第8話 勇者、散る

天を貫くような光の柱。

カイザーブレードの光を、銀色の巨人・・・女神と言うべきか・・・が見上げていた。


魔導騎兵シルネヴィースの中で、セニルは己の身体が震えているのを感じていた。


振り下ろされた光は、その軌道上にある全てを消し去っていく・・・

山は割れ、台地には巨大な爪痕が残った。

それはもはや神の御業の領域ではないのか・・・


機体ごと立ち尽くす彼女の前に、不意に現れたのは転移の魔方陣。

風を現す意匠が示すのは四天王の・・・そこに思い至ったセニルは慌てて仮面を装着する。


幼さの残る彼女の素顔は、魔王軍に在っては舐められる要因になる・・・自分はともかく、それが主のアーヴェルに及んではならない。

それ故、アーヴェルの前以外ではセニルは仮面を身に着けるようにしているのだ。


「ふぅ・・・まったく酷い目にあったわ・・・って、あら」


ミラルディもセニルに・・・見慣れない銀色の魔導騎兵に気付いたようだ。

セニルはハッチを開けて、礼を取る。


「アナタは・・・たしかアーヴェルの・・・」

「はっ、副官を務めさせて戴いております、セニルと申します」

「そう、セニルちゃんね・・・アナタもあの光を見たのかしら?」

「はい・・・ミラルディ様、あの光はいったい・・・」


そう尋ねながらセニルは光のあった方角を見つめる。

さすがにここからは距離が遠いので、何かが見えるわけでもないが・・・

しかし、何もない空間にイセカインの映像が映し出された。

映像の中でイセカインはカイザーブレードを振るい、悪霊と戦っていた。


「ミラルディ様・・・これは・・・」

「これが勇者イセカイン・・・私達の宿敵ってやつね」


イセカインの持つ剣、カイザーブレードが先程の光と同じ光を放つ・・・


「まさか・・・先程のアレは勇者が・・・」

「そうみたいね・・・この私とした事が、逃げるのに精いっぱいだったわ・・・」


(あれが、勇者の力なのか・・・)


魔王軍四天王を二人も倒したという、人間達の勇者。

異世界より来たるという伝説上の存在。

それが確かな脅威として存在している事をセニルは初めて実感する。


「まさか勇者がここまで侵攻して来ていたなんてね・・・不意の遭遇戦だったけど、アレにはちょっと勝てる気がしないわ」


ミラルディはさらりと嘘をついたが、セニルに気付けるはずもない。

風の四天王の弱気な発言に不安を煽られているのだ、そしてそれはミラルディには手に取るように分かった。


「アーヴェルはやる気満々みたいだったけれど・・・副官のセニルちゃんから見てどう?勝てそう?」

「・・・」


セニルを追い込むように、ミラルディはその言葉を吐き出す。

仮面でその表情こそ見えないが、セニルが動揺しているのは明らかだ。


「まぁあいつは負けても喜んじゃうタイプだから勝ち負けはどうでもいいんだろうけどね、でもセニルちゃんは気が気じゃないでしょ?」


セニルの返答を待たずに言葉を続ける、返答など最初から期待していない。

人の心を揺さぶり望む方へと誘導する・・・それがミラルディの愉しみの一つなのだ。


「確かに・・・」


セニルにも思い当たる節があった。

アーヴェルが求めるのは強敵との闘いだ、そこで自らの命を落とす事も厭わない。

楽しげに傷を見せびらかす彼の姿が思い浮かんだ・・・もしも、万が一の事があったら・・・


「私としては、これ以上四天王に減ってほしくないのよね~・・・でもアーヴェルは言って聞くやつじゃないし」


決して直接何かをしろとは言わない・・・ミラルディは背中を押すだけだ。


「ねぇ、本当に・・・あの勇者に勝てると思う?」


「・・・それでも、アーヴェル様ならきっと・・・」


セニルのその声は消え入りそうに小さい。

すっかり不安に捕らわれたのを見て、ミラルディの瞳が笑う。


「そう・・・セニルちゃんがそこまで言うなら大丈夫ね、楽しみにしてるわ」


それだけ言い残してミラルディは再び転移の術を使う。

残されたセニルは・・・しばらく無言で立ち尽くしていたが・・・


(やはりあの力は危険だ・・・私が何とかしないと・・・)


セニルは再びシルネヴィースに乗り込む・・・決意を秘めた瞳がその仮面越しに光った。






「これは剣、なのか・・・しかしなんと大きな・・・」


イセカインの持ち帰った剣・・・カイザーブレードの巨大さは、イセカインを見慣れたソニアであっても驚愕させるものがあった。

人間サイズで考えても、そんな大剣を扱う者など聞いたこともない。

だが、イセカインは既にこの剣を使って戦闘をしているという・・・実際に目にしていないと信じ難い話だった。


「これがイセカイン本来の武器なのよね?」

『はい、このカイザーブレードは私がこの世界に召喚される直前に持っていた物です』

「いや、さすがは勇者と言うべきなんだろうが・・・この大きさで扱い難くはないのか?」


ソニアの目から見ると、やはり大き過ぎるように感じられる。

持ち手の筋力の問題を抜きにしても、適正なサイズとは思えなかった。

それもそのはず、本来はイセカインではなく仲間の勇者ロボ達との合体後の姿であるイセカイザーの武器なのだ。


『これには事情があるのですが・・・少し説明が難しいですね』


果たして合体と言う概念をどう説明すればいいか・・・

なんとか言葉を探すイセカインだったが、アニスはまったく気にしていないようで・・・


「大き過ぎたって、ちゃんと使えてるから良いじゃない」

「なら良いのですが・・・」

「あ、さてはソニア・・・イセカインで戦いたかったのね」

「いや・・・それは、その・・・」


図星を突かれたのか、ソニアは言い淀む。

イセカインの中で四天王と戦った時の事は、ソニアにとって忘れられない体験だ。

出来る事ならもう一度・・・と期待していたのは否めない。

だが、さすがにこの剣の大きさでは対応する武術は存在しない・・・ソニアの王国式剣術に出番はないだろう。


「でもその気持ちはわかるわ・・・ああやってイセカインを動かしてると、まるで自分が勇者になった気分になるというか・・・」

「はい・・・その口ぶりではアニス様も・・・」

「まぁね・・・あーあ、私も勇者になれたらなー」


そう言ってアニスはイセカインを見上げる・・・その瞳にあるものは純粋な憧れ・・・

「異世界の勇者など当てにならない」と召喚の儀式を嫌がっていた頃とはまるで別人だ。

勇者イセカイン、海の勇者と呼ぶべきアトーリア、そして古の時代の勇者グランストーム・・・勇者の事を知れば知る程に、アニスにはその存在が遥か遠く、手の届かぬものに感じられていた。


『アニス王女は、もう充分勇者だと思いますが』

「え・・・」

『私は貴女の勇気に何度も助けられました・・・貴方は間違いなく勇者の一人です』

「そ、そうかな・・・」

『貴女だけではありません、私はこの世界で多くの人達の勇気に救われてきました・・・私にとっては、その全てが勇者です』


アニスの気持ちを知ってか知らずか・・・

イセカインは計らずとも、かつてアニスが口にしたものと同じ言葉を発していた。


「イセカイン・・・そうね、皆が勇者だわ」

『はい、こうして私が戦い続けられるのも・・・』


そこで不意にイセカインの言葉が途切れた。

イセカインはまるでどこか遠くを見つめている様子だったが・・・


「イセカイン?どうしたの?・・・まさかまた調子が?」

『いえ問題ありません、私のセンサーが遠くの山の野生動物に反応したようです』

「そう・・・なら良いんだけど・・・」


アニスがホッとした様子で肩を落とす。

だがイセカインはそう返事をしながらも、まだどこかを見つめているようだ。



そのイセカインが見つめる先・・・山の風景がわずかに揺らぐ。

魔導騎兵シルネヴィースが、鏡のように周囲の風景を映して同化していたのだった。


(この距離で、私に気付いたというの・・・)


接近戦に不向きなシルネヴィースでイセカインを倒そうとすれば、自ずと遠距離からの攻撃に頼らざるを得ない。

それも、気付かれない距離からの狙撃が最良とセニルは考えたのだが・・・


セニルが隠身の魔術を解いて魔術で攻撃をしようとした瞬間だった。

それまで人間達と談笑していたイセカインが、真っ直ぐにこちらを向いたのだ。

とっさに隠身の魔術を張り直したおかげで事なきを得たが・・・まだイセカインは視線をそらさない。


(不意を突けるならまだしも、気付かれていては明らかに不利・・・)


息を押し殺して、ゆっくりと・・・セニルは撤退を開始した。

彼女の繊細な操縦によって、シルネヴィースは少しずつ・・・じりじりと後退していく。

しばらく下がると、イセカインは視線をアニスの方へと戻した。

どうやら、この距離が探知距離の限界のようだが・・・


(さすがに、この距離からの攻撃は・・・)


攻撃魔術にも有効射程距離というものがある。

それは術者の魔力によって左右され・・・セニルの魔力ならば、かなりの長距離攻撃をも可能とするのだが・・・

あまり距離を延ばせば、それだけ威力が減衰する・・・この距離ではイセカインにたいしたダメージを与えられるとは思えなかった。

再び接近して攻撃を仕掛けるか、それとも計画を練り直すか・・・

彼女に時間はあまり残されていない・・・主であるアーヴェルはすぐにでも勇者に挑みかねないのだ。


セニルは焦る気持ちを必死に抑え込んで、冷静に考える。

今の自分に出来る最良の一手とは何か・・・しばし迷った末、セニルは苦渋の決断をした・・・






街では救出された人々が積極的にアニスたち王国軍を手伝っていた。

彼らの多くは労働力兼家畜として各地から魔王軍に連れてこられた者だという。

鍛冶師や大工などの職人もいたようで、街の改修は着々と進んでいた。


街に元々あった外壁は補強され、石弓も備え付けられていく。

何の変哲もないただの街だったものが、今や立派な城塞都市だ。

じきに、王国からの増援もやってくるだろう。


「勇者様にあやかって、この街の名前をイセカイネスにしてはどうか?という声が上がっています」

『イセカイネス・・・なんとも不思議な気分です』

「城塞都市イセカイネスね・・・良いんじゃない?」


元々は伊勢という地名から名付けられたイセカインだ。

それが異世界で街の名前になろうとは・・・どこか恥ずかしくもあり、誇らしくもある。

そんな複雑な感情に戸惑いを見せるイセカインだった。



そんな折・・・

見張りに立っていた兵士が、慌てた様子で声を張り上げた。


「て、敵襲!魔導騎兵だ、魔導騎兵が攻めてきたぞ!」


その声を聞くよりも早く、敵の接近をセンサーで感知したイセカインは街の外へ出て来ていた。

もちろんアニスも搭乗している。


「街に被害を出したくないわ、なるべく離れた場所で戦いましょう」

『了解・・・敵は一機のようですが、魔術を使用して隠れているかも知れません』

「うん、そっちは私が警戒するわね」


敵は魔導騎兵が僅かに一騎。

他にはいない・・・少なくともイセカインのセンサーには映っていない。

だがそれで十分と言わんばかりに、魔導騎兵は堂々とした足取りで歩いてきた。

漆黒の機体イフリータス・・・その両腕には燃え盛る炎を思わせる意匠が施され、魔王軍の中でもどの陣営なのかは明白だ。

その手に持った剣をイセカインに突き付け、四天王アーヴェルは問う。


『魔王軍四天王「火」のアーヴェルだ、お前が勇者か?』


『・・・勇者イセカインだ』


それだけ答えてイセカインは大剣・・・カイザーブレードを構える。

予想通りの返答にアーヴェルは満足そうに頷いた。


『良い剣だ・・・それがお前の武器か』

『勇者の剣カイザーブレード、お前たち魔王軍の野望を打ち砕く剣だ』

『良いだろう・・・我が漆黒の炎で試させてもらうぞ!』


その瞬間、イフリータスの剣から勢いよく炎が立ち上る。

アニスの付与魔術の炎にも似たそれは、自然界に非ざる黒い色をしていた。


「付与魔術?!・・・違う、まさかあれは魔剣なの?・・・」


アニスは思わず驚愕の声を上げる。

付与魔術によって付与されたものではなく、剣自体が炎の魔力を放っているのだ。

この大きさの魔剣を作るとなれば、付与魔術の比ではなく大量の魔力を必要とする。

しかしアーヴェルは魔導騎兵を生み出すほどの魔力の持ち主。

少々魔術が使えるようになっただけのアニスとは次元が違うのだ。


だがイセカインのカイザーブレードも、勇者の剣に恥じない剣だった。

炎の魔剣を正面から受け止めて刃こぼれ一つしない。

二つの剣が激しくぶつかり合う・・・互いの武器に優劣はなさそうだ。


『いいぞ、さすがは勇者だ!正しく相手に不足なし!』


アーヴェルは興奮した様子で連撃を叩きこむ。

それらは全てイセカインに受け切られているが、それがまた彼を楽しませているのだ。

マーゲスドーンと戦った時は純粋なパワー勝負だった。

だがイセカインとの闘いは力だけではない、持てる全てを駆使したものだ。


ソニアからコピーした剣術のデータを元にした剣技がアーヴェルの熟練の技と互角に渡り合う。

イセカインは身体に合わぬ大きな剣をしっかりと使いこなしていた。


『炎よ、矢となれ!』


『アクアブリット!』


アーヴェルが魔術で炎の矢を生み出せば、イセカインは水の弾丸で撃ち落とした。

何の魔力も感じさせない水の弾丸とその威力は、アーヴェルを驚かせ、そして大いに楽しませた。


『勇者イセカイン!お前は最高の相手だ、こんな闘いを俺はずっと求めていた!』


そして何より「同じサイズの同じ人型同士」の闘い。

アーヴェルに匹敵する魔力の持ち主で、魔導騎兵を駆る相手などそうそう居るものではない。

そして、残念な事にセニルには彼と渡り合える程の武術のセンスがなかった。

シルネヴィースが「ああいう機体」になったのはその為だ。


両者の実力は全くの互角。

故に些細なミスが命取りになる・・・そんな緊張感の中。

二人は力と技、魔力と科学・・・それら全てを駆使して闘い続けた。


そして・・・


『本当に楽しかったぞ・・・ここで終わらせるのが勿体ない程にな!』


イフリータスの両腕の炎の装飾が光を放つ・・・魔力を増幅する魔方陣としての機能が解放されたのだ。

その両腕で魔剣を高く掲げると、炎が天を焦がさんとばかりに強く燃え盛った。


『お互い出し惜しみはなしだ、全力で来い!』


魔剣を上段に構えたまま、アーヴェルが咆える。

その魔力がイフリータスの全身を駆け巡り、両腕の魔方陣へと流れ込んでいく。


「こっちもやるわよ、イセカイ・・・え・・・ちょっと!」


負けじとカイザーブレードへ魔力を注ごうとするアニスだったが・・・

次の瞬間、脱出装置が作動し彼女を排出してしまった。


『申し訳ありませんアニス王女・・・この勝負、手出し無用でお願いします』


そう言ってイセカインはカイザーブレードを構える。

魔力を使わないカイザーブレード本来の力が刀身を光らせていく・・・

この勝負にアニスの力は借りない・・・それが全力でぶつかり合った相手への戦士としての礼儀だ。


『それでいい、足手纏いを護りながらでは全力を出せんものな・・・』


アーヴェルはそう判断したらしい。

魔剣の攻撃の軸線がアニスに向かわないように機体を左へと動かす。

それが彼なりの返礼だった。


『フレイムブリンガー!』

『カイザースラッシュ!』


二つの必殺技がぶつかり合う・・・その瞬間。

イセカインのセンサーの端に光点が一つ灯る・・・それは人の、セニルの生体反応であり・・・

今まさに攻撃態勢に入った魔導騎兵シルネヴィースの反応だった。


その杖の先端には円盤が・・・魔方陣が発動し、その魔力を増幅させている。

そこから放たれたのは、一本の氷の矢。

狙いは違わず、必殺の剣を振り下ろさんとするイセカインの腕へと当たり凍り付かせる・・・それも一瞬のことで、氷は熱ですぐに溶けてしまうが・・・剣の軌道が逸れるには充分なものだった。


その結果・・・


すれ違った状態で・・・剣を振り下ろした姿のまま固まるイセカインとイフリータス。


シルネヴィースの杖の先で・・・魔方陣の円盤がその役目を終えて砕け散る。


「・・・」


しばしの沈黙の後・・・崩れ落ちたのは、イセカインだった。


「そんな・・・イセカイン!!」


駆け寄ったアニスの目に入って来たのは・・・光を失ったイセカインの瞳と、その肩から斜めに走った巨大な裂け目。


その背後でイフリータスがゆっくりと魔剣を収める。


『・・・勝負ありだ』


アーヴェルのその声がアニスを冷たく打ち付ける。

イフリータスは振り返ると、そのままイセカインとアニスの横を通り過ぎるように・・・街とは逆の方向に立ち去っていく。

イセカインとの勝負だけが目的だったのだろう・・・街の人々をどうこうする気は無いようだ。


「イセカイン!目を覚ましてよ!イセカイン!!」


イセカインの名を呼ぶアニスの悲痛な叫びに応える者はない。

それはやがて声にならない嗚咽へと変わっていく・・・


「うう・・・イセカ・・・えぐ・・・」


勇者イセカイン・・・ここに散る。


・・・人類の希望が潰えた瞬間であった。






「お帰りなさいませ、アーヴェル様」


工房へと帰還したアーヴェルをセニルが出迎えた。

セニルは仮面をつけておらず、幼さの残る顔に満面の笑みを浮かべていた。

主の勝利と無事な帰還を喜んでいるのだ。


「勇者を倒したのですね、おめでとうございます」

「・・・」


そんなセニルとは対照的に、アーヴェルの表情は暗かった。

険しい顔をしてセニルを見つめている。

全てを見透かしているかのようなその視線に、セニルの表情が硬くなった。


「・・・セニル」

「あ、アーヴェル様の勝利を祝うために、最上級の酒を用意しております、今すぐお持ちしますね・・・」

「待て」


慌てるようにその場を離れようとしたセニルの腕を掴んで引き留める。

振り返ったセニルの顔には怯えの色が浮かんでいた。


「シルネヴィースの円盤が一つ減っているな・・・何に使った?」

「そ、それは・・・」


口ごもるセニル・・・悪戯がばれた子供のようなその態度が何よりも事実を雄弁に語っている。

だがアーヴェルは構うことなく質問を口にする。


「答えろ、セニル・・・あれは魔方陣が充分に効果を発揮して初めて砕け散るものだ、俺のイフリータスと同じようにな」


アーヴェルの機体・・・イフリータスの両腕は装甲が砕け散り、内部の骨組が露出していた。

イセカインへ放った最後の一撃・・・あの時に魔力を大幅に増幅させた代償だ。


(やはりアーヴェル様には全て知られている・・・)


あの瞬間・・・遠距離かつ一瞬とはいえ、極限まで高めたセニルの魔力にアーヴェルが気付かぬはずがなかったのだ。

こうなっては嘘で誤魔化せるものではない・・・セニルは正直に白状した。

決闘を邪魔されたアーヴェルが激昂したのは当然の流れだろう。


「セニル・・・お前は、この俺が負けるとでも思ったのか!」

「いえ・・・そのような事は・・・」


セニルはないと明言出来なかった・・・実際、セニルがあんなことをしたのは不安を感じたからこそ。

全てはアーヴェルを失いたくない一心での行動だ。

そしてその態度で、アーヴェルも察してしまう。


「ふざけるなっ!」


アーヴェルは激しい怒りのままにセニルを殴りつけた・・・セニルの銀色の髪が解け宙を舞う。


「こんな勝利を・・・この俺が喜ぶと思うのか!」


イセカインはアニスの協力を・・・他者の手助けを断って自分の力だけで挑んで来たというのに。

これでは二人がかりで倒したようなものだ。


「それでも、私は・・・」


アーヴェルに負けて・・・死んでほしくない。

殴り飛ばされ倒れながらも、何かを言いかけたセニルへとアーヴェルは殺気立った視線を向けている。

きっと怒り狂ったアーヴェルは口答えなど許さないだろう。

これ以上何かを言えば、殺されてしまうかも知れない・・・


(でも・・・アーヴェル様の手に掛かって死ぬのなら、悪くない)


そう思うと少し・・・気持ちが楽になった。

胸の中から、自然と言葉が溢れてくる。


「アーヴェル様は・・・」


よろよろと立ち上がりながら・・・セニルは言葉を吐き出していく。


「アーヴェル様は、何がしたいのですか?」

「知れた事、強い相手との闘いこそが・・・」

「強敵と闘って、それで負けて死にたいのですか?」


アーヴェルが言い切るのを待たずに、セニルは言葉を続ける。


「アーヴェル様は自殺する為に闘いを求めているのですか?ご自分の死に場所を探しているんですか?力を出し切って死ねれば満足?そんなの、私は嫌です!」


セニルは涙を流していた。

顔を真っ赤にして言葉を、思いのたけを吐き出している。


「私は嫌なんです!・・・アーヴェル様が負けるのも、怪我をするのも、死んでしまうのも・・・こんなに嫌なのに

、なんでわかってくれないんですか?!」

「セ・・・セニル?」


初めて己の感情を爆発させたセニルに、アーヴェルはなんと声を掛けたら良いかわからない。

・・・先程までの怒りなど吹き飛んでしまっていた。


「受けた傷を見せびらかしてきた時だって、私がどれだけ心配したと思っているんですか?!アーヴェル様は楽しくても、私は全然楽しくないです!」


セニルはなおも止まらない、それだけ溜まっていたものが大きいのだろう。


「そんなに闘って死にたいなら、もう私で良いじゃないですか!私じゃダメなんですか?!私とシルネヴィースの全力ならアーヴェル様なんて塵一つ残さずに消し去って・・・ってあれ、私・・・」


ようやく正気に戻ったようだ。

勢いに任せて言いたい放題言ってしまった事に気付いたセニル・・・その顔は赤から青へと変わっていく。


「ももも、申し訳ありません!」

「ふふ・・・ハハハッ!」


そんな彼女の様子に、アーヴェルは吹き出していた。

なかなか笑いが収まらない・・・今度はセニルが唖然とする番だ。


「あ、アーヴェル様?」

「この俺を塵一つ残さず消し去る、か・・・まさかお前の口からそんな言葉を聞く日が来るとはな」

「ふぇ?!」


楽しそうに笑うアーヴェルの顔だが、その目にセニルは見覚えがあった。

新たな獲物を見つけた時の目だ・・・セニルを好敵手として認めた証でもあるが。


「あの勇者を超える強敵など、二度と現れないと思っていたが・・・そうか、お前がいたか」

「あの、アーヴェル様・・・先程の私の発言は、身の程をわきまえずに言い過ぎてしま・・・」

「そうだな、上下関係があっては全力を出せん・・・今度お前を新たな四天王に推薦しておこう」

「え」

「土と水が空いているが、お前の希望はあるか?」

「いや、私が言いたいのはそうではなくてですね・・・!!」


不意にセニルの頬にアーヴェルの手がかかる・・・先程アーヴェルが殴った場所だ。

赤くなっているのは殴られたからか、それとも・・・


「さっき殴った事は謝らんぞ、いつかこの分を殴り返してこい・・・待っている」

「は、はい・・・」


そのまま顔を近付けてセニルに宣戦布告をするアーヴェル。

それを受けたセニルは、どこかぼうっとしたような表情をしていた。



それからしばらくして、空席となっていた四天王の「水」の位が埋まる事になった。

仮面を外した彼女は「魔王軍一の美しさ」と称えられ、多くの者達がその配下へと志願したという。

勇者を失った人類に対し、魔王軍は着実にその力を取り戻しつつあった。




_________________________________


君達に極秘情報を公開しよう。


勇者イセカインの復活を願うアニスは、再生の力を持つという不死鳥の住まう山へ向かう。

神聖なる炎は新たな勇者を生み出すというのか。


次回 勇者イセカイザー 第9話 不死鳥の翼

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