湾岸勇者イセカイザーMAXIMUM 勇気の絆 前編


「アニス様、起きてくださいアニス様」

「むにゃむにゃ・・・そにあ・・・まだ魔力が・・・勇者の力が・・・」


いつまでも眠りこけるアニスを起こすべく、ソニアが部屋に入ってきた。

ここはイセカイネスの街にある領主の館・・・王女アニスの住居として使われている一室だ。

ベッドの上のアニスはネグリジェ姿で、がっしりと枕にしがみついていた。


あの魔王城での戦いの後、この東大陸が人類解放の盟主たるアニスの直轄領となる事に不満を述べる者はいなかった。

とは言え、戦の混乱が冷めやらぬこの地を統治していく事は一筋縄ではいかない。

人望こそあるものの、ろくに政治を学んでいないアニスに対して現在の課題は山積みだ。

不死鳥の力で消耗した事にして眠っていたいと思うのも無理からぬ事かも知れない。


「そんなもの使ってないでしょう、早く起きないと会合に遅刻しますよ」

「かいご・・・会合?!」

「はぁ・・・お忘れですか?もう宮廷魔術師殿もお見えになっています、早く支度を・・・」

「そうだった・・・い、急がなきゃ・・・」


慌ててベッドから飛び起きたアニスのネグリジェをソニアが容赦なく剥ぎ取ると、その背後に控えた女官達が群がった。

寝癖のついた長い金髪を解かし、会合の場に相応しい正装へと着替えさせる。

まるでF1マシンのピット作業のように、女官達は各々のポジションの仕事をテキパキと行っていき・・・数分で見目麗しいお姫様が出来上がった。


「よし、気合入れて行くわよ!」

「・・・その気合が空回りしない事を祈っています」


アニスは心配そうな顔のソニアへ振り返り、にかっと無邪気な笑顔を見せた。

そこにあったのは先程までの彼女とは違う、強い意志の力を感じさせる瞳。


「大丈夫よ、だって今日は・・・」


そう・・・今日は現在抱えた諸問題を解決すべく、遠方の賢者達に知恵を借りる為の会合が行われる日なのだ。



――― 湾岸勇者イセカイザーMAXIMUM 勇気の絆 ―――



三重県某所にある研究施設。

一部の関係者にしかその存在を知られる事のない秘密のラボ・・・厳重なセキュリティで守られたその敷地に、自転車に乗った小学生の少年が入って行く。


「こんにちわー!」


場違いな程に明るく元気なその声に、強面の警備員の表情が綻ぶ。

少年の名はカケル。

そしてここは彼が所属する伊勢湾警備隊のロボット研究所だった。

駐車場の端に自転車を停めると、通い慣れた感で迷うことなく施設内を進んでいく。

目的の部屋に着いたカケルが腕のブレスレットをかざすと、認証が行われ・・・ドアがすうっと開いた。


「迅雷博士、こんにちわ」

「うむ、こんにちわ・・・カケル隊長はいつも元気でよろしい」


カケルの元気な挨拶に博士と呼ばれた老人が頷いて答える。

迅雷博士はロボット工学の第一人者で、イセカイン達を開発した生みの親とも言うべき存在だ。

その彼の元をカケルが訪ねて来た理由は1つ。


「イセカインの調子はどうですか?」

「せっかく来たのじゃから本人に聞いてみると良い」


そう言って博士がコンソールを叩くと、壁面にある大きなモニターにイセカインの姿が浮かび上がった。

しかしモニター上のイセカインに手足はなく、胴体も装甲が外され内部構造がむき出しの状態だ。


「イセカイン!」


それでもカケルの声に反応してイセカインの表情が動いた。


『カケル、会いに来てくれたのか』

「うん、身体は直りそう?」

『ボディの損傷が激しかったので、身体の殆どを新しく取り替える事になりました・・・来週にはパーツが届くと聞いています』

「来週かぁ・・・」


来週と聞いてカケルの声が沈んだ・・・明らかにがっかりした様子だ。


『おや・・・カケル、来週に何かありましたか?』

「うん、修学旅行があるんだ・・・イセカインと一緒に行きたかったんだけど・・・無理そうだね」

『学校行事なのですからどの道私は行けませんよ、クラスのお友達と楽しんできてください』

「えー、もし敵が現れたら僕が一緒にいないと・・・」

『深界王は滅びましたよカケル、敵が現れる心配はないでしょう』

「そうだけど・・・」

『それでカケル達の就学旅行の行先はどちらへ?』

「鎌倉だって・・・みんな関東に行くのは初めてだって盛り上がってる」

『カケルも初めてでしょう?楽しい土産話を期待していますね』

「お土産も買ってくるよ、そうだ、鎌倉には武器屋があるんだって・・・カイザーブレードの代わりがないかなぁ」」

『はは・・・さすがにそんなに大きな武器はないのでは』

「行ってみないとわからないよ、イセカインだって鎌倉に行った事ないでしょう?」

『そうですね、ありがとうございます』


最後の戦いで折れてしまったカイザーブレードは貴重な素材が使われていて簡単に作り直せるものではないらしい。

加えて深界王を倒したという事もあって、急ぐ必要はないという判断をされていた。


「じゃあ帰ったらすぐに持ってくるから楽しみに待ってて!」


そう言って去っていくカケルを見送ると、博士はスイッチを切った。

モニターからイセカインの姿が消え、静寂が戻った研究室で博士はため息をついた。

その机の前のディスプレイ画面には、イセカインのAIに関する報告書が表示されている。


「メモリに謎の大容量データと、解析不能のエラーか・・・」


それは深界王を倒す直前には無かったデータだという。


「・・・深界王の置き土産、最後の抵抗といった所か・・・」


それがどんなデータなのかはわからないが、深界王が残した物であるなら危険なものである可能性が高い。

最後に報告書にはこう書かれていた。


――該当データの消去不能、AIの初期化が推奨される――


と・・・


窓の外を見ると、カケル少年が自転車にまたがり研究所を出ていこうとしていた。

その背中を見つめながら、博士は再び深いため息をついたのだった。





遥か遠い宇宙の彼方・・・銀河の中心とでも言うべき場所に、その7人はいた。

赤き衣を纏うは末の妹。紫を纏うは長たる姉。

虹の七色を各々の色として身に纏いし7人の姉妹達だ。


『マイア姉様、時空振動を検知しました』

『これで二度目ですね・・・震源は?』

『・・・太陽系銀河第三惑星、地球と呼ばれる星です』

『またあの星か・・・姉上、これ以上の放置は危険では?』

『ですが・・・まだ原因があの星にあるとは・・・』

『ならさっさと調べろよ、どんくさい妹が!』

『ご、ごめんなさい・・・』

『こら妹をいじめない・・・でもお姉様方、あの星が危険なのは間違いないのではないかしら?』

『地球のエネルギー・・・増え続けている・・・危険』

『そうだね・・・不確定要素は手に負えるうちに排除した方が良いと思うよ、マイア姉さん』

『そんな・・・お待ちください姉様・・・確かにあの星は危険かも知れませんが、希望かも知れないのです』

『ふふ・・・あなたは随分とあの星に肩入れするのね、何か理由があるのかしら?』

『それは・・・』

『いいでしょう・・・彼の星には試練を課します』


衣と同じ紫の光をその瞳に湛え、長姉マイアが告げる。

それは新たな運命がこの地球を中心に動き出した瞬間だった。





三重県松坂市の主要駅である伊勢中川駅に大きなリュックサックを背負った子供達が集まっていた。

カケルたちの通う中原小学校の生徒たちだ。

時刻は朝7時・・・まだ早い時間ということもあって欠伸をしている子もちらほらと見える。


「は~い、各班の班長さんは~、自分の班の子が全員いるか確認してね~」


大きな眼鏡をかけた30代の女性が、どこか間延びした声で子供たちに語り掛ける。

カケル達6-2のクラス担任の三島由紀子先生だ。


「ええっ、ミユキちゃん修学旅行のしおりを忘れたの?あらあら、困ったわ・・・」

「先生、そこのコンビニにコピー機があったから、私のしおりをコピーしてきます」

「まぁコピー機があったのね、アヤネちゃん助かるわ~」

「ったく、コピー機くらい先生が気付けよな~」


そんな男子の声に、生徒たちから笑いが起こる。

教師として、それ以前に大人としても少々頼りない感じだが・・・優しく親しみやすい性格で生徒たちから愛されていた。


「カケル、俺達の班は全員揃ってるよな」

「うん、そうだね・・・コウタと、ミツルと、ミサキちゃんと・・・」


伊勢湾警備隊の隊長という実績からか、カケルは班長をしていた。

班のメンバーは男女混合で5人。

同じサッカー部のコウタと、昆虫博士のミツル、クラス委員のミサキ、そして・・・


「カケル君、家にお弁当忘れて来たでしょ」

「え・・・あ、ホントだ・・・どうしよう」

「はい、おばさんから預かって来たわ・・・班長が忘れ物しちゃダメじゃない」

「よかったぁ・・・モニカちゃん、ありがとう」


葉山モニカ・・・カケルの隣の家に住む幼馴染の女の子だ。

カケルが満面の笑顔で弁当箱を受け取ると、モニカは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「か、カケル君の事はおばさんから頼まれてるから、仕方なくだからね!」

「相変わらずモニカちゃんは素直じゃないですね」

「あ、俺知ってる!ああいうのツンデレって言うんだぜ!ツンデレ!」

「だ、誰がツンデレよ!このバカコウタ!」

「うわツンデレがツンツンになった!逃げろ~」

「ちょっとアナタ達、おとなしくしなさい!」


恥ずかしさを誤魔化すように、コウタを追いかけまわすモニカ。

慌てて止めに入るミサキ・・・これがカケル達のいつもの光景だ。


「みんな揃ったみたいだから~、移動しますよ~」


先生に先導されて子供達がホームへ降りていく。

ホームに停車していた列車を見て、カケルは思わず声を上げた。


「イセライナー!」

『おはようございます、カケル隊長』


ホームに停まっていたのは近未来的なフォルムの特急列車・・・ブルーの車体を3本の銀色のラインが横切っている。

イセライナー・・・伊勢湾警備隊の勇者ロボとして共に戦ってきた仲間の一人だ。

これが伊勢湾沿岸を走る快速列車としての彼の普段の姿・・・カケルがその乗客となったのは今回が初めてだった。


『カケル隊長の修学旅行と聞いたので、ダイヤに割り込ませてもらいました』

「イセライナーだって!」

「すげー本物だ!」

「俺、先頭に座りたい!」

「俺も俺も!」


イセライナーと聞いて、たちまち子供たちが先頭車両に群がってきた。

運転手のいないイセライナーの先頭部分は見晴らしの良い客席となっている。

今回は修学旅行用の特別ダイヤ、つまりカケル達の小学校の貸し切り状態のようで・・・誰がその先頭座席に座るかでじゃんけん大会が始まった。


「じゃん、けん、ぽん!・・・あいこでしょっ!」


皆がじゃんけんで盛り上がる中、カケルはその喧騒からそっと離れていく。

それに気付いたモニカがカケルの元へと近付いた。


「カケル君はじゃんけんしないの?」

「うん、僕は伊勢湾警備隊で何度もイセライナーに会えるから・・・後ろの方で良いよ」

「じゃあ私も後ろで良い、一緒に座りましょ」

「モニカちゃん・・・」


カケルの手を引いて後部車両へ向かうモニカ・・・そこにもう一人、ミサキが続いた。


「なら私達も後ろに座るわよ・・・ホラうちの男子たち、来なさい!」

「えー、なんで俺たちまで・・・」

「決まってるでしょ、私達は同じ班なんだから班行動しないといけないの!」

「マジかよ・・・じゃんけん勝てそうなのに・・・」

「・・・いや、後ろも悪くないかもしれませんよコウタ君」

「ミツル?」


そう言ってミツルは指で眼鏡をくいっと持ち上げた。

その視線の先にあるのはイセライナーの最後部・・・折り返す列車の仕様上、先頭車両と同じ構造をしているのだ。

もちろんイセライナーとの会話も出来る。


「ああ、そういうことか・・・ミツルお前頭良いな」

「他の生徒が気付く前に、僕達で座っちゃいましょう」


「あいこでしょ!しょっ!しょっ!・・・」


他の生徒たちはまだ目の前のじゃんけんに夢中だ。

見晴らしの良い座席はちょうど5つ。

今のうちにと、カケル達は最後尾の席を確保するのだった。



『本当は新幹線まで直通したかったのですが・・・申し訳ありません、私がお供出来るのは名古屋までになります』

「ううん、ありがとう、充分楽しかったよ・・・ね、みんな?」

「おう、一生自慢出来るぜ」

「いやー、さすがの速さでしたね」

「すごく貴重な体験だったわ・・・忘れない」

「ありがとう、イセライナー」


イセライナーで名古屋まではあっという間だった。

ここからは新幹線に乗り換えての移動となる。


「さすがに新幹線は普通の座席かー」

「もう、贅沢言わないの!」

「でもよー、新幹線に乗ってる時間が一番長いんだぜ」

「そうだね、ちょっと退屈かも・・・」


イセライナー、それも特等席に乗った後という事もあって、新幹線の普通席はつまらなく感じられた。

カケルもじっとしているのは苦手な方だ。

微妙な空気が流れる中・・・ミツルがおもむろにリュックに手を突っ込んだ。


「せっかくですから、ゲームでもしませんか?」

「ゲーム?!やるやる!」


取り出したのはトランプのような箱・・・カードゲームだろうか。

ゲームと聞いてコウタが飛びつくが・・・クラス委員であるミサキの目が鋭く光った。


「ミツル君、ゲーム類の持ち込みは禁止されてたはずよ」

「うげ・・・別にいいじゃんよー」

「ダメだよ、先生に迷惑かけちゃう・・・」


真面目な女子から責めるような視線が注がれる中・・・ミツルは眼鏡を持ち上げる。


「ふっふっふ・・・これはゲームであってゲームではないのですよ」

「???」


首をかしげる一同をよそに、ミツルはカードを広げて見せた。

そこに描かれていたのは蝶やカブトムシといった昆虫の姿・・・そして・・・


「よく見てください、このカードには昆虫の生態や生息地、好物といった情報がふんだんに描かれています・・・言わばカードの形をした昆虫図鑑なのです!」

「おお!」

「図鑑なら・・・怒られない、かも・・・」

「・・・でも、ゲームなんでしょう?」


ミサキは尚も食い下がる。

余程厳しい家庭で育ったのか、どうしてもゲームというものに抵抗があるようだ。

だがミツルの方も一歩も引かない。


「ふ・・・内容も各昆虫に合わせた餌を用意して目当ての昆虫をゲットするというもので・・・昆虫採集のシミュレーションですよ・・・リアルな自然が失われた現代において昆虫採集を疑似体験できる・・・貴重な教材ですよこれは」

「きょ・・・教材・・・なの?」

「そう、教材です」

「きょ、教材なら仕方ないわね・・・」


そしてついにクラス委員が陥落した。


「よっしゃ、オオクワガタゲットだぜ!」

「カケル君はカブトムシを集めてるのね」

「うん、カブトムシ好きなんだ・・・モニカちゃんは蝶を集めてるんだね」

「うん・・・これとか羽根がすごく綺麗な色で・・・」

「それはヤマムラサキアゲハですね、うちに実物の標本がありますよ」

「みんな甘いわね・・・より多くの種類を集めた方が高得点なんでしょう?」

「うわ、ミサキちゃんすごいいっぱい集めてる!」

「ルールを聞いてすぐ気付いたわ、序盤は餌集めに集中した方が効率が良いのよ」

「く・・・このゲームで僕を超えるなんて・・・」


なんだかんだ言ってゲームに反対していたミサキが一番夢中になっていたのだった。


やがて新幹線は小田原駅へと到着した。

そびえ立つ小田原城の天守閣が駅からもよく見える。

ここから先は小田原城の見学をするクラスと鎌倉に向かうクラスへ分かれる。

カケルたちのクラスは鎌倉に向かう方だ、小田原城の見学は帰りの日程となっていた。


新幹線から普通列車に乗り換えて藤沢駅へ・・・ここから名物路線である江ノ電に乗って鎌倉へ向かうのだ。


「うわぁ・・・都会だ」


乗り換えの為に藤沢駅の外に出たカケルの目に飛び込んできたのは、地元とは異なる都会的な街並み。

駅前には大型デパートと全国的に有名なファーストフードやファミレス、コンビニの数々。

道路も交通量が多く、バスや自動車がとめどなく行き交っている様子が・・・下に見える。

カケル達が出てきた改札口は建物の2階部分・・・藤沢駅前は二層構造となっており、2階部分に大きな歩道が周囲の建物へと延びていた。


「みんな~、迷わず先生についてくるのよ~」


乗換案内の表示を見ながら、由紀子先生が先導していくが・・・その足取りはたどたどしい。

それもそのはずで、乗換案内が示す先はどうみてもデパートの中なのだ。

何度も立ち止まって道を確認する由紀子先生の様子は、後ろに続く生徒たちを不安にさせた。


「先生、本当にこっちでいいの?」

「うん・・・そのはず・・・なんだけど~」

「でもここデパートだよ?」

「う~・・・そうよね・・・」


不安に思いながらも意を決してデパートの中に入る・・・するとデパートの中にも案内表示があった。

江ノ電の改札は本当にデパートの中にあったのだ。


「よかったぁ・・・」


思わずへたり込みそうになりながら、由紀子先生が駅員の元に向かう。

既にホームには特徴的な緑色の電車が停車していた。

前後二両編成の短い電車だ、古めかしい外見に対して内装はいたって普通の電車に見える。


乗客はまばらで、近隣住民と思われる老人や子供連れの親子など・・・風景を撮るのかカメラを用意している人もいた。

迷惑を掛けないようにという配慮から、カケルたちのクラス全員、空いている方の車両に押し込まれた。


チーン


独自のベルの音を鳴らして電車が発車した。

これまで乗ってきた電車と違って比較的ゆっくりとした動きだ。

江ノ電は道路上や民家の隙間のような所を通りながら進んで行き、やがて海が見えてくる。

砂浜の向こうに広がる大海原・・・水面が陽光を反射してきらきらと輝くのが見えた。


「みんな~、あれが、由比ヶ浜よ~」

「わぁ海だー」

「奥にうっすら見えるの島かな?」

「えっ、島?どれ、どれ」

「うー見えないー」


海を見ようと生徒たちが片側に集まる。

ドア前の位置を巡って押し合いになる中、カケルがぶるっと小さく震えた。


「どうしたのカケル君?風邪?」

「ううん、大丈夫だよモニカちゃん」


心配するモニカに答えながらカケルは右腕に視線を落とした。

ほんの僅かだが・・・ブレスレットが反応した気がしたのだ。


(もう反応がない・・・気のせいなのかな・・・)


今はシーズンオフのため、海には人影もなく・・・波打ち際の水面の反射が眩しい。

しかし何かが引っ掛かったような気がして、カケルは遠ざかる砂浜を見つめていた。


江ノ電は由比ヶ浜からU字に方向転換して鎌倉駅へ到着する。

カケル達のクラスは鶴岡八幡宮の見学をして昼食、その後は班単位での自由行動の時間だ。

鶴岡八幡宮の手前にある大きな池の周りで、お弁当を広げるカケル達。


「食べ終わった班から自由行動だって」

「よっしゃ、さっさと食べようぜ」

「そんな慌てて食べたらお腹壊すわよ」

「でもせっかくの自由時間ですし、あちこち見て回りたいですよね」

「紫芋ソフト・・・美味しそうだったな」


鎌倉駅から鶴岡八幡宮までの大通りにも様々な土産物屋や甘味処が建ち並んでいた。

だが更に一本脇道に入れば、そういった店がもっとたくさんあるのだ。


「明日もあるんだから、そんなに慌てる事ないわよ」

「でもどこから行きます?1人ひとつずつ行きたい場所に行くんでしたよね?」


カケル達の班は「事前に各々が行きたい場所を一ヵ所決めてきて、それらを順番に回る」という方針だった。

自由時間が限られているので、なるべく無駄なく移動できる順番で回りたい所だ。


「ちょっと待って、地図を出すわ」


各々の目的地を書き込む為にミサキが地図を広げた。

しおりに描かれた簡略的なものではなく、地図帳からコピーしたものだ。

地図には既に、彼女の希望先と思われる印が一ヵ所・・・鎌倉はちみつ工房に付けられていた。


「たしか、カケルは武器屋にいくんだよな」

「うん・・・そうなんだけど・・・ごめん、やっぱり変えても良いかな」


そう言ってカケルが示した先は、由比ヶ浜だった。

さっきの感覚がどうしても気になったのだ。


「由比ヶ浜・・・ちょっと遠いわね」

「あ・・・」


由比ヶ浜は鎌倉の中心地から少々離れる。

特に由比ヶ浜まで行った後で東側の名所旧跡へ行くのは難しいだろう。


「別にたいした用じゃないし、先に皆の行きたい所を回ってからで良いよ」


自分の我儘に班のみんなを巻き込むのは良くない。

遠慮がちにそう言ったカケルだったが・・・


「私の行きたいはちみつ工房は西側だけど、みんなは?」

「カケルが行かないなら俺が武器屋に行きたい」

「・・・その武器屋ってどこにあるのよ?」


先程からコウタが何度も口にしている武器屋という不穏な響きにミサキの表情が険しくなる。

そもそも、銃刀法のあるこの日本でそんな店が成立するのだろうか・・・


「ええと、たしか大仏の近くって・・・」

「大仏の近くなら西側ね・・・土産物屋なのかしら・・・モニカちゃんは?」

「私は・・・さっきのお店の紫芋ソフトが食べたいなって・・・ミツル君は?」

「僕は駅の近くなので最後で大丈夫です」


全員の行きたい場所に印が付けられた。

幸いな事にカケルの班には、東側に行きたい者はいなかったようだ。


「なら問題ないわね、まずは由比ヶ浜に行きましょう」

「みんな・・・ありがとう」


地元の子供たちが通う学校のある大きな通りを抜けると、再び砂浜と海が見えてくる。

やはりシーズンオフの由比ヶ浜は閑散としていて人通りがなかった。

特に当てもないが、カケルは道路から砂浜へ降りていく。

見渡す限りの砂浜は慣れ親しんだ伊勢湾とは異なる趣があったが、やはり海水浴をするような季節ではない。

海からの潮風が肌寒かった。


「なぁカケル・・・夏ならともかく、こんな所に何があんだよ」

「コウタ君、この由比ヶ浜は歴史的には結構重要な場所なんですよ」

「えっそうなの?」


由比ヶ浜はかつて源頼朝が敵対した者を処刑した場所でもある。

その中には有名な静御前もいたとされる。


「でも渋いチョイスね・・・カケル君は歴史に興味があるのかしら?」

「でもなんか怖いね・・・お化けとか出てきそう・・・」

「あら、よく出るらしいわよ・・・平家の落ち武者の亡霊が・・・」

「ちょっとミサキちゃん、やめてよぅ・・・」

「・・・あ!」

「ええっ!何?!お化け?!」


突然大きな声を出したカケル。

驚いたモニカが隣のミサキにしがみついた。


「落ち着いて・・・冗談よ、お化けなんているわけ・・・」

「あ、あそこに誰かいるぞ!」

「ふぇぇ・・・やだやだ」


カケルに続いてコウタも気付いたようだ。

お化けだと思い込んだモニカはすっかりパニックに陥っている。

しかし、波打ち際に横たわったそれはお化けなどではなく・・・


「・・・外国の女の人?」

「すげえ、金髪美女だ」

「ちょっと男子、変な目で見ない!」

「でも綺麗な人・・・お姫様みたい」


横たわる女性は長い金髪と白い肌をしており、日本人には見えない。

整った美しい顔立ちはそのドレスのような衣服と相まって、お姫様を連想させた。


「でも大丈夫か?その人生きてる?」


確かに力なく横たわるその姿は死体に見えなくもなかった。

カケルが駆け寄って口元に手を添える。


「すー・・・すー・・・」


確かな息遣いをその手に感じて、カケルもほっと息を吐いた。


「大丈夫、息はしてるみたい」


しかしただ眠っているのか、気絶しているのかはわからない。

別段苦しそうな表情はしていないので大丈夫かと思うが・・・


「う、うーん・・・」


とりあえず救急車を呼ぼうとミサキがリュックを漁ったその時・・・金髪の女性が目を覚ました。


「あ、起きた」

「お姉さん、大丈夫ですか?」

「意識はしっかりしてる?」


口々に声を掛けるカケル達に向かって、女性がその薄紅色の唇を動かす。


「▽▽▽××◇◇◇☆☆」

「え・・・英語かな」

「何て言ってるかわかる?」

「ぜんぜん」

「どうしよう・・・」


言葉が通じない・・・

小学生であるカケル達に英会話など出来るはずもなく、そして彼女の発する言葉は英語でもなかった。

途方に暮れるカケル達だが、それは外国人女性の方も同じで・・・力なく項垂れている。


「そうだ、このブレスレットに翻訳機能があったはず」

「おお!」


カケルの言葉を受けて子供たちの表情が輝く。

伊勢湾警備隊隊長の証であるブレスレットには26ヶ国語の同時通訳の機能が備わっているのだ。

みんなの期待の眼差しがブレスレットに集まった。


「うーん英語・・・じゃないみたい、フランス語・・・ドイツ語・・・」


登録されている各言語を一通り試してみるが、どれも通じない。


「登録されていた26通り全部試したけど・・・通じないみたい・・・」

「ええー、いったい何語なら通じるんだよ」

「むしろそのブレスレットが故障してるとか?」

「そんなはずは・・・」


だが普通に考えたらブレスレットの故障を疑うのが自然だ。

カケルがブレスレットをいじっていると、登録言語の所に不可解なものを見つけた。


「あれ、登録言語がもうひとつある・・・でも何語か書いてないや・・・」

「もう何語でもいいから試してみようぜ」

「うん・・・どうかな?お姉さん、僕の言葉がわかりますか?」

『◇◇▽☆☆●●』


ブレスレットがカケルの言葉を翻訳する・・・すると外国人女性の表情が変わった。

今度は女性が何事か答えるその言葉をブレスレットが翻訳する。


『わかります、その言葉、わかります』

「「通じた!」」


子供達から喝采が上がった。

どこの国の言葉かはわからないが言葉が通じた事は大きい。

心なしか外国人女性の表情も明るくなった気がする・・・彼女も心細かったのだろう。


「えっと、僕の名前はカケル」

「俺はコウタ!」

「み、ミツルです!」

「ちょっと男子、そんな次々に喋ったらお姉さんも困るでしょ!・・・私はミサキです、でこっちが・・・」

「・・・モニカです」


そう名乗ったモニカは少し不機嫌そうだった。

しかし、外国人女性は気にした様子もなく穏やかな笑顔で名乗った。


『私の名前は、アニスです』

「アニスお姉さんだね、よろしく」

『はい、よろしくお願いします』


カケルが差し出した手をアニスと名乗った女性はしっかり握り返した。

その動作には無駄がなく、上品さが感じられた。


「・・・!」

「も、モニカちゃん?大丈夫?」


そんな二人の背後で、思わぬ恋敵の登場にモニカはぷるぷると震えていた。

そんな彼女の様子に気付くことなく、男子達は盛り上がりを見せる。


「お姉さんはやっぱり観光でここに来たんですか?」

『え・・・ええと・・・』

「コウタ君、当り前じゃないですか、この鎌倉は外国人に人気なんですよ」

「そう言えば、たしかに外国の人を多く見かけたかも・・・」


先程の鶴岡八幡宮で着物を着て盛り上がっている外国人を見かけたのをカケルは思い出した。

特に意識していなかったが、他にも外国人観光客がちらほらと居たような気がする。

歴史を感じさせる建築物の多い鎌倉は外国人に人気があるそうだ。


「でも、アニスお姉さんはなんでこの由比ヶ浜に・・・」

『それが・・・その・・・』

「アレじゃないか?さっきミツルが歴史がどうのって言ってたやつ」

「お姉さんは日本史に興味があるんですか?」


子供たちの純粋な視線が集まる中、アニスは困ったような顔をして・・・小さく呟いた。


『・・・わからないんです』

「え?」

『何も覚えていないんです、私がなぜここに居るのかも、昔の事も、何もかも・・・』

「「記憶喪失?!」」


子供たちの声が綺麗にハモった。

記憶喪失・・・それが本当なら大変な事態だが・・・

「記憶喪失」というその言葉の響きは、子供たちの好奇心をいたく刺激してしまったようで・・・


「すげー!漫画みたいだ!」

「どこかで頭を打ったパターンでしょうか・・・頭、痛みますか?」

『・・・いえ』

「言葉も通じない国で記憶喪失なんてかわいそうだよ、なんとか僕達に出来る事ないかな?」

「そうは言っても、私達なんかに出来る事なんて・・・」


普通に考えれば誰か大人に任せるのが正解だろう。

由紀子先生か地元の警察に相談すべきだ・・・そうミサキが言いかけたその時・・・


「言葉が・・・通じない・・・あ」

「どうしたのモニカちゃん?」


何かに気付いたような様子のモニカに皆の注目が集まった。


「一緒に来た家族がいるかもしれないし、言葉が通じる人を探せば良いんじゃないかな?」

「「それだ!」」


降ってわいた名案に飛びつく子供達。

もうこれ以外に方法はないという雰囲気が出来上がっている。


「すごいよモニカちゃん!」

「べ、別にそんなたいしたことじゃないからっ!」


思わずモニカの手を取って喜ぶカケルだが、モニカは顔を真っ赤にしてその手を振り払うのだった。


「そうと決まれば外国人見つけ次第、声を掛けようぜ!」

「ちゃんと失礼のないように話しかけないとダメよ」

「でも・・・この近くには見当たらないですね・・・外国人というか僕ら以外の人間が・・・」


特に視界を遮る物もなく見通しの良い由比ヶ浜だが・・・前後左右見渡す限り無人だった。

とりあえずは場所を変えた方が良さそうだ。


「でもどこに行けば外国人が多いんだろう?」

「やっぱりもっと観光地らしい所にいるんじゃないかしら」

「この近くなら、やっぱり大仏じゃないですか?」


というわけで、鎌倉の名物である大仏へと向かう事になった。

通りすがりに出会った外国人へ、翻訳機を使って声を掛けて回るのだ。

有名なだけあって、たしかに外国人観光客をよく見かけるが、なかなかアニスの言葉が通じる人間に出会えない。


「うーん・・・」

「・・・なかなかいないね」

『なんか私の為に・・・ごめんなさい』


肩を落とす子供達に、アニスも申し訳ない気持ちになる。

その表情はとても儚げで、カケルが目を離すと幻のように消えてしまいそうに感じられた。


「アニスお姉さんは気にしないでください、これは僕達が勝手にやってる事だし、それに困っている人を・・・」

「困ってる人を助けるのは勇者の基本、だったよね?カケル君」


カケルの言葉に先回りしたのはモニカだ。

彼女もこれまでに何度か深界凄命体が引き起こした事件に巻き込まれている。

そして、その度にイセカイン達勇者ロボから大切な事を学んできた一人でもあるのだ。

目の前で困っている人がいるのなら放ってはおけない・・・例えそれが恋敵であっても。


『勇・・・者・・・?』


どこか聞き覚えのあるその言葉に、アニスの顔がぴくりと反応した。

しかし、勇者について質問しようと彼女が口を開いたその時・・・


「あ!コウタ君、一人で先に行かないでくださいよ!」

「おい!武器屋ってここじゃないか?」

「あ・・・そうか大仏の近くにあるんだっけ・・・」


大仏のある高徳院の目と鼻の先に、その土産物屋はあった。

外観こそただの土産物屋だが、一歩店内に入れば日本刀はもちろん手裏剣、槍、斧、果てはサイにモーニングスター。

洋の東西を問わず多種多様な武器が所狭しと並べられたその様相は、まさに武器屋。

もちろん全てレプリカだが、どれも玩具の域を超えた代物だ。


「ちょっとコウタ君、今は遊んでる場合じゃ・・・」

「別に良いだろ・・・店の中にも外国人いっぱいいるしさ」


確かに店内には外国人客の姿が何人か見えた。

各種名刀のレプリカは外国人観光客の受けも良いようだ。


「もう・・・しょうがないわね、10分だけよ」


コウタ以外の男子たちも目をキラキラさせているのを見せられ、ミサキも渋々店内へと入った。

それに、元々ここには立ち寄る予定だ。


「見てください、聖剣エクスカリバーがありますよ!」

「すげー!なぁなぁ、これ触っても良い?」

「ふぉふぉ・・・重たいから気をつけるんじゃぞ」


優しそうなお土産屋のお爺さんは子供たちの要望に快く応えてくれるらしい。

壁に掛けられた鞘に入った西洋風の長剣を持たせてくれるが・・・


「重っ・・・すごく重いですよこれ」

「ははっ、ミツルはひ弱だからな・・・って重っ!」

「ほらー、コウタ君が持っても重いでしょう?」

「ふぉふぉ・・・刃は潰れておるが、本物と同じ重さじゃからのう」

「くぅ・・・なん、の・・・」

「ちょっとやめなさいよ、落としたら大変よ」


それでもなんとか重さに耐えながら剣を鞘から抜こうとするコウタだが、その手付きは見ていてとても危なっかしい。

そして案の定、剣を引き抜いた拍子にバランスを崩して・・・


「うわ・・・と、とっ・・・」

『・・・危ない』

「え・・・」


その瞬間・・・子供達が絶句した。

コウタが取り落とした剣を、とっさにアニスが掴んだのだ。

そしてそのまま剣を一振りすると、鞘へと綺麗に納める。

それはまるで何度も繰り返してきたかのような、手慣れた手付きだった。


「お、お姉さんすげー!」

『え・・・あれ・・・私・・・』


どうやら本人も無意識にやっていたようで、アニスは目をぱちくりさせていた。


「すごいやアニスお姉さん!剣道とかやってたの?」

『ごめんなさい・・・まだ思い出せなくて・・・』

「でもでも、剣を振れば何か思い出すかもですよ」

『え・・・』


言われるがままに剣を振ってみるアニスだが、やはり意識すると上手く振れなかった。

もちろんそれで何かを思い出す気配もない。


『うーん・・・思い出せません』

「ダメかぁ・・・」

「お店に迷惑だから、この辺にしときましょう」


さすがに店の武器を買えるほどのお金は持っていなかったので、全員でキーホルダーを買う事にした。

手頃な価格だった十字手裏剣の付いたキーホルダーを、アニスの分も合わせて6つ・・・


『え・・・貰って良いんですか?』

「うん、友達の証・・・ってわけじゃないけど受け取ってよ」

『・・・ありがとう』


アニスは受け取ったキーホルダーを大切そうに胸に抱いた。

女神のようなその笑顔に男子たち三人の顔が赤くなる。


「む・・・わ、私達全員からのプレゼントなんだからね!」

『はい、ありがとうモニカさん』

「くぅ・・・」


もちろんモニカにも変わらない笑顔を向けて来る。

その魅力を前に悔しさに震えるモニカだった。


「せっかくここまで来たんだから一緒に大仏も見て行きましょう」


実際に目にした大仏の姿は、子供の目線という事もあって圧倒的な巨大さに感じられた。

カケルもよく知るイセカインよりも一回りは大きいだろうか・・・

そんな事を考えていると、大仏の周りを一周してきたコウタが興奮した様子で皆を呼び集めていた。


「おい皆見ろよ!この大仏、中に入れるんだって!」


・・・大きな大仏の台座の脇に、出入り口のゲートのようなものがあった。

見上げると大仏の背中の一部が窓のように開いている・・・どうやらあそこまで登れるようだ。


「せっかくだから入ってみようよ、ほらアニスお姉さんも」

「ちょっと、カケル君?!」


アニスの手を引いて大仏の中に入って行くカケルを恨めしそうに見つめながら、モニカが後に続く。

内側から見る大仏は、幾層もの筋が水平に走っており、材料の青銅が流し込まれた跡だとはっきりわかる。

後の時代から設置されたと思しき階段を上ると、大仏の背中の窓から外の風景が見えた。


『あ・・・』

「アニスお姉さん?どうしたの?」


窓の前で固まったように立ち尽くすアニスを心配してカケル達が集まって来る。

アニスはその風景・・・と言うよりも、その高さから見下ろす感覚に既視感を覚えたのだ。

しかしこの感覚をカケル達に何と説明すればいいのか・・・

アニスがなんとか説明する言葉を探していたその時・・・それは現れた。


「カケル君!あ、あれ・・・」


振るえる指でモニカが指示した先・・・それは遥か上空から巨大な物体が降りて来る所だった。

それは真っ赤な色をした球体のような金属の塊に見えるが、ゆっくりと高度を下げると高さ20メートルほどの位置で静止した。

見た所、綺麗な球体で推進装置のようなものは見えないが、しっかりと空中に浮かんでいる。


「まさか・・・深界凄命体?!」


明らかに人間の手で作られたとは思えない巨大な物体。

それが意味するものと言えば、カケル達が真っ先に思い浮かべるのは深界凄命体だ。


「でもよ、深界の親玉はもう倒されたって話だろ・・・」

「そ、そうだけど・・・」


そう・・・伊勢湾警備隊の活躍によって首領たる深界王は倒され、深界凄命体は滅びたはずなのだ。

だとしたら今目の前に見えるこの球体は何だと言うのか・・・

しかし、その疑問に答えられる者など、この地球上には居なかった。


「なんか・・・こっちに近付いて来てないか?」


言われてみれば、心なしか球体が大きくなったように見える。

だが大きくなっているのではない、接近しているのだ。


「カケル君、早く伊勢湾警備隊を呼んでください!」

「でも、ここは伊勢湾じゃないわよ?!」


ここは伊勢湾から遠く離れた神奈川県だ。

今から助けを呼んでも間に合うとは思えない。

しかし、だからと言って何もしないわけにはいかない、カケルはブレスレットの通信機を起動した。


展開した画面に指令室が表示される・・・そこには長官や博士といった御馴染みの面々が勢ぞろいしていた。

そして指令室のモニターには、画面を覘きこむカケルの顔がアップで写し出されていた。


「おお無事だったか、カケル隊長」

「長官、鎌倉の上空に謎の球体が・・・」

「ああ、こちらでも確認したところだ・・・せっかくの修学旅行中にとんだ災難だったな」


カケルの姿を見て指令室の面々がほっと胸を撫で下ろした。

どうやら例の球体についても把握しているらしい。


「皆をこっちに向かわせることは出来ますか?」

「ああ、もちろんだとも・・・と言いたい所だが・・・」


そこで長官は言葉を濁らせた。

やはり距離が遠くて間に合わないのか、それともまだ勇者達の修理が終わっていないのかも知れない。

カケルが不安そうな表情を見せたその時・・・長官は悪戯っぽい表情で言葉を続けた。


「・・・どうやら、その必要はないかも知れないぞ?」

「え・・・」


カケルが疑問符を浮かべた次の瞬間・・・


『モードチェンジ!』


・・・その声が由比ヶ浜に轟いた。


「あれは・・・」


伊勢湾ならぬ相模湾・・・その洋上に立つ巨大な雄姿。

グレーのボディ、その両肩の白い星のマークが彼の愛する祖国を表している。

最新鋭の火器をその全身に搭載したUSA海軍が誇る勇者ロボ、その名は・・・


『ゴッドフリード!』


変形を完了して名乗りを上げるゴッドフリード・・・そのイージスシステムが赤い球体をロックした。

両腕から発射された対空ミサイルが鮮やかな軌道を描き、目標に突き刺さる。

赤い球体に命中したミサイルは、直撃の運動エネルギーによって大きくへしゃげると同時に爆発・・・しなかった。


『何?!』


折れ曲がった鉄パイプのようにへしゃげたミサイルは、爆発することなくそのまま重力に従って落下した。

今はシーズンオフで誰もいない事が幸いした・・・由比ヶ浜に落下したミサイルによって砂煙が上がっていく・・・


そして赤い球体の方は、傷一つ付くことなく空中に浮かんでいた。

反撃を警戒して身構えるゴッドフリードだが、特に反応らしい反応はなく・・・

球体は依然としてゆっくりした速度で、カケル達のいる大仏殿の方へ近付いている。


『カケル、あれは何ですか?』

「あれはゴッドフリード、アメリカの勇者ロボさ!」

『勇者、ロボ・・・勇者・・・うっ・・・』


アニスは頭を押さえて蹲った・・・

知らないはずの「勇者」という言葉が妙に胸をざわつかせる。

それはきっと重要な・・・何かを思い出せそうな感覚が、立ちくらみとなって彼女の身を襲ったのだ。


「お姉さん、大丈夫?!」

『あ・・・はい、ちょっと目眩がしただけです』


何かを掴みかけたアニスだったが、その声に現実に引き戻されてしまった。

目の前には心配そうに様子を伺うカケルの顔と、その後ろに子供達の姿が見えた。

皆逃げる事も忘れて、アニスを心配しているのだ。


(私がしっかりしないと・・・)


自分が子供達の足手纏いになるわけにはいかない。

アニスはしっかりと立ちあがると、カケルの頭を撫でた。


『心配かけてごめんなさい・・・もう大丈夫よ』

「わわ、く、くすぐったいよ・・・」

「むー」


カケルは嫌がるような素振りを見せつつも、撫でられるに任せていた。

・・・こうしていると、なぜだか少し勇気が湧いてくるような気がした。


「カケル君、私たちも早く逃げましょう!」

「そ、そうだね・・・アニスお姉さん、歩けそう?」

『ええ、もう大丈夫よ』


不機嫌になったモニカがアニスから引き離すようにカケルを引っ張っていく。

そんな二人の姿に微笑みを浮かべながら、アニスが後に続いた。


外ではもう皆避難した後のようで、カケル達以外の人影はなくなっていた。

大仏殿を出たカケル達は海とは逆方向へ、長い坂道を登っていく。

坂道を駆け上っていくと、運動が苦手なミツルが真っ先に音を上げた。


「はぁ・・・はぁ・・・この坂道、ちょっとキツ過ぎませんか・・・」

「早く来いよミツル、置いてっちまうぞ」

「で、でも・・・もう無理・・・」


そう言っている間にもどんどん差が広がっていく。

さすがに本当に置いて行くわけにもいかず、立ち止まって待つカケル達だったが・・・ミツルは力尽きてへたり込んでしまった。


「もう、しょうがないなぁ・・・カケル、俺達でミツルを担いでいこう」

「うん・・・ってあれ・・・アニスお姉さん?」


二人でミツルを運ぼうと引き返そうとした時。

カケル達と同じペースで坂道を上っていたはずのアニスの姿が消えていた事に気付いた。


「はぁ・・・もう歩けない・・・みんなは先に・・・」

「××○△△△」

「え・・・うわっ!」


掛けられた声の、謎の外国語の意味も分からないまま・・・ミツルはアニスにひょいと担ぎ上げられていた。


「お、お姉さん!」

「◇◇●△△××」


ミツルを担いだまま坂道を上ってくアニス。

翻訳機を持つカケルと離れているために何を言っているかわからないが、ミツルを安心させようとしているようだ。

子供とはいえ、人ひとり担いでいる割にはその息が切れる様子もなかった。


「あ、ミツル!」

「アニスお姉さん、すごい」


しばらくするとカケル達の姿が見えてきた。

カケルに近付いたので再び翻訳機が機能し始める。


『ミツルは歩けないようなのでこのまま私が運びます、先を急ぎましょう』

「・・・」


そう言って先頭を歩きだすアニスだったが、子供達の視線が嫌が応にもミツルに集まった。

お姫様のようなアニスに米俵のように担がれたその姿は何ともシュールだ。


「や、もう大丈夫です!ほら、この先は下り坂みたいですし!」

『本当に大丈夫?』

「はい!もう元気いっぱいですから!」


・・・さすがに情けない姿をまじまじと見られ続けるのには耐えられないミツルだった。

ミツルの言った通り、坂道はそこから下り坂になっていた。

後方からは戦闘の音が聞こえてくる・・・思ったよりもゴッドフリードは苦戦しているようだ。

ここでミサキが地図を広げて現在位置を確認した。


「この先を右に行けば、鎌倉駅に出られるみたいね・・・山の影になるから戦いに巻き込まれる心配もないと思うわ」


それを聞いてようやく一息ついたとばかりに、皆ほっと息を吐いた。

下り坂をゆっくりと降りていく・・・ここまで来れば大丈夫だろう。


「クラスの皆は大丈夫かな・・・」

「俺達よりもずっと前に避難してるだろうから大丈夫さ」

「うん、あの変なのもゴッドフリードが倒してくれるだろうしね」

『カケル、あのゴッドフリードというのは何なのですか?それに勇者というのは・・・』

「そうか・・・お姉さんは知らないんだよね・・・」

「じゃあ、これから順に説明するよ」


それから鎌倉駅までの道すがら、カケル達は話をした。

深界凄命体という恐ろしい敵の事、そしてそれと戦う勇者たちの事を・・・


『イセ・・・カイン・・・』


その話の中で何度も出て来るその名前を聞く度に。

アニスは胸が締め付けられるような、それでいて心が暖かくなるような不思議な気分を感じていた。




『ファランクスも対艦ミサイルも通用しない・・・か・・・』


目の前に浮かぶ赤い球体は、一切の攻撃行動を取ることなくゴッドフリードの攻撃を耐え続けていた。

その行動からゴッドフリードはこの深界凄命体を「防御に特化した形態」を取っているものだと判断していた。

攻撃目標到達時に攻撃形態へ変形をするのか、あるいは新手が来るまでの時間稼ぎの可能性もある。

そうなる前になんとかして、この硬い防御を崩す必要があるだろう。


『所詮は深界の残党と侮っていたようだ・・・お前を強敵と認めよう』


そう言うとゴッドフリードは通信回線を開き、USA海軍司令部に送信した。

・・・「新兵器」の使用許可の申請を。

程なくして許可は下りるだろう・・・ゴッドフリードはエネルギーの収束を開始した。



「長官、USA司令部から入電、鎌倉に出現した深界凄命体に対して超出力兵器の使用許可を求められています」

「超出力兵器だと?!」


伊勢湾警備隊の指令室のモニターに、ゴッドフリードのものと思われるデータが表示された。

それが示す数値の意味を唯一察した博士の表情が変わる。


「なるほどのぅ・・・USAは凄まじいものを作ったようじゃ」

「博士、その兵器を使った場合の鎌倉市への影響は?」

「・・・もしも誤射でもしようものなら、市が丸ごと吹き飛ぶじゃろうな」

「!!」

「じゃが、幸いな事に相手は空を飛んでいる、それにゴッドフリードは・・・」


その時の惨状を思い浮かべたのか博士は冷や汗を垂らしつつも、不敵な笑みを長官に向けた。

長官も一瞬でその意味を察する。


「ああ、彼は何度も共に戦った勇者だ、信頼できる・・・超出力兵器の使用を承認する!」

「了解、USAに送信します・・・超出力兵器、使用承認!」


その許可が下りた事は、すぐにゴッドフリードへと伝わった。


『最終セーフティー、解除!』


ゴッドフリードの胸部装甲が真ん中から開き、その動力部が剥き出しになる。

その炉心ではゴッドフリードの全エネルギーが一点に集まっていた。

深界王との最終決戦の後、大規模な修理と共に彼に搭載されたUSAの新兵器が発射体勢となっていた。


『高収束パルスレーザー砲、発射!』


一瞬の閃光。


その光源たる動力部が肉眼で見る事が不可能な光度を放つ。

・・・そして次の瞬間には、結果がはっきりと出ていた。



空中に浮かんだ赤い球体・・・その中央に大きく穴が開いていた。

ぽっかり開いた穴の向こうには雲一つない青空が・・・いや、雲すらもその射線上を中心に吹き飛んでいた。

赤い球体・・・だったものは、まるでパズルが崩れたかのように凹凸を持った破片に分かれて崩壊していく・・・

赤く降り注ぐその破片が由比ヶ浜を真っ赤に染めていく・・・その姿はかつてここを染めたという平家の血を思わせた。


『任務完了・・・帰投する』


真っ赤に染まった浜辺を背に、ゴッドフリードはイージス艦の姿に変形した。

元々別件で日本に立ち寄った彼は、横須賀で補給を受けた後にUSAハワイ基地へと帰投する予定だったのだ。


『退屈な輸送任務かと思っていたが・・・思わぬ手柄を立てられたようだ』


呟いたその声はどこか満足げな響きだ。

敵を倒し戦功を上げる事を至上とするゴッドフリードだが、今はそれ以上の何かを感じているようだった。


『これで借りは返したぞ・・・イセカイン』


そして、イージス艦は横須賀へと入港していった。

日本製の燃料をたっぷりと補給していくのだろう・・・母国のものには多少劣るが、決して嫌いではなかった。



避難命令が解除され、鎌倉の街はまるで何もなかったかのように賑わいを取り戻していた。

中には逃げなかった命知らずな観光客もいたらしく、彼らの撮影したゴッドフリードの写真が密かに出回ったという。


カケル達はあの後、山の中の道を抜けて無事に鎌倉駅まで辿り着いていた。

駅周辺はカケル達が最初に来た時間と変わらぬ賑わいを見せている。


「結局、たいした被害はなさそうね」

「当たり前だよな、あのゴッドフリードが負けるわけないだろ」

「うん・・・」


(でも、一言お礼を言いたかったな・・・)


残念ながらゴッドフリードは去っていった後だ。

赤い破片の散らばる由比ヶ浜は地元警察によって立ち入り禁止となり、警戒態勢が敷かれているようだ。


「それより私達にとって問題なのは、もうすぐ自由時間が終わってしまう事よ」

「あ・・・」


気付くとあと30分ほどで集合時間だった。

駅付近にはもう集合に備えて待機していると思しき班の姿も見られる。

今からどこかに行ってくるのは難しいかも知れない。


「自由時間は明日もあるんだし、そんなに慌てなくても・・・」

「アニスさんをどうするつもりよ?」


そのミサキの言葉を受けて、カケル達の視線がアニスに集まった。

集合の後は旅館への移動だ。

自由に動ける時間がないわけでもないだろうが、アニスはここに置いていくしかないだろう。


「どうしましょう・・・記憶もまだ戻ってないんですよね?」


彼らの様子からなんとなく事情を察したのだろう。

ミツルの問いにアニスは寂しげな表情で頷いた。


「そう言えば、お財布も持ってなかったような・・・」

「言葉だってその翻訳機がないと通じないのよね・・・」


悲痛な表情を浮かべながら女子たちが口にする。

考えれば考える程、今のアニスは絶望的な状況だ。


「なぁ、こっそり旅館に入れてやる事って出来ないか?」

「そうですよ!たしか部屋は班ごとに分かれてるんですよね」

「ダメよ!もしバレたら大変なことになるわ、旅館のセキュリティだって・・・!!」


ミサキはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

不意に背後から肩に手を置かれたからだ。

カケル達も凍り付いたような表情でその背後を見ている。


「あら~先生に秘密で悪だくみ~?何がバレたら困るのかしら~?」


集合時間に備えて早めに来ているのは生徒達だけではないのだ。

生徒の不穏な発言を聞きつけて来た由紀子先生は、不自然な程に笑顔を崩すことなく、ゆっくりとカケル達を見回し・・・アニスを二度見した。


「ええと~この外国の方は・・・カケル君達のお友達?伊勢湾警備隊の関係者かしら?」

「ええと、それが・・・」


生徒達の中に混ざった金髪美少女を訝しむ由紀子先生に、おずおずとカケルが説明を始める。

その説明を聞くにつれ・・・由紀子先生の表情が崩れていった。


「偉いわみんな!貴重な自由時間を人助けに奔走するなんて・・・さすがはカケル君の班ね」

「せ、先生?!」

『・・・カケル、この人は?』

「アニスさん!遠い異国で何もわからず・・・さぞ心細かったでしょう!」

『え・・・その・・・』


由紀子先生はひどく感動した様子でアニスの手を握り締めてきた。

アニスはどう対応して良いのかわからず、救いを求める目でカケルを見つめてきた。


「先生!アニスお姉さんはお金も行く所もないんだって」

「なら一緒に旅館に来ると良いわ・・・インフルでお休みした子がいたから、その分で泊まる事が出来るはず」

「「やったあ!」」

「よかったね、お姉さん」

『あ、はい』


アニスはまだ状況がよくわかっていないようだったが、嬉しそうにはしゃぐ子供達を見て笑顔を浮かべた。


「じゃあ先生、アニスさんはうちの班に入れて良いですか?」

「ええ、みんなお願いね」

「じゃあ修学旅行の間は、ずっとアニスお姉さんと一緒にいられるね」

「ふふっ、これは楽しい修学旅行になりそうです」

『あの、先生・・・さん?ありがとうございます』

「でも・・・」


由紀子先生にお礼を言って頭を下げるアニス・・・しかしそこで由紀子先生は真面目な顔になった。


「これはあくまでも修学旅行の間だけの話よ、さすがにアニスさんを三重県まで連れて帰るわけにはいかないのは、皆わかるわね?」

「「・・・はい」」

「もしもその間にアニスさんの記憶が戻らなかったり、ご家族が見付からなかったら・・・きっぱり諦めてアニスさんはここに置いて行く事になるから、それだけは忘れないように」

「・・・」


冷たいようだが、自分達に出来る事は限られているのだ。

後になってグダグダしないように、由紀子先生はここではっきりと伝える必要があった。


「それじゃあアニスさん・・・」

『は、はい』

「私達がこっちに居る間は~家族だと思って遠慮なく頼ってくださいね~」


再びアニスの手を握った由紀子先生はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

たしかに出来る事は限られている・・・だから出来る範囲で助けたい、それが彼女の思いだった。


「は~い、みんな~、集合時間ですよ~、各班の子は全員揃ってるかしら?」


由紀子先生を先頭にして旅館へと歩く・・・その間、カケル達と一緒に歩く見慣れない外国人のお姉さんに、クラスの子供達の注目が集まったのは言うまでもない。

旅館に到着するなり質問攻めにあうカケル達だったが、皆アニスの境遇を知ると快く応援してくれた。


旅館の大浴場は屋内と露天風呂の二つの湯を楽しめるようになっていた。


「よっし、競争しようぜ!」


巨大な浴槽はまるでプールのようで、男子達は我先にと泳いでいく。

バシャバシャとバタ足の音が浴場に響く中、女湯の方はアニスの身体に注目が集まっていた。

身体が細い、肌が白い、足が長い、金髪が綺麗と人気の的だ。


「外国の人は身体の作りが違うって聞いたけど・・・本当みたいね」

「むー・・・」


クラスの女子がアニスに集まってくる中、ミサキとモニカは少し離れた露天風呂に浸かっていた。

先程から二人の方へとアニスが助けを求める視線を感じるが、ここには翻訳機がないのでどうしようもない。

女湯の屋内風呂には薔薇の花びらが浮かんでいて、そこに金髪美少女のアニスが入るとまるで別の世界のようだ。


「・・・やっぱりカケル君はああいう人が良いのかな・・・」

「さぁ、どうかしらね・・・」


モニカは身体に巻いたバスタオルを外そうとしない。

アニスの体形と比べて、自分のそれが恥ずかしくなったのかも知れない。


「むー、私が勝てる所が何一つないよ・・・」

「そうでもないんじゃない?」


そう言いながら、ミサキの視線がアニスの胸を捉える。

皆気にしていなかったが、その膨らみは小学生の彼女達と同レベルだった。

その視線をモニカの方に戻す・・・バスタオルに隠れてよくわからないが、むしろモニカの方が大きいような気がする。


「えーそうかなー」

「カケル君の好み次第なんじゃない?」

「普通に綺麗な人が好きだと思うけどな・・・」


残念ながらモニカ本人は気付いていないらしい。

今はともかく、数年後に大きな差になるのではないか・・・と冷静に分析するミサキだった。


「あ、流れ星!」


不意にモニカが声を上げた。

その声につられてミサキも夜空を見上げる・・・三重と比べて鎌倉の空は都心に近いからか肉眼で見える星の数が少ない。

しかし、その真っ黒な夜空にすぅっと一筋の星が流れ落ちるのが見えた。


「ああ・・・そう言えば今、流星群が来てるんだっけ」

「しし座流星群?」

「いえ、たしかおうし座だったような・・・まぁどっちでもいいわ」

「流れ星?」

「流星群が来てるんだって」


先程の声を聞きつけたのかクラスの女子達が露天風呂の方へやって来る。

その中には彼女達に引っ張られるようにして出てきたアニスの姿もあった。

わざわざ出てきた彼女達の為・・・というわけでもないだろうが流星群は気前よく星を降らし続けた。


「綺麗・・・」


色とりどりの星が流れ落ちる幻想的な光景に少女たちは思わず息を飲む。

しかし、アニスだけはどこか落ち着かない表情を浮かべていた。

夜空にたくさんの星が落ちていく・・・その光景を見ていると、なぜか言いようのない胸騒ぎがするのだ。


(はやく記憶を思い出さないと・・・)


そんな気持ちばかりが湧いてくる・・・しかし、今の彼女には何も出来なかった。



そして迎えた翌日。

今日は午前中に寺社仏閣巡りをしてから自由行動となる。

古風な建築物とあって外国人観光客の姿をよく見かけたが、やはりアニスの言葉が通じる者はいなかった。

寺社は山の中にあるものが多く、自然と坂道や階段を通る事が多い。

案の定、ミツルをはじめ体力のない子達が疲れを訴え始めた。


「次の東勝寺で終わりだから~みんながんばって~」

「は、はい・・・」


ミツルはへとへとになりながらも頑張って歩いていた。

クラスのみんなの前でアニスに担がれるのは何としてでも避けたいのだろう。


「はい到着よ~」

「えっ・・・ここがお寺?」


・・・そこは何もない空き地だった。

柵で囲われた広い敷地には雑草が生い茂り、これまで見学してきた建物らしき物は何もない。

だが、よく見ると奥の方に小さな洞窟のようなものが見える・・・そこが寺なのだろうか。


「昔ここにあった東勝寺は、鎌倉幕府が滅びた時に焼けてしまって・・・今は残っていないの」


そう言った由紀子先生の手には一輪の花が・・・彼女はその花を洞窟の中の小さな祠に供えた。


「ここがひとつの時代を築いた鎌倉幕府の最後の場所よ・・・テストには出ないけれどよく覚えていてね」


由紀子先生に倣って、カケル達も祠にお祈りしていく。

東勝寺の跡地から坂道を下ると、再び鎌倉の大通りへと出る。

ここからは自由行動の時間だ。


カケル達はまず紫芋ソフトのお店に入った。

白いミルクと紫芋のクリームがらせん状に絡まったソフトクリームを頬張りながら、今日の予定を立てる。

ミサキは地図を広げると、自分が行きたがっていた鎌倉はちみつ工房の位置を指さした。


「はちみつ工房なんだけど・・・この辺りって他に何もないのよ・・・」


鎌倉はちみつ工房は知る人が知る隠れた名店の類のようで、あまり外国人観光客との遭遇を見込めないようだ。


「やっぱりアニスさんの記憶の手がかりが何も見つかってない現状を考えたら、もっと別の所に行くべきかなって・・・」


そう語るミサキの表情は決して残念そうには見えないが、カケル達は気付いていた。

彼女が最初にこの地図を広げた時から、そこに印が付いていた事を・・・


「なに遠慮してんだよ・・・行こうぜ、はちみつ工房」

「だって・・・もう今日しか時間が・・・」


今日の自由時間が終わったら、旅館に泊まって・・・明日は朝から小田原城の見学だ。

もうアニスを連れてどこかへ行く事が出来なくなる。

今日ダメだったら、きっぱり諦める・・・そういう約束だ。

だが当のアニスは心配するミサキの手を取ると微笑みを浮かべた。


『ミサキ、私のために我慢しないでください』

「でも、アニスさん・・・」

『行きましょう・・・私もはちみつに興味があります、それに・・・』


そう言ってアニスが目配せをすると、カケル達がそれに応えた。


「うん、色々な場所に行く事で何か思い出すことがあるかも知れないよ」

「有名な観光地はだいたい回りましたし、そこに居なかったって事はそういう場所の方が可能性がありますよね?」

「そ、それに・・・はちみつ食べたら記憶戻ったりするかも知れないよな」

「もう、そんなのコウタ君だけじゃない」


次々に思い付いた行く理由を口にする男子達。

食い意地の張ったコウタの意見には、モニカからつっこみが入った。


「えー、食べてみないとわからないだろ」


なおも食い下がろうとするコウタ・・・そんな光景に思わずミサキから笑顔がこぼれた。


「ふふっ・・・もう、しょうがないわね」

「じゃあ決まりだね、行こう・・・はちみつ工房に」


そう言ってカケル達は店から出ていく、目指すは鎌倉はちみつ工房だ。


「もう、そんな走らないでよ!」


どんどん先へ進むカケル達をモニカと一緒に追いかけながら、ミサキは小さくつぶやいた。


「・・・みんな、ありがとう」



鎌倉はちみつ工房は、一般住宅が立ち並ぶ地域の中にある。

やはり観光地を巡ったこれまでと違って、通りには観光客らしき姿は見られない。

店も大通りにあるものと比べてとても地味で、危うく通り過ぎてしまう所だった。


「ここがはちみつ工房なんだ・・・」

「なんか、普通の家みたいだな・・・本当にここで良いのか?」

「でも看板が出てるよ、ほら」


小さなプレートのついた扉を開けると、ショーケースに並んだ色とりどりのはちみつがカケル達を出迎えた。

蜂が蜜を採った花によって違う色のはちみつが採れるのだ。

赤や紫といった普段見る事のない色のはちみつが容器に入れられ並ぶ様は、さながら錬金術のアトリエのようだ。


『すごい・・・』

「なにこれ、綺麗・・・」

「すっげぇ、これ全部はちみつなのか!」


子供達の声を聞きつけて、店の奥から人の良さそうな店主が出て来た。


「おや、いらっしゃい・・・外国の人と子供達・・・珍しい組み合わせだね」

「なーなー、この紫色のやつも本当にはちみつなのか?」

「ああ、そのはちみつはね、ブルーベリーが入っているんだ・・・食べてみるかい?」

「え、いいの?!」


見慣れない紫色をしたはちみつが気になったコウタの為に、店主はブルーベリーのはちみつを一つ開封した。

そいて手慣れた手付きではちみつをビスケットに垂らす。


「じゅるり・・・」


それをコウタに手渡そうとしたところで、店主は子供達の視線に気付いたようだ。


「ああ、君達もどうぞ」

「やったあ」


そう言って、人数分のビスケットを取り出した。

歓声を上げて集まって来たカケル達に一つずつ手渡していく。


「ありがとうございます、すごく美味しいです」

「おいしいね、ミサキちゃん」

「・・・うちのお母さんがね、ここのはちみつが好きなんだって・・・あ、10種入りの詰め合わせください」


ミサキは家族へのお土産を買うつもりだったようだ。

さっそくギフト向けに展示されている小さな小瓶が10個入った箱を指差して注文する。


「はい・・・他にも気になるはちみつがあるかな?」

「あ、私、このコーヒーの蜜っていうのが気になる」


モニカがそう言って指差した先にあった容器には、コーヒー蜜と書かれたラベルが貼ってあった。


「今度はコーヒーが入ってるのか?」

「ああ、それはコーヒーの花から採れた蜜だよ」

「コーヒーの花?!」


コーヒーの花と聞いて興味を示す子供達。

再び配られた蜜を垂らしたビスケットは、ほのかにコーヒーの香りがした。


『・・・』

「アニスお姉さん、すごく美味しそうに食べてるね」

『はい、とても美味しいです』


アニスは先程から無言でビスケットを齧っていた。

大切そうに少しずつ・・・とても幸せそうな表情をしている。


「おじさん、僕もはちみつを買うよ、このはちみつを二つください」


一番小さい容器に入ったはちみつは値段も安く、カケルのお小遣いでも買える金額だ。

このコーヒーの花のはちみつをカケルは二つ買うと、一つをアニスに差し出した。


「はい、アニスお姉さんにあげるよ」

『え・・・いいの?』

「うん、だってそんなに美味しそうに食べるんだもん、きっとアニスお姉さんが好きな食べ物だったんじゃないかな」

『そう・・・なのかしら・・・』

「きっとそうだよ」

『カケル・・・ありがとう』


はちみつの入った小さな小瓶を受け取って微笑むアニス。

その綺麗な海のような青い瞳が細められる・・・カケルの鼓動が高鳴った。


「むむむ・・・」

「も、モニカちゃん?!」


そんな二人の様子を見せつけられて、面白くないのはモニカだ。

すぐ傍にいたミサキには、オーラの如く怒気が立ち上っているように感じられた。


「ミサキちゃん、もうここは良いよね?早く次行こう!」

「う、うん・・・」


その迫力に気圧されるようにミサキは店の外へ出ていく。

続いてモニカはまだ店内にいる男子達を追い出しにかかる。


「ほら、みんなも早く!」

「モニカちゃん?なんでそんなに怒って・・・わわ、押さないでください」

「はやく、はやく・・・あれ、ミサキちゃん?」


そのまま店の外に押し出そうとしたモニカだったが、それは叶わなかった。

ミサキが出入り口の前で立ち止まっていたのだ。

ミサキは上の方を見上げて固まっていた・・・そう言えば心なしか先程より外が暗い気がする。


「どうしたんですかミサキちゃ・・・!!」


その視線の先を追ったミツルが固まる。

店の外・・・その上空には、オレンジ色の巨大な三角錐が浮かんでいた。


「ぴ、ピラミッド?!」


続けて見上げたコウタが古代エジプトの建築物の名前を口にした。

ピラミッドは四角錐なので一辺足りないが、たしかにシンプルなその形はピラミッドに似ている。


「そんなわけないでしょ!きっと昨日のやつの仲間よ!」


暢気なコウタの発言に、ミサキの硬直が解けたようだ。


「カケル君!伊勢湾警備隊に連絡を」

「わかってる」


モニカがそう言うと同時に、カケルはブレスレットの通信機を起動していた。

カケルはもちろんのこと、カケルと一緒にいることの多かったモニカもまた深界の事件に巻き込まれた場数が違うのだ。


「カケル隊長、無事か?!」

「長官!大変です、昨日の敵の仲間が・・・え・・・」


カケルがそう言いかけた時、三角錐に変化が起こった。

前後に分割された三角錐・・・その後ろの三角が上下にも分かれ、更に二分割・・・下部が縦に延びて足に、上部は腕となった。


「どうした、カケル隊長?!いったい何が・・・」

「ピラミッドが・・・ロボットに・・・」


その頂点が左右に開いて顔が出てきた・・・三角錘は人型に変形したのだ。

その姿はイセカイン達、勇者ロボに似ていなくもない。

ただイセカイン達と比べて全体的に細いそのフォルムは、どこか女性的な印象を受ける。


『聞こえるか地球人!アタシの声が聞こえるならさっさと出てきな!』

「「喋った!」」


勇者ロボ同様に人間のようなその顔で、オレンジ色のロボットが口を動かして喋ったのだ。

いささか乱暴な口調だが、やはりその声も女性のような高い声だ。


『いるんだろう?はやく出て来いよ地球人!』


ロボットはそう言いながら周囲を見回している。

地球人を探しているのだろうか・・・その足元にいるカケル達や、逃げ惑う人々の姿がまるで見えていないかのようだ。


「あいつ・・・僕達に気付いていないのか?」

「すぐ足元だからこそ見えていない・・・灯台下暗しね、今のうちに避難しましょう」

「おじさんも一緒に逃げてください、ここは危険です」


ロボットに気付かれないうちにと、はちみつ工房の店主を連れて避難を開始する。

やはりロボットは全く気付く様子がなく、怒鳴り散らしていた。

この隙にカケルも長官との通信を再開する。


「長官、ゴッドフリードは来れそうですか?」

「ゴッドフリードは早朝に横須賀を発ったと聞いている・・・今頃はハワイ沖だ」

「そんな・・・」


どうやらアメリカからの救援は期待出来ないようだ。

落胆の表情を浮かべるカケルに、長官はにやりと笑みを浮かべた。


「だが安心してくれカケル隊長・・・手は既に打ってある」

「えっ・・・」


東海道新幹線・・・東京と新大阪を結ぶその高速鉄道路線を、その列車は走っていた。

他のどの列車よりも速く・・・通常の新幹線の営業速度を遥かに超える速度で・・・

そのブルーの列車は、瞬く間に小田原駅を通過し、次の瞬間、空を翔けた。


『モードチェンジ!』


その速度のまま真っすぐに飛び出したイセライナーは、鎌倉市の上空でロボット形態に変形した。

そしてイセライナーは彼のAIが計算した通りの位置に・・・逃げるカケル達とオレンジ色のロボットの中間地点へと着地した。


『勇者イセライナー、一切の遅延なく、ただ今参上』

「イセライナー!来てくれたんだ!」

「昨日の件があったからな、イセカイン達ももうじき到着するはずだ」

「わぉ!」


イセカイン達も来ると聞いてカケルの表情が輝いた。

伊勢湾警備隊が誇る最強の勇者達・・・彼らが来てくれるならもう安心だ。


『やっと出て来たな地球人!待ちくたびれたぜ!』

『それは申し訳ありません・・・ですが列車の到着は騒がずにおとなしく待って頂きたいですね』


オレンジ色のロボットは到着したイセライナーを見て喜色を浮かべていた。

彼女が先程から呼んでいた「地球人」とは、勇者ロボの事だったようだ。


『フン・・・アタシの名前はアステロペー、プレアディス七連凄団が第6女だ』

「プレアディス・・・七連凄団・・・長官、何かわかりますか?」

「いや、初めて聞く名だ・・・」


プレアディス七連凄団・・・初めて聞くその言葉に長官も困惑を隠せない。

てっきり深界王配下の生き残りかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


『あなたは深界凄命体ではないのですか?』

『深界?んなモン知るか!・・・そんな事よりアタシと遊んでくれよ』

『くっ・・・せっかちな方だ』


そう言うなりアステロペーは、その尖った三角形の腕をドリルのように回転させイセライナーへ迫った。

イセライナーはすんでの所でその攻撃を躱す・・・


「速い・・・」


攻撃を回避したのもつかの間、アステロペーはまるでそこに見えない壁でもあったかのように、空中で180度方向転換して追撃してくる。

前から後ろから、右に左にと途切れることのない連撃がイセライナーを翻弄していた。


(どうやら、重力の影響を受けていないだけではないようですね)


空中での急停止や、V字を描く攻撃軌道。

まるで慣性の法則が働いていないかのようなその動きは予測がしにくい。


『おらおらどうした地球人!逃げてるだけじゃアタシは倒せないぜ!』


今度は突進しながら軸足から上を回転させてきた。

回転鋸のような連続回し蹴りだ。


『モードチェンジ!』


イセライナーはとっさに列車形態に変形して蹴り足の下をくぐり抜けた。

そのまま充分な距離をとってから再び人型に変形する。


『チッ・・・ちょこまかと・・・』


何度も攻撃を避けられたせいか、アステロペーは目に見えてイラついていた。

それは攻撃の際の挙動にも表れ、彼女の動きをより直線的な・・・予測のしやすいものにしていた。


『てめぇ・・・いつまでも逃げてんじゃねーぞ!』

『そうですね』

『?!』


イセライナーがそう答えた直後・・・背後から飛来したミサイルがアステロペーの背中に命中した。

アステロペーが振り返ったその先の空には、大きな戦闘機の姿・・・ミサイルの次弾を発射するところだった。


『ハーイお嬢さん、背中がガラ空きだぜ』

「「イセスカイ!」」


再びミサイルを発射したイセスカイは、その大きな翼を振ってカケル達の声援に応える。

ミサイルは綺麗な軌道を描いてアステロペーに命中した。

しかしミサイルは爆発することなく、潰れた弾頭がアステロペーの足元に転がるのみだ。


『・・・他にもいやがったか!』

『こっちにもいるぞ』


今度は海から水柱が上がった。

姿を現したのは潜水艦から変形した勇者ロボ、イセマリンだ。

イセマリンはカケル達の方へと親指を立てて、サムズアップして見せた。


「みんな、来てくれたんだね」

『カケル隊長の修学旅行を邪魔する深界凄命体め、覚悟しろ』

『だからアタシは深界なんとかじゃねーって言っただろうが!』


そう言って突っ込んできたアステロペーの突進を、イセマリンは正面から受け止めた。

激しい火花が散ったが、イセマリンは一歩も引かなかった。


『こいつ・・・なんてスピードとパワーだ』

『ハハッ、そうこないとなぁ!』


ようやく攻撃が命中したのが嬉しかったのか、アステロペーはそのまま狙いをイセマリンに切り替えた。

再び腕を回転させ、ドリルの一撃をイセマリンに放とうとしたその時、激しい水流が彼女を押し流した。


「イセカイン!」


その攻撃を見た瞬間、カケルが迷わずその名を叫んだ。

そしてその射線の先には予想通り、高圧放水銃を構えたイセカインの姿があった。


(あれが・・・イセカイン・・・)


「ちょっとお姉さん?!大丈夫?!」


その姿を目にしたアニスが胸を押さえて蹲った。

なぜかわからないが、胸が締め付けられるように痛んだのだ。

アニスは心配する子供達の事が見えないかのように一点を見つめている・・・イセカインから目が離せなかった。


(私は・・・あれを知っている?でも、この胸の痛みは・・・)


激しい胸の痛みに襲われながらも、アニスはそれが失われた記憶に関わるものだろうという確信めいたものを感じていた。


『イセカイン、我々の攻撃ではあの敵の装甲を傷つける事は出来ないと思われます』


あのミサイルの状態から、アステロペーは先日の赤い球体と同等の防御力を持っていると想定出来た。

最低でもあのゴッドフリードの通常火力を超える攻撃を加える必要があるだろう。


『ならば、合体するしかないな・・・カケル!』


蹲ったアニスを心配そうに見ていたカケルだったが、イセカインの声を聞いて自らの役割を思い出した。

右腕のブレスレットを高々と掲げ叫ぶ・・・それは勇気の合言葉だ。


「わかった、いくよみんな!・・・レッツブレイブフォーメーション!」

『レッツブレイブフォーメーション!』


その掛け声と共に、四体の勇者ロボが合体する。

カケルと共に幾度となく深界の魔の手を打ち破ってきた我ら人類の勇者、その名は・・・


『勇者イセカイザー!』


合体を完了したイセカイザーが名乗りを上げる。

そして、その姿を見たアニスは胸の痛みが引いていくのを感じた。


(え・・・違う・・・)


代わりに押し寄せたのは酷い違和感だ。

違う・・・何がどう違うのかわからないが、ただ違う・・・違和感で胸がいっぱいになる。


「がんばれイセカイザー!」

「あんなやつに負けるなー!」


イセカイザーを応援する子供達の声も、今のアニスには酷い不協和音に聞こえた。

よくわからないが、なんだかとても不愉快だった。


『へっ、でかくなったくらいで、このアタシがビビるかよ!』


アステロペーは自分よりも一回り大きいイセカイザー相手に怯むことなく攻撃を仕掛ける。

しかし、合体した事でパワーもスピードも大幅に向上したイセカイザーに有効打を与えることが出来ない。

一方イセカイザーの攻撃もまた、アステロペーの硬い装甲を破れずにいた。


「ダメだ、やっぱりカイザーブレードがないと・・・」


イセカイザー必殺武器のカイザーブレードの威力なら通じるかも知れない。

だがカイザーブレードは先の深界王との決戦で折れてしまったままだ。

悔やむカケルの耳に、通信機から長官の声が聞こえた。


「カイザーブレードならあるぞ、カケル隊長」

「え・・・だって博士が・・・」


修理するのに必要な材料がない・・・たしか博士はそう言っていたはずだ。

だがカケルが全てを口にするより早く、イセカイザーはその剣を取り出した。


『カイザーブレード!』

「ええっ!」

「すまんなカケル君・・・つい先日届いたんじゃよ、アメリカから」

「あ・・・まさか」


そう言われてカケルは昨日のゴッドフリードの姿を思い出した。

彼はたまたま輸送任務の帰りに相模湾に立ち寄った所だった・・・そしてその輸送任務とは、カイザーブレードの・・・


「そう、そのまさかじゃ・・・たしかに日本では入手困難な素材じゃったがアメリカ政府は快く提供してくれた、というわけじゃよ」


新しく打ち直されたカイザーブレードが、イセカイザーの手で以前と違わぬ輝きを放つ。


『カイザースラッシュ!』


その必殺の一閃がアステロペーを切り裂いた。

その硬い装甲を紙のように両断していく・・・


『なんだよそれ・・・きいて・・・ねぇぞ・・・』


先日の球体と同じく、アステロペーはオレンジ色の破片となって飛散した。


「「やったあ!」」


子供達から歓声が上がる。


「さすが俺達のイセカイザーだぜ!」

「一時はどうなるかと思いましたが、もう安心ですね」

「アニスさん、身体の方は大丈夫ですか?」

「今は無理に動かない方が良いんじゃ・・・!」


よろよろと立ち上がるアニスを、モニカとミサキが支えようとする。

しかし、アニスはその手を振りらった。


『あ・・・ごめんなさい』


その反応に唖然とする子供達・・・

遅れてアニスも自分がした事に気付いたのか、消えそうな声で謝罪した。


「ま、まぁ別に気にする程の事じゃないよな?な?」


気まずくなった空気をなんとかしようとコウタが同意を求めると、二人はぎこちなく頷いた。


「そ、それよりお姉さんさん、具合は大丈夫ですか?」

『ええ・・・もう大丈夫だから・・・私の事は気にしないで』


そう言いつつもアニスの顔色は優れない・・・とても大丈夫そうには見えなかった。


「イセカイザー!こっちこっち~」


そんな彼女達の様子に気付く事なく、カケルはイセカイザーへ手を振っていた。

カケルが大きく手を振ると、それに応えるようにイセカイザーがカケル達の方へ歩いてくる。


『カケル、怪我はありませんか?』

「うん、僕は大丈夫・・・あ、そうだ、アニスお姉さんは・・・」

『大丈夫よ・・・』


思い出したようにアニスの様子を伺うカケルに、アニスは短く答えた。

その声はどこか冷たい響きを伴っていたが、カケルは気付かない。


『カケル、その女性はいったい?』

「この人はアニスお姉さん、あの浜辺で出会ったんだ・・・」


それからカケルはアニスの境遇を説明した。

長官や博士の力で、どうにか彼女を助けられないかと思ったのだ。

しかし、彼らから良い返事は帰ってこなかった。


「記憶喪失か・・・気の毒な話だが、我々に出来る事はなさそうだ」

「すまんなカケル君・・・機械の事ならわかるんじゃが、そっちは専門外なんじゃよ」

「そうですか・・・」

「差し出がましい事を言うようだが、彼女の事は地元の警察に任せるべきだと思う」

「そう・・・ですよね・・・」


その会話は班の子供達にも聞こえている。

・・・自由時間はもうじき終わろうとしていた、どうせ明日になればアニスは警察に任せるしかない。

否応なしに一同の表情が暗くなる。


「だがカケル隊長、その前にまだ出来ることはあるぞ」

「え・・・僕達に出来る事?」

「ああ、記憶を失った彼女に、新しい思い出をここで作る・・・それは君達にしか出来ない重要な任務だ」

「新しい・・・思い出・・・」

「そう、この先どこかで彼女が記憶を思い出した時に・・・この時間を辛かったと思うか、楽しかったと思うか・・・それは君達に掛かっていると言っていい」

「・・・私、辛い思い出になるなんて嫌だよ」


長官の言葉にモニカが反応する。

恋敵としてアニスの事をライバル視しているモニカだが、それとこれでは話が違う。

短い間ではあっても一緒に行動を共にしたアニスは、もう友達と呼べる存在でもあるのだから。

それは他のメンバーも同じ思いだ。



「地元警察には、可能な限り便宜を図って貰えるように私から頼んでおこう・・・後の事は心配せず、今は精一杯旅行を楽しんで来るといい」

「はい!」


長官の言葉にカケルは力強く頷いた。

その後ろで他の子供達も同じ様に頷いている。

まだ幼い彼らだが、アニスにはとても心強い存在に思えた。


『長官さん、ありがとうございます』

「いや、困っている人を助けるのは当然の事ですから・・・無事に貴女の記憶が戻るのを祈っています」


長官が最後にそう言うと、通信が切られた。


「よし、旅館に帰ったら目一杯遊ぼうぜ」

「お姉さん、後でゲームをしましょう」

「ちょっと、消灯時間はちゃんと守りなさいよ」

「ミサキちゃん・・・今夜が最後だし、少しだけ・・・ね?」

「く・・・しょ、しょうがないわね、少しだけよ」


周囲の警戒に当たるというイセカイザーと別れ、旅館へ向かうカケル達。

その言葉通りにアニスと精一杯遊んでたくさんの思い出を作り・・・夜が更けていった。




「・・・しかし、思ったより大事になってしまったな」

「まさかカケル君の修学旅行がこんなことになるなんて・・・」


その後の指令室では、カケル少年の話題で持ちきりだった。

会話には参加しなかったオペレーターも、カケルを心配して呟いている。


「でもカケル隊長はしっかりしているからな・・・それにイセカイン達もいる、心配ないだろう」


長官の言葉に一同が頷いた・・・これまで培ってきた実績もある、深刻な事態になるなど誰も思わない。

そんな中で博士は一人、険しい表情を浮かべていた。


(彼女の話している言語・・・翻訳機に登録していないはずの言葉がなぜ・・・それにこれは・・・)


博士の机のモニター画面にはイセカインのAIの状態が表示されていた。

そこでは例の解析不能なデータが立て続けにエラーを吐き出していたのだ。


(一連の敵と、記憶喪失の少女・・・果たして無関係なのじゃろうか・・・)


この事態はまだ始まったばかりのような・・・これからもっと恐ろしい事が起こるような・・・そんな予感がした。




そして迎えた翌日、修学旅行の最終日。


「ふわぁ・・・」

「カケル君ったら、大きなあく・・・ふわぁ・・・」

「あはっ、モニカちゃんもだ」


眠い値をこすりながらカケル達が目覚める。

結局、昨夜は全員遅くまで夜更かししてしまった。


『コウタさん、起きてください、遅刻してしまいますよ』


まだ布団から出てこないコウタをアニスが起こそうとしているが、コウタはなかなか起きない。


「アニスさん、そんなんじゃ起きないわよ、ていっ!」

「いたた・・・ミサキ、何するんだよ」

「ふん、起きないのが悪いのよ」


業を煮やしたミサキに蹴り起こされ、ようやく全員が揃った。

カケル達のクラスは朝一番で小田原城へと向かうのだ。


「この旅館には~お昼まで居て良い事になってるから~アニスさんはゆっくりしていくと良いわ」

『ありがとうございます』

「アニスお姉さん、翻訳機はイセカインにも搭載されているから、しばらくはそれを使うと良いよ」

『はい、お願いします・・・イセ・・・カイン』

「頼んだよ、イセカイン」

『了解しました、今日一日は出来る限り彼女と行動を共にします』

「みんな~出発しますよ~」


由紀子先生に先導されて生徒達が旅館を後にする。

アニスは旅館の入り口に立って、カケル達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。



カケル達が鎌倉駅に着くと、ちょうど江ノ電の車両が到着した所だった。

乗ってきた乗客が全員降車するのを待って、生徒達が乗り込んでいく。

朝早くという事もあって乗客は少なく、車両一つが生徒達の貸し切り状態だ。


「こら、椅子の上に立ってはダメよ~」


はしゃいで椅子の上に立とうとする生徒を叱る由紀子先生だが、イマイチ迫力に欠ける。

それでもなんとか生徒を座らせると、電車の扉が閉まり、チーンと発車のベルが鳴った。


「・・・やっぱり、アニスさんが気になるかしら?」


カケル達は電車の窓から、旅館の方角を見ていた。

もちろん電車の中から旅館が見える事はないが、何を考えているかは察しが付く。

一人残されたあの少女の事は、由紀子先生も忘れる事が出来ないだろう。


「ごめんなさい・・・でもこうするしかないの」

「先生は何も悪くないよ、気にしないで」

「アニスさん・・・きっと大丈夫だよね」


やがて電車は由比ヶ浜に差し掛かる・・・アニスと初めて出会った場所だ。

この砂浜を眺めていると、嫌が応にもアニスの事を意識してしまう・・・そんな時。


「カケル君・・・あれ・・・」


モニカが振るえる指で空を指さした、その瞳は驚愕に見開かれている。

そのただならぬ様子にモニカの視線を追うと、そこには二色の影・・・


『次は~由比ヶ浜海岸駅に停車します、お荷物の御忘れ物のないように・・・』


車掌のアナウンスと共に電車が停車すると、その車内からカケルが飛び出していった。


「カケル君?!」

「ごめんなさい先生、僕行かなきゃ!」


そう言いながらも足を止める事無く、カケルが走っていく。

その先に見えるのは、黄色と緑の巨大な直方体。

・・・ちょうどカケル達が泊まった旅館のある方角だった。

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