第9話 不死鳥の翼

魔王城の大広間。

その四方には地水火風4つの魔方陣がある。

それぞれ、対応する四天王専用の転移の術が込められたものだ。


その中の一つ、水の魔方陣が真新しく描き直されていた。

以前と比べると曲線が減って、硬さを感じる・・・どこか直線的なデザインになっていた。

その魔方陣が光を放つ・・・新たな魔方陣からは水が溢れ出すことはなく・・・代わりに、白い雪の粉が吹雪のように舞い上がった。


白き奔流より姿を現したのは、白銀の髪を持つ少女。

花のような薄紅の唇はきつく結ばれ、鋭い眼差しは氷のように冷ややか・・・しかし、その大きな瞳は愛らしさを隠しきれていない。

かつては仮面を付けていた彼女だが、四天王となってからはその素顔を隠すことなく晒していた。

以前と変わらないのはその身に着けた漆黒の鎧。

その手には真新しい杖が握られており、その先では青い宝玉が輝いていた。


「四天王「水」のセニル・・・参上致しました」


その動作はまるで機械のように硬く、正確に・・・跪くその姿にも彼女の真面目な性格がよく表れていた。


ぱんぱんぱん、と手を叩く音を響かせながらセニルを出迎えたのは同じ四天王の「風」


「はいはい、よく出来ました・・・完璧よ、セニルちゃん」

「恐縮です、ミラルディ様」

「うんうん、素直でいいわ・・・同じ四天王としてこれからよろしくね」

「は、はい若輩者ですが、よろしくお願いします」

「・・・同じ四天王に様を付ける必要はないぞ、セニル」

「あ・・・」


横合いから聞こえたもう一人の声にセニルは動悸が高まるのを感じた。

四天王「火」のアーヴェル・・・つい先日まで彼女が仕えていた主だ。

今やその彼と同格の存在としてここに立っている・・・その事実に舞い上がりそうな気持ちを堪え、副官時代の礼を取る。

アーヴェルはそんな彼女の姿に苦笑しながら窘める。


「それも不要だ、お前はもっと四天王としての自覚を持った方が良いな」

「は、はい!気を付けます!」

「もう、アーヴェルったらお堅いわね・・・そ、れ、と、も、可愛いセニルちゃんの四天王就任で張り切ってるのかしら?」


ミラルディは人差し指を唇に当てながら、アーヴェルを茶化して反応を見る。

しかしアーヴェルに動じたようなそぶりはない。


「お前が自由過ぎるだけだ・・・セニル、こんな奴は参考にするなよ」

「ふふっ、私は風の四天王・・・風は自由なものなのよ」

「ふん、俺に無駄口を叩く趣味はない・・・どうせ俺達を呼び出したのは貴様だろう?さっさと用件を話したらどうだ?」

「つまらない奴ね・・・まぁいいわ、我らの宿敵イセカインの事よ・・・この間アンタが倒してくれたわけだけど・・・」


勇者イセカイン・・・その名前が出た瞬間、二人の表情が険しくなる。

言葉を濁らせるミラルディに不穏な物を感じたセニルは声を大にして主張する。


「勇者はあの時確かにアーヴェル様が討ち取りました、間違いありません!」

「だ大丈夫よ、そこを疑ってなんていないわ・・・でもね、その勇者を復活させる方法っていうのがあるらしいのよ」


セニルの剣幕にたじろぎながらも、ミラルディが口にしたのは・・・勇者の復活。


「死霊術ならともかく、死者を復活させる魔術など・・・」


そんなものは存在しない・・・そう言いかけて、セニルは勇者の姿を思い出した。

イセカインは明らかに人間ではない・・・生物かどうかもわからない。

魔導騎兵と同じゴーレムと考えれば、修復は可能なように思えた。


「アーヴェル・・・様」


セニルが不安そうにアーヴェルを見る。

彼女の知る限り、彼が破壊された魔導騎兵を修復した事はない。

しかしそれは修復が不可能なわけではなく、新しくより強い機体を作る事を好んだ結果のようにも見える。


「・・・あの傷を修復する事は可能だろう、だがイセカイン・・・奴には魂があったように見える」

「魂・・・ですか?」


直接言葉を交わし、刃を交えた彼にはイセカインの自我・・・魂の存在を感じずにはいられなかった。

彼がいかに優れたゴーレムを作ることが出来ようとも、そこに魂を宿す術など見当もつかない。


「ああ、あればかりは俺にもわからん・・・おそらく異世界の技術だと思われるが・・・本当に可能なのか?」


勇者を倒し新たな四天王を迎えた事で、魔王軍は勢い付こうとしている。

このタイミングで勇者が復活するような事があれば由々しき事態だ。


(勇者が復活するというのなら、また闘える・・・)


しかしアーヴェルは勇者の復活、その可能性に期待せずにはいられない。

あのイセカインとの闘いは、イフリータスの改良点を洗い出してくれてもいる。

アーヴェルの表情に自然と笑みが漏れる・・・しかしそれを見つめるセニルは複雑な気分だ。

復活の手段があるとして、それを阻止すべきか、せざるべきか・・・セニルは震える声で先を促した。


「それで勇者を復活させる方法、というのは・・・」

「それはね・・・」






「不死鳥の伝説・・・ですか」

「再生の力を持つという炎の鳥よ・・・その神聖なる炎はあらゆる傷を癒し、死者をも復活させると言われているわ」

「その力があれば、イセカインを蘇らせる事が出来る、と・・・」

「そう、たぶん・・・だけどね」

「しかし、それはいったい・・・」


ソニアは困惑していた。

イセカインが倒されたあの日からふさぎ込んでいたアニスが、急に元気になったかと思えば登山の支度を始めたのだ。

それも山に詳しい者から教えを乞う所からという、本格的なものだ。

今やアニスは、街の外壁を斜面に見立ててよじ登る訓練を行うようになっていた。


「不死鳥が住まうのは、それは険しい山だという話よ・・・しっかりと備えないと」


長年仕えてきたソニアだ、アニスの性格はよくわかっている。

一度言い出したら聞かないのはいつもの事だが、今回はしっかりと準備をしている点が異なった。

・・・以前のアニスであれば、考えなしに山へ向かっていたのではなかろうか。


「実際の山はこの壁よりももっと・・・あ」

「アニス様!」


勇んで壁をよじ登り始めたアニスだが、そう簡単に登れるものでもなく・・・すぐに落ちてしまう。

慌ててフォローに入ったソニアが受け止めたおかげで怪我をする事はなかったが、訓練は難航を極めた。


「アニス様、魔術は使わないのですか?」


さすがに魔術で空を飛ぶのは至難の業だが、アニスの魔力でも登山の補助くらいは出来るのではないかと考えたソニアだったが、アニスはかぶりを振って否定する。


「魔術を使った時に不死鳥がどう反応するかわからないもの・・・機嫌を損ねられたら困るでしょう?」


死者を蘇らせる力を持つという不死鳥だが、訪れた者の望みを叶えてくれるというわけではない。

伝説では不死鳥は気まぐれで・・・願いが叶わずにその身を焼かれた者の存在を伝えている。


「アニス様・・・」


どこまでも慎重なアニス・・・ソニアの知る彼女とはまるで別人のようだ。

彼女が登る壁の向こうには、巨大な影が一つ・・・倒された時の姿のまま、イセカインが野晒になっていた。

今の彼女達には動かす事もままならないその姿は、人類の希望から絶望の象徴へと変わりつつある。


勇者が倒された事実は、人々の心に重く圧し掛かっている。

堅牢な城塞都市となったこのイセカイネスの街にあっても、魔王軍の襲撃に怯える者は多かった。

勇者の復活は人類最後の希望と言っても良い。

決して失敗は許されない・・・その責任感がアニスを慎重にさせているのか。


(私のせいだから・・・あの時、私が・・・)


四天王アーヴェルはアニスを足手纏いと言っていた。

あの言葉の通りならば、イセカインはアニスを護りながら闘っていたから負けたのだ。

あの時、もしも最初からイセカイン一人で闘っていたのなら・・・


(なにが私も勇者よ・・・)


イセカインにアニスも勇者だと言われたのが嬉しくて、すっかり舞い上がっていた。

・・・思い上がりも甚だしい。

現に今も目の前の壁一つ登れないでいる・・・


(結局、私は勇者に護られるだけのお姫様だ・・・)


また壁から滑り落ちた・・・落ちながらも体勢を整えソニアの手を借りる事無く着地する。

・・・幾度も繰り返して、上達したのは落ち方だけだ。

悔しくて、視界がぼやける。


「アニス様、壁をもっとよく見てください」

「え・・・」


声を掛けたのはソニアだった。

アニスが何度も壁に挑戦する姿をずっと見ていた彼女は、自らも鎧を脱いで壁に手を伸ばして見せる。


「まず先までよく見て、手や足を掛ける場所を選んでいけば・・・と」


アニスに手本を示すようにソニアが登っていく・・・そんな彼女でも登り切るには至らず、落下してしまった。

それでもアニスよりはだいぶ先まで進んでいたが・・・それだけ高い所からの落下となった。


「ソニア?!大丈夫?」

「ええ、なんとか・・・だがこれは登れるようになってからの方が危険か・・・」


さすがと言うべきか・・・受け身が取れていたようで、大事には至らなかったようだ。

ソニアは剣を抜くと壁の中程の高さに印を付ける。


「ここまでです、しばらくはこれ以上の高さには登らないようにしましょう」


そう言ってソニアは再び壁に登り始めた・・・夢中で壁を登る姿は普段のソニアからは想像もつかない。

・・・呆気にとられて立ち尽くしていたアニスへ、彼女は振り返りながら手を伸ばした。


「ほら、アニス様もはやく」

「う、うん・・・ひょっとして、ソニアも練習するの?」

「当り前です、アニス様をお一人で行かせるわけがないでしょう」


そう言ってアニスへ微笑みかけるソニア・・・その瞳を見てアニスは気付く。

同じなのだ・・・ソニアも。

彼女もあの時に何も出来なかった無力感に苛まれ続けていた。


(もっと、強くなりたい・・・)


同じ思いを胸に、二人は毎日登り続けた。

やがてロープを使う訓練を始めると、一人よりも二人の方が良かった事に気付いた。

そこからは一気に上達していき・・・壁を登り切るようになるまで、そう時間は掛からなかった。




不死鳥が住まうという山は、かつて何度も噴火を繰り返した火山だ。

綺麗な円錐状に盛り上がったその山頂には、溶岩が球体状に固まっているのが遠くからでも見えた。

それこそが不死鳥の巣であると言われている。


「遠くから見ると緩やかに見えたが・・・これはなかなかに厳しいな」

「険しい山だって言ったでしょ、まだまだこんなものじゃないはずよ」


アニスとソニアの二人が進んでいるのは、まだ山の中腹のあたりだ。

草や木々が減って、徐々に岩肌を見せ始めている。

まだ早朝だからか・・・周囲は薄く霞が掛かっており、地面も湿り気を帯びていた。


「なんたって、私達が向かうのはあれなんだから・・・」


寒さで白く染まる息を吐きながら、アニスは山頂を指さした。

山頂の球体・・・不死鳥の巣は赤い光を放ち、眼下の麓を煌々と照らしている。

この光のおかげで二人は日が昇る前から登山を開始することが出来たのだ。


「伝説の不死鳥・・・我らに力を貸してくれれば良いのですが・・・」

「大丈夫よ、私にはわかるわ」


山頂の光を見た時、アニスは確信していた。

あれはカイザーブレードの光と同じもの・・・勇者が持つ光だと。

おそらく伝説の不死鳥もまた勇者に連なる存在に違いない。


勇気の光が照らす道を一歩、また一歩と進んでいく・・・

朝靄が晴れた先に見えてきたのは、澄み渡る空と緑の大地が織りなす壮大なパノラマ。

この世界そのものが一つの芸術作品のように感じられる雄大な風景に、アニスは言葉を失っていた。


「・・・」

「アニス様、休憩しますか?」


先を行くアニスの足が止まったので、心配したソニアが声を掛けてくる。

この先はますます険しいものになるだろう、休めるうちに休む事も必要だ。


「そうね、この辺りで一休みしましょう」


そう言って座るのに良さそうな場所を探すアニスの目の前に、一枚の羽根が舞った。

カラスのように真っ黒な羽根だ。


「鳥・・・まさか、不死鳥?」


さすがにそこまで都合良くはないだろうと思いつつも、アニスが頭上を見上げると・・・真っ黒な色をした大きな鳥達が彼女達の頭上を旋回していた。

それは獲物を狙う猛禽のような動き・・・その獲物とは、もちろん彼女達二人以外にいない。


「ソニア!上!」


とっさに剣を抜いて背中合わせに構える二人だが、剣が空に届くわけもなく・・・主導権は上空の敵にあった。

黒い鳥の中から一羽が急降下してくる・・・その爪に捕まったら最後、上空に連れ去られ生きてこの大地を踏む事は出来ないだろう。

・・・すんでの所で爪を避けながら、ソニアが繰り出した刺突が鳥の胴体へ突き刺さる。


「やった?!」

「手応えがない・・・」


命中したかに見えた剣をすり抜けるような動きで鳥は再び上空を舞う。

その胴には確かに穴が開いており・・・しかし、そこから流れ出るはずの血はなかった。


キャリオンバード・・・死霊術によって永遠に飛び続ける鳥の死骸だ。

そして、鳥達の中心に魔方陣が浮かび上がり・・・それらを操る術者が姿を現した。


「あら、誰かと思えば・・・イセカインと一緒にいた小娘じゃないの」

「ミラルディ・・・」

「どう、イセカインは元気してる?ああ死んだんだったわね、ごめんなさぁい」


悪びれた様子もなく、四天王「風」のミラルディはほくそ笑んだ。

四天王である彼との力の差は歴然・・・加えてこの場所だ。

万に一つもアニス達に勝機はなかった。


「この子達かわいいでしょ?永遠に飛ぶことの出来る不死の鳥・・・まさに不死鳥の名に相応しいと思わない?」

「!」

「その顔・・・やっぱり伝説の不死鳥が目当てなのね」


不死鳥という言葉に反応した二人を見てミラルディが表情を変える。

やはり、不死鳥にはイセカインを蘇らせる事が出来るのだろう。


「でも残念、楽しい山登りはここでおしまい」


ミラルディの意志によるものなのか、キャリオンバード達が二人の行く手を塞ぐ位置に陣取った。

羽ばたきによる力だけで、その位置に静止している。

この先へ進むにはこの鳥たちを倒すしかない。


「ほら、この子達も遊んでほしいって言ってるわ」

「く、アニス様・・・付与の魔術を・・・」


魔力を持たないソニアの剣技では不死なる者を倒す事が出来ない。

この不死の鳥達を倒すには、光の魔術を使うしかないのだ。

しかし、アニスの魔術を消し去るなど、ミラルディにとっては造作もない事だ。

そうなれば後はキャリオンバードたちによって、じわじわとなぶり殺しにされるだろう。

・・・ミラルディは自らは手を出さず、それを楽しむつもりなのだ。


「あんた達の思い通りになんて、なるもんですか!」


勢いよく地を蹴ったアニス。

向かった先は鳥たちの待ち構える道ではなく、ほぼ垂直の岩壁だった。


(まず先までよく見て、手や足を掛ける場所を選んでいけば・・・)


壁を登る訓練を思い出し、岩の表面を観察する・・・アニスの頭の中で、山頂までのルートが組み上がっていく。


「ぷ・・・アハハハッ!いったい何をするのかと思えば・・・まるでお猿さんじゃない!」


岩壁をよじ登り始めたアニスの姿に意表を突かれたミラルディが堪え切れずに笑い出した。


「くくっ・・・アンタもはやく、アレを止めた方が良いんじゃないの?あのお姫様、無茶苦茶だわ・・・」

「本当にアニス様は・・・無茶ばかりなさる人だ」


笑いを堪えるのに忙しいミラルディに対して、ソニアは顔色を変える事無く呟いた。


「・・・だが、あの勇気に私達は幾度となく救われてきた」


壁を登り続けるアニスとの間に立ち塞がるように、ソニアは剣を構える。

一度も振り返る事はない・・・アニスが登り切る事を信じているからだ。


そしてついに山頂へとアニスの手が掛かる。

その視界に、赤い光を放つ球体が・・・その中にいる不死鳥の姿が映った。


「はい、ここまで・・・いや、面白かったわ」


ミラルディがぱちんと指を鳴らした。

突然の強風がアニスを岸壁から引き剥がし、その小さな身体が空中へ舞い上がった。


「アニス様!」


ソニアの悲痛な声が響く空で・・・アニスはその右手を強く握りしめていた。






・・・その可能性は、最初から感じていた。



あの山頂の光を見て、それは確信に変わった。


そしてそれは、想像した通りの事実として・・・アニスの目の前に現れた。


故に、アニスは何も恐れない。


何をすれば良いのかは・・・もう知っている。


右手に輝く腕輪を掲げ、アニスはその名を叫んだ。



「ストームファルコン!」



・・・そして、不死鳥は大空に羽ばたいた。



山頂の球体・・・噴火の後に溶岩が固まって出来た溶岩ドームがはじけ飛ぶ。

強烈な赤い光を伴うそれは、新たな噴火を思わせた。

その中から飛び出してきたのは・・・巨大な赤い鳥。

全身を炎に包まれたその姿は、かつてストームファルコンと呼ばれた勇者の同胞に酷似していた。



『その名で呼ばれたのは何百年ぶりか・・・懐かしき輝きを持つ者よ』


不死鳥はアニスをその背に受け止め、語りかける。

その右手では黄金の腕輪が・・・そこに宿った「星」が強い輝きを放っていた。


「やっぱり、貴方が不死鳥だったのね・・・ストームファルコン」

『今の我は神獣、ストームフェニックスという・・・かつてこの地で、勇者アラシと共に・・・』

「そう、ストームフェニックス・・・話したい事はたくさんあるけれど・・・まずは」


かつての名前で呼ばれたからか、思い出を語り始めようとする不死鳥をアニスは遮った。

その視線の先にあるのは黒い鳥たちと、風の四天王。

不死鳥・・・ストームフェニックスもその気配に気付いたようだ。


『無粋な者共か・・・』

「ストームフェニックス、私の声に応えてくれたって事は・・・アレをやれるのよね?」


不快な目で彼らを見下ろすストームフェニックスに、アニスは期待の籠った表情で尋ねる。

「アレ」とは、もちろん・・・


『無論、だが我が力に耐えられなければ・・・その身だけではなく、魂をも燃やし尽くすことになる』

「良いわ、やってやろうじゃない!」


アニスは再び空中にその身を投げ出した・・・同時にストームフェニックスがその口を開きアニスへ迫る。

不死鳥に飲み込まれながら、アニスはその言葉を叫んだ。


「神獣合身!」


アニスを飲み込んだストームフェニックスがその形を変える。


爪が片側に折りたたまれ、反対側から手が出てくる。

大きな尾羽を持つ後部が根元から二つに分かれ、足になった。

翼は折りたたまれ、代わりに炎の翼が背中に広がる。

鳥の頭は胸の位置へと移動し、人の顔のようなものが飛び出してきた。

孔雀のような飾り羽が二本、真っ直ぐに伸びて剣ような形になり両手に握られる。


人型となったストームフェニックスは、かつての姿であるグランストームよりも全体的に細身で・・・どことなくアニスの体格に近いものへとなっていた。

そして右腕には、アニスの腕輪をスケールアップしたかのような黄金の腕輪が装着され・・・二つの星が輝きを放つ。


自分の身体の感覚が、ストームフェニックスのそれと一体化していくのを感じながら、アニスはゆっくりと瞳を開く。

赤い巨人の瞳が開かれ、その周囲の風景が鮮明に見えた。


(これが・・・勇者・・・私今、勇者になってる・・・)


万感の思いを胸に、アニスは勇者として名乗りを上げる。


『勇者スターフェニックス!』



「ゆ、勇者ですって?!」


まさかの事態に、ミラルディは開いた口が塞がらなかった。

アニスがかつてマーゲスドーンの記憶を見ている事など、そしてその魂が右腕の腕輪に宿っていた事など、彼は知る由もないのだ。

彼の目の前に現れたのは、イセカインと同程度の大きさの巨大ロボ・・・新たな勇者スターフェニックス。

勇者は炎の翼を羽ばたかせ、両手に持った剣を振るった。

その炎は聖性を宿した浄化の炎・・・不死のキャリオンバード達がその身を焼かれ燃え尽きていく。


『ミラルディ・・・あんたには色々と償って貰うわよ!』

「く・・・この小娘が・・・良い気になるんじゃないわよ!」


ミラルディはありったけの魔力で巨大な死霊術の魔方陣を展開する。

この周辺数キロの距離から死んでいった生物達の死骸がかき集められていく・・・その多くは白骨化したものだが、その骨が組み合わさっていき・・・巨大な人の姿となった。


「これぞ死霊術の極意・・・ボーンズタイタンよ」


心臓部にミラルディを収容したボーンズタイタンは、骨で出来た剣を手にスターフェニックスに対峙する。

真っ直ぐに斬りかかっていくスターフェニックスだが、突然の強風に煽られバランスを崩した。

そこへ骨の剣が叩きつけられる。


「アハハッ!この私を他の四天王と一緒にしないでもらえる!」


そう、彼は「風」の四天王。

彼の最も得意とする魔術は風なのだ。

吹きすさぶ風は竜巻となってスターフェニックスに襲い掛かった。


「アニス様!」


スターフェニックスが竜巻に飲み込まれた・・・そう思われた時。


『大丈夫よ、ソニア・・・こんな風で』


竜巻の色に変化が起こる・・・それは段々と赤くなっていき・・・


『・・・勇気の炎は消せはしない!』


炎となって竜巻がはじけ飛ぶ・・・姿を見せたのは無傷のスターフェニックス。

その身に纏った再生の炎が、傷をたちどころに治していた。


「な、なんなのよそれ・・・ありえない」


驚愕に震えるミラルディ・・・ボーンズタイタンへと、フェニックスの羽根・・・二本の剣が振り下ろされる。

切り落とされた両腕が一瞬の後、炎に包まれた。

浄化の炎は邪な力による再生を許しはしない。


『アトーリアの苦しみはこんなもんじゃないわ!』


腕輪の中で青い星が輝く・・・偉大なる海の勇者を汚した報いを・・・

青い色の炎が剣に燃え上がり、ボーンズタイタンの胴を横薙ぎにする。

ミラルディの収まった胴体が切り離され、地に落ちていく・・・


『そしてこれは・・・偉大なる竜の怒り!』


白い星が輝く・・・スターフェニックスの腕に畳まれていた爪が引き出され、光を放った。

光り輝く爪がボーンズタイタンの心臓部を食い破る。


「わ私は認めない、こんなのって・・・こんなのって・・・」


『消え去りなさいミラルディ!多くの罪と共に!』


引きずり出されたミラルディを炎の翼が包み込む・・・浄化の炎がその身を焦がしていく。


「まままだおわらあっらないわああたしば・・・不めっ・・・のおおお・・・」


断末魔の声を上げながら、ミラルディの全身が燃え上がる。

力ある不死者は灰からでも蘇るというが・・・彼の存在は消し炭ひとつ残りはしなかった。



『・・・これで終わった・・・の?』


敵を焼き尽くした事を確認して気を緩めた瞬間・・・アニスは意識が遠のいていくのを感じた。

スターフェニックスは鳥の姿に戻っていき・・・その口の中でアニスは気を失って横たわっていた。

慌てて駆け寄ったソニアが触れると、その身体はひどく熱を帯びており・・・


「アニス様・・・これはいったい・・・」

『この娘は今、我が炎に試されているのだ・・・真に我が主として相応しいかを・・・』


(我が力に耐えられなければ・・・その身だけではなく、魂をも燃やし尽くすことになる)


ソニアの腕の中で、アニスが苦しげに呻く・・・

たしかに、不死鳥の炎がその魂を食らっているかのようだ。


「そんな・・・アニス様は勇者の力を見事に使いこなして・・・」

『この娘は我が力を完全に引き出して見せた・・・それは間違いない』

「ならば、なぜ」

『確かに資質はあった・・・しかし引き出された力は、その分大きな負担にもなる』


かつてストームファルコンがストームフェニックスとなった時も、この炎は勇者アラシを苦しめた。

勇者の力を引き出したが故に、より大きな負荷となって今アニスの身体を襲っているのだ。


『我はその資質を信じよう・・・汝も信じて待つがいい・・・新たな勇者の生還を・・・』

「ストームフェニックス!?」


そう語るストームフェニックスの身体が薄らいでいた。

その身体が端から光の粒になっていく・・・


『我もまたその腕輪に宿らん・・・その娘が目覚めし時、再び我を呼ぶがいい』


光となった不死鳥が腕輪に吸い込まれるように消えていく・・・腕輪には新たに赤い輝きが灯った。

こころなしか・・・アニスの呼吸が整ってきているような気がした。

その額に浮かぶ汗をソニアがふき取ると・・・その唇がかすかに動いた。


(大丈夫よ・・・心配しないで)


・・・まるでそう言っているように感じられた。


「アニス様・・・私も信じます・・・」


アニスをそっと抱き抱え、ソニアは下山した。




その後アニスは、三日三晩眠り続け・・・



「うーん、よく寝たわ!」

「アニス・・・様?」

「あ、ソニア・・・お腹がすいたわ、何か食べ物ない?」

「・・・」


まるで何事もなかったかのように・・・どちらかと言えば快適な目覚めを迎えたのだった。


「本当に大丈夫ですか?どこも痛みませんか?」

「うん、気分すっきり・・・すごく身体が軽いわ・・・傷も全部綺麗に治ってるし」


これも再生の炎の力の一端なのか・・・心配するソニアを尻目に、以前より健康になった気がするアニスだった。


「もぐもぐ・・・そういえば、あの後どうなったの?スト・・・もぐもぐ・・・ェニックスは?」


冬備え中のハムスターのように口いっぱいにパンを頬張りながら、アニスは疑問を口にする。

いつ魔王軍が現れてもおかしくないというのに暢気なものだ。


「その腕輪に宿ると・・・そういえば、アニス様が目覚めたら呼ぶようにと言付かって・・・」

「そうなの?・・・もぐームフェニックス!」


齧りかけのパンを持ったままの右手を高く掲げ、口の中のパンを咀嚼しながら、アニスはその名を叫んだ。


雑な呼び掛けにも拘らず、その腕輪の赤い星が輝きを放ち・・・光の粒子が巨大な鳥の形を描く。


『お呼びですか、マスターアニス』


実体化した不死鳥から聞こえてくるその声は間違いなくストームフェニックスのものであるが・・・


「あれ・・・ストームフェニックス・・・で良いんだよね?」

『はい、私はストームフェニックス・・・マスターアニスと共に戦う勇者です』

「ねぇソニア・・・私が寝てる間に何かあった?」

「いえ・・・アニス様こそ夢の中で何かしましたか?」


アニスだけではなくソニアも激しい違和感を感じている。

何が起こったのかを互いに問い正すが・・・どちらも心当たりはないようだ。


「ね、ねぇストームフェニックス・・・貴方、そんな喋り方してたっけ?」

「ひょっとして、アニス様を主として認めたから言葉遣いを改めた・・・のですか?」


直接本人に尋ねた方が良いだろうと、アニスとソニアは推論も交えて聞いてみた。


『いえ、これが本来の私なのですが、神獣になったのだからそれっぽく喋った方が良いとアラシ・・・先代のマスターが仰いまして・・・』

「へ・・・」

『威厳が足りない、と何度も練習をさせられました』

「・・・」

『マスターアニスも、あちらの喋り方が良いと思いますか?』

「いやいや、無理しなくていいから・・・」

『ありがとうございます』


アニスの記憶の中のアラシ少年の印象が更新された瞬間だった。

彼も勇者とは言え、年相応の少年だった・・・という事か。


『しかし、マスターアニスを主として認めたのも事実です・・・私の力を最大限に引き出し、こうして無事に目覚められましたので・・・』

「そ、そう・・・ありがとう」

『ただし、まだしばらくは勇者の力を使う度に寝込むことになります・・・私の力を使う時は気を付けてください』

「そうなんだ・・・」


勇者の力・・・神獣合身をすることでアニスの身体に負担がかかる事は変わらないらしい。

更に大技を使えば、それだけ長い時間眠り続ける事になるそうだ。


『数年もすれば身体が慣れてくるかと思いますが、無理は禁物です』

「わかった、ここぞという時にだけお願いするわ」

『本当にここぞという時は、私だけではなく・・・』

「そうだ、大事な事を聞くのを忘れてたわ・・・貴方の力で助けてほしい勇者がいるの」


何かを言いかけたストームフェニックスを遮るように、アニスは本題を口にする。

勇者イセカインの復活・・・これこそが彼女達の目的なのだ。


『勇者・・・イセカイン・・・初めて聞く名前です』

「まぁ異世界の勇者だからね・・・出来ると思う?」

『やってみない事には何とも言えませんが・・・』

「そうよね・・・街まではまだ掛かるから、ストームフェニックスは一旦腕輪に戻って・・・」

『私に乗って行かれては?』

「あ・・・」


そう言えば勇者アラシもストームファルコンに乗って移動していた。

それと同じ事が出来ない理由がない。


「ソニアも乗せるけど、大丈夫?」

『はい、しっかり掴まっていてください』


イセカインと違ってストームフェニックスに搭乗席のようなものはない。

乗るにしても、ふきっ晒しの背中にしがみつく形となる。

あまり快適とは言えなそうな乗り心地だが、贅沢は言えなかった。


「この炎・・・人間は焼かれないのだな」


ソニアはストームフェニックスの全身を覆う炎を不思議そうに眺めた。

もちろん手で触れても熱さは感じられない・・・何とも不思議な体験だ。


『この炎が焼くのは邪悪な存在だけです、人間はおろか動物の肉を焼く事もありません』

「じゃあこれで肉を焼いて食べたりも出来ないのね・・・」

『・・・アラシも同じ事を言っていました』


・・・さすがは同じ勇者と言うべきか、考える事は同じらしい。

微妙にアラシ少年へ親近感を抱くアニスだった。


初めての空の旅は好天にも恵まれ、イセカイネスの街はすぐに見えてきた。

街から少し離れた所に佇むイセカインの姿も見えてくる。

街の方では迫りくる巨大な怪鳥の姿に人々が慌てているが・・・そちらは後回しにした、大事なのはイセカインだ。


「あれがイセカインよ、さっそくだけど治してもらえる?」

『はい、やってみます』


急降下したストームフェニックスがイセカインの上に停まる。

そして、その炎の翼でイセカインを包み込んだ。


「お願い、イセカイン・・・」


アニスの祈りに応えるように、イセカインの傷が塞がっていく・・・再生の炎がイセカインを元の姿へと戻しているのだ。

やがて傷は完全に塞がり・・・在りし日のイセカインの姿となると、ストームフェニックスはイセカインから少し離れた地面に降り立った。


「・・・」


緊張した様子でアニスがイセカインに近付いていく・・・

見た目こそ元に戻ったが・・・果たしてその心、魂はいかに・・・


「イセカイン・・・」


アニスの発したその声に・・・


『おはようございます、アニス王女』


勇者は穏やかな表情で挨拶を返した。


「う・・・うわぁあああああん!」

『アニス王女?!いかがなさいましたか?!』


目の前で突然泣き出したアニスにどう対応すれば良いのか困惑するイセカイン。

そのメモリーはエラーを検出するだけで、今の状況が把握できずにいる。


「イセカインのばかぁ・・・すごく心配したんだからね・・・」

『騎士ソニア・・・これはいったい・・・何が起こっているのですか?』


困り果てたイセカインは救いを求めるような目でソニアの方を見てくる。

しかし、そのソニアもまた目に涙を浮かべていた。




_________________________________


君達に極秘情報を公開しよう。


二つの世界を越えた絆が、奇跡を呼び起こす。

神秘の力を身に纏った最強の勇者、その名はイセカイザー。

人々が待ち望んだ真実の勇者の物語が、今ここに始まろうとしていた。

そう、これは夢ではない。新たな伝説の誕生である。


次回 勇者 イセカイザー 第10話 合体、イセカイザー!

レッツブレイブフォーメーション!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る