姫様!お願いします!」
「お願いします!」
「わかったわよ、全員しっかり付いてきなさい!」
「「はいっ!」」
アニスを中心に兵士達が素振りを開始する。
その光景は遠目に見ると、兵士達の中にアニスの姿が隠れ・・・
「おお・・・勇者様を中心に兵達が一丸となって訓練している」
兵士達の一糸乱れぬ動きに、国王は感心するばかりだ。
「さすがは勇者様だ、なんと頼もしい」
その中心にアニスがいる事など、夢にも思わない国王だった。
そんなある日・・・
「敵の拠点がわかった、だと?」
唐突に、イセカインが国王に伝えたい事があると言い出した。
いったい何事かと尋ねた国王に伝えられたのは、これまた突然すぎる話だった。
『はい、私のセンサーで王都に空けられた大穴の元を辿った結果・・・ここから北にある山中に大きな空洞があり、そこから穴が伸びている事がわかりました』
「センサー・・・とな?」
『探知魔法のようなものです、ある程度の深さまでなら地中や水中を把握することが出来ます』
聞き慣れない言葉に首をかしげる国王に、イセカインは魔法に例えてその機能を説明する。
アニスに教わった魔術の知識がさっそく役に立ったようだ。
「魔術に寄らず、そのような力をお持ちとは・・・さすがは勇者殿です、魔術の知識など不要でしたかな」
『いいえレセウス宮廷魔術師、魔術もまた人々の暮らしを豊かにする素晴らしい力だと思います。私にも扱えればよかったのですが・・・』
「いえいえ、勇者殿はどうかお気になさらず・・・」
ロボットだからか、あるいは異世界の存在だからなのか・・・
知識の吸収は早かったものの、イセカインは魔術を扱う事が出来なかった。
魔術を知らなかった時点である程度の予想がついていたので、それを責める者はいない。
「そうそう、そこは私達が補うからね」
『頼もしいです、アニス王女』
「ふっふーん、任せなさい!」
イセカインの足元でアニスが胸を張る。
彼女もついに魔術を使えるようになったのだ。
勉強を苦手としていた彼女だったが、実際に魔術が使えるとなると楽しくなってきたようで・・・
最近では意味もなく魔術を使っては怒られている姿がよく見掛けられる。
「それでお父様、この魔王軍の拠点はどうするの?」
「うむ・・・」
国王ハイウェルド一世は目を閉じて、思考を巡らせる。
魔王軍に動きは無かった。
やはり勇者によって魔導騎兵が倒された事が大きいのだろう。
勇者を警戒して今は戦力の増強を行っていると見るべきか。
対して、こちらには何より勇者がいる・・・そして・・・先日の訓練風景が脳裏をよぎった。
「兵たちの士気も高まっている・・・今が決戦の時やも知れぬな」
「陛下!」
「まずは足の速い者を偵察に出せ」
「はっ」
「レセウス、お前も魔術師達を率いて後衛に付いてもらう」
「御意に・・・」
決戦に備え、王は次々に指示を出していく・・・
「・・・そして勇者よ」
『はい、私が先頭に立って敵を倒しましょう』
「敵の拠点ともなれば四天王が現れる可能性が高い・・・その時は我らの事は構わず、四天王をお願いします」
『四天王の撃破が優先・・・了解しました』
「雑魚くらいは私達が倒さないとね・・・私も必殺の魔法剣で戦うわよ」
アニスが剣を抜いて掲げると、刀身が炎に包まれた。
魔力で物質を強化する付与魔術と呼ばれる系統の魔術だ。
アニスはこの系統の素質があるようで・・・中でも武器に魔力を込める魔法剣は彼女のお気に入りだった。
「ていっ!そりゃっ!」
燃えさかる剣を構え、敵を斬りつける動きをして見せる。
その姿に驚いたのは父王だ。
「アニス?!まさかお前もついてくるつもりなのか?」
「うん、私も王族の一員として皆と・・・」
「ならん!お前が戦場に立つなどあってはならん!」
「なんでよ!」
「なんでも何もあるか!いつの間にか剣術など覚えおって!」
「お父様だって、王族たるもの自ら剣を取り戦場に出るべきだって得意げに語ってたじゃない!」
「そ、それは・・・ええい、わしとお前では話が違うわ!」
「お父様のわからずや!」
盛大に繰り広げられる親子喧嘩に誰も口を挟む事が出来ない。
その手に持った剣のようにヒートアップしたアニスはついに・・・
「もうこうなったら、お父様には今この場で王位を降りてもらうしか・・・」
「な・・・アニス、待て!」
「さぁ、私の魔法剣の餌食になりなさいっ!」
アニスが燃え盛る剣を大きく振りかぶったその時。
「お、恐れながら陛下!アニス様の右腕をご覧ください!」
「?」
宮廷魔術師レセウスの発言にアニスの動きが止まる。
剣を振り上げたままのアニスの右腕・・・そこには金色の腕輪がはまっていた。
「ゆ、勇者召喚の儀式で使われた祭具です・・・」
最悪の事態を避けられた事に安堵しつつ、レセウスは言葉を続ける。
「勇者殿が召喚されてからずっと、アニス様の腕から外れなくなっていまして・・・」
「それが・・・どうしたのだ?」
「おそらく・・・おそらくですが、その腕輪が勇者殿をこちらの世界に留めているのではないかと・・・」
「ふむ・・・それで・・・」
・・・なんとなく嫌な予感を覚えながら、国王はその先を促す。
「ですから、あまりアニス様と勇者殿が離れると・・・その力が失われる可能性がありまして・・・」
「つまり、イセカインが元の世界に戻ってしまうのね?」
「か、可能性です・・・その可能性があります」
レセウスもアニスが戦場に出る事には反対だった。
出来れば言いたくはなかったのだろう・・・その表情は暗い。
逆に表情がパッと明るくなったのはアニスだ。
「じゃあしょうがないわね!私とイセカインは行動を共にする必要があるわ」
「む・・・むぅ・・・」
「イセカインは先頭で戦うんだっけ?じゃあ私もそれくらいの位置にいないとね」
「だが、お前を危険な目に合わせるわけには・・・」
戦場に連れて行くにしてもせめて後衛に、と思ったが・・・それではイセカインと距離が離れてしまう。
いかな理由があるにせよ、娘を危険に晒したくはないのが親心だ。
その気持ちを察したのか、それまで黙っていたイセカインが口を開いた。
『でしたら、私に良い考えがあります』
砦の北方、荒野の中を兵士達の列が進んでいく。
物資を乗せた荷台を騎馬が曳いて行く列と、その両脇に徒歩の兵たちの列。
その行列の先頭を行く水色の物体。
・・・イセカインの変形した放水車だけが異彩を放っていた。
「なにこれ?なにこれ?」
『アニス王女、あまり動き回らないでください』
アニスは放水車の搭乗席にいた。
勇者から離れず、最も安全な場所・・・それがこの勇者の内部、搭乗席だった。
目の前にあるのはハンドルや計器類・・・見た事のない物でいっぱいだ。
アニスは好奇心のままにそれらを無遠慮に弄っていた。
ハンドルをいじられた所で、車体の制御はイセカインの方で行うので問題はないのだが・・・
『アニス王女、揺れる車内で動き回るのは危険です』
舗装されていない荒れ地を走行中の放水車は非常に揺れるのだ。
揺れた拍子にどこかぶつけて怪我をしかねない。
せめてシートベルトを締めてもらいたいのだが、ここは異世界・・・そんな習慣以前に自動車すらないのだ。
「そう?馬車と比べたら全然快適だけど・・・」
今も車内は激しく揺れているが、アニスは全く動じない。
王族であるアニスは揺れる馬車での移動に慣れていたのだ。
「それより、この丸い輪っかみたいなのは何なの?」
『それはハンドルと言って、私を運転する為の装置の一つです』
「運転?」
『はい、この放水車の姿は人間が操って動かす乗り物ですので・・・』
「ひょっとして・・・これでイセカインを動かせるの?」
『非常時ですので優先権は私にありますが・・・少しやってみますか?』
「うん、やりたいやりたい」
『ではまず、シートベルトを締めてください』
運転に興味を持ったアニスに運転を教えるついでに、イセカインはシートベルトを締めさせる。
魔術でもそうだったが、アニスは興味を持つと集中力を発揮するらしい。
『申し訳ありません、少しの間隊列を離れます。皆様はそのままお進みください』
「勇者様、いかがなされましたか?」
『アニス王女が運転に興味を持たれたので、これより教習を行います』
「ああ、なるほど・・・運転、が何なのかはわかりませんが、アニス様をよろしくお願いします」
突然コースを変えたイセカインを訝しむ兵士達だったが、アニス絡みと聞いただけで納得してしまった。
アニス王女の性格はあの訓練を通じて兵士達の間に広まっていたようだ。
『しばらくは私が補助しますが、くれぐれもハンドルから手を離さないように、それと足を・・・』
「わかってるわよ、アクセルとブレーキでしょ、さっさと始めて」
こうして、異世界初の自動車運転が始まった。
周囲が何もない荒れ地という事もあり、アニスはアクセルを遠慮なく踏み込んでいく。
「すごーい!はやーい!」
『あまりスピードを出すと、左右に曲がり難くなります。ブレーキを踏んで減速してください』
「曲がる時はブレーキを踏んで、ハンドルを回すのね」
そう言った通りにアニスはブレーキを踏み込み、思いっきりハンドルを回した。
高い速度からの急制動で車体が滑り、アニスにも横方向の加重が掛かる・・・ドリフトと呼ばれる現象だ。
「なにこれ、面白い!」
『アニス王女、今のような極端な操作は危険です』
「でも今のすごい面白かった、ってあれ・・・アクセル踏んでもスピード出ない」
『危険な速度が出ないようにこちらで設定させていただきました、まずは基本の運転を学んでください』
「えー・・・」
異世界と言えど、心掛けるべきは安全運転。
危険な走りに目覚めそうなアニスを見て、最高速度に制限を掛けるイセカインだった。
やがて兵士達が目的地の山の麓へとたどり着くと、魔物と遭遇するようになってきた。
まだ魔物の数も少なく遭遇戦の域を出ないが、翌日の決戦を想定してここで野営する事になった。
先頭の騎兵から物資を切り離していき・・・後方の兵士達が合流しながら陣地の設営が行われる。
ソニアと新兵達は物資の集積所を任されていた。
到着した騎兵から切り離されていく物資の台車を種類ごとに分けて運ぶのが彼女達の役割だ。
大軍を維持する為の物資は相当量があり、台車は次々に運ばれてきている。
「うわ・・・まだこんなにあるのか・・・」
「まだ半分にも届かないからな、音を上げるのは早いぞ」
「うぇぇ・・・まじかよ・・・」
そう言っている間にも荷台は増えていく・・・
いつまでも終わりの見えない作業に新兵達はため息をついた。
「とは言え、今日必要になる分は運び終わっているから、もう慌てる必要はないぞ」
「そっか・・・今すぐ全部使うわけじゃないもんな・・・」
絶望的な物量にやる気を失いそうな部下達を気遣うソニア。
何も荷台の全てを片付ける必要はない。
要はここに陣を構えている間に使う分が足りていれば良いのだ。
逆に撤収時にすぐ動かせる状態の物があっても良い。
「だから無理はしなくていい・・・が、サボって良いわけじゃないからな」
「はいっ!」
最後の台車が到着し、兵士達が夕食の準備に取り掛かるその頃。
作業を続けるソニア達の集積所にやって来たのは水色の放水車・・・アニスの運転するイセカインだ。
「ソニア、みんなー」
「アニス様!」
アニスは窓を開けて手を振りながら、片手でハンドルを操作してイセカインを停車させる。
もうすっかり運転を身に着けたようだ。
ドアを開けて降り立ったアニスの元へ、新兵達が集まってくる。
「ごめんね、イセカインの運転が楽しくてこんな時間になっちゃった。今から手伝うわ」
「いえ、アニス様はそんな事をしなくても・・・」
「いいのいいの、私だけ楽しちゃってるしね・・・ふぬぬ・・・」
そう言って台車に手を掛けるが、台車は重く・・・動かない。
「姫様、一人じゃ無理ですよ!俺も手伝います」
慌ててカロが加わり台車を押す・・・二人がかりで何とかなりそうだ。
「動いた・・・カロも少しは体力ついてきたじゃない」
「は、はい・・・俺も・・・がんばってますから」
「カロ、力み過ぎて顔真っ赤だよ?無理はしないで」
アニスに褒められて顔を赤くするカロだったが、当のアニスには台車を動かすのに力を入れ過ぎていると思われたようだ。
「む、無理なんてしてないから!」
「ちょ、ちょっと!わかったから、そんなに押さないで・・・」
・・・意地になって全力で台車を押すカロだった。
『アニス王女、私も手伝います』
「あ、イセカインは休んでて」
『しかし、私が手伝えばすぐに・・・』
「いいからいいから・・・イセカインには戦場でがんばって貰わないと、だからね」
『・・・了解しました』
協力を申し出るも断られたイセカイン・・・
これから魔王軍との激しい戦闘が控えているのだから温存すべきなのは理解できるのだが・・・心なしかその声は沈んでいる。
「では私達は食事の用意をしましょう」
「うん、ありがとソニア、楽しみにしてるわ」
「皆で一生懸命お作りしますので・・・好き嫌いはしないでくださいね?」
「う・・・」
アニスが我儘を言わないように、あらかじめ念を押すソニア。
とは言え、食料は基本的に日持ちの短い物から使っていく。
そして決戦前とあって、今は贅沢なメニューが許される状況だった。
兵士達は大いに食事を楽しみ、明日への士気を高めていった。
そして翌日・・・山が動いた。
山が動く・・・魔術の存在するこの世界にあっても異常な光景に、人々は驚愕せざるを得なかった。
もちろんそれは決して自然現象などではなく・・・
「待っていたぞ、人間共・・・」
目の前の山が喋った・・・いや、それは山ではない。
山のように見える「それ」こそが・・・古代より生きる竜の巨躯。
「我は地竜マーゲスドーン・・・四天王「地」のマーゲスドーンなり・・・」
ゆっくりと広げられた翼には、岩で出来た羽根が無数に生えている。
・・・竜族の中でも「地」を司る地竜族は、文字通りその身に「大地」を纏っていた。
放水車の中で、アニスもまた驚愕の表情を浮かべていた。
「地竜・・・まさか四天王がドラゴンだなんて・・・」
『アニス王女、この敵の事をご存じなのですか?』
「この世界じゃ知らない者がない最強の生物よ・・・誇り高く誰かの下につくような存在じゃないはずなのに・・・」
ドラゴン・・・それは勇者と並ぶ伝説の存在だ。
売名の為に竜殺しを自称する戦士は度々現れるが、目の前の威容はとても人間如きがどうにか出来る存在ではない。
巨大に見えた魔導騎兵やイセカインですら、この竜を前にすると小さく見えた。
「む、無理だ・・・敵うわけがない・・・」
一部の兵たちが恐慌をきたして逃走を開始する。
「落ち着け、落ち着くのだ!我らには伝説の勇者がついている!」
国王が声を張り上げるが効果は薄い。
恐怖に捕らわれた者達は我先にと逃げ出していく・・・しかし結果的にそれは正解だったかも知れない。
なぜならば・・・
『過去のデータに敵と類似する行動パターンを確認・・・深界獣マグマイザーの火炎放射の予備動作と酷似しています』
「イセカイン?何を言って・・・あれは!」
マーゲスドーンは蛇がするように首をもたげ、大きく息を吸い込んでいた。
竜族がこの動作をする事の意味は・・・アニスの知る限り、ただ一つ。
「ブレスが来るわ!皆逃げて!」
そうアニスが叫んだのと同時に、マーゲスドーンの口から竜族特有の吐息が放たれる。
ドラゴンブレス・・・それは火竜ならは火炎を、氷竜ならば吹雪を・・・竜の種類によって様々だ。
そして、この地竜のブレスは・・・
『空気中に高濃度の毒素を確認、コクピットの空気を遮断します』
「毒素?!」
地竜の口から暗緑色の気体が吐き出される・・・ポイズンブレス、毒の息だ。
水中での活動も想定された伊勢湾警備隊のロボットであるイセカインの搭乗席は気密することが出来るようになっている。
そのおかげでイセカインの中のアニスは無事だった。
しかし、逃げ遅れた兵士達が次々に毒によって倒れていく・・・
『アクアバレット水幕モード』
イセカインの放水銃から膜状の水が放たれ、毒霧を押し流すが・・・既に毒を受けて倒れた者はどうにもならない。
「そんな・・・」
『毒の成分を解析・・・致死毒ではないようですが、数時間は身動きが取れなくなります』
即死毒ではなく獲物を麻痺させて食らう為の毒のようだ。
倒れた兵士達も死んだわけではない・・・そう安堵したのもつかの間。
毒の霧が収まったのを見て、地中より魔物達が現れた。
毒で身動きの出来ない兵士達にとどめを刺さんと殺到する・・・
「イセカイン!みんなを」
『了解、モードチェンジ!勇者イセカイン!』
ロボット形態に変形したイセカインが魔物達に放水銃を浴びせかける。
高圧の水の弾丸によって次々と倒れていく魔物達。
「今のうちに態勢を整えよ、毒に倒れた者達を後方へ!」
国王の号令を受け兵たちが動く・・・しかし開戦後わずかの間に半数近くの戦力が失われてしまっていた。
そんな彼らをあざ笑うかのように魔物達は次々と現れ行く・・・
「く・・・まさか俺達が最前線に立つなんて・・・」
「あのブレスがまた来たら・・・」
くしくも前線の崩壊によって、彼ら新兵達が矢面に立たされる事になっていた。
あの毒のブレスを恐れ、逃げ腰になる彼らだが・・・
「恐れるな!なぜ魔物達が前に出てきたのかを考えろ」
・・・ソニアの声が戦場に凛と響いた。
「そうか・・・今、毒のブレスを撃てばあいつらも巻き込む」
「逆に考えれば、もうブレスは来ないという事か!」
兵士達はその可能性に気付き、勇気を奮い立たせた。
もちろん、マーゲスドーンは部下の犠牲もお構いなしにブレスを使うかもしれない。
しかし・・・その余裕があれば、の話だ。
「勇者よ、この魔物達は我らが引き受けます!手はず通り四天王を!」
国王が剣を抜き叫んだ。
彼もまた、若い頃より戦場に立つべく身体を鍛えてきた・・・並の戦士に劣らない。
「イセカイン、あのドラゴンに勝てそう?」
『わかりません・・・しかし私のAIには強大な敵と戦ってきたデータがあります』
かつてイセカインが戦ってきた深界の者達。
それらとの戦闘データの蓄積が敵の行動予測を可能とさせる。
地竜マーゲスドーンは確かに強大な力を持ったドラゴンだ。
しかし、その動きはイセカインが戦ってきた者達よりも遅かった。
『アニス王女、シートベルトは締めていますね?』
「だから、馬車に比べたら全ぜ・・・へ・・・」
突然のGにアニスは舌を噛みそうになった。
高機動戦闘による負荷は、放水車の揺れなどとは比べ物にならない。
「ちょっと!何よこれ!」
『その様子ですと、全力で動いても大丈夫そうですね』
「へ・・・うわぁああああぁぁ」
イセカインのコクピット内で、あまり品のない悲鳴を上げるアニス・・・ドリフトを楽しんでいた時のような余裕はない。
そんな彼女とは逆にイセカインは華麗と呼べる程の動きで敵の攻撃をかいくぐり、巨大な地竜へ一気に肉薄する。
『ブレイブキック!』
イセカイン渾身の跳び蹴りが、地竜マーゲスドーンの岩肌を削り取る。
しかし、地竜は痛みを感じた素振りもなく・・・勇者を睨みつけた。
「そうか・・・お前が勇者か・・・」
『いかにも、私は勇者イセカイン・・・人々を護る勇者だ』
「勇者・・・く・・・」
「イセカイン、攻撃が効いてるわ!」
ダメージが遅れてきたのか、どこか苦しげに呻くマーゲスドーン。
ここがチャンスとばかりに攻め立てる・・・地竜はイセカインの素早い動きについていけていない。
しかし、マーゲスドーンはその巨体に相応しいタフさを発揮していた。
「勇者・・・我が、ガ・・・倒す」
度重なる勇者の攻撃でダメージの蓄積されたその身体から岩が落ちていく・・・
「いける・・・いけるわ、イセカイン!」
アニスが勝利を確信したその時・・・コクピットを衝撃が襲った。
「きゃっ!」
『申し訳ありません、敵の攻撃を避けきれませんでした』
「ま、まぐれ当たりね・・・ちょっと運が悪かったわ」
しかし・・・その後も地竜の攻撃が2度、3度と命中していく・・・
「ちょっと、しっかり避けなさいよ!」
たまらず文句を言うアニスだが、イセカインのAIは驚くべき事実を検知していた。
『これは・・・敵の速度が上がっている!』
「え・・・なんで?!」
地竜マーゲスドーンの動きは、先程までと比べて遥かに素早くなっていた。
このデータを踏まえ行動予測を更新したイセカインは、紙一重で攻撃の回避に成功する。
「古傷が疼ク・・・おのれ・・・勇者・・・勇者ァ!」
苦しみにもがくマーゲスドーン・・・心なしかその身体は小さくなったようにも感じられる。
威嚇するかのように大きく広げたその翼からも、岩がまた一つ落ちていく・・・
勇者によるダメージの蓄積は、その翼にまで及んで・・・
『違う・・・これは、軽量化か』
「軽量化?」
『あの地竜は、岩のような身体を自ら切り捨ててその身体を軽くしている』
「そんな・・・じゃあアレは自分で・・・」
現に今、勇者は攻撃をしていない・・・防戦一方で攻撃どころではなくなっている。
しかしその間にも地竜のその身体からは岩がまた一つ落ちていく・・・
勇者の速度に追いつく為に・・・マーゲスドーンは自らの肉体を切り捨てているのだった。
よく見ると、骨らしきものが露出している箇所まである・・・極限まで肉体を切り詰めたのだろう。
『くっ・・・なんという執念だ・・・』
それはもはや狂気と呼ぶべきかもしれない。
軽量化された地竜の攻撃はより速く・・・より鋭くなって勇者を襲う。
その猛攻は次第に勇者を追い込んでいき・・・
「ど、どうするの!このままじゃ・・・」
『逆に言えば、この敵は防御を捨てている状態・・・反撃さえ出来れば・・・しかし』
しかし、イセカインは攻撃を避ける事で手一杯だ。
反撃をする隙など、どこにもなかった。
地竜の速度はさらに上がり・・・徐々に命中数が増えていく・・・ジリ貧だ。
『アニス王女、申し訳ありません・・・私が貴女を連れてきてしまったせいで・・・』
このままではイセカインもろともアニスは地竜の餌食になってしまうだろう。
アニスを乗せて来てしまった事は軽率過ぎたのだ。
後悔の念に捕らわれるイセカイン・・・そのコクピットで、アニスが何事かを呟く。
「・・・開けて」
『アニス王女?今何と・・・』
失意のあまりその言葉を聞き逃していたイセカインが聞き返すと、アニスはその細い肩を震わせ・・・イセカインに怒鳴りつけた。
「ここを開けてって言ってるの!このヘタレ勇者!」
『へ・・・ヘタ・・・レ?』
「もういいわよ!確かこの辺に脱出装置が・・・」
そう言いながらアニスはコクピットをいじくりだす・・・運転を教えた時に非常用の脱出装置の事も教えていたのだ。
『アニス王女、今脱出するのは危険です』
「どうせこのままでも危険でしょ!ヘタレ勇者にはこれ以上何も出来ないんだから!」
マーゲスドーンの攻撃を必死に避けながら、アニスを説得するがアニスに聞く耳は無かった。
そしてアニスはついに脱出装置のスイッチを発見する。
「見つけた・・・これだわ!」
『アニス王女!』
「いいから!タイミング合わせて!」
『タイミン・・・グ?』
「だから、反撃が出来れば良いんでしょ!」
『アニス王女・・・まさか貴女は・・・』
まるで自棄を起こしたかのようなアニスの行動・・・その意図をようやくイセカインは察する。
「アンタが出来ないなら私がやるしかないじゃない!ホラ、タイミング!」
『了解しました・・・3・・・2・・・』
回避行動をとりながら、イセカインがその位置を目指す・・・
「1・・・ここね!えいっ!」
そして地竜マーゲスドーンの頭上へと差し掛かったその時・・・イセカインの胸部ハッチが開き、アニスが飛び出した。
アニスは落下軌道のまま、真っすぐに・・・マーゲスドーンの頸部へと・・・そしてその手の剣が炎を纏った。
「勇者・・・勇者・・・ユウシャァアア!」
マーゲスドーンは正面に降り立ったイセカインに気を取られ、小さなアニスの存在にすら気付いていない。
・・・そしてその首には大きく引き裂かれた古傷が一つ、岩に守られる事なく露出していた。
「いっけぇぇぇええええ!」
まるでそこに吸い込まれるように・・・アニスが、その炎の剣が・・・地竜の首へと突き刺さった。
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君達に極秘情報を公開しよう。
古の時代・・・西の大陸に人々を守護する竜がいた。
勇者と共に大地を駆け、魔を打ち払った鋼の鱗を持つ巨竜。
その名は鋼竜マーゲスドーンと云う・・・
次回 勇者イセカイザー 第5話 鋼の鎮魂歌
に
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