第10話 合体、イセカイザー!
__その日も雪が降っていた。
どこまでも広がる白い世界・・・まるで自身もその一部であるかのように、幼い少女が一人、微動もせずに立っていた。
薄汚れた布の衣服から覗くのは白く瘦せ細った手足、ぼさぼさの長い髪はくすんだ灰の色・・・その瞳の青だけが、色のない世界で異彩を放っているかのようだった。
少女はゆっくりと瞳を閉じる・・・そうすることで、この世界に溶けて消えてしまうのではないだろうか・・・
むしろ、そうなってほしいと少女は願ったのかも知れない。
少女の周囲・・・その視界に映る全てを白く染め切ってもなお、吹雪は強く吹き付けている。
しかし少女の身体が凍てつく事はなく、その寒さを感じる事もない。
何も見えない、何も感じない・・・ただ虚無だけを胸に、少女はこの雪の世界に立ち尽くすのみ。
・・・その力が、生命が、少しずつ失われていくのを感じながら・・・
少女はそこで、いつか来る終わりの時を待っていた。
・・・吹雪の吹き付ける雪原に、二つの巨大な影があった。
その一体は剣に炎を宿す剣士、もう一体は杖を持った魔術師然とした姿だが、その巨大さは人の背丈の十倍は優に超える。
魔術によって生み出されしゴーレム・・・中に乗った操者がその身体の如く自在に操るそれは、魔導騎兵と呼ばれた。
『不用意に接近を許し過ぎだぞセニル、そのシルネヴィースの戦い方は教えたはずだ』
巨大なる剣士・・・魔導騎兵イフリータスがその脚部を魔力で強化し、十歩ほどの距離を瞬時に踏み込んで来る・・・完全に剣の間合いに入った。
こうなると、近接武器を持たない魔術戦仕様の魔導騎兵シルネヴィースには厳しいものがある。
圧倒的に不利なこの状況にあって、操者のセニルは冷や汗一つ流していなかった。
『アーヴェル様は接近戦を避けるように仰っていましたが・・・』
杖の先で青い宝玉が光を放つ・・・必要な呪文の詠唱はとっくに終わっていた。
巨大な氷の数々がシルネヴィースの周囲に浮かぶ・・・それだけではない。
魔術によって生み出された氷晶は、まるで鏡像のように白銀の魔導騎兵の姿を映し出した。
それはさながら、シルネヴィースが数体に分身したかのように見えた。
『鏡像か・・・考えたな』
イフリータスの搭乗席でアーヴェルがにやりと口の端を上げる・・・普段の彼ならばこんな鏡像に惑わされる事などない。
しかし今は吹雪による視界の悪さが識別を困難にしていた。
もちろんセニルの方もこの天候を利用した作戦なのだろう、それ故に不利な接近戦のリスクを冒したのだ。
『ならば、全てを打ち砕くのみだ!』
これに対してアーヴェルの取った手段は、目に映る鏡像の全ての破壊というシンプルなものだ。
良い作戦ではあったが、この程度では接近戦における彼の優位は揺るがない・・・そう判断したのだが・・・
『一手、遅かったですね』
『何?!』
イフリータスが鏡像の全てを切り払った時・・・その挙動が不自然に止まる。
足が地面に張り付いたように動かない・・・実際、その足は凍り付いて地面に固定されていた。
『もらいました、アーヴェル様』
勝利を確信したセニルがその杖に魔力を籠める。
・・・たしかに魔術戦仕様のシルネヴィースに接近戦は不利だ。
しかし魔術は遠距離であるほど威力が落ち、多くの魔力を必要とする・・・接近する事で彼女は最大限の威力を引き出すことが出来たのだ。
その機体と同じ大きさの巨大な氷の円錐が杖の先に生まれ回転する・・・もちろんこれは実戦ではない。
この円錐も寸止めするだけだ、それで勝敗は決する。
イフリータスへと杖を振り下ろす・・・その瞬間、イフリータスの姿が消失した。
『?!』
(そんな、確かに足は固定したはず・・・)
セニルがその足元を見ると、氷漬けになったイフリータスの両足首が関節部をむき出しにして覗かせており・・・
『惜しかったな、俺の勝ちだ』
両足を切り離したイフリータスがその剣をシルネヴィースに突き付けていた。
『負けました・・・やはり、アーヴェル様には敵いませんね』
『いや、良い闘いだったぞ・・・強くなったな』
アーヴェルは足を失ったイフリータスを器用に駐機させると、搭乗席から姿を現す。
その燃えるような赤い髪を視界に映しながら、セニルは目を細めた。
___それは小さな炎だった。
魔術によって生み出された炎による灯。
それは吹き荒れる吹雪をものともせず真っ直ぐに近付いて来て・・・気付いた時には少女の目の前にあった。
「氷精フラウと聞いて来てみれば・・・ただの小娘ではないか」
・・・後から聞いた話では、彼は強い魔物がいると聞いて闘いに来たらしい。
だがそこに居たのは扱い切れぬ魔力を暴走させているセニル。
そのまま放置すれば死んでいたであろう彼女を拾ってきたのは、いつか闘おうと思ったから。
実に彼らしい理由だが、実際に闘ったのは今日が初めてだった。
あの時・・・白い世界に現れた鮮烈なる赤・・・氷雪をも焼き尽くさんばかりの炎。
差し伸べられたその手に触れた時、感じたその熱さをセニルは今でも覚えている。
「・・・しかしシルネヴィースで接近戦というのもなかなか悪くなかったな、一度調整してみるか・・・」
アーヴェルはシルネヴィースによじ登って、今は肩のあたり・・・椀部の見直しをしているようだ。
セニルもハッチを開けて外に出る事にした。
吹き付ける吹雪の冷たさが、模擬戦で温まった身体を冷ましていく。
機体の事で夢中になっているアーヴェルの方へと、その身を乗り出し・・・
「アーヴェル様、シルネヴィースの改良なら私の意見も・・・」
急な温度変化に身体がついて来なかったのか、軽い立ちくらみを起こしてしまった。
足場が悪く落下しそうになり、慌てて機体にしがみつく・・・それはずいぶんと熱を帯びており・・・
「セニル、大丈夫か?」
「あ、アーヴェル様?!」
セニルが無意識にしがみついた先はアーヴェルだった。
驚いて再び落下しそうになったセニルをアーヴェルが抱き留める。
「ずいぶん消耗しているな・・・今日はもう休め」
「いいいえ、私は大丈夫です!」
アーヴェルに抱き抱えられていると、つい力が抜けてしまう。
余計な心配を掛けたくないが、もう少しだけこのままでいたいセニルだった。
そんな時・・・
突然、アーヴェルを赤い炎が包んだ・・・セニルの周囲にも水飛沫が舞っている。
特に熱もなければ、その水に触れても濡れる事はない・・・炎も水も幻像だ。
「アーヴェル様、これは・・・」
「四天王の招集だ・・・勇者が復活でもしたか」
勇者が復活する可能性がある事は以前聞いていたが、アーヴェルは気にせず放置する姿勢だった。
またあの勇者と闘える事を思えば復活してくれて構わない・・・むしろ望むところだ。
セニルもまたアーヴェルと同じ・・・しかし勇者にアーヴェルを討たせるつもりはない。
ミラルディが阻止に動いたようだったが・・・その顛末はまだ知らなかった。
専用の魔方陣で魔王城の広間へと転移した二人を待っていたものは・・・
「ミラルディ・・・これはどういうことだ」
四天王「風」のミラルディ・・・しかし、これまでの彼とはどこか雰囲気が異なる。
見るもの全てを見下しているかのような薄ら笑いを浮かべているのは相変わらずだが・・・その姿を見ていると言いようのない不安感が湧いてくるのだ。
だが今のアーヴェルが気にしているのはそんな事ではない。
この大広間にある大きな扉・・・ミラルディは半開きとなったその扉に寄り掛かるように立っていた。
その扉の向こうにあるのは王の間・・・彼らの主たる魔王が鎮座する不可侵の領域だ。
「陛下に対するその不敬・・・許されると思っているのか」
「こんな扉如きでいちいちカリカリして・・・大袈裟な事ねぇ・・・」
だがミラルディは悪びれる事なく、アーヴェルを挑発するように扉をコンコンと叩いて見せる。
「貴様っ!」
「アーヴェル様、落ち着いて・・・」
剣を抜いて斬りかかろうとするアーヴェルをセニルが止める。
今は四天王同士で争っている場合ではない。
しかしそのセニルもまた、今のミラルディからは不気味なものを感じずにいられない。
「ミラルディ様、私達を招集したのは貴方ですね?理由をお聞かせください」
「そうねぇ・・・良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちからにしようか・・・」
「・・・にゅうす?」
聞き慣れない言葉にセニルは首をかしげた・・・歴代四天王間の隠語かとも思いアーヴェルの方を見るが、彼も困惑の表情を浮かべていた。
「ああごめんなさい、ここは順当に悪い方からにするわ・・・勇者イセカインが復活したわ」
「・・・」
さすがに予想はついていたので動揺する者はいない。
しかし、ミラルディが続けた言葉は予想外だったようで・・・
「しかも新しい勇者まで現れた・・・スターフェニックスって名乗ってたわね、忌々しい小娘が・・・」
「新しい・・・勇者」
「ただでさえ厄介な勇者が二人に増えたせいで人間共は勢いづいているわ・・・やつらがこの魔王城に攻めてくるのも最早時間の問題よ」
不死鳥の炎を思い出しミラルディは表情を歪める・・・あの炎で塵一つ残さず焼かれた記憶が残っているのだ。
そんなミラルディとは対照的に、アーヴェルは不敵な笑みを浮かべていた。
「勇者が二人とは由々しき事態だが・・・俺とセニルの二人ならば後れをとる事はないな」
「は、はい!」
セニルの方は不安を感じなくもなかったが、自信満々に言い放つアーヴェルを見ていると不思議と自信が湧いてくる。
アーヴェルと一緒に戦う事を想像すると・・・何者が相手であれ負ける気はしなかった。
「それは頼もしいわ・・・じゃあ良い方のニュース、偉大なる我らの主のお目覚めよ!」
そう言ってミラルディは勢いよく扉を開け放った。
ここしばらくの間、病の床にに臥せって姿を見せる事のなかった魔王がついにその姿を現す。
セニルに至ってはこれが初顔合わせとなる・・・緊張した様子で跪いた。
「おお!・・・我らが魔王陛・・・下?」
主の回復を祝うアーヴェルの歓喜の表情が固まった。
そんな彼の様子に、セニルは何が起こっているのかわからず困惑する。
彼らの前に姿を現したのは、魔導騎兵もかくやという巨人だった・・・当然、アーヴェルの記憶にある魔王の面影などなく・・・
「ミラルディ・・・陛下を・・・どうした?」
「陛下なら我らの目の前におわすでしょう?」
「あんなものが陛下であるものか!」
アーヴェルはミラルディへと斬りかかった・・・今度はセニルが止めるのも間に合わない。
その斬撃はミラルディを捉え、その身体を真っ二つに切り裂いた。
「痛いじゃないのさ、いきなり酷い事するわねぇ」
ミラルディは真っ二つにされながらも軽口を叩き・・・その断面が溶け合うように繋がって元の姿となった。
それは彼の得意としていた死霊術による再生とは異なり・・・まるで最初から定型を持たぬ生き物の如き動きだった。
「どう?すごいでしょう?完全不滅のこのボディ」
ミラルディのその身体でボコボコと肉が盛り上がり・・・その姿を変えていく。
その髪は背中を覆うまでの長さに伸び、痩せ細った男の身体がたちまち肉感的な女性のものへと変貌を遂げる。
「ミラルディ・・・様?」
「ある時は四天王「風」のミラルディ・・・とか言えば良いのかねぇ?」
その姿は完全に別人、とても同一人物とは思えない。
セニルはおろかアーヴェルすらも見た事のない容姿となったミラルディ・・・それは果たして本人なのか。
匂い立つような妖艶な雰囲気を纏いながら、その女は下品な笑みを浮かべた。
「改めまして、我が名は深界魔女ベルディーネ・・・そして、このお方こそ」
誇らしい顔でベルディーネは巨人の方へと振り返る。
まるで大理石の彫像の如く白い肌は無機質で、その眼差しには一切の光が届かない虚空を思わせた。
本能的な恐怖を呼び起すその姿は、この世界に生きる生命とは全く異質な存在。
「さぁ称えなさい!この世の全てに君臨せし至高の存在、我らが不滅の主・・・深界王様の復活よ!」
その巨人・・・深界王がゆっくりと口を開く・・・その声はアーヴェルが良く知る魔王のものだ。
『我が四天王達よ、勇者イセカインを倒すのだ』
・・・その声は、聞く者を従わせる抗い難い魔力を伴っていた。
それは、間違いなく魔王の持つ力の一端・・・
「その口で・・・」
だがアーヴェルは抗う・・・そもそも彼はその力に従っていたのではない。
魔導騎兵と闘い以外に興味のなかった彼が、唯一主と認めた相手だからこそ・・・
「その声を騙るな!下郎が!」
怒りに任せて吠える。
その魔剣が燃え上がった・・・ありったけの魔力を籠めたその炎は、巨人の身長に迫る長さの刀身となった。
「アーヴェル様!」
その叫びが呼び水になったのか、セニルもまた支配の力を脱していた。
アーヴェルの支援をすべく杖を構える。
「愚かな子達・・・せいぜい身の程を知ると良いわ」
ベルディーネはそんな彼らを嘲笑うのみだ・・・結果など戦う前から見えている。
セニルの魔術によって生み出された十二枚の氷の刃が深界王の全身を切り裂いて・・・すぐに塞がった。
アーヴェルの魔剣が深界王を十文字に切り裂く・・・四つに分かれた身体はすぐに繋がって元に戻った。
何度攻撃しても同じだった・・・決して手応えがないわけではない、再生速度が速すぎるのだ。
魔剣の炎が小さくなっていく・・・アーヴェルの魔力が限界を迎えたのだ。
援護に飛んでくる魔術も減っている・・・セニルの魔力も尽きかけているのだ。
『アーヴェルよ、我が命に従うのだ』
「・・・くっ!」
魔力が枯渇したアーヴェルに支配の魔力に抗う事は難しい・・・
思わず膝をついて必死に堪えるが・・・その意識が徐々に蝕まれていく・・・
「いけない!・・・アーヴェル様!」
セニルがとっさに放った魔術がアーヴェルに命中する・・・攻撃魔術の直撃を受け、その身体が派手に飛ばされていく。
「あらあら同士討ち?それともダメージで正気を保とうとしたの?」
ベルディーネの嘲笑を背に、セニルは魔力を集中させる。
残りの魔力を全て使って、アーヴェルの身体をある一点に誘導した・・・それは、炎の紋様が浮かぶ転移の魔方陣。
「アーヴェル様・・・どうかご無事で・・・」
アーヴェルの身体が魔方陣に吸い込まれて消えていくのを見届けながら・・・魔力を使い果たしたセニルは意識を失った。
巨大な炎の鳥が大きく弧を描く。
そこは魔王軍の支配する砦の上空・・・ストームフェニックスを駆るアニスが上から見下ろすと、砦の全貌が手に取るように把握することが出来た。
翼を持つ魔物が数体、砦から向かってきたがアニスは気に留めた様子はない。
邪悪なる者達は不死鳥の炎の餌食だ・・・彼女には触れる事すら出来ない。
砦にいる魔物達の数と、魔導騎兵がない事を確認したアニスは光の魔術の詠唱に入る。
詠唱を終えたアニスがその頭上に手をかざすと、太陽もかくやという眩い光が砦の上空で瞬いた。
「よしアニス様の合図だ、総員突撃!」
付近の森から兵士達が姿を現した。
砦の戦力を把握したアニスが攻略か撤退の合図を送る手筈となっていたのだ。
そして今回の合図は攻略・・・難なく勝てるだろうという判断だ。
ダメ押しとばかりに城門に降下して爪の一撃を加える・・・分厚い木製の扉がざっくりと切り裂かれ、城門はその機能を失った。
そこから兵士達が次々と砦に突入してく・・・こちらの優勢は明らかだ。
「もうここは問題なさそうね、次行くわよストームフェニックス」
『お任せください、マスターアニス』
順調に砦の攻略が進んでいる事を確認したアニスは、地図を取り出しながらストームフェニックスを上昇させた。
アニスはもうすっかりこの不死鳥を乗りこなしているようで、表面の僅かな凹凸を利用して腰を掛けていた。
足をパタパタさせるその姿をだらしないと叱る者もこの空にはいない。
アニスは地図の一点に印を書き込んだ・・・今攻略した砦の位置である。
よく見るとその地図自体に使われているインクと同じ・・・そう、これはアニスが実際に見て書き記した東大陸の地図なのだ。
地図には魔王軍の拠点が書き記され・・・その多くに「攻略済み」の印が付いている。
印は他に「敵兵多し」「魔導騎兵有」「不明」があって、それらにはイセカインが攻略を担当していた。
ちょうどその一つが、アニス達の進行方向上に見えてきた。
新たにストームフェニックスを仲間に迎えた事は、アニス達王国軍に大きな変化をもたらした。
アニスへの負担が大きいので「勇者」になる事はほとんど無かったものの・・・
空から偵察が出来る事、魔王軍の襲撃があってもすぐに急行出来る事・・・空を駆けるその機動力は戦略の幅を大きく広げ、その結果アニス達は快進撃を続けているのだ。
「イセカイーン!」
途中でその姿を見つけたアニスがイセカインに手を振る・・・上空から見るとイセカインの機械的な姿は特に目立った。
イセカインの方も変形して敬礼で応じる。
アニスは可能な限りストームフェニックスを寄せてゆっくりと並走する事にした。
「この先の砦は・・・魔導騎兵が3体いるやつね、ここは私も一緒に・・・」
『いえ、それくらいならば私だけで問題ありません』
「でもほら、強いやつかも知れないし・・・」
『その時はアニス王女にお願いしますが、あれがそれ程の相手とは・・・』
イセカインは砦から現れた3体の魔導騎兵を差した。
余程雑に扱われてきたのだろう・・・3体共、整備不良で赤く錆び付いていた。
動きもどこかぎこちない・・・アーヴェルのような乗り手ではなさそうだ。
「うわ・・・弱そう・・・」
それでも兵士達からしたら、どうにもならない脅威的な存在なのだが・・・
今のアニスにとっては明らかに役不足・・・自分が勇者として戦う「ここぞという時」には程遠かった。
そればかりか・・・
『奴が噂の勇者か・・・いいか、二人とも気を付け・・・』
『お前ら手を出すなよ、奴はこの俺が倒す!』
『いいや俺が倒すね!行くぜっ、早い者勝ちだ!』
『てめえ!ま、待ちやがれ!』
『おい、お前ら!俺の言う事を・・・』
・・・チームワークもガタガタだった。
先行した機体から順にイセカインと1対1の状態になる・・・これでは数の利点を活かせない。
イセカインは順番にカイザーブレードで切り伏せるだけだ。
「あー・・・」
あっという間に倒されていく魔導騎兵達・・・それを見て、蜘蛛の子を散らすように砦から逃げていく魔物達。
アニスが手助けする余地は何もなく・・・
『任務完了、砦を制圧しました』
誇らしげに報告するイセカインとは対照的に、出番のなかったアニスは悔しがっていた。
「ああ、もっと・・・もっと強い敵はいないの?!」
「しばらく見ない間に随分と調子に乗ってるようじゃない」
まるで戦闘狂のような言葉を発する彼女の声に応えたかのように、それは現れた。
「誰?!」
声が聞こえてきたのはイセカイン達の頭上・・・一人の人物が憎々しげな表情で見下ろしていた。
魔族の女に見えるが・・・アニスには見覚えがない。
しかし、それを見たイセカインは動揺していた。
『お前はベルディーネ!なぜだ、なぜお前がここに居る?!』
「イセカイン?」
アニスは初めて見せるイセカインの動揺する姿に言いようのない不安を感じていた。
このベルディーネという相手が只者ではないのは間違いない。
豊満な身体を揺らしながら、ベルディーネは口元を歪める。
「アンタがここにいるくらいなんだから、別に何も不思議じゃないだろう?」
『お前がいるという事は・・・まさか・・・奴もいるのか・・・深界王がこの世界に』
「ふふ・・・ご明察、この世界じゃあ魔王陛下と呼ぶべきかしらねぇ」
『奴が魔王・・・だと』
「そう・・・あのお方は今、この世界で魔王として完全なる復活を遂げられた・・・忌々しい勇者イセカイン、もう二度とお前如きに止められはしないわ」
『!?』
「あれは・・・」
ベルディーネの手の中で禍々しい宝玉が怪しい光を放っていた。
アニスはその光に見覚えがあった・・・かつてリヴァイアサンを魔物へと変えた薬・・・それと同じ色をしていた。
「さぁイセカイン・・・お仲間の勇者達のいないこの世界でこの力に抗えるか・・・とくと見せて貰おうじゃないさ」
ベルディーネが宝玉を放り投げる・・・宝玉は先程イセカインが切り捨てた魔導騎兵の残骸の元へ・・・
「・・・な、なんだこれは!」
搭乗席に取り残されていた魔王軍の男の胸へと吸い込まれていく・・・
ドクン・・・
「ぐ・・・ああああがああああああああぁぁぁああああああ!!!!!」
男の身体が無数の触手となって弾けた。
その触手は周囲に転がる3体分の魔導騎兵の残骸を取り込みながら膨れ上がっていく・・・
「おはよう、新たな深界の下僕・・・さぁお目覚めなさい!」
膨れ上がった触手は形を変えていく・・・鎧のように魔導騎兵の装甲を身に纏い・・・人型となったその頭部で目のように怪しい光が灯る。
「これぞ名付けて深界騎兵!あの愚かな四天王のおかげで面白いものが出来たわ」
「深界・・・騎兵・・・なんて大きいの」
深界騎兵はゆっくりと立ち上がった。
その装甲の隙間からは赤黒い肉塊が覗く・・・魔導騎兵3体を取り込んだだけあってその巨大さも類を見ない。
その巨体を前にすると、まるでイセカインが子供のように見えてくる。
『く・・・アニス王女、下がってください!』
「ハハッ、ご自慢のカイザーブレードも、その姿じゃ宝の持ち腐れもいいとこよねぇ!」
イセカインがカイザーブレードで斬りかかるが、深界騎兵の装甲を傷つけるのがやっとだ。
すかさず深界騎兵が反撃の拳を叩きつける・・・大きさだけではなくパワーもスピードも段違いだった。
「ストームフェニックス、私もやるわよ!」
『了解しました』
「神獣合身!」
さすがに、この状況で躊躇っている場合ではない。
アニスはストームフェニックスの口の中に飛び込み、勇者へと変貌する。
『勇者スターフェニックス!』
「現れたわね、小娘勇者・・・」
ベルディーネの声に憎しみが籠る。
ミラルディとして、その浄化の炎に焼かれた記憶がよぎった・・・しかしその炎をもってしても深界騎兵を焼き尽くすに至らない。
スターフェニックスが放った浄化の炎をまるで気にも留めない動きで深界騎兵が直進する。
その体表から肉の焦げる臭いをさせながらも、深界騎兵の動きが鈍る事はなく・・・イセカインの胴程はある剛腕がスターフェニックスへと振り下ろされ・・・
『アニス王女、危ない!』
『イセカイン!』
『く・・・大丈夫です、問題ありません』
とっさにアニス・・・スターフェニックスを庇ったイセカインが攻撃をまともに食らって吹き飛ばされた。
よろよろと立ち上がるイセカイン・・・その言葉とは裏腹にかなりのダメージである事は間違いない。
宿敵の見せる惨めな姿に、勝ち誇ったベルディーネは楽しそうに語り掛ける。
「ああ、良い気分だわイセカイン・・・やっぱり合体の出来ないアンタじゃその程度よねぇ」
『・・・合体?』
耳慣れない言葉にアニスは首をかしげた。
合身と似た響き・・・自分の知らないイセカインの秘密があるのだろうか。
そんな彼女の疑問に答えるかのように、ベルディーネは得意げに言葉を続けた。
「たしか、ブレイブフォーメーション!、とか言ったわね・・・イセスカイもイセライナーもイセマリンも、この世界にはいない・・・仲間達の力を借りないと本来の力が出せないなんて、情けない勇者ね」
『それが我らの・・・勇者の絆の力だ・・・』
「じゃあその絆の力を見せてごらんなさいよ?それが出来るならね・・・異世界で独りぼっちのイセカイィン?」
ベルディーネの嘲る声と共に、深界騎兵がイセカインに迫る・・・
イセカインはカイザーブレードを構えて応戦しようとするが、深界騎兵のスピードがそれを上回った。
『ふざけんじゃないわよ!』
横合いから突っ込んだスターフェニックスの蹴りが、攻撃しようとしていた深界騎兵のバランスを崩した。
スピードならスターフェニックスも負けていない。
続けざまに双剣を振るって連撃を見舞う・・・だが、いかんせんパワー不足だ。
息もつかさぬ連撃だが、深界騎兵の装甲には傷を付ける事も適わない。
『イセカインは、独りぼっちなんかじゃ、ないんだからっ!』
「ああ、うるさい蚊トンボが・・・」
なおも攻撃を続けるスターフェニックスを深界騎兵の腕が薙ぎ払う。
『かはっ・・・』
ストームフェニックスと一体化した痛覚がダイレクトにそのダメージをアニスへ伝える。
人間で例えるなら、あばらの数本も折れたような痛みにアニスの声が枯れる。
『私・・・達が・・・つい・・・ぐぁ!』
なおも何かを言おうとするアニスを遮るように、深界騎兵がスターフェニックスを蹴り飛ばした。
「小娘・・・アンタは後の楽しみにとって置こうと思ったけど・・・もう先に潰そうか」
『アニス王女・・・させるか・・・』
「またそうやって仲間同士で庇い合って・・・そうしてれば助けが来るとでも思ってるの?」
アニスを庇うように立ち塞がったイセカインへ、ベルディーネが冷徹に告げる。
「出来るものなら異世界から助けを呼んでみなさいよ・・・ご自慢の絆の力でね!」
すぐにトドメを差すのは簡単だ・・・しかし勇者の心が折れるまで追い詰める。
勇者の絶望・・・それこそが彼女の主たる深界王を喜ばせるのだ。
『ブレイブ・・・フォーメーション・・・で、良いのね?』
『アニス王女?!』
『合体、とかいうのをすれば・・・勝てるんでしょ・・・』
『無茶だ、アニス王女・・・貴方は合体の事を何も知らない』
アニスの意図に気付いたイセカインだが、さすがにそれはあまりにも無理がある。
ただでさえブレイブフォーメーションは失敗した時のリスクが大きいのだ。
伊勢湾の勇者達との合体でさえ、初回は命懸けだった・・・それをこの2体だけで出来るとは思えない。
「アハハハッ!これは傑作だわ!良かったわねぇイセカイン・・・ププッ・・・この小娘が、合体、してくれるそうよ」
ベルディーネは下品な顔をして笑いを堪えている・・・彼女は気付いていない。
アニスの・・・スターフェニックスの腕で、二つの星が光を放っている事に。
『お願い、イセカイン・・・この世界の・・・絆を・・・信じて・・・』
『・・・わかりました、私に続いてください・・・レッツ・・・』
『ブレイブ、フォーメーション!』
イセカインの放水銃から周囲に高圧の水流が放たれる。
合体の隙をカバーする為の水の弾幕・・・それだけではない。
その水流を泳ぐように・・・一匹の水竜が姿を現した・・・そう、その姿はかつて相対した・・・
「リヴァイアサン!マーゲスドーン!」
アニスの声に呼ばれリヴァイアサンが咆哮を上げる。
そしてその足元からは、鋼の輝きを持つもう一体の竜・・・マーゲスドーンがその巨体を持ち上げていた。
『勇者よ・・・再び共に戦わん』
アニスの腕輪で二つの星が強く輝いている・・・不死鳥の力は、失われたこの二体をも蘇らせていたのだ。
そしてスターフェニックスは不死鳥の姿へと変形し空に舞い上がった。
マーゲスドーンの巨体にイセカインが飛び込んでいく・・・鋼の竜の身体は下半身となって勇者を受け止める。
水流から飛び出してきたリヴァイアサンがイセカインの身体へと巻き付いていく・・・そしてその頭部は右腕に、その尾びれは左腕へと変化する。
最後に大きく翼を広げた不死鳥が、イセカインの元へ舞い降りた。
炎の翼を背中に・・・その鷹の顔が胸の中央に収まる。
イセカインの頭部を炎が燃え上がり、兜となって顔を覆った。
いつの間にかイセカインの搭乗席へと転移していたアニスがゆっくりと瞳を開く・・・それに合わせるようにイセカインの瞳が、彼女と同じ青い光を放った。
これこそ、彼らが歩んできた道程の真髄。
イセカインとアニス達によって紡がれた、世界を越えた勇者達の絆・・・その証。
この異世界を救う真の勇者、その名は・・・
『勇者、イセカイザー!』
その手に握られた勇者の剣、カイザーブレードが陽光を受けて輝いた。
_________________________________
君達に極秘情報を公開しよう。
ここに誕生した最強の勇者、イセカイザー。
彼らが目指すは、宿敵・・・深界王の待つ魔王城。
この異世界の命運をかけた最後の戦いの時が迫っていた。
次回 勇者 イセカイザー 第11話 決戦、魔王城
に
レッツブレイブフォーメーション!
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