最終話 永久の勇気を
「お待ちしておりました、アーヴェル様」
『セニル・・・』
アーヴェルの乗ったイフリータスがゆっくりと、銀髪の少女の元へ歩み寄る。
少女の頬は朱を帯びており、潤んだ瞳でイフリータスを見つめている。
(うわ・・・ど、どうしよう)
機体越しに見つめ合う男女・・・
セニルとは初対面のアニスでも、この二人の雰囲気を察してしまった。
この場にいるだけでも恋人同士の再会シーンに水を差すようでいたたまれない。
「・・・イセカイン・・・なんか取り込み中みたいだから、私たちだけで先にいきましょう・・・」
二人の邪魔をしないように小さな声で、イセカインに先へ進むよう促した。
だがイセカインは動かない。
それどころか、二人の方へ放水銃を構えた。
「ちょっとイセカイン?!」
『深界反応は消えていません、油断しないでください』
イセカインのセンサーは深界の核が放つ独自の波動を検知したままだ・・・そしてその座標は、目の前の少女のいる場所と一致する。
「で、でもイセカイン・・・」
『その女の言う通りだ、お前達は先に行け』
アーヴェルの言葉にアニスがびくっと震えた・・・先程の小声はしっかり聞かれていたようだ。
「何を言っているんです、勇者イセカインはアーヴェル様が倒すのではなかったのですか?」
顔をしかめ、アーヴェルを避難するセニル。
真面目そうなその表情は普段の彼女と寸分違わない。
『・・・』
「私が魔術で支援します・・・さぁ、共にここで勇者達を倒しましょう」
そう言ってセニルは杖を構える・・・その膨大な魔力に、周囲の空気が凍てついたかのように冷え込んだ。
『これは・・・』
凍てついたのは空気だけではない。
大広間の壁面に霜が張ったかと思えば、周囲の水分を吸い寄せるように凝固していく・・・
それは次第に分厚い氷となって壁面を覆っていく・・・そしてこの先へ続く扉も同様に厚い氷に覆われてしまった。
「これで誰も、この先には進めません・・・アーヴェル様、この氷を勇者達の墓標にして差し上げま・・・」
『くく・・・ハハハッ!』
「アーヴェル様?!」
突然笑いだしたアーヴェルに、セニルは困惑の色を隠せない。
動揺したままのセニルをよそに、イフリータスの炎の魔剣が燃え上がる。
『ふん!』
勢いよく振り下ろされた魔剣から黒炎が放たれ、真っ直ぐに扉へと伸びていく・・・
その炎熱は分厚い氷をいとも容易く溶かしていった。
『さっさと行け、イセカイン』
『アーヴェル、油断をするな・・・そいつは深界の・・・』
その深界の反応と凄まじいまでの魔力・・・全員で戦うべき相手だとイセカインのAIは判断していた。
しかしアーヴェルは、イセカインの進むべきその道を魔剣で指し示すと不敵に微笑んだ。
『お前こそ俺を見くびるなよ、一度はお前を倒した男だぞ?』
『・・・そうだったな』
「もう、なに二人で分かり合ってるのよ・・・」
苦笑しながら、イセカインは扉へと歩みを進めた。
先に進んで待っていたアニスに急かされ扉に手を掛ける。
「酷いですアーヴェル様・・・この私よりも勇者達の味方をするなんて・・・」
勇者達が扉の向こうに消えていくのを見送るアーヴェルへと涙目で不満を訴えるセニル。
それは庇護欲をそそられる愛らしい表情だったが、アーヴェルの視線は冷たい。
『いつまで・・・その遊びを続けるつもりだ?』
「そうですね・・・アーヴェル様が死んでくださるまで、でいかがでしょう?」
その言葉と同時に、セニルの背後に浮かび上がったのは転送の魔方陣・・・その中からそそり立つようにして現れたのは、銀色の輝きを纏った魔導騎兵・・・彼女の愛機シルネヴィースだ。
『ふん・・・貴様の遊びに何十年も付き合うつもりはないぞ、さっさと正体を現したらどうだ』
「残念だけど・・・これ正真正銘セニルちゃん本人の身体なのよねぇ・・・」
『なに・・・』
そう言い放つと、セニルの姿がシルネヴィースの中に消えていく・・・乗り込んだのではなく、溶け合うように同化していったのだ。
同時に白銀の機体が、墨を染み込ませたかの如く黒く染まっていく・・・それは深界騎兵と原理は同じもの・・・だが元になった人間と機体の性能が段違いだ。
『さすがはセニルちゃんの専用機・・・身体の相性もバッチリじゃないの』
変化したのは色だけではなかった。
より人間に近い有機的なシルエット、関節部からは肉のようなものが覗いている・・・そして頭部からは長い触手が髪のように伸びて・・・その顔はベルディーネのものになっていた。
『ミラルディ・・・いや今はベルディーネだったか、貴様セニルに何をした?』
『知りたい?まぁ気になるわよねぇ・・・私達、一つになったのよ』
自らの身体を抱きしめるような身振りを交えて、ベルディーネはアーヴェルを挑発する。
『だから・・・こんな事も出来るわけ』
ベルディーネが杖を振るうと、周囲の冷気が一段と強まり・・・屋内だというのに雪が舞い始めた。
それは勢いを増していき・・・吹雪となって視界を白く染め上げる。
気付くと、先程まで目の前にいたはずのベルディーネの姿も見えなくなっていた。
『・・・!』
足元に魔力を感じたアーヴェルがとっさに飛び退くと、そこから先の鋭い氷の柱が勢いよく飛び出してきた。
その一か所だけではない、今度は前方から、頭上から・・・巨大な氷が次々にイフリータスへ襲い掛かる。
しかしそれらを避けるのはそこまで難しくない・・・強力な魔術であるがゆえに発動前から魔力を感知出来るのだ。
『どうした、その程度で俺を倒せるつもりではあるまいな?』
氷の魔術を回避しながらベルディーネ本体を探すがなかなか見つからない。
ベルディーネに話しかけたアーヴェルだが、返事で居場所を知らせる愚行もしないようだ。
この大広間の大きさを思えば十分な距離をとる事も可能・・・なかなかに厄介な状況だ。
そのまま幾度かの回避行動を取ったイフリータスの胴体が何かにぶつかってバランスを崩した。
『く・・・これは・・・』
見ると、先程回避した氷がそのまま柱となってそびえ立っていた。
すかさずまた新たな魔力を感知して回避するが・・・その先にも氷の柱。
これまで回避した氷も全て消え去る事無く、巨大な障害物となってその場に残り続けていた。
再び魔力を感じたが、氷の柱が邪魔をして回避し切れない。
かろうじて魔剣で氷を叩き落すが、氷は叩き落された先で柱へと成長していった。
『フフ・・・氷の牢獄に捕らわれた気分はどうかしら?』
響いてきたその声は案の定とても遠く・・・この状況では近付けそうになかった。
このまま遠距離からの攻撃でアーヴェルを仕留めるつもりなのだろう。
(決して自らを危険に晒さず、か・・・奴らしい闘い方だ)
この状況にあってもアーヴェルは戦闘を楽しんでいた。
相手の戦術の意図を探り・・・その隙を探る・・・それも戦闘の醍醐味だ。
遠距離からの魔術戦・・・ベルディーネのそれは、シルネヴィースの設計コンセプトにも合致する戦術だ。
あの機体の使い方として、とても正しい・・・だからこそ、セニルがあえて接近戦を仕掛けてきた時は驚かされたものだ。
『ふ・・・』
もしあの時、模擬戦形式ではなく実戦だったら・・・おそらくセニルは・・・
アーヴェルは自然と笑みを浮かべていた。
『・・・』
不意にイフリータスの動きが静止した。
炎の魔剣を構えたままの姿勢で・・・ぴたりと動きを止めたのだ。
(アーヴェル・・・一体何を企んでいる?)
あからさまなその姿勢にベルディーネも警戒してその意図を探ろうとする。
まず思いつくのは、回避を諦めて魔剣での迎撃に切り替えた可能性、そして炎による遠距離攻撃。
まずその魔剣の一閃で向かってきた氷を叩き落し、ベルディーネの元へ炎を飛ばす・・・ベルディーネはその光景を脳裏に思い浮かべた。
そして・・・
(甘い、甘いわ・・・)
ただの炎で深界騎兵となったこの身を焼き尽くす事など出来ない・・・再生速度が上回るのだ。
先程氷を叩き落した時の挙動から察するに、氷の攻撃を凌げるのも一度がせいぜいだろう。
アーヴェルを確実に屠るべく、ベルディーネは氷の魔術を3重に用意した。
3発ぴったり同じ場所・・・感知される魔力は一つ分だ。
1撃目を、あるいは2撃目までもを凌いだとしても、3撃目で終わりだ。
(アナタも取り込んであげる・・・二人仲良く私の中で永遠に結ばれると良いわ)
勝利を確信してベルディーネが魔術を発動する。
まず1撃目の魔術が氷を生成させ、イフリータスへ狙いを付ける。
その瞬間、イフリータスの両腕が赤く輝き・・・その姿が陽炎の如く揺らいだ。
『!?』
氷が弾けた。
まるで水面を叩いた時の水飛沫のように・・・いや、「水飛沫そのもの」だ。
今まさにイフリータス目掛けて発射させる寸前だった氷が、一瞬で溶かされて水となって飛び散ったのだ。
そしてその水飛沫も蒸発し、水蒸気となって消えていく・・・
時間差で発動する2撃目の氷も生成された先から溶けていった。
そして3撃目の氷が生成されるよりも早く・・・イフリータスが駆け抜けていく。
圧倒的な熱量・・・視界を遮る吹雪も、障害物たる氷の柱も全く機能する事なく溶けていった。
クリアになった視界の先に、ベルディーネの姿を捉えたイフリータスが一気に距離を詰める。
その手には機体と同じ漆黒の色をした魔剣が、炎のように揺らめいていた。
裂帛の気合と共に振り下ろされる魔剣、とっさに杖で受け止めようとするベルディーネだったが・・・
『ああああああああぁあああああ!』
魔剣が杖ごとその腕を切り裂いた。
切り離された腕が、魔剣と同じ漆黒の炎に包まれて燃え尽きる。
『そんな馬鹿な!・・・再生が追い付かない?!』
炎は本体の方にも燃え広がっていた。
再生しようとするその断面が・・・不滅のはずの深界の肉体が焼かれていく。
そんなことが出来るのは不死鳥の炎だけのはずだ。
『ありえない!魔族のお前に浄化の炎を使えるはずが・・・』
『浄化?何を言っている?』
追い打ちをかけるべく、イフリータスが再び魔剣を構える。
その魔剣は黒い色の炎に包まれ、凄まじい熱を放っていた。
『黒い・・・炎・・・』
イフリータスの腕には魔方陣が赤い光を放っていた・・・かつてシルネヴィースに搭載されていた魔方陣の円盤だ。
増幅された魔力で生み出されたこの漆黒の炎は、あらゆるものを焼き尽くし無へと帰す「真なる炎」
無限に再生する深界王への対策として編み出したアーヴェルの切り札だった。
『ベルディーネ・・・これで終わりだ』
使用済みの円盤が排出され、新たな円盤によって魔方陣が展開する。
漆黒の炎がその勢いを増し、巨大な漆黒の刀身となった・・・その大きさはベルディーネの全身を包み込むに足りる。
『ま、待ちなさい!セニルちゃんがどうなってもいいの?!』
『・・・』
その言葉にイフリータスの動きが一瞬止まる。
『この身体の中心に、あの子を核として取り込んでいるわ!アンタだってセニルちゃんを助けたいでしょう?』
アーヴェルの反応に活路を見出し、ベルディーネは早口にまくしたてた。
セニルを人質にすれば、この場は生き残れる・・・そんな淡い期待は一瞬で崩れ去る事になる。
『それがどうした』
『いや、だってセニルちゃんよ?可愛がっていたでしょう?』
『俺が愛するのは常に強者のみだ・・・セニルがここで死ぬのなら、その程度の弱者だったという事・・・』
『ちょ・・・嘘でしょう?!』
深界の魔女として・・・これまでも多くの人々の心を惑わしてきたベルディーネだからこそ、絶望した。
アーヴェルが冷ややかに言い放ったその言葉に・・・嘘はなかったのだ。
ためらいなく振り下ろされる漆黒の剣・・・その炎がベルディーネを包んでいく・・・
『熱い熱いあつ・・・わた・・・が消え・・・て・・・』
漆黒の炎は容赦なくその全身を焼き焦がしていく・・・一片の細胞の欠片も残すことなく・・・
深界王の側近、深界魔女ベルディーネは今ここに完全消滅したのだった。
『・・・セニル』
漆黒の炎が全てを焼き尽くして消えていくのを眺めながら・・・
アーヴェルが小さくつぶやいたその声は、深い悲しみを帯びたもの・・・ではなかった。
『・・・やはりお前は強い女だ』
全てを焼き尽くす「真なる炎」・・・それが燃え尽きた後に、小さな氷がひと欠片残されていた。
イフリータスの手のひらの上に収まる程小さなその氷は、いかなる熱にも溶ける事なき「真なる氷」
その氷に護られるように・・・銀色の髪の少女が静かに寝息をたてていた。
扉を抜けたイセカイン達を待っていたのは、荘厳なる王の間。
歴代の魔王の中に巨大な者がいたのか、先程の大広間程ではないものの天井は高く、イセカイン達でも手狭に感じない。
広い部屋の中央には謁見の為の巨大な玉座が鎮座し・・・よく見ればその玉座を天蓋に小さな、人間サイズの玉座も置かれていた・・・かつては人間サイズの魔王も存在していたのだろう事が伺える。
そしてその大きな玉座の上に、目指す宿敵たる深界王の姿があった。
大理石のような白い肌はまるで磨き上げられた彫像のようなツヤを帯びており・・・表情のない顔と相まって全体的に無機質な印象を受ける。
その黒い瞳は全ての光を吸い込むが如く、底なしの闇の色をしていた。
「イセカイン、合体を!」
その不気味な姿を目にした瞬間、言いようのない恐怖がアニスを襲った。
本能に直接訴えるかのようなその恐怖から逃れるかのように、アニスはイセカインとの合体を急いだ。
『了解!』
「レッツ、ブレイブフォーメーション!」
『勇者、イセカイザー!』
無事に合体シークエンスを終えイセカイン達は合体、イセカイザーとなった。
その間、深界王は微動だにする事なく玉座に腰掛けたままだ。
合体中に攻撃されずに済んだのは有り難いが、まったくの無反応というのも不気味だった。
「これが・・・深界王」
『気を付けてください、元いた世界で私が戦った時よりも巨大になっています』
「・・・それだけこの世界で力を蓄えていたって事ね」
恐怖や憎しみといった人間の負の感情こそが深界王の力の源だという。
深界王はこの世界をそれらが溢れる理想郷だと言っていた。
もし本当にこの世界の者達の負の感情が、イセカインが一度倒しかけた深界王を蘇らせ、これ程までの力を持つに至らせてしまったというのなら・・・これ以上見過ごすわけにはいかない。
『来たか・・・勇者イセカイザーよ』
『深界王、ここで全ての決着を付けさせてもらう!』
イセカイザーが勇者の剣、カイザーブレードを構える。
すかさず不死鳥の浄化の炎がその刀身を覆った。
彼ら深界凄命体と戦うために造られた剣と、不死者を浄化する聖なる炎の組み合わせ・・・これが無限の再生能力を持つ深界王に対抗できる唯一の武器だ。
『無駄だ、イセカイザー』
『これは・・・?!』
深界王へ斬りかかるイセカイザーだったが、その突貫を不可視の壁が阻んだ。
魔力によって生み出された魔術障壁・・・それも桁違いの魔力によって構築された分厚い壁だ。
「なんて魔力密度なの・・・でも、こんなものを長く維持出来るわけがないわ、攻撃を続けて!」
『了解!』
アニスの指示に従ってイセカイザーはカイザーブレードを打ちつける。
しかし、予想に反して深界王の魔力は尽きる事がなかった。
「なんでよ?!なんで破れないの?!」
アニスは焦燥に駆られながらもイセカイザーに攻撃を続けさせる。
いつか破れるはずなのだ・・・いつか・・・
(これは・・・まさか・・・)
イセカインには思い当たる所があった。
かつて深界王と相対した時、彼は言っていた・・・そう・・・
『人々の絶望が、その感情が・・・無限の魔力になっている、ということなのか』
『その通りだ、勇者よ』
イセカインが小さく呟いた疑念を深界王は大きく頷いて肯定した。
『だが私にも勇気の力がある!人々の勇気が私をここまで支えてきた!』
そう、勇気もまた無限のエネルギーのはずだ。
機械であるイセカインが燃料の補給もなく今日まで戦ってこられたのは、アニスをはじめとしたこの異世界の人々の勇気の力あってこそ。
だから、絶望の力などに負けるはずがない・・・そう思っていたのだが・・・
『この世界に暮らす者達は皆、恐怖と隣り合わせの中で生きている・・・多くの人々が平和を貪るあの世界とは異なるのだよ、イセカイザー』
魔王軍の支配から解放したばかりの東大陸の人々とて、決して安全が保障されたわけではない。
魔王軍の去った西大陸ですら、未だに魔物の被害が後を絶えないのだ。
そうでなくとも、この世界の人々は飢えや疫病といった脅威に怯える暮らしの中にいる。
彼らがもたらす負のエネルギーは地球とは比べ物にならないだろう。
『もう一つ教えてやろう、この魔王軍・・・お前達が戦ってきた魔族や魔物達にもその感情はあるのだ』
『!!』
目を背けてきた事実を突き付けられ、イセカイザーの動きが止まった。
これまで幾度となく人間同様に知性を持つ種族と戦って倒してきた・・・当然だが彼らにも心があるのだ。
勇者が活躍すればする程、彼らの恐怖は高まっていく・・・そしてそれも深界王の糧となっていた。
『言ったであろう?・・・まごう事無くここは深界の理想郷なのだ・・・お前たち僅かな人間の勇気如きで太刀打ち出来ようはずもない』
ついにエネルギーが底を尽き、カイザーブレードの光が失われていく・・・アニスの魔力も限界を迎えたのか浄化の炎もまた消えていった。
『く・・・ここまで・・・なのか』
・・・圧倒的な力の差を前にイセカインが屈しそうになったその時。
「そんな・・・こと、ないっ!」
不死鳥の力を使い過ぎた事によるフィードバック・・・魔力の負荷を耐えながらアニスが叫んだ。
「私は見てきたもの!国を護る為に戦った兵士達を、破壊された街を必死に建て直す人達を、海を護る為に戦った人魚達を、命を失っても使命を果たし続けた人達を・・・この世界の皆の・・・皆の勇気を!」
アニスのその叫びに反応しかたのように、イセカイザーのエネルギーが高まっていく・・・
それはまるで、アニスを通してこの世界全ての人々の勇気が一つに繋がったかのようだった。
「ストームフェニックス・・・お願い、もう少し・・・もう少しだけ力を・・・」
再びカイザーブレードに炎が灯る。
それは心なしか、先程までよりも力強く燃え盛っていた。
『この世界全ての勇気の力が・・・この胸に溢れてくる、これなら・・・いける!』
「当り前よ、やっちゃってイセカイザー!」
『了解!カイザースラッシュ!』
イセカイザーの渾身の一撃・・・魔力障壁に初めてひびが入った。
しかしそれだけだ。
硬い障壁は勇者たちの突破を許さない。
『だがまだ足りぬ・・・例えこの世界全ての勇気をかき集めたとて、我が力には及ばぬのだ』
「・・・この世界の勇気だけじゃ足りないっていうのならっ!」
『アニス王女?!いったい何を・・・』
そう言うなり、アニスは呪文の詠唱を開始した。
聞き覚えのない呪文・・・それも長い、かなりの長さの呪文だ。
「・・・彼方の星の海をこえて 紡がれし絆 古の思いが繋ぐは青い空と海・・・」
決戦が近づくにつれて・・・アニスはこっそり練習していた事がある。
・・・それは彼女本来の役割。
「・・・大いなる慈愛の心はこの手に 勇ましき戦士の魂をこの胸に・・・」
それは勇者の召喚・・・と対になった召喚の巫女のもう一つの使命。
「・・・バルーバ・ムド・リガルーン・ザーナム 二つの座標を 今ここに指し示す・・・」
あの時・・・アニスの適当過ぎる召喚に応じて現れたイセカインは見事に勇者の使命を果たしてくれた。
だから今度は完璧にこなすと誓ったのだ・・・元の世界に送り帰す時は。
「・・・時は満ちた 今一度交われ 二つの世界!」
空間が歪むのを感じる・・・この異世界とイセカインのいた地球、双方の物理法則が入り乱れている。
アニスの呪文の詠唱は一言一句違える事無く完璧で、想定された本来の正しい形で儀式の効果が表れたのだ。
今、この部屋は異世界であると同時に地球でもある・・・二つの世界双方と繋がった状態だ。
この状態から次に、召喚や送還へと儀式が移行するのだが・・・アニスはこの状態で儀式を留める。
なぜならば・・・
『こ、これは・・・』
イセカイザーのエネルギーが限界を超えて増え続けた。
そう・・・繋がったのは「イセカインが召喚された時の地球」
勇者達を応援する人々の勇気が最も高まったあの時、あの瞬間の地球だ。
『深界王・・・アンタ言ったわよね、ここはあの世界とは違うのだって・・・それって・・・』
アニスがまっすぐに深界王を見据える・・・そこに恐れはない。
彼女も受け取っているのだ・・・世界の壁を越えて伝わってくる勇気のエネルギーを。
『イセカインの世界なら勇気の力が勝るって事でしょ!』
パリン、と音を立てて魔術障壁が砕け散った。
しかしここまで酷使してきたせいか、それとも強すぎるエネルギーに耐えられなかったのか・・・カイザーブレードもまた亀裂が走り、その刀身が半ば程で折れてしまった。
『!』
『まだよイセカイン!剣がないなら拳で!なんなら口で噛みついてでも倒すわよ!』
魔術障壁を突破したイセカイザーが深界王に迫る・・・今が千載一遇のチャンスだ。
有言実行とばかりにアニスは拳に炎を纏わせた・・・その時。
イセカイザー目掛けて、風を切って飛来する物体・・・それは黒い炎を纏った一本の・・・
『これを使え!』
アーヴェルの乗ったイフリータスがその魔剣を投げたのだ。
その腕で最後の一枚となった魔力増幅の円盤が砕け散る・・・魔力は全て黒炎に注ぎ込んだ。
イセカイザーがしっかりと柄を掴む・・・初めて手にした武器だがそのサイズは問題なくその手に馴染んだ。
『使わせてもらうぞ、アーヴェル』
『やつの身体のどこかに魔王陛下が取り込まれているはずだ・・・お前ならわかるはず・・・』
『・・・!』
深界王は魔王を核として取り込んでいた・・・それならその核が弱点になる。
イセカインがセンサーでスキャンすると、深界王の胸・・・人間で言う心臓の位置に人間サイズの反応があった。
『ふ・・・この俺が勇者を当てにするとはな・・・だが陛下を・・・頼んだ・・・ぞ・・・』
魔力切れで停止するイフリータスの中で、アーヴェルもまた意識を失いつつあった。
彼の主・・・魔王は決して強くなかった、むしろ歴代魔王の中で最弱と呼ばれていた。
本来強者を愛する彼とは相入れないはずの存在だ。
しかし、そんな最弱の魔王だけが誰よりも先に気付いていた・・・魔導騎兵の持つ可能性に。
(アーヴェル、余に魔導騎兵を作ってくれぬか?)
(魔王陛下にはあんな物は必要ないのでは・・・)
当時まだ色物ゴーレムという扱いだった魔導騎兵に、なぜか魔王は興味を持った。
権力者にありがちな、ほんの暇つぶし、気まぐれだろうと思っていた・・・だが違った。
(陛下おやめください、それはまだ試作中で、万一お怪我をなされては・・・)
(やはりこれは面白いな、アーヴェル・・・だが見た目がまだまだぞ)
魔王の好みを取り入れた結果、騎士甲冑のような見た目に落ち着いた、色も漆黒に塗られた。
こうして生まれたのが魔導騎兵、その完成型第1号たるコロッサスだった。
魔王は迷うことなく最前線に投入、ここからアーヴェルの快進撃が始まったのである。
・・・だがその直後から、魔王は病に臥せって人前に姿を現さなくなった。
今思えば、深界王に取り込まれていたのであろう・・・あるいはもっと以前から、その支配に抗っていたのかも知れない。
「陛下・・・俺はまだ・・・」
魔王専用の魔導騎兵・・・それは並みの機体であってはならない。
薄れゆく視界の中でイセカイザー・・・深界王へ斬りかかろうとする勇者の姿が見えた。
あれを魔王好みの漆黒に塗ったなら・・・なかなか悪くない。
今度、あれを参考に合体機構を検討しよう・・・そんな事を考えながら、彼の意識は闇に落ちていった。
黒炎を纏った剣を手にイセカイザーが翔ける。
異世界と地球・・・二つの世界の勇気を受けて、その全身は黄金の輝きを放っていた。
『させぬ・・・させぬぞ』
深界王は強大な両手で、左右からイセカイザーを包み込むように挟みこむ。
次の瞬間、指の間から幾条もの光が迸り・・・その両手が吹き飛んだ。
全身を黄金に染めたイセカイザーは黒炎の剣を両手に構え、深界王の胸部へとまっすぐに突っ込んでいく。
『我らの理想郷はすぐそこにあるのだ・・・すぐそこに・・・』
『お前たちの理想郷など存在しないっ!』
最後の抵抗とばかりに再び魔術障壁を張る深界王だが、イセカイザーの勢いは止まらない。
今度は紙のようにあっさりと障壁を突き抜け、イセカイザーの魔剣が深界王の胸に突き刺さった。
だがイセカイザーは止まる事なく、その身体ごと深界王の中へ・・・やがて反対側の背中が盛り上がっていき・・・
深界王の体内を貫通したイセカイザーが姿を現した。
その右手には未だ燃え続ける黒炎の剣・・・そして左手には不気味に蠢く肉の球体・・・深界王の核が握られている。
『アニス王女、浄化を!』
不死鳥の炎が核を包み込む・・・炎によって浄化された球体から、初老の男性が姿を現した。
「これが・・・本当の魔王・・・なの」
深界王に力を奪われたのだろうか・・・
その身体は痩せ細り、今にも死んでしまうのではないかと不安になる程だった。
「・・・まさか・・・・余が勇者に救われるとはな・・・」
目覚めた魔王が弱々しく呟いた。
その瞳に敵意はなく、どこか優しげな光を宿していた。
『まだ・・・まだ終わらぬ・・・終わるわけには・・・』
その背後で、核を失った深界王の全身がボロボロと崩れていく。
しかし深界王は最後の力を振り絞って口を開き、イセカイザーへ・・・魔王を再び取り込まんと迫った。
「深界王・・・全ては余が抱いた野心故・・・余の野心が、お前をこの地に呼び込んでしまった・・・」
魔王は迫る深界王へとゆっくり振り返った。
その表情は決して弱々しい老人のものではない・・・強い意志に溢れた、王者の顔だ。
「ならば我が手で無へと帰すが道理よ・・・魔の王たる我が力、とくと見よ!」
魔剣を覆う黒炎が一際強く燃え上がり、生き物のような形をとった。
・・・長い体に大きな翼を広げたそれは、黒き龍の姿だ。
黒龍の炎が深界王に絡みつき、その全身を焼き尽くさんと燃え上がる。
『すごい・・・これが、魔王の力』
「ふ・・・この余とて魔王、勇者の前で恥ずかしい姿は見せられぬよ」
魔王はイセカイザーの方へ振り返ると、にやりと笑った・・・まるで悪戯っぽい少年のような瞳だ。
「さて、勇者よ・・・やはり最後はお主が決めるべきじゃろう、わが黒龍を託そうぞ」
深界王の身体をあらかた焼き尽くした黒龍が魔剣へと戻った。
しかしその黒炎は未だ消える気配がなく、魔剣の上で激しく燃え盛っていた。
魔王はその炎を満足げに見上げながら、イセカイザーの手から離れた。
飛翔の魔術を使っているのか、その身体は落下することなく空中に浮かんでいる。
「技の名前は黒龍斬と名付けよう・・・さぁ叫べ勇者よ!」
その魔王の言葉を受けて、イセカイザーが魔剣を振り上げた。
『黒龍斬!』
深界王の身体を魔剣が縦に真っ二つに切り裂いた。
二分割された身体はそのまま左右に倒れながら炎となって消えていく・・・長きに渡る深界王との戦いの終焉だ。
深界王が消滅した後、不思議な揺らぎに包まれた空間となった王の間を静寂が包みこむ。
「これで、終わったのね・・・イセカイン」
『はい』
儀式によって二つの世界はまだ繋がったままだ。
後はイセカインを送還するだけで儀式は完了する。
・・・だがアニスは最後の呪文を口に出せずにいた。
「勇者よ、お前達には返し切れぬ借りを作ってしまった・・・もはや我らは人間達に手を出さぬ、この余が約束しよう」
魔王への警戒が送還しない理由と思ったのか、魔王が申し出た。
おそらくその言葉に偽りは無いのだろう、しかしアニスはなかなか口を開かない。
『アニス王女、このままでは・・・』
一度発動した儀式は中断できない・・・このまま送還しなければ、双方の世界にどんな影響が出るかわからない。
今こうしている間にも世界に歪が生まれているかも知れないのだ。
「・・・わかってる・・・わかってるわよ・・・」
アニスの胸中にこれまでの日々が・・・イセカインと共に過ごしてきた時間が蘇る。
一緒に剣を振って稽古をした。
魔術を知らないイセカインの為に苦手な勉強をした。
アーヴェルに倒された時は心臓が止まりそうな思いだった。
勇者として肩を並べられた時は何よりも誇らしかった。
そして合体をして、一緒に・・・
アニスの視界がぐにゃりと歪む・・・それは儀式のせいだろうか・・・
「やだよ・・・もっと・・・一緒にいたいよ・・・」
湖のように青いその瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
『大丈夫です、アニス王女』
「・・・イセ・・・カイン?」
泣きじゃくるアニスの頭を、イセカインの指先がそっと撫でた。
『例えどんなに離れていても心は届きます・・・この場所のように』
イセカイザーを支えた人々の心が、今輝きとなって周囲に渦巻いていた。
『貴女の心も世界の壁を越えて私に届きます・・・そして私の心も・・・だから例え世界が違っても私達は一緒です』
それが気休めなのはアニスもわかっていた。
現にアニスが儀式で繋げるまで異世界のエネルギーは届かなかったのだ。
でもその思いは確かに伝わってきた・・・だからアニスは頷いた。
『なぜなら、私達は・・・』
「勇者、だよね・・・この胸の勇気がいつでも私達を繋いでくれる・・・そうよね」
『はい・・・』
「イセカイン・・・忘れないわ、貴方の勇気はいつもこの胸に」
『アニス王女、決して忘れません・・・貴女の勇気はいつもこの胸に』
互いの勇気をその胸に・・・勇者の誓いを抱いて、アニスは最後の呪文を口にする。
「約束の時を終え 今勇者を送り出さん 勇者に永久の祝福あれ」
アニスが呪文を唱え終わるのと同時に、イセカインの姿が光に包まれた。
送還の光は思った以上に眩しく、目を開けているのがつらい程だ。
不死鳥の力の反動によってアニスの意識が失われていくのは好都合だったかも知れない。
でなければきっと・・・目が潰れるのを厭わずに最後までイセカインを見つめ続けていただろうから・・・
「ありがとう、イセカイン・・・だい・・・・・・よ・・・」
その全てを言葉に出来ないまま、アニスは意識を失った。
_________________________________
君達に最新情報を公開しよう。
イセカイン達、勇者ロボの活躍によって深界王の脅威は去った。
しかし、新たな危機がこの地球に迫る。
深界との戦いの傷も癒えぬまま、新たな戦いに駆り出される我らが勇者軍団。
襲い来る敵の名は、プレアディス7連凄団・・・その不可思議な力は物理法則を超越するのか。
絶望の嵐が吹き荒れるこの星に、世界を超えた勇気の絆が奇跡を起こす。
湾岸勇者イセカイザーMAXIMUM 勇気の絆
に
君もブレイブフォーメーションMAX!!
これが勝利の鍵だ!
『異世界の勇者アニス』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます