第7話 伝説の剣
魔王の支配する東大陸。
この地にもかつては人間の王国が存在し、多くの街が栄えていた。
しかし人類は魔導騎兵を擁する魔王軍の侵攻を退ける事が出来ず、この大陸は魔の支配する大陸となっていた。
魔王軍の侵略を受けた都市の末路は様々だ。
その場で皆殺しに合う街もあれば、街ごと破壊されてその痕跡すら残らぬ街もある。
かと言えば逆に破壊される事なく魔王軍に再利用される街もあり、人間達が生かされている街もあった。
オーガ族の戦士リックムが治めるこの街は、食料生産拠点の一つとして人間達が生かされている街である。
この街の人々は日々農奴として働かされ、時折彼ら自身もまた食料として供されている。
魔王軍の間で「牧場」と呼ばれている拠点であった。
かつて領主の屋敷だった建物の一室でリックムはため息をついていた。
ここを任されていると言っても、彼に与えられた権限は少ない。
彼は人肉を好むオーガ族だが、食料の安定供給の為には勝手に人間を食べる事が許されないのだ。
彼が食べる事を許されているのはせいぜい、働けなくなった年寄の肉くらいである。
(「牧場」配属が決まった時は毎日食い放題だと思ったのにな・・・)
これでは戦場で戦っていた頃の方が良かった。
新鮮で肉付きのいい人間が食べ放題、当時は彼も思う存分に殺し、食したものだ。
彼が過去に思いを馳せ懐かしんでいた、そんな時。
見張りをしていた部下のゴブリンが思わぬ知らせをもたらした。
「リックム様、街の外に人間がいます」
「人間?」
「はい、それも若い女です」
「なんだと!」
慌てて見張り台へ向かった彼が見たものは、街の外をよろよろと歩く人間の少女だった。
みすぼらしい服装をしており、棒のようなものを頼りにゆっくりと歩いている。
「別の街から逃げてきた、といった所か・・・」
「へへ・・・どうしますか?」
「牧場」の外の人間なら、どう扱おうがリックムの自由だ。
ゴブリン達は下卑た顔をしてリックムの指示を伺っている。
その表情から何を期待しているのかは明らかだ。
「滅多にない獲物だ、じっくり狩るぞ」
そう答えると、ゴブリン達は喜び勇んで街の外へと駆けだしていく。
人間の少女はすぐに気付いたようで、逃げようとしているのが見えた。
「お前ら、じっくりと言ったろうが!」
そう言ってリックムもまた街の外へと急ぐ。
あの少女を捕らえたら、どこから食らってやろうか・・・その味を想像するだけで涎があふれた。
(今回はずいぶんと引っ掛かったわね・・・)
逃げるアニスの後を追うゴブリン達は10匹程度。
その後ろには指揮官らしきオーガの姿もある。
イセカインのセンサーによって敵の数は調べてあったが、実にその過半数がアニスに釣られて出て来ていた。
(この分なら街の方は大丈夫そうね)
もう街からは充分に引き離しただろう・・・そう判断したアニスは逃げるのをやめて立ち止まる。
それを諦めたと思ったのか、ゴブリン達は包囲の輪を広げながらゆっくりと近付いてくる。
「何だもう終わりか・・・」
その後ろからやって来たオーガ、リックムは残念そうな声をあげた。
逃げ惑う獲物を襲うのが彼の嗜好なのだろう。
そんな彼らへの怒りを静かに抑えながら、アニスは意識を集中させる。
「そうよ、逃げるのは終わり・・・」
すっかり油断していた彼らには、アニスが呆然と立ち尽くしているように見えていた。
あるいは彼らがもっと魔力を持つ種族であったなら、気付いたかもしれない。
アニスはゆっくりと・・・その手に持った剣を鞘から引き抜くと、その刀身から炎が勢いよく迸った。
まるで彼女の怒りを表すように、魔力の炎は刀身の数倍の長さとなって燃え上がっていた。
「食らいなさい!ファイヤーソードッ!」
その炎の一振りで、たくさんいたゴブリン達が薙ぎ払われていく。
度重なるイセカインの武器への魔力付与が、彼女の付与魔術をより強力なものへと成長させたのだ。
「炎の魔剣だと・・・」
リックムの瞳が驚愕に見開かれる。
これ程の魔法剣を見たのは彼の生涯でただ一度きり・・・四天王「火」のアーヴェルの持つ魔剣だ。
彼の魔剣の炎もかくやという勢いで燃え上がる炎を、目の前の人間の少女が易々と振るっている。
「その炎・・・四天王と同じ・・・まさか、貴様が・・・」
勇者・・・その言葉を発する間もなく、炎の剣が彼の全身を焼き尽くしていく。
一撃での絶命だった・・・ゴブリン達も全て焼け焦げていてピクリとも動かない。
敵の全滅を確認すると、アニスは魔術を解除して手頃な岩に腰かけた。
つい怒りに任せて、魔力をだいぶ使ってしまったようだ。
街の方はと見れば、ちょうどイセカインの水色の車体がこちらへと向かってくる所だった。
『アニス王女、ご無事ですか?』
「もう、遅いじゃない!私一人で全部倒しちゃったわよ」
『さすがです、ずいぶん強くなりましたね』
「そ、そうかな、えへへ・・・」
照れ笑いを浮かべるアニス・・・イセカインに褒められるのはまんざらでもない。
イセカインと行動を共にして何度も死線を潜り抜けてきたからだろうか、アニスは着実に強くなっていた。
今回の囮役も、以前の彼女では猛反対されていただろう事は容易に想像出来る。
『街で皆が待っています、乗ってください』
「うん・・・街の人達は無事だった?」
『はい、人質を取られる前に無事制圧が出来ました・・・陽動作戦が見事に功を奏しましたね』
「て、敵が油断してただけよ・・・あれから四天王も出てこないし」
今の所、東大陸の解放はあっけない程に順調だった。
今回の街に限った話ではない。
各拠点にはロクな兵力も配備されておらず、魔物たちも油断し切っていた。
『彼らはまだ我々が東大陸に来ている事も知らない様子でした・・・おそらく情報の伝達が追い付いていないのでしょう』
「情報の・・・伝達?」
『我々が無事に海を越えただろう事を知り得るのは、あの風の四天王のみ・・・』
四天王「風」のミラルディ・・・あの女性のような物腰と口調を思い出すだけでアニスは怒りがこみ上げてくる。
あの男が持っていた生物を魔物へと変える薬は、これまでにどれ程使われていたのか・・・
道中「人間が残っていない街」に遭遇する度に「その可能性」がアニス達の頭を過ったのは言うまでもない。
上陸した港町を拠点とし、西大陸からの増援を待ってから動く・・・
その予定を変更して、人々の解放を急ぐ為の強行軍を行っているのも、あの薬を意識したからである。
結果的にそれは、魔王軍の不意を突く形となったわけであるが。
『そこから魔王軍全体に情報が行き渡るのに時間が掛かっている・・・それにしても少々遅すぎる気はします』
「四天王を二人も失って、魔王軍の内部に影響が出ているのかもね・・・仲間割れとかしてたりして」
『そうであれば良いのですが・・・念の為、一度この街を拠点にして増援の到着を待つのを提案します』
確かにこの街は充分な大きさがあり、損傷も少なく、食糧の貯えもあった。
まさしく拠点とするのにうってつけの環境・・・ひょっとしたら、かつては交易の要所として栄えた街だったのかも知れない。
「そうね・・・でももう少しだけ・・・私とイセカインで行ける範囲の街を開放しましょう」
『・・・そうですね、ここから一・・・番近い拠点は・・・』
一瞬、イセカインの中のモニターが灰色の砂嵐になった。
イセカインが初めて見せる不調・・・これまでの戦いの影響だろうか。
自分はこうして搭乗席で休んでいられるが、イセカインには休息らしい休息がなかった事をアニスは今更ながらに思い至る。
「イセカイン?!大丈夫?どこか壊れたの?」
『いえ、少しセンサーの調子が・・・大丈夫です、付近に村を一つ発見しました』
(そうだよね、イセカインだって疲れるよね・・・)
街ではソニア達がせわしなく動き回っていた。
救出した人々の管理や怪我人の治療だけではなく、外壁や見張り台の状態の確認も行っている。
この街を拠点として使う事を思いついたのはイセカインだけではなかったようだ。
「アニス様」
イセカインに気付いたソニアが駆けつけてきた。
アニスが沈んだ表情をしていたので、心配しているようだ。
「よくご無事で・・・お怪我はありませんか?」
「全然大丈夫よ、ソニアは心配性なんだから・・・」
「しかし、敵の多くがそちらに向かったと聞いていましたので・・・」
『私が到着した頃には、アニス王女が一人で敵を全滅させた所でした』
「ふっふーん、私も強くなったのよ!」
「今回はたまたま上手くいっただけです、あまり調子に乗らないように」
「はーい」
心配した様子のソニアだったが、すっかりいつもの調子に戻ったアニスを見て安心したようだ。
真面目な顔をして本題を切り出す。
「それはそうとアニス様、この街の事ですが・・・」
「しばらくここを拠点にするんでしょう?イセカインから聞いてるわ」
「はい、ここに来るまでに解放した街の者達も、この街へ集めようかと思うのですが」
道中に解放した村々にも最低限の兵を残してきている。
人々と共にそれらを呼び集めて戦力をここに集中させようというのだ。
それを可能とする程に、この街には充分な備蓄があったらしい。
「そうね、この近くにも村があるそうだから、そこの村人も・・・」
そう言いかけたアニスだったが、言葉が途切れる。
イセカインの疲労を気にしているのだ。
しかし当のイセカインの方はそれに気付く事なく言葉を補った。
『それで、これから私とアニス王女で救出に向かおうと思います』
「これから・・・今すぐにか?」
「あ・・・やっぱり明日にした方が良いかな・・・」
難色を示すソニアを見て、これ幸いとアニスは自然な流れで延期しようとするが・・・
『まだ敵は油断しています、異常に気付く前に攻撃を仕掛けた方が良いでしょう・・・それに、私の速度ならすぐに到着出来る距離です』
「確かに・・・敵に時間を与える方が危険かも知れないな」
「へ・・・いや、先にこの街の防御を固めてからでも・・・」
「敵はまだこの街が落ちた事に気付いていないはずです、しばらくは我々だけでも対処出来ると思います」
イセカインの進言を受け、ソニアはあっさりと納得してしまった。
なんとか話を戻そうとするアニスだったが、ソニアの考えは変わらない。
「で、でもね・・・」
なおも食い下がろうとするアニスだが・・・その態度はあらぬ誤解を招いてしまったようだ。
「・・・アニス様、やはり先程の戦闘でどこかお怪我をしているのでは?」
「うぇ?!だだ大丈夫だって!な、なんでそうなるかな・・・」
「いつものアニス様なら、一人でも制止を振り切って飛び出していく所ですので・・・本当に大丈夫ですか?」
「むー・・・そんな暴れ馬みたいに思われていたなんて・・・」
ソニアとは本当に長い付き合いなので、彼女が本気で心配しているのがよくわかる。
今更ながら普段の自分が周囲にどう思われているのかを知ってショックを受けるアニスだった。
『村への距離は近いので、私だけでも行って来れますが・・・』
「私も行くわよ!イセカインには私が付いてた方が良いんだから!」
搭乗席から降ろそうとするイセカインに、座席にしがみついて抵抗するアニス。
阻止出来ないのなら、自分もついて行った方が良い・・・そう判断したのだ。
言う事が二転三転しているようなアニスの態度に、ソニアはため息をついた。
「アニス様、本当に大丈夫なんですね?」
「もう、本当の本当に大丈夫だってば・・・」
「イセカイン、アニス様はああ言ってますが・・・道中気にしてもらえますか」
『はい、お任せください』
「私は大丈夫なのに・・・」
アニスの身体を気遣ってか、イセカインはゆっくりと走り出す。
途中、街道からは外れて草むらをかき分けて進む事になったが、イセカインの車体は迷う事なく真っすぐに進んでいく。
すると、さほど時間もかからずに目的地の村が見えてきた・・・本当に近くだったようだ。
見慣れぬ車体の接近に動揺する魔物たちの姿も見えた。
「あれが村を支配する魔物ね、あれくらいなら私が・・・」
『モードチェンジ、イセカイン!』
車外へ飛び出そうとするアニスを遮るように人型へ変形するイセカイン。
こうなると迂闊に外に出るわけにはいかなくなる。
「ちょっとイセカイン!」
不満の声を上げるアニスを無視して、イセカインは黙々と魔物を倒していく。
特に強い魔物がいるわけでもなく・・・戦闘はあっさりと終了した。
『周辺に魔物の反応なし、もう安全です』
「もう・・・」
『私はここで警戒に当たりますので、アニス王女は村人の救出をお願いします』
やっと降ろしてもらえたアニスは不満そうな顔のままだ。
とはいえ村人の救助も大事な使命、アニスは一人で村の中へと入っていく・・・
「誰かいますかー、勇者が助けに来ましたよー」
敵がもういない事も、生存者がいる事も、イセカインのセンサーで予めわかっている。
アニスのやる事は声をかけて返事を待つだけだ。
「・・・あなたが勇者様、なのですか?」
アニスの声に反応して家屋の一つから人が現れた。
白い衣服を身に纏った若い女性だ・・・アニスよりは年上のようだが・・・
「私は勇者様じゃないんだけどね・・・勇者イセカインは村の入り口を見張っているわ」
「ああ・・・では、ようやく勇者様が助けに来てくださったのですね」
「そうよ、今までよく耐えたわ・・・もう安心して」
ゆっくりと歩み寄って来た彼女の手を取りながら、アニスが優しく語り掛ける。
彼女は感極まった様子で、今にも泣きだしそうだ。
「勇者様だって?」
彼女に続いて村人たちが出て来た・・・特に怪我をしている様子もなく衣服も綺麗だ。
皆心の底から安堵の表情を浮かべている。
見た目には手荒な扱いを受けていたようには見えないが、辛い日々を送ってきた事は間違いないだろう。
「私はアニス、勇者イセカインと共に西大陸から来たの・・・貴女は?」
「私はキュレーネ、この村で巫女をしております」
「巫女?」
そう言われれば確かに、彼女の服装だけ他の村人とは違っていた。
その白い布地からして明らかに他より上質なものとわかる。
自然崇拝の類は西大陸でもそれなりに見掛けられる・・・彼女のそれはその手の役職者にありがちな服装と言えた。
しかし、彼女が口にした言葉はそんな推測とは大きく異なるものだった。
「はい、私たちは伝説の勇者様に仕えし一族・・・この地で勇者様の遺跡を守り続けてきました」
「伝説の勇者ですって・・・」
「はい、その黄金の腕輪はまさしく伝承に伝わる勇者の腕輪・・・ずっと、お待ちしておりました勇者様」
「へ・・・いや、ちょっと?!」
キュレーネはうっとりとした目でアニスの腕輪を見つめている。
・・・気付けば、その後ろで村人たちが平伏していた。
アニスの事を伝説の勇者だと誤解しているのは明らかだ。
「遺跡には勇者様の大いなる力が封じられていると伝え聞いております・・・私がご案内しますね」
「いや待って、私は勇者じゃ・・・あ、別にいっか」
慌てて弁解しようとするアニスだったが、ひとつの案が思い付く。
・・・ここでイセカインを呼ばずに済ませられれば、休息になるのではないか・・・
(今のイセカインには休息が必要だし、私が代理で行って来ても良いよね)
「じゃあ案内をお願いします、キュレーネさん」
「私の事はどうぞ呼び捨てください、勇者様」
「なら私もアニスって呼んで貰えると嬉しいかな」
「ではアニス様、こちらです」
キュレーネさんには後で謝ろう・・・
彼女を騙す事に罪悪感を覚えながら、アニスは案内されるまま彼女の後に続いた。
ゴンゴン・・・少女が金属の扉を叩く・・・その音が薄暗い通路に響いていった。
その反響音は、扉の向こうの空間の大きさを物語っている。
それもそのはず、ここは四天王「火」のアーヴェルの魔術工房・・・魔導騎兵と呼ばれる巨大なゴーレムが生み出される場所だった。
ここ最近のアーヴェルは、一人でこの工房に籠り、誰も寄せ付けなかったのだが・・・
「アーヴェル様、お呼びにより参上致しました」
扉の向こうにいるであろう主へ、副官の少女セニルが静かに告げる。
すると、その声に反応したかのように、金属製の扉がゆっくりと開いていく。
「待っていたぞ、セニル・・・いや、待たせたな、と言うべきか・・・」
そう言ってセニルを迎え入れたアーヴェルだが、その声には疲労の色が伺える。
しかし、その視線は力強く、表情は自信に満ち溢れている。
この顔をセニルはよく知っている・・・アーヴェルが新たな魔導騎兵を造り上げた時の顔だ。
勇者と戦う為に造った最強の機体なのだろう。
かなりの魔力を消耗したと思われるが、興奮冷めやらずといった様子で・・・おそらく、これから機体の解説を始めるつもりだ。
・・・この時のアーヴェルは普段の戦士としての顔ではなく、まるで少年のような顔を見せる。
そしてセニルにとって、そんな彼の一面を知る数少ない人物である事を誇らしく思う瞬間なのだ。
「さぁ、まずはとくと見るがいい」
そう言ってアーヴェルは一歩横へ・・・セニルへその場所を譲る。
そんな事をするまでもなく、その巨大な姿は見えるのだが・・・セニルは主の気遣いを無駄にはしない。
機体が最も良く見えるその場所へ、足を進めた。
まだ未塗装なのか、それともそれが仕様なのか・・・銀色の巨体が照明の灯を反射していた。
「・・・これまでのものと随分違うのですね・・・美しい機体ですが、頼りなく感じます」
その機体は全体的に優美な曲線で構成されており、まるで美術品・・・女神像のような美しい機体だった。
しかし、その細い手足は力強さとは程遠く、戦闘用としては頼りない物を感じる。
セニルはそう思った事を素直に口にした・・・こと魔導騎兵に関しては余計な気遣いは無用なのだ。
例え否定的な意見であっても、真面目に受け止め検討するのがアーヴェルのやり方である事を理解している。
そして主に物怖じせずに貴重な意見を出してくるセニルだからこそ、ここへの立ち入りが許されているのだ。
現に今もアーヴェルはその感想に対して満足げに頷いていた。
「今までにない特別な機体だからな・・・さっそくだが乗ってみろ」
「乗って・・・良いのですか?」
これまでは最初にアーヴェル自らが乗って見せていた。
先にセニルを乗せようとするなど、今回が初めてだ。
思わぬ事態に緊張しながら確認するセニルを尻目に、アーヴェルはさも当たり前の事のように答えた。
「お前の機体だからな、お前に乗ってもらわねば話が始まらん」
「え・・・」
「前に専用機を作ってやると言っただろう?」
その言葉にセニルは目を丸くする。
確かに以前そのような事を言われた気がするが・・・まさかそれが今・・・勇者との闘いを控えたこの時期にとは思わなかった。
「ありがとうございます・・・でも良いのですか?こんな時に・・・」
もちろん、そんな事はアーヴェルも先刻承知の上だ。
彼はセニル機とは別の位置、工房内に駐機してある自分の機体を指示した。
「案ずるな、俺のイフリータスの改良も同時に行っている・・・むしろその為の新技術の実験にさせてもらったようなものだ」
イフリータス・・・その漆黒の機体はセニル機と違って全体的にボリューム感があり、アーヴェルの体型に近い。
両腕には炎を思わせる意匠が施され、主武装である剣もまた彼の魔剣をそのままサイズアップしたかのようだった。
「それを聞いて安心しました、ではこの機体・・・そういえば名前を伺っていません」
「ああ、お前が好きに付けて良いぞ」
「・・・」
そう言われた瞬間、セニルの動きが止まる。
どうやら名前を考えているようだが・・・
「・・・申し訳ありません、私には良い名前が思い浮かびませんでした」
「仕方ないやつだ、今俺が名付けるが文句は受け付けんぞ・・・」
そう言ってアーヴェルは額に手を当て名前を考え始める。
セニルは期待するような表情で、アーヴェルの言葉を待っていた。
「・・・シルネヴィースだ」
「シルネヴィース・・・良い名前だと思います」
シルネヴィース・・・それは銀色の翼を持つ鳥の名だ。
たしかに銀色の機体ではあるが・・・鳥の姿とは程遠いデザインに見える。
しかし、そう名付けるに至る何らかの意味があるのだろう。
セニルはシルネヴィースの搭乗席に乗り込んだ。
彼女用に調整された搭乗席は、以前乗ったコロッサスよりもだいぶ座り心地が良かった。
「それではシルネヴィース・・・起動します」
機体に魔力を同調させる・・・恐ろしい程自然にシルネヴィースと感覚が繋がった。
「これが・・・私の魔導騎兵・・・」
「感覚はどうだ?何か違和感があれば最調整するが・・・」
『はい問題ありません・・・むしろ体が軽くなったかのような・・・』
「ふ・・・そうだろう」
セニルのその反応に、アーヴェルは満足そうな表情を浮かべた。
「その機体は限界まで装甲を削って軽量化してある、段違いの速度が出せるはずだ」
その速度を殺す事のないように関節部も滑らかに稼働している。
曲線的なデザインも、速度を生かすためのものだ。
『この武装は・・・杖のように見えますが・・・』
「杖で合っているぞ・・・シルネヴィースは魔術戦用の機体だからな」
シルネヴィースの手には魔術師の持つ杖のような物が握られていた。
アーヴェルの口ぶりだと見た目通り魔術用の装備らしい。
「そいつの使い方を説明するぞ、左右の腰に円盤があるのがわかるか?」
『はい、これは・・・外れるようになっていますね』
腰の両脇に円盤状の物体が付いていた。
関節部を守る為の装甲板かと思われたが、よく見ると紋様が施されており・・・
『これは魔法陣ですか?』
「そうだ、だが穴が開いているだろう?そのままでは機能しない・・・そいつは杖に装着して使う」
円盤には三か所の穴が開いていた・・・そして、それらは杖の上部の突起と同じ形をしており・・・杖に装着するとぴたりと収まった。
突起にも溝が彫られており、円盤の紋様と合わさって魔法陣が展開する。
『この魔法陣は・・・魔力増幅ですね』
「そうだ・・・その魔法陣を介する事で、生身の状態の感覚で魔術を行使する事が出来る」
『すごい・・・』
セニルは思わず簡単の吐息を漏らす。
魔法陣から感じる魔力は相当なものだ・・・しかし・・・
「だが一つだけ問題がある・・・その円盤は使い捨てだ、しかも希少な素材を使うので量産が難しい」
『!!』
セニルは慌てて円盤を外した・・・決して壊さぬように元の場所へとそっと戻す。
円盤は左右に2枚ずつ・・・計4枚あったが、残弾4発と思うと心もとない。
『アーヴェル様、そんな希少な物なら先に仰ってください』
「いや、一回くらいは試し撃ちで使っても構わんぞ?俺なら躊躇わん」
『いいえ、無駄のないように大切に使わせて頂きます!』
「まぁお前の魔力ならそれを使わなくても、ある程度は戦えるだろうがな・・・」
魔力量だけならセニルはアーヴェルをも凌ぐものがある。
それゆえの魔術戦機体だ。
「言うまでもないと思うが、くれぐれも接近戦をしようなどと思うなよ・・・シルネヴィースの速度は戦闘用じゃない」
『魔術を使った後の離脱用・・・ですか?』
一撃離脱・・・その言葉がセニルの脳裏に浮かぶ。
アーヴェルも頷いてそれを肯定した。
「偵察にも使えるか・・・後はお前に任せる、自由に使え」
『想像以上に素晴らしい機体でした・・・ありがとうございます』
「そいつの最高速度を使いこなすには時間が掛かるだろう・・・無理せず少しずつ慣らしていけ」
『はい・・・アーヴェル様、この機体に慣れる為にもう少し乗っていても良いですか?』
セニルは遠慮がちに尋ねた。
今の自分がこの機体の性能をどこまで引き出せるか・・・試してみたくて仕方ないのだ。
すっかり夢中になっているセニルに、アーヴェルも満足そうに答えた。
「ふ・・・俺は自由に使えと言ったはずだぞ?」
シルネヴィースはもう正式にセニルの物だ。
どう使おうが許可などいらない・・・アーヴェルはそう言っているのだ。
セニルはキラキラと表情を輝かせ、アーヴェルへ礼をした。
『それでは、このシルネヴィースで遠乗りしてまいります』
「ああ、行って来い」
当然だが、この工房には魔導騎兵用の出入り口がある。
アーヴェルはセニルの為にその扉を開いてやった。
その瞬間、風のように飛び出していくシルネヴィース。
・・・確かにその姿は、空を駆ける鳥のようであった。
その遺跡は、村の裏手にある山の中にひっそりと佇んでいた。
かつてはここに美しい神殿のような建築物があったらしいが、今ではかろうじて石の柱に名残を残すのみだ。
今やその柱にも植物の根や蔦が絡みつき、キュレーネの案内がなければそれと気付く事すらない有様となっていた。
(遺跡どころか完全に廃墟って感じだけど・・・本当にここに勇者にまつわる何かが残ってるのかな・・・)
案内してくれているキュレーネの手前、その感情を表に出すことはないが・・・
大自然の中に埋もれ、荒れ放題な遺跡の惨状を見ていると不安に思わずにはいられない。
風化寸前のガラクタを聖遺物として紹介されてもおかしくない雰囲気だ。
キュレーネは神殿跡の説明もそこそこに、どんどん奥へと進んで行く。
「この辺りは足元が滑るので気を付けてください」
確かに足元は起伏がある上に、植物の根が縦横に育っていて非常に歩きにくかった。
キュレーネはさすがに慣れているのか、すいすいと進んでいくが・・・アニスは転ばないように後を追うのに精一杯だ。
「キュレーネさん・・・も、もう少しゆっくり・・・」
「ああ、すいません・・・勇者様には不慣れな山道でしたね」
息も切れ切れとなっているアニスに対して、キュレーネは息一つ乱していなかった。
もう神殿跡を抜けてしまったが、彼女はまだ先へと進むようだ。
「あの・・・遺跡ってあの神殿みたいな建物の事じゃないんですか?」
「ええ、確かにあれも遺跡の一部ではありますが・・・重要なのはこの先にある洞窟遺跡なんです」
「洞窟?」
洞窟と言う言葉の響きに、先程の神殿とはイメージが繋がらず困惑するアニス。
しかしキュレーネは、その洞窟こそが遺跡の中枢であると語る。
「洞窟に人の手を加えて造られた遺跡なのですが、洞窟そのものも勇者様の力で作られたと伝えられています」
しばらく進んでようやく岩山に開いた大きな洞穴が見えて来た。
その壁は平らで階段も設置されている・・・確かにその洞窟は人の手が加えられた痕跡が伺えた。
特に驚くべきは人が近付くと灯る魔術の灯だ。
「すごい・・・この魔術は古代からずっと?」
「はい、勇者様を慕っていた当時最高の魔術師が造られたとか」
魔術の灯りが照らす洞窟内は随分と広く、高さもあった・・・ここならイセカインも入れそうだ。
(やっぱりイセカインを連れて来るべきだったかな・・・)
もし重要な何かが高い所にあっても見逃さないように、アニスは上の方を見ながら洞窟を進む。
上の方であっても壁はしっかりと平らになっており、魔術を駆使した当時の技術の最高峰を感じられた。
ここと比べれば外にあった神殿など別物ではなかろうか・・・
「勇者様、こちらです」
「え・・・あ、はい・・・あ・・・」
キュレーネに呼ばれてそちらを見たアニスは、思わず息を飲んだ。
洞窟の最奥・・・そこだけが魔術ではなく天然の光・・・太陽光が差し込んでいた。
天井から差し込む光が照らすのは、四角い大きな石板のようなもの。
「これは・・・石碑?」
アニスの身長の10倍はある大きさの巨大な石碑・・・その表面には古の時代の文字だろうか・・・残念ながらアニスには読む事が出来なかった。
「はい・・・いつか再び世界が闇に包まれた時の為に・・・この石碑には古の勇者様が残した闇を打ち払う力が封じられています」
「古の勇者の闇を打ち払う力・・・」
アニスの脳裏に浮かんだのは、マーゲスドーンの記憶で見た勇者グランストーム、そしてアラシ少年の姿だ。
あの少年が海を越えてこの東大陸でどんな冒険をしたのか・・・そして、その果てにこの地に何を遺したのか・・・
知りたい事はたくさんあった。
「キュレーネさん、この石碑には何て・・・え・・・嘘・・・」
石碑に書かれた文字の意味をアニスが尋ねようとしたその時・・・アニスは異変に気付いた。
キュレーネのその身体が透けている・・・アニスはこれとよく似た状況に見覚えがあった、それもつい最近だ。
「ああ・・・やっと使命を果たせた・・・」
アニスは確信する・・・キュレーネは既にもう亡くなっているのだ。
「ごめん・・・なさい・・・来るのが遅くなって・・・ごめんなさい・・・」
キュレーネに触れようとしたその手がすり抜ける・・・そういえば彼女らには一度も触れていなかった。
どんな力が働いていたのか知らないが、おそらくあの村人たちも・・・
肉体を失いながら、この地でずっと勇者が来るのを待っていたのだろう。
「勇者様・・・どうかこの世界を・・・」
「ええ、約束するわ・・・必ず・・・救ってみせる」
目の前で薄れゆくキュレーネにアニスが誓ったその時。
パチパチパチ・・・・
不意に聞こえてきたのは拍手の音。
そして続いて聞こえて来たのは、聞きたくもない笑い声だった。
「アハハハハハッ!・・・良いわ、良いわよアナタ達・・・私ったら思わず感動しちゃったわ」
その耳に付く不快な声は忘れもしない・・・
「四天王・・・ミラルディ・・・」
「大正解・・・覚えて貰えてて嬉しいわ・・・もっとも、アナタに用は無いんだけれど・・・」
魔王軍四天王「風」のミラルディ・・・魔王軍随一の魔術師である彼の存在と、先程の現象が不快に結び付く。
死霊術・・・死者の魂を冒涜する外法の魔術だ。
「イセカインは・・・あの勇者様はいないようね・・・どこにいるのかしら?」
「素直に答えるとでも思ってるの?!」
アニスは剣を抜き放つ・・・しかしそこに付与された魔術の光は弱弱しい・・・街での戦闘で消耗した魔力が回復していないのだ。
「あらあら、かわいらしい事・・・」
その光をあざ笑うように、ミラルディがふうっっと息を吹きかけるような仕草をする。
たったそれだけだった・・・それだけの事で・・・
「私の付与魔術が・・・」
アニスの魔術がかき消され霧散する・・・魔術において人間と魔族では格が違うと学んではいたが、これほどとは・・・
「人間の小娘が・・・あのイセカインと一緒にいるからって、ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?」
パチン、とミラルディが指を慣らすと・・・洞窟内とは思えぬ突風がアニスの身体を吹き飛ばした。
「ぐっ・・・」
後ろの壁に打ちつけられ、アニスの呻き声が上がる。
「まだ助けに現れない・・・本当にここにはいないようね・・・これじゃあせっかくの罠が台無しだわ」
「・・・わ、な・・・?」
「こういうコト」
次の瞬間、大地が揺れた・・・ゴロゴロと重い音が洞窟の入口の方から聞こえる。
「まさか・・・」
「そのまさか・・・ふふっ・・・」
何が起こったのかを察したアニスに、ミラルディは意味深な笑顔を向ける。
洞窟の入り口が塞がれた・・・その予想に間違いないだろう。
「本当はイセカインも埋めてあげたかったけれど・・・どうせあの勇者もそう遠くない所に居るんでしょ?」
「・・・」
アニスは無言で返す・・・教えてやる気は更々ない。
ミラルディは空高く舞い上がり・・・陽光の刺す天井部分・・・そこから外に出られるようだ。
「・・・ああ、そうだ」
「?」
ミラルディのその視線が、もうすっかり消えかかっているキュレーネの方に向けられた。
その表情が邪悪に歪む・・・良からぬ事を思い付いた顔だ。
「ちょっと!やめなさい!」
「いやよ・・・やめない」
ミラルディの魔術が成仏しかかっていたキュレーネを、再び現世へ縛り付ける。
それも、その存在を変質させて・・・巫女の魂を邪悪な悪霊へと・・・
「そんな・・・」
「キュレーネ・・・だったかしら?さぁ来なさい、一緒に勇者を倒しましょう」
ミラルディはそのまま上昇し天井の穴から外へ・・・悪霊となったキュレーネがその後を追う。
後に残されたのはしんと静まり返った洞窟・・・アニスは一人取り残されてしまった。
「あら・・・あらあらあら」
山の上空に出たミラルディはほくそ笑んだ。
山の麓の村・・・その付近に見える巨大な人影・・・イセカインに気付いたのだ。
「やっぱり近くにいたんじゃない・・・キュレーネ、やりなさい」
ミラルディの命令に従い、キュレーネは村の方へと降りていく。
「なんだ・・・あれは・・・」
変わり果てたその姿に村人達はそれがキュレーネだと気付かない。
まさか魔王軍の魔物か・・・そう思って身構える彼らを闇の力が襲った。
キュレーネの足元から伸びた影が、瞬く間に村人達の足元へ伸びていき・・・
「なんだこれ・・・足が・・・うわぁああああ」
村人たちの姿が次々に影の中へと沈んでいく・・・キュレーネがその魂を取り込んでいるのだ。
大勢の村人達を残さず取り込んだキュレーネの零体が肥大化していく・・・
『・・・村から生体反応が一斉に消えた?!』
村人たちの存在は、イセカインのセンサーにも影響を与えていた。
それらの反応が一斉に消えた事で、イセカインは異常事態が発生している事に気付く。
イセカインが最初に気にしたのはアニスの安否だ。
アニスのものと思しき生体反応が山の方にある事を確認する。
アニスの安否がわかったところで、村の異常を確認すべくイセカインは村へと近づく。
特に争いが起こったような形跡はない・・・無人の村のように見えた。
『!!』
不意に背後から衝撃を受け、イセカインがつんのめる。
しかし、背後を振り返っても何もいない・・・センサーも無反応だ。
『?』
訝しむイセカインを、再び衝撃が襲った。
『これは・・・何者かの攻撃を受けている?!』
センサーでも補足できない不可視の存在・・・何らかの魔術によるものだろうとイセカインは判断する。
敵の攻撃に添えて身構えるイセカインをあざ笑うかのように、敵は死角から攻撃してくる。
その攻撃に反応してカウンターを試みるも、イセカインの攻撃は届くことなく・・・空を切るだけだった。
(思った通り・・・イセカインは零体に対応できないのね)
そこから少し離れた所でミラルディは観戦を決め込む事にした。
キュレーネの力は決して強くはないが、零体を見る事も触れる事も叶わないイセカインではどうにも出来ないだろう。
じわじわとなぶり殺しになるイセカインを安全な所からじっくりと見物するのは、なかなか愉快だった。
カツン・・・カツン・・・
洞窟の入り口は大きな岩に閉ざされていた。
「この・・・このっ!」
なんとか脱出しようと剣を打ち付けるアニスだったが、岩は僅かに傷が付くだけでびくともしない。
しかしアニスは諦める事無く、何度でも剣を振るった。
「はやく、行かないと、キュレーネさんが」
イセカインの心配はしていない。
相手があの四天王だとしても、イセカインならきっと大丈夫だ。
だがイセカインはキュレーネの事を知らない・・・ただの魔物として倒してしまうだろう。
彼女を助けられるのは自分だけ・・・その思いがアニスを駆り立てているのだ。
(ずっと勇者の助けを待っていたのに・・・その勇者に倒されるなんて、あんまりだよ)
手がじりじりと痛む・・・しかし構っていられない。
「とっとと、砕けなさいよ!」
渾身の力を込めて剣を振り下ろす・・・しかし砕けたのは剣の方だった。
アニスの剣の刀身が、その半ば程を残してポッキリと折れてはじけ飛んだ。
「くぅ・・・まだまだぁ!」
アニスは尚も、折れた剣を叩きつける。
「絶対に、絶対に諦めないんだから!」
その瞬間、洞窟内が明るさを増した・・・しかし目の前の入り口が開けたわけではない。
アニスが振り返ったその背後、洞窟の奥で石碑が光り輝いている。
「あれは・・・」
アニスが近づくと、石碑の表面にひび割れが起こり・・・パラパラと剥がれ落ちていく。
輝きと共にそこから現れたのは・・・
「ありがとうキュレーネさん・・・確かに受け取ったよ」
それこそがキュレーネたちが長い年月を掛けて守ってきたもの・・・ここに封じられた勇者の剣。
・・・アニスはゆっくりとそれに手を伸ばした。
突如として山から立ち上った光の柱は、見た者達を驚愕させた。
天に向かって真っすぐに伸びる光・・・それは徐々に角度を変えていき・・・
「ちょっと・・・こっちに倒れてくるんじゃないわよ!」
その光が、自分のいる方へと向かってくる事に気付いたミラルディは、慌てて転移の術を発動する。
間一髪の所でミラルディの姿が魔方陣へと吸い込まれていった。
一瞬前まで彼が居た場所を光の奔流が飲み込んでいく・・・やがて光が収まると、そこには何も残っていなかった。
地面は大きくえぐれ、山まで真っ直ぐな道が引かれたかのようだ。
『あの位置は・・・アニス王女!』
イセカインのデータ上で、光の柱・・・その発生源とアニスの座標が重なる。
対峙する不可視の敵を無視して、イセカインは駆けだしていた。
センサーでは生体反応がアニスの無事を告げている、しかしイセカインは駆けつけずにはいられなかった。
「・・・」
真っ二つにさけた岩山の中で、アニスは呆然と立ち尽くしていた。
その足元に転がるは勇者の剣・・・それは、剣と呼ぶにはあまりにも大きく・・・
「いくらなんでも大き過ぎるわよ!」
勇者の剣・・・それはアニスの身長の10倍はある巨大な剣だった。
イセカインが持つにしても、まだ大きく感じられる。
もちろんアニスに出来たのは剣を押して倒す事だけだ。
しかし、その力が凄まじいものである事は、目の前の光景を見れば明らかだった。
『アニス王女、ご無事で・・・これは・・・』
アニスの元に駆けつけたイセカインは、足元に転がる剣を見て絶句した。
それもそのはず、彼には見覚えがあったのだ・・・古の勇者が残した剣、それは・・・
『カイザーブレード・・・なぜここに・・・』
剣を拾い上げ、くまなく調べる・・・やはり彼の、イセカイザーの必殺武器であるカイザーブレードに寸分違わない。
「イセカイン、この剣を知っているの?」
『はい、この剣は・・・』
「イセカイン!」
イセカインがそこまで言いかけた時、背後から強烈な一撃が襲った。
悪霊となったキュレーネが追いかけて来ていたのだ。
『く・・・』
「キュレーネさん、もうやめて!この剣が見えるでしょう?貴女達が守った勇者の・・・」
しかし今のキュレーネにはアニスの言葉は届かない。
とっさにアニスを庇うような姿勢を取ったイセカインに悪霊の一撃が襲う。
『アニス王女・・・この敵が見えるのですか?』
「え・・・イセカインには見えないの?」
『はい、なんらかの魔術と思われますが、私には見る事も触れる事も出来ません』
「あれはこの遺跡を・・・勇者の剣を護って来た人達の魂なの、それをミラルディの魔術で操られて・・・」
アニスはかいつまんで説明する。
しかし、どうすればいいのか・・・イセカインには触れる事も出来ないという・・・
かと言って、今のアニスのなけなしの魔力で元に戻せるとは思えなかった。
「キュレーネさん、思い出して!貴女の使命はこんな事じゃない・・・え」
(闇を打ち払う勇者の力・・・)
不意にアニスの耳に、キュレーネの声が聞こえた。
それは、目の前の悪霊ではなく・・・イセカインの持つ巨大な剣から・・・
「そう・・・あなたの意志はここにあるのね」
アニスは立ち上がり、イセカインの搭乗席の扉を掴んだ。
「イセカイン、あけて」
悪霊の攻撃から庇いつつ、イセカインはアニスを乗せる。
イセカインのモニター上に悪霊の姿はない。
しかし、アニスにははっきりとその姿が見えていた・・・であるならば。
「イセカイン、私の動きをなぞって、ソニアの時みたいに」
そう言ってアニスは折れた剣を構える。
イセカインは彼女が何をやろうとしているのかをすぐに理解した。
『了解!』
イセカインがアニスと同じ構えを取る。
アニスは武器の大きさの違いを失念していたが、そこはイセカインの方で調整した。
剣術であればイセカインの中にもデータの蓄積はあるのだ。
「キュレーネさん・・・貴女達の思いはこの手の中に・・・」
イセカインの剣に魔力を込める・・・残り少なかった魔力を剣が増幅したのか、カイザーブレードは強い光を放った。
悪霊の動きは散漫たるものだった・・・見えてさえいればアニスの実力でも外す事はない。
「いくわよ、イセカイン!」
カイザーブレードによる勇者の必殺の一撃・・・アニスはその名を叫んだ。
『カイザースラッシュ!』
カイザーブレードの光が悪霊を・・・キュレーネを操る悪しき力を打ち払っていく。
光の中で悪霊は本来の姿を取り戻し・・・光とともに消えていった。
(ありがとうございます・・・勇者様・・・)
「キュレーネさん・・・見ていて、約束は必ず果たすわ」
おそらく、イセカインにはその姿が見えていないだろう。
だからそれはアニスとキュレーネの約束なのだ。
(どうかこの世界を救ってください・・・)
彼女がそう願ったのはアニスなのだから・・・
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君達に極秘情報を公開しよう。
最強の魔導騎兵イフリータスを駆る四天王「火」のアーヴェル。
彼はその持てる力のすべてを掛けて勇者に挑む。
その漆黒の炎は、イセカインをも焼き尽くすのか・・・
次回 勇者イセカイザー 第8話 勇者、散る
に
レッツブレイブフォーメーション!
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