第3話 漆黒の魔導騎兵

「ジークボルト隊長!魔王軍が砦に迫っています!」

「よし、いつものように騎兵隊で攪乱するぞ、私に続け!」


人間の砦を攻め落とすべく迫る魔物の一群。

城壁によって足止めされている魔物達の横合いから突撃する馬に乗った騎士達・・・そのまま貫通するように反対側へ駆け抜けていく。


この砦こそが最前線。

人類と魔物たちが、ここで日夜戦い続けていた。


豚のような顔と分厚い皮下脂肪を持つオーク。

人間より一回り大きなオーガ。

魔獣と呼ばれる様々な獣達。

それぞれ強力な力を持った魔物達だが、堅牢な城壁と戦場を縦横に駆けるジークボルト達に阻まれ、砦を落とす事が出来ずにいた。


「隊列を乱すな、こちらに隙があれば敵は必ずそこを突いてくると思え!」

「はい!」


魔物達は単純なもので、毎回同じように攻めてきていた。

その日もまた兵士達は城壁の上から矢を射かけ、石を落としてその侵攻を食い止める。

こうして耐えている間にジークボルト達が敵を蹴散らしてくれるのを待つだけだ。


しかし・・・


(敵の様子がいつもと違う?)


最初に異変に気付いたのはジークボルトだった。

いつもならば易々と敵陣を貫く騎兵突撃だが、今日に限って上手くいかない。

突撃の度に陣形が乱れる・・・同じような作戦が続いたが故の気の緩みかとも思ったが、どうも違うようだ。


「どうやら今日の敵は手練れが多いようだ、各員気を引き締めよ!」


ジークボルトの号令を受けて騎士達に気合が入る。

精鋭を集めた騎士隊の士気は高い・・・皆、雷光の騎士たる彼を信じて、よくついて来てくれていた。


(問題は砦の方か・・・皆、持ちこたえてくれ)


この作戦は敵を城壁で食い止める事で成立する。

砦を護る兵士達は比較的練度が低い者達だ。

もしも敵が城壁を超えてくることがあれば戦線は容易に崩壊するだろう。

幾度目かの突撃により彼らが敵陣を突っ切ったその時・・・それは現れた。


「なんだ、あれは・・・」

「で、でかい・・・」


見張りの兵の表情が驚愕に歪む・・・何よりも目を惹いたのはその大きさだ。

砦を護る城壁の高さを優に超える大きさの鋼の巨人。

その巨体は漆黒の鎧に包まれ、一歩進むごとにガシャン、ガシャンと金属質の足音を鳴らしている。


「お、俺、聞いたことあるぞ・・・東の大陸で暴れまわったっていう魔導騎兵だ!」

「魔導騎兵?!」


海を越えた東の大陸・・・かつてはいくつかの人類の王国が栄えていたという。

しかし魔王軍の侵攻によって、それらの国は瞬く間に滅ぼされていった。

その時に最大の脅威となったのが魔王軍のゴーレム・・・それも漆黒に塗られた大型のそれは、魔導騎兵と呼ばれ恐れれたという・・・


「ついにこの大陸にも現れたってのか・・・」

「くそ、あんなのいったいどうしろって言うんだ!」


どんなに矢を射かけても硬い装甲に弾き返されるだけで、傷一つつかない。

そして巨大ゴーレム・・・魔導騎兵はその見た目に反する鋭敏な速度を発揮して一気に城壁へと迫る。


「ダメだ、退避!退避急げ!」


逃げ惑う兵士達をお構いなしに、魔導騎兵はその手に持った戦槌を振り上げ、城壁へと叩きつけた。

石を積み重ねて造られた硬い城壁が、まるで卵を割ったかの如く弾け飛んだ。


「あれが、魔導騎兵・・・なんという力だ・・・」


その様子はジークボルト達騎兵隊からも見えていた。

どこか現実味のない光景に、突撃の勢いが止まる。


『聞こえるか人間達よ、我らは魔王軍四天王「火」のアーヴェル様率いる精鋭部隊だ。これ以上の抵抗は無意味と知れ』


巨大なゴーレムから魔術によって拡大されたと思しき大きな声が響く・・・以外にもそれは女性の声だ。

美しくも冷ややかに告げるその声に、兵士達は恐れを抱かずにいられない。

魔王軍四天王・・・その詳細はわからないまでも、魔王軍の中でも上位の存在だという事は伺い知れる。

・・・ついに魔王軍が本腰を入れてきたのだ。


「隊長、このままでは砦が・・・」

「く・・・全軍撤退だ、我々がその時間を稼ぐぞ!」


急いで友軍に撤退の指示を出す。

「あんなもの」とまともにやり合うなど無意味だ。

敵の注意を惹きつけるように、騎兵隊は魔導騎兵付近へ突撃を敢行する。

隙を見て馬上から剣で一撃を加えてみるが・・・やはり魔導騎兵の装甲には傷がつかない。


「よし、このまま離脱だ、続け!」


部下を引き連れて戦場からの離脱を試みるが・・・


「ダメです隊長!完全に・・・囲まれています」

「誘いこまれていたか・・・どうりで抵抗が薄いわけだ」


気付けば魔王軍が周囲を分厚く取り囲んでいた。

騎兵で突破するのが難しい密集陣形・・・どうやら彼らの突撃も読まれていたようだ。

ジークボルトは周囲の敵を警戒しながら、少しでも包囲の薄い部分を探すが・・・その時、敵陣が左右に割れ・・・中から一人の男・・・人間とよく似た姿のそれは、魔族と呼ばれている・・・が姿を見せた。

男は堂々と、しかし油断する素振りもなくゆっくりと歩み寄ってくる。


「我が名はアーヴェル、魔王軍四天王の「火」だ・・・お前が雷光の騎士だな」

「我が名はジークボルト、一介の騎士隊長にすぎないが・・・確かにそう呼ぶ者もいるようだ」


彼を見た瞬間、アーヴェルは満足そうに頷いた。

・・・強者だけが放つ「気」というものがあることをアーヴェルは知っている。

案の定、ジークボルトにはそれがあった・・・その全身から立ち上る剣気、それが何よりも雄弁に語りかけてくる・・・わざわざ名乗りを聞くまでもない。

アーヴェルにとっては、それだけでも充分だった。


「ジークボルトと言ったな、お前に1対1の決闘を申し込む!・・・この俺に勝てれば我ら全軍、撤退してやろう」

「お前達との約束など信じ難いが・・・いいだろう、受けて立つ!」

「よし成立だ、お前達は手を出すなよ!」


そう言ってアーヴェルは部下達を下がらせる・・・どうやら本気で決闘をするつもりのようだ。

しかも、そればかりか・・・


「そんななまくらでは戦いにくかろう?これを使え」


そう言って剣を放ってよこした。

鞘から溢れでる魔力から一目で魔剣とわかる・・・それも相当な代物だろう。


「悪いが、この剣にも愛着があってね・・・その申し出は断わらせてもらう」


そう言って魔剣を投げ返し、腰の剣を抜いて構える・・・あの魔剣がいかな業物だったとしても、長年使い続けてきたこの剣の方が自分の命を預けるに相応しい。

その意志を感じ取ったアーヴェルも投げ返された剣を掴み、不敵に笑う。


「ふ・・・楽しませてもらうぞ、雷光の騎士」


両軍の兵士達が見守る中、決闘の幕が上がった。

ジークボルトは右手に剣を持ち、左手にはとても小さな・・・申し訳程度の大きさの盾を持っていた。

対するアーヴェルは先程の魔剣一本のみだ。


「どうした雷光の騎士、来ないのか?」

「相手が魔王軍四天王とあっては慎重にもなるさ」

「ならば、こちらからいくぞ!」


アーヴェルが猛攻をかける・・・ジークボルトは防戦で手一杯のようだ。

闘いは終始アーヴェルが優勢のように見えた。


「アーヴェル様、やっちまえー!」

「た、隊長・・・」


魔王軍陣営からは歓声が上がり、王国兵達は皆不安を隠せない。


(この男・・・なかなかやる)


ジークボルトは、先程からアーヴェルの攻撃を全て紙一重で凌いでいた。

中でもアーヴェルの目を惹いたのは、その盾の使い方だ。

盾としては余りに頼りなく見える、とても小さな盾・・・

その盾をアーヴェルの斬撃に対して、横合いから打ちつけてきたのだ。

斬撃の軌道は逸らされ、ジークボルトをとらえる事が出来ない。

そればかりか、今度は一瞬の隙をついて、その盾で直接アーヴェルを殴りつけてきた。

・・・腹部に吸い込まれるように入った強烈な打撃。

奇しくもそれが、この決闘での初の有効打であった。


「貴様・・・騎士にしてはずいぶんと泥臭い闘い方をする・・・」

「行儀の良い剣ではどうしても勝てなかった人がいてね・・・」


ジークボルトの脳裏に、美しき女性騎士の姿が浮かんだ。


(結局、一度も勝てないままだったな・・・)


今の自分ならば負ける気はしないが、彼女が負ける姿は見たくない・・・彼にとってその存在は半ば神格化されつつあった。


「ほう・・・その人物とも闘ってみたいものだ」

「残念だが、あの人が前線に出てくることはないよ・・・何より、お前に次はない!」


ジークボルトは盾を投げ捨て、両手持ちで剣を構える。

次の一撃で勝負を決める・・・そう言わんばかりの鋭い気合いに、アーヴェルは身体が打ち震えるのを感じた。


「久しく忘れていたこの感覚・・・闘いとはこうでなければな!さぁ来い!ジークボルト!」


アーヴェルは正眼に構え、ジークボルト渾身の一撃を迎え討つ・・・この一撃を受けきる事が出来なければ、彼はおそらく命を落とすことになるだろう。

だがそれはジークボルトにしても変わらない。

この一撃が通用しなければ彼の敗北は必至だ。


呼吸を整え、意識を全身へと行き渡らせる・・・踏み込みの足に、剣を振るう腕に・・・描くべき剣の軌跡がうっすらと、その視野に浮かび上がった。


「ふぅ・・・」


最後に小さく、呼吸を一度だけ。

そこから一気に間合いを詰める・・・剣は下から、間合いを計らせる隙を与えず・・・一気に斬り上げる。

しかし、アーヴェルはわずかに半歩・・・半歩下がるだけでこれを避け、がら空きとなったジークボルトの胴へとその剣を・・・


(・・・そう来るだろう事はわかっている)


その瞬間、ジークボルトの身体に込められたもう一つの力が解放される。

・・・それはマナ、あるいは魔力と呼ばれる力。

魔術によって強化された彼の肉体は、常識を超えた速度と制動を可能にする。

これこそが彼の切り札であり、雷光の騎士と呼ばれる所以だ。

アーヴェルに避けられた切っ先がありえない速度で軌道を変え、再びアーヴェルへと・・・

その首を落とさんと振り下ろされる。


元々ジークボルトは魔術の才能に恵まれ、魔術師としての将来を期待された少年だった。

魔術というものは決して誰もが使えるというわけではない、ごく限られた者だけの貴重な才能だ。

他人にない力を持っている・・・それは幼い少年を天狗にするのに充分だった。

そんな彼に初めて挫折を味わせたのは、一人の少女・・・にも拘らず騎士だという。

悔しくて何度も挑んだ、だが一度も勝てなかった。

その悔しさはいつしか憧れとなり、彼を騎士への道へと歩ませていた。

彼女のように礼儀正しく、彼女のように努力を怠らず・・・彼の中で理想化された彼女を追いかけるうちに、いつしか当の本人を追い越していた。

彼女は今、女性であるという理由で王女付きの近衛にこそなってはいるが・・・前線で戦う精鋭の騎士達の中に混ざるにはいささか頼りない。

どうしてもその力不足は否めなかった。


(だが、それでいい)


あの美しい剣に、血生臭い戦場は似合わない。

戦場に必要なのは美しさではない、勝利だ・・・自分達が勝利する事で後方の安全が守られる。

ただその為だけに汚してきた騎士の剣が今、魔王軍四天王その一角を・・・アーヴェルを倒さんとしていた。

アーヴェルの反撃よりも早く、その通り名の如く雷光の速度で振り下ろされる剣。

その剣が鎧に覆われていないアーヴェルの首筋へと触れた、その時・・・


ガキィン!


激しい金属音が響く・・・

回転しながら宙を舞い、カラカラと地面を転がっていったのは、中程から折れて弾け飛んだジークボルトの刀身だった。


「まさか身体強化の魔術まで使うとはな・・・」


その首の切傷から血を流し・・・しかし致命傷と呼ぶには程遠い傷の浅さだ。

アーヴェルは不敵な笑みを浮かべていた。

その首元には彼の持つ魔剣が赤く熱を放ち・・・そして彼の肉体も、ぼんやりと魔力の光を帯びて・・・


(まさか、やつもまた・・・)


あの瞬間、アーヴェルも身体強化の魔術で加速し、間一髪でジークボルトの剣を受ける事に成功していたのだ。

ジークボルトはすっかり失念していた。

アーヴェルは魔族、それも最強格である四天王の一人だ。

魔術を使えないはずがないのだ。


互角の勝負のつもりが手加減をされていた・・・その事実に、そして強力な魔術を使った反動からジークボルトはその場に崩れ落ちる。


「もしも俺の反応が一瞬でも遅かったら・・・あるいはお前がこの魔剣を使っていたら・・・俺は今死んでいただろう」


アーヴェルは嬉しそうに勝負の感想を語っていた。

死線をくぐりぬける、そんな言葉があるが、死線を感じるような闘いは久しぶりだった。

これまでにない満足感と高揚感に包まれながら、アーヴェルは敗者へと語り掛ける。


「ジークボルト、お前はまごう事なき強者だ。殺すには惜しい・・・この俺の部下となれ」


その言葉に配下の者達がどよめく・・・

その強さをアーヴェルに認められるという事は、「火」配下の彼らにとって特別な意味を持つのだ。

先程まではたかが人間と蔑んでいた彼らの表情がまったく別のものに変わっていた。


「それは光栄な申し出だが・・・断る。我が主は国王陛下だけだ、違えるつもりはない」

「そうか・・・」


その返答に不満の色はない、アーヴェルもまた魔王陛下に忠誠を誓う身だ。


「見事な闘いだったぞジークボルト。最後に遺言があれば聞いてやろう」

「そんな洒落た言葉は思い浮かばないが・・・もし、私の頼みを聞いてくれるというのなら・・・部下達の命は助けてやってくれないか」

「いいだろう・・・お前達、そこの人間共に逃げ道を作ってやれ」

「はっ!」


アーヴェルの命を受け配下達が下がり、人間達の退路が開かれる。


「・・・感謝する」

「勇敢なる戦士よ、さらばだ」


ジークボルトは一言礼を述べ、その首を差し出すように跪いた。

そしてアーヴェルの魔剣が閃き・・・一瞬だった。痛みを感じる間もないだろう。


「くぅ・・・た、隊長・・・」

「戦士の約束は違えぬ!人間共よ、どこへなりと去るがいい!・・・だがジークボルトの仇討ちを望むならば、相手をするぞ?」


・・・仇討ちに向かって来れる者はいなかった。


雷光の騎士、その最期に涙を浮かべながら兵士達が逃げ去っていく・・・


全ての兵士が戦場を離れると、魔導騎兵はアーヴェルの元へと跪き、その漆黒の鎧が開かれる。

中から現れたのは仮面をつけた女性だった。

顔こそ仮面で隠してはいるが、身に着けた鎧の上からでも女性らしい体つきをしているのがよくわかる。


「アーヴェル様、人間達は全員逃げ去ったようです」

「ふん・・・腰抜け共め・・・」

「言葉の割には楽しそうですね」


明らかにアーヴェルは上機嫌だった。

戦闘狂・・・なによりも闘争を楽しむ彼にとって、今回の決闘は満足のいくものだったようだ。


「見ろセニル、あの男はこの俺に傷を付けたぞ・・・しかも急所を的確にな」

「これは・・・」


首の傷を、まるで宝物を見せびらかすように自慢するが、セニルと呼ばれた女性はその傷を見て血相を変えた。

慌てて傷口に手をかざし、呪文を口にする・・・癒しの魔術によって傷はゆっくりと塞がっていった。


「もう少し深ければ本当に致命傷になる所です」

「そうだろう?あの一瞬は俺も死を覚悟した」


本当に楽しそうに語る・・・自分の命さえ厭わぬその姿勢、それこそが彼をここまで強くしたとも言えるが・・・


「それで本当に死なれては皆が困ります」

「そうか?」

「そうです、アーヴェル様は四天王の一角なのですから・・・」

「ふん・・・そんなものは欲しいやつにくれてやって構わないんだがな」

「またそんな事を・・・その様子ではこの砦も?」

「ああ、「地」が欲しがってたから、奴にくれてやるつもりだ」


彼が興味を持つのは強い者との闘いと、もう一つだけ。

魔王への忠誠心こそあるが、四天王を始めとした魔王軍での権力争いなど興味はなかった。


「まぁ、今となっては砦と呼べるのかもわかりませんが・・・」


魔導騎兵によって堅牢な城壁は見る影もなく破壊されていた。

再びここを砦として使うのは少々苦労しそうだ。


「だから明朝にはここを発つぞ、あいつらにも浮かれて飲み過ぎないように伝えておけ」

「全部隊撤収するのですね、ここの守りは「地」に丸投げしますか?」


勝利に浮かれた部下たちは、おそらく砦に貯蔵されていた物であろう酒樽に群がっていた。

戦勝の宴だ、今夜は飲み明かすつもりなのだろう。

もちろんアーヴェルも酒に興味がないわけではない。


「お前たち、俺の分まで飲むんじゃないぞ!」

「もちろんですとも、アーヴェル様には一番良い酒を取ってあります」

「そうこなくてはな、勝利の美酒だ、早く持ってこい!」

「はっ」


酒を取りに駆けていく部下を見送った後。

アーヴェルは魔導騎兵の方に目をやりながら・・・背後に控えたセニルに返答する。


「そうだな・・・コロッサスと、乗り手はバインツを置いていってやろう」

「バインツですか?」

「手柄を立てたがっていたからな、人間共の相手には充分だろう」


セニルはどこか不服そうに問い返した。

バインツは最近アーヴェルの部下に加わったオーク族の戦士だ。

彼は功名心が強く、製兵の多いアーヴェルの下につくことで出世の足掛かりにしようとしているようだ。

このバインツの事をセニルはあまり快く思っていない。


(あんな者にコロッサスを・・・)


コロッサスとは先程の魔導騎兵の名前だ。

現在、魔王軍には50機程の魔導騎兵が存在するが、それらの魔導騎兵は全てアーヴェルが作り出したものだ。

闘い以外で彼が興味を持つ存在・・・それが、このゴーレムだった。


搭乗者が中に乗り込み魔力を供給することでハイパワーを実現、従来のゴーレムでは成し得なかった素早い反応速度をも生み出している。

中でもコロッサスは、アーヴェルが最初に作り上げたゴーレムだと聞いている。

かつて彼はこのコロッサスを駆り、数多くの武功を立てた・・・その功績によって、四天王の「火」の座が与えられたという・・・


その愛機とも言うべき機体を、此度の戦で自分に預けてくれた。

その事をセニルは密かに喜んでいたのだが・・・


「なんだ、お前もコロッサスが気に入っていたのか?あれはもう旧式もいいところだぞ」

「いえ・・・」

「まぁそう拗ねるな、そのうちお前の専用機も作ってやる」

「それは本当ですか?!」

「ああ・・・お前ならば多少複雑な機体でも使いこなせるだろうしな・・・面白い機体になりそうだ、楽しみにしていろ」

「はい、ありがとうございます!」


思わぬ提案にセニルは余程嬉しかったのか、少女のような声を出していた。

・・・あるいは、その声の方が地なのかも知れない。


「アーヴェル様、酒をお持ちしました」


先程の部下が酒を手に戻ってきた。

樽に入れられたものと違い、ガラス製の瓶に入ったその酒はよく熟成された高級品のようだ。


「ほう・・・悪くなさそうだ」

「ささ、一杯お注ぎし・・・あ、セニル様・・・ど、どうぞ!」

「?」


背後に控えるセニルに気付いた部下は、慌てた様子で酒瓶をセニルに差し出した。

不思議そうな表情を仮面の下に浮かべながら、差し出された酒をセニルは受け取る。


「いや~俺としたことがとんだ野暮をする所でした!では失礼しま~す!」

「あいつ・・・何があったんだ?」

「・・・酒を飲み過ぎたのでしょうか?」


慌てて駆けていく部下を呆然と見送る二人・・・その真意は伝わらなかったようだ。


「まぁいい、せっかくの酒だ。お前も付き合え」

「はい、お供します」


アーヴェルに酒を渡しながら、セニルはその仮面に手を掛ける。

酒を受け取ったアーヴェルは無造作に栓を開け、二つの杯に酒を注いでいった。






「・・・」


王都へと帰還した国王ハイウェルド一世は、ジークボルトの敗北を上回る衝撃を前に呆然としていた。


魔王軍の襲撃によって起きた火災は、放水車モードに変形したイセカインによって消し止められていた。

倒壊した建物の瓦礫もロボットに変形したイセカインの手で片付けられ、広場には負傷者や家を失った人々の為にテントが用意されている・・・こちらは兵士達が組み上げたものだ。

3番通りに空けられた大穴には瓦礫を詰め込んだ上で、魔物が再び現れる可能性を警戒してイセカインが不動の姿勢で見張っていた。


「お父様!」


帰還した父の元へ駆け寄ってくる王女アニス。

それが見えていないかのように、国王はただ一点、巨大なる人影に見入っていた。


「アニス・・・これは一体・・・何が・・・」

「お父様がいない間に魔王軍が、この街に攻めてきたの」

「魔王軍・・・では、あれが・・・」


その言葉に国王は、納得した様子で・・・


「そうよお父様、あれこそ伝説の・・・」


国王は、納得した様子で剣を抜き放った。


「あれが話に聞く魔導騎兵か!おのれ魔王軍!かくなる上は我ら最後の一人になろうとも・・・」

「ちょっと、お父様?!」

「止めるな娘よ、魔王軍の支配を受け入れて生き伸びるくらいなら、潔くここで散るのも生き様よ!皆の者、わしに・・・」

「待って待って!あれは違うの!魔王軍なんかじゃないから!」

「恐れながらハイウェルド陛下、ご報告いたします」


暴れる父王をアニスが押し留めるその傍らで・・・包帯を巻いた痛々しい姿のソニアが状況を報告する。

突然開いた大穴から現れた魔王軍の事、巨大な魔物に手も足も出ず自身も負傷した事、そして・・・


「あれが・・・異世界の勇者だというのか・・・」

「はい、圧倒的な力で魔王軍を退けたばかりか、街の者達の救助までしていただきました」

「なんと・・・」


国王は恐る恐るその巨体・・・勇者の元へと歩み寄り・・・深々と頭を下げた。


「異世界の勇者よ、どうか先程のご無礼をお許しください」

『気にしないでください。貴方がアニス王女の御父上・・・この国の国王陛下で在らせられますか?』


ここ数日で充分な言語データを得られたイセカインは、この世界の言葉を流暢に話すようになっていた。


「はい、ハイウェルドと申します・・・勇者よ、どうかこの世界をお救いください」

『私は勇者イセカイン、人々を護る為に生まれました・・・お任せください』

「おお・・・なんと頼もしい・・・」


そのやり取りは兵士達の耳にも届いていた。

想像していたものとは大きく異なる姿をしていたが、待ち望んだ勇者だ・・・その雄姿に歓声が上がる。


「勇者様がいればもう安心だな」

「あの大きさ、魔導騎兵にも負けてないぞ」

「ジークボルト様を失った時はどうなるかと思ったが・・・」

「えっ・・・今なんて・・・」


その言葉・・・一瞬聞き間違いかとも思ったが・・・王女たちに残酷な事実が告げられる。


「そんな・・・あのジークが・・・」

「はい・・・それは見事な最期でした・・・」


あの決闘を間近で見ていた部下の騎士が事の詳細を語る。

・・・その時の事を思い出したのか、悔し涙が滲んだ。


(だがジークボルトの仇討ちを望むならば、相手をするぞ?)


・・・アーヴェルのその声を背中に聞きながら、彼はただ走る事しか出来なかった。

あの四天王が・・・怖くて仕方なかったのだ。


「申し訳ありません・・・自分は何も出来ずに・・・逃げ出しました、騎士失格です」


その頬を涙が流れ落ちる・・・情けないその顔を隠すように俯く騎士のその肩を、アニスが優しく抱きしめる。


「大丈夫、貴方は悪くない・・・騎士失格なんかじゃないわ・・・」

「アニス様・・・」

「ああ、よく生き残ってくれた・・・ジークボルトも本望だろう」


ソニアも微笑みかける・・・誰も彼らを責める事は出来ない。


「その魔導騎兵とやらの事を聞かせてくれるか?我々にとって何より貴重な情報になるはずだ」

「は、はい・・・」


そして語られた内容は・・・


「まるでイセカインね・・・」

「にわかに信じ難い話ですが・・・実際に勇者殿を見ていると、その話も頷けます」


兵士達が大きく頷く中、肝心のイセカインだけがその首をかしげていた。

この街から彼が収集したデータを参照する限りでは、誤認があるとしか思えない。

確認も兼ねてイセカインはその疑問を口にした。


『失礼、この世界の技術で私と同程度の兵器を作り出せるとは思えないのですが』

「??」

「ええと、それは・・・勇者殿より強いわけがない、という意味ですか?」

「おお、頼もしい!」


さすが勇者様、と盛り上がる兵士達。

・・・どうやら彼の言葉の意味を理解できずに曲解されてしまったようだ。


『いや、そうではなく・・・』

「魔術で作ってるに決まってるでしょ、魔族は私達とは比べ物にならない魔力を持っているのよ」


なんとか誤解を解こうと説明しようとしたイセカインに、アニスが適切な答えを返した。

ここ数日イセカインと行動を共にしてきたせいか、彼女の方もなんとなく異世界間のギャップに気付き始めているようだ。


『魔術・・・私のデータには、過去の民間伝承で信じられてきた迷信とありますが』


その言葉に、盛り上がっていた兵士達の表情が固まる。

魔術を迷信とまで言い切った勇者に一抹の不安がよぎる。


「まさか・・・異世界には魔術が・・・ない?」

「勇者様、さすがにそれは・・・」


魔王軍には人間達より高い魔力を持つ者が少なくない。

勇者が魔術を知らないのは致命的な事態になりかねなかった。


「誰か、魔術師を連れてきて!」


大急ぎで連れてこられた宮廷魔術師が勇者の前で魔術を披露する。

杖の先に火が灯り、風が刃となり、泥水が清められ真水となった・・・


「どう?これが魔術よ、理解できた?」

『解析不能・・・これは一体・・・何が起こっているのですか?』


イセカインのセンサーでは魔術や魔力による現象を把握することが出来ないようだ。

何もないところに突然火が付く、風が吹く、水が変質する・・・AIはエラーを出し続けた。

魔術師の魔力が尽きるまで何度も繰り返し魔術を使って見せたが、成果は上がらない。


『エラー、解析不能・・・申し訳ありません、私には魔術というものが理解出来ないようです』

「そんな・・・」


思わぬ勇者の弱点の発覚に人々の表情が曇る。


『期待に応えられず、申し訳ありません』

「ま、まぁ大丈夫だろ、魔術がわからないくらい」

「そうだよな、勇者様の強さは圧倒的なんだ!」

「ああ、きっと勝てるさ」


気を落とした様子のイセカインを必死に励ます兵士達。

発覚した魔術という弱点に一抹の不安を残したまま・・・砦の奪還作戦が始まったのであった。




『やはり現れたか、人間共め・・・』


敵襲の報告を受け、オーク族の戦士バインツの乗ったコロッサスが砦の前面に出る。

破壊した城壁は使い物にならないので、コロッサスだけが頼みとなるが、人間達相手には充分過ぎる戦力のはずだった。


『貴様らが何人来ようが、このコロッサスの敵ではな・・・なにぃ?!』


バインツはその豚のような醜い顔を、更に醜く歪めた。

王国軍の全兵力が投入された奪還作戦・・・その中には王女アニスと新兵達の姿もいた・・・

そしてその先頭を行くのは、コロッサスに勝るとも劣らぬ巨体・・・イセカインだ。


『人間如きがこの大きさのゴーレムを造ったというのか・・・』


彼の知る限り、人間にそんな魔力があるとは思えない。

このコロッサスですら、アーヴェルのような魔族の中でもトップクラスの魔力の持ち主にしか造れないのだ。

あの大きさを見る限りは同程度の魔力が必要になるはず・・・


『ならば答えは一つ・・・ハリボテか!』


見た目だけのこけおどし・・・あれで魔導騎兵を惹きつけ、その間に兵士達が砦を奪還する作戦に違いない・・・バインツはそう判断した。

迷いなくコロッサスを走らせる・・・そんなハリボテなどすぐに破壊してしまえばいい。

戦槌を大きく振り上げ、必殺の気合で振り下ろす・・・


その瞬間、彼の視界からイセカインの姿が消えた。


『そうか・・・幻術か・・・』


ハリボテですらなく、魔術でその姿を投影しただけ・・・そう思った矢先、背後から激しい衝撃がバインツを襲った。


『なんだ?!』


振り返るとそこにはイセカインの姿・・・ここでようやくバインツはそれが幻術でもハリボテでもない事を悟る。


『こいつ・・・』


戦槌を振り回すが、イセカインに当てることが出来ない。

だがそれは無理もない・・・

元来、コロッサスは城塞の破壊が主目的で、ゴーレム同士で戦う事など想定されていないのだ。


『クソッ!ちょこまかと・・・』


やみくもに戦槌を振り回しても無駄に魔力を消耗するだけだ。

バインツとてアーヴェルの配下に取り立てられた優秀な戦士だ、それを理解出来ないわけではなかった。


(敵の動きが変わった・・・)


一度距離を取ったコロッサスに、イセカインも油断なく構える。

しかし、コロッサスは再びイセカイン目掛けて突進して来た。

振り上げられた戦槌の軌道を予測して、回避・・・右足が動かない。


『これは・・・!』


イセカインの足元の地面が隆起して、その右脚部に巻き付いていた。

解析不能の現象・・・AIがエラーを吐き出す。

引きちぎるように巻き付いた土を剥がすも、回避行動が遅れ・・・


『く・・・!』


戦槌がイセカインの胴体に命中する。

鈍い金属音が戦場に響いた。


『ククク・・・所詮は人間、魔術にまでは手が回らないようだな』


先程の現象はもちろんバインツの魔術によるものだ。

魔力の消耗が激しく、そう何度も使えるものではないが期待以上の効果にバインツは勝利を確信する。


(しかし、こいつは一体なんなんだ・・・)


その確信が彼に考える余裕を与えた。

ハリボテでも幻術でもない、実体を持った巨大ゴーレム・・・単純な性能ならばコロッサスを上回る。

どう考えても人間達に造れるようなものではない。


『まさか・・・貴様・・・「勇者」か?』


自然とその問いが口に出ていた。

人間達が拠り所にしていた、伝説の類にそんな戦士が出てきたはずだ。

所詮は弱き者達の抱く願望・・・夢物語と馬鹿にしていたが・・・


『いかにも、私は勇者イセカイン・・・人々を護る使命を帯びた勇者だ』


まるで何度も言い慣れているかのように滑らかに、堂々と・・・イセカインは言い放った。


『そうか・・・お前が「勇者」か・・・ククク・・・』


(つくづく俺は運がいい)


バインツの目標は魔王軍で成り上がる事だ。

その為に四天王の中でも武闘派の「火」の配下についた。

ここで伝説の勇者を仕留めれば、彼の武名は大きく高まるだろう。

四天王の座すら狙えるかもしれない。


『残念だったな、勇者よ・・・お前たちの希望はこの俺が今、打ち砕く!』


再び土の魔術を使うべく魔力を集中する・・・

先程は反撃を警戒したせいで踏み込みが甘かったが、やつは魔術に反応出来ていない・・・次の一撃に遠慮は無用だ。


「イセカイン!魔術が来るわ、気を付けて!」

『アニス王女・・・しかし、私には魔術が・・・』


再び距離を取った敵を見て、アニスが警告する。

だがイセカインには魔術がわからない、何回解析してもエラーを吐き出すだけだ。


「魔術なんて私だってわからないわよ!でも、わからないのが魔術だって事は私にもわかる!」

『わからないのが魔術・・・』

「そうよ、わからない事が起きたなら、それが・・・」

『そうか・・・』


その瞬間・・・イセカインのセンサーが地面の異常を捕らえ、AIがエラーを吐き出した。


『このエラーこそが・・・魔術!』


地面の隆起するのと同時にイセカインが地面を蹴った。


『ゴーレムが跳んだ・・・だと・・・』


盛り上がった地面が、何もない空を掴む。

高く飛び上がった巨体が、そのままの勢いでコロッサスに迫る・・・


『馬鹿な・・・ゴーレムの重さでこんな動きが出来るはずが・・・こんな馬鹿なぁああああああ!』

『ブレイブ、キィィィック!』


イセカインの右脚部が光を放ち・・・高い角度からコロッサスに突き刺さった。

頭上からの攻撃を想定していないその装甲が歪み・・・胴体を貫通する。

バインツは即死だった・・・搭乗者からの魔力供給が止まり、コロッサスは鉄の塊となる・・・




「こ、これが・・・勇者・・・」


初めて間近で見た勇者の戦いに、国王は胸に込み上げてくる熱いものを感じていた。

それは兵士達も同じだったようで・・・それはやがて、大きな歓声となった。



「あ、あれが・・・勇者・・・」


砦付近にたどり着いた「地」の配下の者達も、この戦いを見ていた。

勇者・・・彼らの主が恐れていた存在に、かつて味わった事のない感情に震えていた。

それこそが恐怖・・・彼らがそれを味わう側に回った瞬間だった。


城壁が大きく破壊されたせいか、砦には魔物は残っておらず・・・

奪還作戦は意外なほどあっけなく幕を閉じたのであった。



「イセカイン!」


戦いを終えた勇者の元に駆け寄るアニス。

駆け寄りながら大きく腕を振る・・・その腕には祭具の腕輪がはまったままだ。


「もう、ひやひやさせて・・・やれば出来るじゃない!」

『ですがアニス王女、今後を考えれば魔術を理解する必要があるでしょう』

「そうね、がんばって・・・」

『そこで、アニス王女に頼みがあるのですが・・・』

「へ・・・私に?」


・・・その提案にアニスの表情が固まった。






「もう、なんで私がこんな勉強を・・・」

「アニス様、もっと集中してください」

「うぅ・・・ソニアまで・・・」


外からはイセカインが器用に石を積み重ねて城壁を復旧している音が聞こえてくる。

魔王軍から取り戻した砦の一室・・・ここでアニスは魔術の勉強をしていた。



『先程の戦いでわかりましたが、アニス王女・・・どうやら私は貴女に教わるのが最も効率が良いようです』

「さっきのアレはついとっさに口走っただけで、別にそんな・・・」

『ですから魔術も貴女から教われば、効率よく理解出来るのではないかと思われます』

「いや、でも私、魔術なんてこれっぽっちも・・・」

『そこで、まずアニス王女に魔術を学んで頂いて、そこから私に教えて頂ければと・・・』

「へ・・・」



「アニス様にこの世界の命運が掛かっているんです!しっかり勉強してください」

「うぇぇ・・・まさかこんな事になるなんて・・・」


アニスが今やっているのは初歩的な知識の書かれた教本を覚えながら書き写すという・・・魔術を学ぶ者が一番最初にやる作業だ。

途中で抜け出したりしないように、ソニアの監視付きである。


「明日からは宮廷魔術師に講師として付いて頂きますので、なんとしても今日中に終わらせてください」

「そ、そんな~」


涙目になりながら机にかじりつくアニスだった。




_________________________________


君達に極秘情報を公開しよう。


魔王軍四天王「地」のマーゲスドーン。

古の時代より数千年の時を生きている古竜である。

その巨躯が持つパワーと魔力は、四天王最強。

強大なるこの敵を相手に、人類の反攻作戦が始まろうとしていた。


次回 勇者イセカイザー 第4話 反撃の狼煙

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