湾岸勇者イセカイザーMAXIMUM 勇気の絆 後編

黄色と緑・・・まるで金属の延べ棒のような形をした二つの直方体は、旅館の上空までやって来ると変形を開始した。

単純なその形と反するかのような・・・パズルのような複雑なパーツ構成だ。

左右対称の動きでくるくると、まるで踊りを踊るかのように人型への変形が行われていく。

やがて回転が終わると・・・まるでアイドルのステージ衣装の如く、繊細で優美なフォルムを持つ二体のロボットが独特のポーズで静止した。


『・・・』


旅館の前ではイセカインが油断なく放水銃を構えている。

これまでの相手と同系統と考えれば、まず通用するとは思えない武器だが、牽制くらいの役には立つだろう。

伊勢湾警備隊へはすでに連絡済みだ、イセライナー達もじきに到着するはず。


『地球の皆様方、初めまして』


イセカイン達のそんな状況を知ってか知らずか・・・

ほぼ同じ形をした二体のうちの緑色の方が、まるでドレス姿の淑女の如く優雅に一礼した。


『私の名はアルキュオネ・・・プレアディス七連凄団の第4女でございますわ』

『・・・同じく第5女・・・セラエノ・・・』


その背後に控えた黄色のロボットも小さな声でぼそぼそと名乗った。

形は同じでもその性格は異なるようだ。


『先日はうちの妹達が大変粗相をしたようで・・・申し訳ありません』

「謝罪・・・だと・・・」

『なにぶん頭の悪い子達でして・・・まぁそこが可愛かったりもするんですが・・・』


正体不明の敵の謝罪に指令室がざわめく・・・謝罪をしてきたという事は、交渉する気があるという事なのだろうか。

たしかに、このアルキュオネと名乗ったロボットは・・・少なくとも昨日のアステロペーよりは、話が通じるように感じられた。

さっそくイセカインのスピーカーを通して、長官が対話を試みる事になった。


『では、貴女方はその謝罪をする為に現れたのか?』

『まさか・・・もちろん戦いに参りました』

『何・・・』


さも当然の事のようにアルキュオネは答えた。

深界の者達と違って和解の道があるのではないか?という幽かな望みは断たれたようだ。


『妹の非礼はお詫びしますが、それとこれとは別の話・・・誤解のなきようお願いします』

『く・・・お前たちの目的は何なのだ?』


正体不明のこの敵へ、長官はその目的を問いかけた。

まともな返答が返って来るとは思えないが、仲間の到着までの時間を稼ぎたい。

しかしその質問には意外な答えが返ってきた。


『この宇宙の平穏・・・と言って理解して頂けるかしら?』

『・・・地球人を平和を乱す存在だと言うつもりか』

『ええ、この星の方々は力を持ち過ぎた・・・やがてはこの宇宙全体を脅かす存在になるのではないか?と判断していますわ』


たしかに、人類の歴史は兵器開発の歴史と呼んでもいいくらいに、兵器を作る技術は目まぐるしい進歩を続けている。

それは伊勢湾警備隊の勇者ロボ達を見ても明らかだ。

深界という厄介な敵がいたとはいえ、今や彼らの持つ過剰とも言える戦力を脅威と見る国は多い。

それが宇宙規模のものになったとしても何らおかしくない話だ。


『ですので、我らは決断しました・・・この星の文明を無に帰すと』

『ずいぶんと強引に決めてくれるな・・・』

『ええ、それは不服でしょうとも、精一杯抗ってくださいませ、それこそが・・・』

『アルキュオ姉・・・喋り過ぎ・・・』

『あら嫌だ・・・私とした事がついペラペラと・・・』


妹に窘められ、アルキュオネは慌てて口を閉ざした。

よく喋る姉と寡黙な妹・・・見た目に反して対照的な姉妹なのかも知れない。


『それでは、役者も揃ったようですし・・・この地球の命運を賭けた戦いを始めましょう』

『!』


(気付いていたのか・・・あえてこちらの時間稼ぎに乗ったと・・・)


まさに、ちょうどイセライナー達勇者ロボが到着した所だった。

こちらの勇者ロボは4体・・・数の上では4対2と優勢だが、昨日のアステロペーと同等の力を持つと見て掛からねばならないだろう。


『そうそう、これは言うまでもないのですが・・・姉は妹よりも強い、ですよ?』


彼女達はアステロペーより強い・・・そう宣言してきた。

そして同時にそれは第4女を名乗った彼女よりも強い姉が3人いる事をも意味する。


「くっ・・・至急カケル隊長に連絡を!」


長官の判断は早かった。

合体しなければとても太刀打ち出来る相手ではないだろう。

出来れば修学旅行中のカケルの邪魔はしたくなかったが、そうも言っていられない状況だ。

そして件のカケルはと言うと・・・


「はぁはぁ・・・聞こえてるよ、長官・・・」


息を切らしながらカケルが返事をした。

由比ヶ浜から全速力で走って来たカケルは、まさに今、旅館の目と鼻の先の距離まで来ていたのだ。


『カケル!』


旅館の敷地から様子を伺っていたアニスが彼の名前を呼ぶ・・・その声を拾ったブレスレットが翻訳した。


「アニスお姉さん!・・・良かった、無事だったんだね」


カケルはほっとした表情でアニスの元へ駆け寄る。

そして小さなその背にアニスを庇うようにして立ち、ブレスレットを掲げた。


「いくよみんな!レッツ・・・」

『ブレイブフォーメーション!』


勇者ロボ達が合体していく・・・アルキュオネ達は合体を妨害するような素振りもない。


『勇者イセカイザー!』


そして合体の完成・・・名乗りあげるイセカイザーに応えるかのように、ぱちぱちと拍手の音がした。

・・・アルキュオネだ、まるでショーを見る観客のように、彼女がその手を打ち鳴らしていた。


『なるほど、それが合体ですのね・・・ではセラエノ、私達も・・・』

『いくよ・・・アルキュオ姉・・・合体』

『何?!』


アルキュオネとセラエノの姉妹が互いの手を握り合った。

そのままダンスを踊るかのように回る、回る、回る・・・回る。

果てしなく続く回転の中で、黄色と緑の二色が螺旋状に絡まり合っていく。

その回転が止まった時・・・まるで紫いもソフトのように、その全身を二色の螺旋模様に染めた一体のロボがそこにあった。

スカートのような腰部と花のように開いた手首には、二色の薄い装甲が幾重にも折り重なって、フリルのような層を作り出している。

・・・全体的に合体前のデザインが反映されてはいるが、絡まり合った二色がその印象を大きく変えていた。


『合体完了・・・さて、名前はどうしようかしら?』

『・・・アルエノ』

『そうね・・・では、このアルエノがお相手するわ』


初めて合体したのだろうか、二人は即興で名前を決めていた。

アルエノと名乗ったその機体が両腕を左右に広げ、手のひらを上に向ける・・・すると、その両手の上に激しく放電する雷の球体が生成された。


『まずはこんな物はいかがかしら?』


アルエノは舞うような動作で立て続けに二つの雷球を放った。

二つの雷球は左右で異なる軌道を描きながらイセカイザーに襲い掛かる。


『カイザーブレード!』


迫る雷球に対して、イセカイザーはカイザーブレードを振るった。

必殺の武器であるカイザーブレード・・・その刀身に発生したエネルギーフィールドは、電気の塊とも言うべき雷球を真っ二つに両断した。

切り裂かれた二つの雷球は周囲に放電しながら霧散していく・・・


『ふふっ、お見事です』

『・・・次は・・・これ』


攻撃が無効化された事に動じる素振りもなく、微笑みすら浮かべながら、アルエノは次なる攻撃の為に、その両腕を前に突き出した。

その手首にあるフリルのような薄い装甲板・・・そのいくつかが伸びて、逆さにした傘のように広がる。

その両手からの放電が二条の雷となってイセカイザーへとまっすぐ伸びた。


『アクアウォール!』


イセカイザーの脚部から広角度の放水によって水の壁が生成される・・・雷は吸い込まれるように水の壁の中に消えていった。


『あらあら、そんな技もあるのね・・・なら・・・』

『今度はこちらから行くぞ!』


まだまだ余裕があるのか、おどけた様子のアルエノにイセカイザーが接近する。

これまで同様に高い防御力を予想できる相手だ、カイザーブレードによる攻撃だけが頼みとなるだろう。

一気に距離を詰めて、上段からカイザーブレードを振り下ろす。

アルエノは展開していた両腕の装甲板を、傘を閉じるように閉じて目の前にクロスさせた。

振り下ろされるカイザーブレードに対して、頼りなく見えるその細腕だが・・・二本の腕はしっかりとその斬撃を受け止めていた。


『・・・!』

『これは奇遇ですわね、ちょうど私達も・・・』

『接近戦に・・・以降する所』


アルエノの両腕に構成されたのは、薄い装甲板が集まって出来た半透明の刀身。

まるで水晶のような美しさだが、カイザーブレードを受けて傷一つ付かない強靭さも備えていた。


『私達・・・これでも・・・』

『パワーには少し自信があるんですよ、意外でしょう?』


そのまま受け止めたカイザーブレードを弾き上げる。

そして体勢を崩されたイセカイザーの無防備な胴体へと・・・二本の刃が走った。


「イセカイザー!」

『ぐあっ!』


イセカイザーの装甲に×の字の傷が走る・・・だがその傷は浅かったようだ。

イセカイザーは再びカイザーブレードを構えて、慎重に間合いを測る。


『うーん、踏み込みが足りませんでしたね』


そう言いながらアルエノは再び腕の形を変える・・・二本の刃は細かく分かれ、ナイフとなってその手に握られた。


『なら次は・・・これ』


そしてアルエノはそのナイフを一本、イセカイザーへ投げた。

あえてそうしたのか、わかりやすいその軌道は打ち落とすのも容易に見える。

自らを狙って飛んでくるナイフを、イセカイザーはカイザーブレードで叩き落し・・・


『!』


予想以上の手応えにイセカイザーは驚愕した。

小さなナイフとは思えない重い衝撃・・・もし油断していたらカイザーブレードの方が弾かれていた程だ。


『まだまだ、これからですわ』


そしてアルエノは続けざまに二本のナイフを放った。

そのうちの一本はカイザーブレードで弾くことが出来たが、その重い衝撃に二本目への対応が遅れる。

・・・ナイフはイセカイザーの右肩へ深々と突き刺さっていた。


『く・・・!』


それだけではない、イセカイザーの脚部にもナイフが二本刺さっていた・・・ナイフを投げるのと同時に突進してきたアルエノが直接ナイフを突き刺していったのだ。


「あのイセカイザーの装甲を易々と・・・なんてパワーなんだ」


指令室のモニターでその一部始終を見ていた長官が呻くように呟く。

イセカイザーはこれまで深界との戦いで何度か傷を受けた事があったが、こうも易々とナイフが刺さる光景は衝撃的だ。

その装甲の硬さはもちろんの事、イセカイザーの体表面にはエネルギーシールドが張られており、並みの攻撃は受け付けないのだ。



「長官・・・どうやらパワーだけの問題でもないようじゃ」

「博士・・・それはいったい・・・」


博士は机のモニターでイセカインの状態を確認してある異変に気付いたのだ、それは・・・


「あのナイフが命中する瞬間、イセカイザーのエネルギーシールドが解除されておる」


それもナイフの命中した部分だけ・・・ナイフに削り取られたかのようにエネルギーシールドが消失していた。

その結果、本来ならば大きく軽減されたであろうその攻撃を無防備に受けてしまっているのだ。


「これは・・・ひょっとすると・・・」


何かに気付いた博士が、コンソールを叩く。

続いて映し出されたのは、カイザーブレードが受け止められた瞬間だ。

やはり、その瞬間だけカイザーブレードの機能が停止している・・・これではただの剣で斬りかかったのと変わらない。


「なんという事じゃ・・・この敵は、何らかの手段で我々の技術を無効化しておる」

「我々の技術を無効化・・・だと」


その言葉が聞こえたのか、アルエノは饒舌に語り始めた。


『あら、お気付きになられましたか・・・予めこの地球の技術は解析させていただいております・・・そしてそれらは、この機体に触れた瞬間に全て無効化する仕組みになっているのです』


その瞬間、ナイフが突き刺さったイセカイザーの右肩と脚部・・・イセライナーが機能を停止した。

このナイフは元々アルエノの身体の一部・・・つまりこのナイフが触れている部位はその能力の影響を受けるのだ。


『これが、タウラスフィールド・・・地球の技術は・・・通じない』


イセライナーの機能停止によって、イセカイザーは合体が維持出来ない。

イセスカイとイセマリンがイセカインから分離し、イセライナーのパーツがイセカインの足元に転がった。


『まぁ大変・・・これを狙ったつもりはないのですけれど、その合体は思ったよりも不安定なのですね』

『く・・・』

『これはちぃっとまずいぜ、イセカイン』

『まだだ、諦めてはいけない!』


そう言ってカイザーブレードを構えるイセカインだが、圧倒的不利な状況は否めない。

アルエノは残りのナイフをジャグリングのように弄びながら、次なる獲物を選定していた。


「そんな・・・イセライナー、目を覚ましてよ!」


そんな中、カケルはイセライナーの元へ駆けだしていた。

ナイフが突き刺さったままのイセライナーはその機能を完全に停止しており、カケルの声に応える事はなかった。


「イセライナー!動いてよ、イセライナー・・・」

『カケル・・・ここは危ないわ、逃げましょう』


アニスがその手を引こうとするが、カケルはその場を離れようとしない。


「嫌だ、僕だって・・・僕だって伊勢湾警備隊の一員なんだ!」

『でも・・・』


このままここに居てもカケルには何も出来ることがない。

子供が生身でどうこうできる相手ではない、ここに居ても足手纏いだ・・・それはわかっている。


(でも何か・・・何か僕に出来る事は・・・)


イセライナーの車体に深々と突き刺さったナイフがカケル目に映った。

カケルの身長程の厚みがあるナイフだが、イセライナーの車体からしたら、そこまで大きな傷ではない・・・機能停止にこそ追いやられているが、ナイフそれ自体による損傷は軽微に見えた。


「これだ!」


そう叫ぶなりカケルはそのナイフにしがみついた。


「う、うーん・・・」

『カケル、いったい何を・・・』

「このナイフを引き抜くんだ・・・そうすればきっと、イセライナーは目を覚ましてくれる・・・」


機能停止はこのナイフから発するアルエノの能力によるものだ。

ならばナイフを引き抜けば、その効果は失われ・・・イセライナーの機能は復帰するかも知れない。

あくまでも推測の域を出ない推論だが、カケルはこれに賭けるしかなかった。


「く・・・くっそお・・・」


だが人間サイズで見れば巨大なナイフだ、カケル一人の力ではびくともしない。

しかしカケルは諦める事無くナイフを動かそうとする・・・その手に、もう一人の手が重ねられた。


「アニスお姉さん!」

『私も手伝います・・・二人で力を合わせれば、きっと・・・』

「うん!じゃあいくよ・・・せーのっ!」


二人で呼吸を合わせて力を入れる・・・巨大なナイフが少し・・・ほんの少しだが、動いた気がした。


「動いた、今動いたよ!」

『カケル、急ぎましょう』


二人がこうしている間にも戦いは続いている。

アルエノのナイフによってイセスカイが、イセマリンが傷を負わされていた。

まともに食らえば機能停止となるその攻撃を彼らは必死に回避し続けている・・・だがいつまでも持つとは思えない。


「せーのっ!せーのっ!」


少しずつだがナイフは確実に動いていく・・・ナイフがある程度引き抜けた所で、イセライナーのAIは再起動を開始した。


『カケル隊長?!・・・私はいったい・・・』

「イセライナー!良かった・・・」


やはりナイフを引き抜きさえすれば機能は復活するようだ。

イセライナーの復活を喜ぶカケルだが、彼が戦線に復帰するには残り二本のナイフも引き抜かなければならない。

しかし、それだけの時間を敵は与えてくれなかった。


『ぐあっ!・・・申し訳あり・・・ま・・・』

『マリン!』


ナイフの直撃を受けたイセマリンが機能を停止した。


『にゃろう!よくもやりやがったな!』


激昂したイセスカイがミサイルを放つが、アルエノに当たったミサイルは爆発することなくその足元へと転がる。

おそらくミサイルの起爆装置も無効化されているのだろう。


『あなた・・・動きが散漫になっておりましてよ』

『な・・・!』


その攻撃によって生まれた隙は、アルエノの急接近を許してしまう。

イセスカイのジェットエンジンに、アルエノのナイフが吸い込まれていく・・・


『くそ・・・しくじっちまったぜ・・・』


エンジンが停止し、イセスカイは重力に捕らわれて墜落していく。

残るはイセカインただ一人だ。


「そんな・・・イセカイン・・・」

『イセ・・・カイン・・・ううっ・・・』


原因不明の頭痛がアニスを襲う・・・激しい痛みと同時に、目の前の光景とよく似た映像がアニスの脳裏にフラッシュバックした。


(この光景を・・・私は、知っている?)


何かが自分の内側から湧いてくる・・・それは・・・彼女の・・・



『まだだ、私は決して諦めない!この地球を、人々を・・・必ず護ってみせる!』


飛来するナイフを弾き飛ばしながら、イセカインが駆ける。

その手のカイザーブレードが光を放つ・・・カイザースラッシュ・・・持てるすべての力を込めた一撃だ。


『それはとても立派な心構えですが・・・力不足は否めませんね』


アルエノの胴体から伸びているリボンのような数本の帯が、まるで生き物のように動いた。

それらは今まさに振り下ろされんとしていたカイザーブレードに巻き付いていき・・・その機能を停止させる。

必殺のエネルギーがかき消され・・・力を失った斬撃を、アルエノは踊るような動きで回避した。

そして今度はリボンがその手に集まっていき・・・カイザーブレードもかくやという大きさの剣となった。


「避けて、イセカイン!」


カケルの叫びが響く・・・しかし、技の反動によってイセカインの回避行動が遅れる。

その巨大な剣によって切り裂かれるイセカイン・・・そんな光景がカケル脳裏に浮かんだその時。


『イセカインを・・・やらせはしない!』

「え・・・」


カケルのその背後から、凄まじい熱気が立ち上った。


『神獣召喚・・・ストームフェニックス!』


激しい炎の嵐が巻き起こり・・・その中から現れたのは炎を纏った巨大な鳥の姿だ。

炎の中から現れた不死鳥、ストームフェニックスはアルエノ目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。


『まだ新手がいた?!』


とっさに飛び退いて不死鳥の突進を回避したアルエノ。

その隙にイセカインは体勢を立て直した。


『これは・・・』


戦場に不死鳥の火の粉が舞う・・・再生と浄化の力を持つその炎は、イセカインのメモリの不具合を再生していく。

日本とは異なる風景・・・魔法と呼ばれる不思議な力・・・刃を交えた強敵達・・・そして、微笑みかける金髪の少女。

忘れていた異世界の記憶が、色鮮やかに蘇っていく・・・


そして不死鳥はアルエノを威嚇するように炎を吐きながら、その少女の元へと降り立つ。

金髪の少女は金色に輝く腕輪を掲げて、そこに立っていた。


「アニス・・・お姉さん・・・?」


いったい何が起こったのかもわからぬまま・・・カケルはその姿を見つめていた。

熱気を帯びた風に長い金髪が揺れている・・・その姿は間違いなくアニスだ。

しかし意志の強さを宿したその瞳は、まるで別人のような印象をカケルに与えていた。


『神獣合身!』


そう叫びながら、アニスが地面を蹴った・・・そこへ口を開いた不死鳥が飛び込んで来る。

アニスをその口の中に収め、空へ舞い上がった不死鳥・・・その姿が人の形へと変わっていく。


『勇者スターフェニックス!』


眼下に鎌倉の街並みを見下ろしながら、その勇者は堂々と名乗りを上げた。



「スターフェニックス・・・新たな勇者だというのか」

「勇者と名乗ったという事は味方・・・なんでしょうか?」

「だと思いたいが・・・この隙に勇者達を回収したい、作業車両をまわせるか!」


その光景は指令室のモニターにも映し出されていた。

全く知らない新たな勇者の登場に、指令室は騒然となっていた。


「あれはまさか・・・いや、細部が違うか・・・」


博士のその呟きは指令室の喧騒にかき消され、誰の耳に届く事はなかった。



勇者スターフェニックスは、イセカインの元へと降り立った。

アルエノはというと、正体不明のこの勇者の登場に警戒してか距離を取っている。


『助けに来たわ、イセカイン』

『アニス王女・・・なのですか?』

『私の他に誰がいるっていうのよ?ほら、さっさとあの敵をやっつけるわよ!』

『了解しました』


親しげに言葉を交わす二人・・・先程まで危機的状況にあった事がまるで嘘のようだ。

実際、負ける気がしない・・・特に根拠もないが、今の二人はそんな気持ちを共有していた。


『勇者スターフェニックス・・・人間が機械と一体化しているというの?いつの間にそんな技術が・・・』

『データ・・・存在しない・・・新型?』


同じ勇者と言えども地球のそれとは全く違う存在に、アルエノは困惑しているようだ。


『イセカイン、合体よ!レッツ・・・』

『ブレイブフォーメーション!』


「「!!」」


目も前で繰り広げられたその光景に、カケルが、指令室の人々が、そしてアルエノまでもが・・・

それを見た者達全てが、度肝を抜かれた。


水竜リヴァイアサンと鋼竜マーゲスドーン。

新たに現れた2体の神獣、そして不死鳥ストームフェニックスがイセカインと合体したのだ。

それはさながら、現代に甦った神話の光景。

不可思議な神話生物を当たり前のように身に纏った勇者は言い慣れた様子で名乗りを上げる。


『勇者イセカイザー!』


水竜の頭部がそのまま残った右腕、まるで恐竜のような爪が生えた両足。

そして燃え盛る不死鳥の翼を背に、勇者はイセカイザーと名乗った。


「イセ・・・カイザー、だって・・・」

「この姿も、イセカイザーなのか・・・」

『はい、私はイセカイザー・・・人類を守護する勇者であることに変わりありません』


その言葉に指令室の人々は安堵の息を吐いた。

しかし、次の瞬間聞こえてきた聞き慣れない声に、首をかしげる事になる。


『話は後にして、今はあの敵に集中するわよ!』

「・・・誰だ?」

「イセカインの搭乗席に誰かいます!」

「女の子?・・・どこかで・・・」


彼女が記憶を失ったあの外国人の少女である事を知ったのは、この戦闘が終わってからの事だった。



『なるほど、別の装備バリエーションといったところですか・・・装備を変えたくらいでは、どうにもなりませんよ?』


アルエノはそう解釈したようだ、その手に再びナイフを生成し、イセカイザーへと投擲する。


『私達の力、たっぷり見せてやろうじゃない!』

『ネオ・アクアブリット!』


水竜の放った水の弾丸が飛んできたナイフを打ち落とし、アルエノへと降り注ぐ。


『圧縮した水の弾丸・・・解析済み』


迫りくる水の弾丸・・・だがアルエノは避けようとしない。

その体表面のタウラスフィールドによって水の圧縮は無効化され、水の弾丸はただの水へと戻る・・・はずだった。


『そ、そんな・・・なぜ・・・』


水の弾丸は元に戻る事無く、アルエノに炸裂した。

その身体の水が命中した部分が凹んでいる・・・初めての有効打だ。


『どんどんいくわよ!ファイヤーフェザー!』


不死鳥の翼から炎を纏った羽根が飛んでいく。

この羽根も無効化される事なくアルエノの身体を焦がしていった。


『これは・・・タウラスフィールドが機能していないというの?!』

『・・・解析・・・不能』


彼女達は知らなかった。

魔力と呼ばれる未知の力が存在している事に。

地球の技術を解析して無効化するタウラスフィールドも、異世界の技術である魔術を無効化する事は出来なかったのだ。


『これで決めるわよ、ファイヤーストーム!』


巻き上がる炎の嵐がアルエノを包み込み、その自由を奪った。

未知なる力に身動きを封じられながら・・・アルエノは何かに気付いた様子で言葉を呟いた。


『この力・・・そうか、これが・・・お前が、お姉様の言っていた・・・』

『時空の歪み・・・特異点』


果たしてそれが何を意味するのか・・・そんな事を気にする間もなく、イセカイザーが嵐の中に突っ込んでいく。


『ファイヤースラッシュ!』


嵐の中のアルエノを捉えたイセカイザーは、炎を纏ったカイザーブレードを一閃した。

次の瞬間、炎の嵐が黄緑色に染まる・・・砕け散ったアルエノの破片が風に舞い上がったのだ。

やがて嵐は収まり・・・黄色と緑の破片がまるで落ち葉のように、鎌倉の街に降り注いだ。


その中心にはイセカインの姿が・・・合体は解除され、神獣達はアニスの腕輪の中へと戻る。

イセカインは地上で待つカケルの元へとゆっくり降下した。


「イセカイン!」

『カケル、お怪我はありませんか?』

「僕は大丈夫だよ、イセカインの方こそ・・・」


カケルの方もイセカインへと駆け寄っていく。

不死鳥の力のおかげで、イセカインには傷一つない。

むしろそのボディはまるで新品のようにピカピカだった。


『大丈夫に決まってるでしょ、私達は無敵なんだから』


その声にカケルは違和感を感じながら視線を動かす。

放水車形態に変形したイセカインのドアが開き・・・搭乗席からアニスが降りてきたのだ。


「アニス・・・お姉さん?」


そこには、カケルの知る儚げなお姫様の姿はなかった。

金髪の少女は、気の強そうな顔に得意げな表情を浮かべ・・・呆然とするカケルに指を突き付けた。


『ふふん、見たか・・・あれが、私の、イセカイザーよ!』

「な・・・」


思わず声を失ったカケルを放置して、アニスは再びイセカインの搭乗席に戻った。

そのままこなれた様子でシートに着くと、その青い瞳を閉じる。


『眠くなってきたわ・・・イセカイン、後はお願い・・・』


アニスはすやすやと寝息をたて始めた・・・不死鳥の力を使った反動だ。

無防備な顔で眠るその姿は、なかなか愛らしい。

しかし、今のカケルにはその姿が全く違って見えていた。


「そ、そこは僕の特等席だぞ!」


小さな身体をわなわなと震えさせながら、カケルの叫びが鎌倉にこだました。



それから数日の時が流れた・・・


あの日からプレアディス七連凄団を名乗る敵の襲撃はピタリと止んでいた。

いつ現れるかわからない敵に、いつまでも備え続けるわけにもいかず・・・またイセライナー達勇者ロボの損傷も無視出来ないので、伊勢湾警備隊は鎌倉から撤収する事になった。

特にカケルに関しては、学業を疎かにする事は出来ないので修学旅行の予定通り帰路に就いていた。

それから心配していた敵の襲撃はなく、カケルは平凡な日常生活を送っていた。

唯一それまでと異なる点があるとすれば、それは・・・



「カケル君、今日もアニスさんのお見舞いに行くのよね?」


放課後・・・モニカ、ミサキ、コウタ、ミツル・・・カケル達の班のメンバーがカケルの元に集まっていた。

今日もこれから皆でアニスのお見舞いに向かうのだ。


あれからずっと眠り続けているアニスは、伊勢湾警備隊で保護する形になった。

今もアニスは本部の医務室で眠り続けている。

本来なら機密保持の為にお見舞いなど出来ないのだが、カケル達は彼女と交流のあった数少ない地球人であり、そして深界との戦いにおいても何度も巻き込まれてきたメンバーでもあるので、特例として許可が下りていた。


「アニスさん、まだ目を覚まさないんだよね・・・大丈夫かな」


モニカの家は花屋を営んでおり、今日もお見舞い用の花を持って来ている。

彼女からすれば恋敵でもあるアニスだが、倒れたと聞いて一番心配しているのも彼女だった。


「特に怪我をしたわけでも病気でもないから大丈夫って先生が言ってたじゃないですか」

「でもよー、今日でもう一週間だぜ」

「こうなってくると逆に異常よね・・・未知の病かも」

「ミサキちゃん、怖い事言わないでください」


アニスが異世界から来た存在である事は、イセカインの記憶データから明らかになっていたが・・・関係者の間でもまだ半信半疑という事もあって、この子達には伏せられていた。

カケル以外にはまだアニスは記憶喪失の外国人のままだ。


「「こんにちは」」

「はい、こんにちは・・・君達はいつも元気ね」


伊勢湾警備隊の医務室を預かる木谷香織女医先生がカケル達を出迎える。

アニスはまだベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。

眠り続ける彼女の容体は健康そのもの・・・医者としてはむしろどこか悪い方が納得出来るくらいだ。

「魔力が原因なので科学ではどうにも出来ない」という話は聞いていたが・・・彼女の精神衛生上にも、早く目を覚ましてもらいたい。

カケル達がお見舞いに来れるのも、「それがきっかけで目覚める可能性がある」という彼女の意見が影響していた。


「・・・まるで眠れる森の美女ですね」

「眠りの森の茨姫ね、誕生日パーティに呼ばれなかった魔女の嫌がらせで、お姫様が眠り続ける事になるの」


ミツルの例えをミサキが補足する・・・たしかに眠り続けるアニスは童話のお姫様のようだ。

木谷女医が手入れをしているのか、長い金髪はつやつやと輝きを放っていた。

目を閉じていることで、長いまつげもはっきりと存在を主張している。


「そのお姫様はどうやって目を覚ますんだ?」

「それはもちろん王子様の・・・って王子様なんてここにはいなかったわね」


モニカの存在を思い出してミサキは言葉を濁した。

万が一、王子様のキスを試そうなんて事になったら困ったことになる。

知らぬ間に王子様役になりかけていたカケルはというと、余程アニスを心配しているのか心ここにあらずといった風だ。


(これはなかなか厄介な事になってきたわね・・・モニカちゃん)


ミサキとしてはモニカを応援したいのだが、あくまでも本人の意志が第一だ。

カケルの気持ちがアニスにあるのならば、無理強いは出来ない。


しかし当のカケルは全く違う事を考えていた。

記憶を取り戻したアニスはもはやカケル達の知るアニスとは別人に思えたのだ。

あの時、カケルに向けられた挑戦的な表情と言葉・・・


(あれが、私の、イセカイザーよ!)


明らかに「私の」を強調したその言い方が妙に癪に障る。

あれではまるで、イセカインが自分の所有物であるかのようではないか。


(イセカインとずっと一緒に戦ってきたのは僕なのに・・・)


そんなカケルの気持ちも知らず、アニスは今もすやすやと暢気に寝息を立てている。


(いつまで寝てるつもりだよ・・・)


憎々しげにその寝顔をカケルが睨みつけたその瞬間・・・その瞼が開かれ、カケルと目が合った。


「うわっ!」


つい悲鳴を上げてしまったカケルだが、それがきっかけとなって皆アニスが目覚めた事に気付いたようだ。


「アニスさん!目を覚ましたのね」

「ミツルです、僕の事わかりますか?」

「え、まさかまた記憶喪失に?!そんな事ないよね?」

「はい皆どいて!・・・気分はどう?アニスさん、意識はしっかりしてる?」


殺到した子供達を木谷女医が後ろに追いやると、アニスはゆっくりと上体を起こした。

部屋の中を見回すように視線を動かした後に、アニスは女医に尋ねた。


『ええと・・・ここは?』

「ここは医務室で、私は医者よ・・・医者って貴女の世界にはいるのかしら?」

『・・・全部、知っているのね』


女医の発した言葉からアニスは悟ったらしい・・・自分が異世界人である事を知られていると。

そして木谷女医もまた彼女の反応から、記憶が戻っている事を察する。


「その様子だと大丈夫そうね・・・この子達の事はわかる?」

『・・・皆、お見舞いに来てくれたのね、ありがとう』


そう言われて子供達の姿を確認するとアニスは微笑みを浮かべた。

記憶喪失だった時と変わらないお姫様の微笑みに、子供達から喝采が上がる。


「良かったぁ・・・」

「大丈夫ですか?どこか痛かったりしませんか?」

『そうね・・・お腹が空いたわ』

「あ、腹減ったよな・・・バナナ持って来たぜ」

「コウタ君、先生の許可なしに食べさせちゃダメですよ」

「えーいいじゃんよー、先生ー」

「そうね、いきなり固形物を食べるのはお腹に良くないわ」


アニスが目覚めた途端に、室内が賑やかしくなった。

子供達の相手をするアニスは、やはり以前のアニスと同じように見える。

だがカケルはそんな彼女に演技めいたものを感じずにはいられなかった。


「じゃあアニスさん、また明日お見舞いに来ますね」

『ありがとう、楽しみに待ってるわ』


アニスはこれから検査などがあるという事で、子供達は帰る事にした。

名残惜しそうに部屋を出ていく子供達にアニスは笑顔で手を振る。

伊勢湾警備隊としての話があるそうなので、カケルはここに残るように言われた。


「なんだよ、カケルばっかりずるいぞ」

「例の事件絡みの話でしょうし、しょうがないですよ」

「カケル君・・・アニスさん、今きっと心細いと思うから出来るだけ一緒に居てあげて」

「モニカちゃん・・・わかったよ、僕に任せて」

「う、うん・・・お願いね」


そう言いつつもモニカの表情が硬い・・・複雑な心境なのだろう。

だがそれはカケルの方も同じだった。


検査の結果、アニスの身体に異常は見られなかった。

本当にただ眠っていただけのようだ。

その後、お腹を空かせていたアニスは、与えられたお粥をすごい勢いで平らげ、木谷女医を唖然とさせていた。


「・・・そんなにお粥が美味しかったの?」

『ええ、こっちの世界の食べ物はすごく美味しいわ』

「お粥のおかわりあるけど・・・食べる?」

『ぜひ』


アニスには誰とでも会話が出来るように、イセカインのデータから作られた新しい翻訳機が渡されていた。

味の薄いお粥を、アニスは本当に美味しそうに食べる・・・その姿に異世界の食料事情が伺える。

そんな彼女を不憫に思った木谷女医は、お見舞いのバナナを食べる許可を出したのだった。


その後アニスは、指令室に呼び出された。

長官を始めとしたメンバーとの顔合わせと事情聴取・・・と言っても、イセカインのメモリに残されていた映像を交えての事実確認といった所だ。

特に深界王が異世界に手を出していた事は最重要事項として、根掘り葉掘り聞き出される事になった。


「この分だと、深界王はまたどこか別の世界で生き延びている可能性もあるな・・・」

『そんな・・・』

「だが心配はいらない、こうして世界の壁を越えて我々が出会えたのだ。例え奴がまた現れたとしても、我々が力を合わせれば恐れる事はない」


長官はアニスに対して好意的だった。

あまりにも信用され過ぎて、アニスが不安になる程だ。


『長官は、私を疑ったりはしないのですか?』

「はは、疑ったりはせんよ・・・君は勇者の目をしているからな」

『目?』

「ああ、信じていい相手なのかどうかは目を見ればわかる・・・それにアニス王女、情けない話だが・・・今の我々には君の力が必要だ、どうか力を貸してほしい」


長官はそう言ってアニスに頭を下げた。

プレアディス7連凄団・・・地球の技術を無効化するあの力に対抗出来るのは、今の所アニスしかいない。

アニスとしても、あの敵にイセカインを倒されるのは嫌だ・・・協力しない理由はなかった。


『私の世界はイセカインに助けてもらいました・・・今度は私が助ける番です』

「そう言ってもらえるとありがたい・・・では本日付で異世界の勇者、アニス王女をこの伊勢湾警備隊のメンバーとして迎え入れようと思う」


そう言って長官が差し出した手をアニスが握る。

指令室のメンバーも拍手で彼女を歓迎した。


「ああそうだ、君を元の世界に帰す方法について、後で博士から話があるらしい」

『え・・・そんな方法があるの?!』

「まだ約束は出来んのじゃがの・・・それに、お嬢ちゃんの協力も必要になるぞ」

『私に出来る事なら・・・よろしくお願いします』


博士と呼ばれた老人にどこか既視感を覚えながら、アニスは彼とも握手を交わした。

正直、元の世界に帰るという発想すらなかったくらいに、それは絶望的だと思っていたのだ。


「どうしたカケル隊長?」

「・・・別に」


アニスを歓迎するムードの中・・・カケルだけはつまらなそうな顔をしていた。


「ここでは君が先輩だ、今更知らない仲でもないだろうし、彼女の事は頼んだぞ」

「はい・・・よろしく」


そう言ってカケルはぶっきらぼうに握手を求める。

そのままアニスの手を力いっぱい握るカケルだったが、アニスの握力は思った以上にあった。


『よろしく・・・ね』


力いっぱい握手を交わす二人の視線上で、火花が散ったような気がした。



その翌日。

アニスは博士の研究室に呼ばれて来ていた。

見た事のない機械がたくさん並べられた部屋で、博士はアニスに魔術を使って見せてほしいと頼んだ。

科学の力で魔術を解析するのが目的のようだ。


『でも、イセカインは魔術を認識することが出来なかったわよ?』


異世界ではその事がイセカインの弱点となっていた事を思い出しながら、アニスが尋ねる。


「そりゃそうじゃろう、イセカインは深界と戦うために造られたのであって、まさか異世界で戦う事になるとは思ってもみんかったからの・・・」


そう答えた博士はどこか楽しそうだ。

博士がこの部屋に並べた機器は、この世界の人間にとっても理解出来ない物が含まれているという。


「これらは、わしなりに魔術というものを推測して造った装置じゃ・・・もっとも、この世界には肝心の魔術を使える者がおらんかったわけじゃが・・・今こうしてお嬢ちゃんが現れた」


そんな事まで考えて研究をしていたのかと、アニスはこの博士なる人物を評価した。

きっと、アニスの世界で言う所の宮廷魔術師長のような存在なのだろう。


『じゃあ、簡単な魔術から始めます』


そうは言っても上級魔術の類は使えないのだが・・・ストームフェニックスの力を使うにはこの部屋は手狭だ。

アニスは無難に灯を生み出す魔術を使用した。


「おお・・・!」


いくつかの装置が反応を示している・・・どうやら博士の研究は報われたようだ。

それからアニスは博士の指示通りにいくつかの魔術を使用して見せた。

アニスには何もわからなかったが、博士の反応を見る限り、充分な成果が得られたようだ。


『私個人だとこれくらいしか魔術を使えないんだけど・・・役に立ちました?』

「もちろんだとも、これはもう世紀の大発見じゃよ!・・・この分なら異世界への行き来も夢ではない・・・時間は掛かるが、お嬢ちゃんを元の世界に帰せるかも知れんぞ」

『本当に?!すごい!』

「ああ、長年かけて理論はもう出来ておるからな・・・これだけが・・・これだけが足りなかった」

『そ、そうなんですね・・・がんばってください』


ブツブツと研究にのめりこむ博士を背に、アニスは研究室を後にする。

博士は観測したデータを元にあれこれ弄っていた・・・もはやアニスの出る幕はなさそうだ。


「・・・まさかこの歳になってこの研究が進むとはな・・・長生きはするもんじゃわい」


異世界への門を開く・・・それは博士がずっと夢見てきた研究課題だ。

あまりにも突拍子なその内容故に、表だって発表する事こそ出来なかったが・・・ロボット研究と並行してずっと研究し続けてきた。

もう一度、あの地へ行く・・・その為に。

迅雷アラシ博士・・・かつて異世界に召喚され勇者として戦った少年の長年の夢が今・・・手の届く所にまで来たのだった。



午後になるとアニスは木谷女医の診断を受けた。

診断の結果は異世界産の未知の病の類もなく健康そのもの、続いて行われた身体機能の測定ではスポーツ選手もかくやという高成績を叩き出していた。


「アニス王女は異世界の王女様、なのよね?・・・これが異世界人の標準的な身体能力なのかしら・・・」

『私より強い人なら向こうに何人もいたけれど・・・』


ソニア達、王国の騎士の面々を思い出しながらアニスは語るが・・・実際の所、アニス自身も異世界人の中では上位に位置するだろう。

だが、そんな事など露知らず・・・木谷女医はその言葉通りに受け取った。


「さすがは異世界と言うべきかしら・・・それとも現代人がもっと運動すべきなのかしら・・・」


そうでなくとも無駄な肉の付いていないアニスの身体は均整がとれていて、彼女には羨ましく見える。

この機会に自らの運動不足もなんとかしようかと考える木谷女医だ。


そんなことをしているうちに夕方となり、授業を終えたカケル達がやってくる。


「「こんにちは!」」

『みんな、よく来てくれたわね!』


無地の検査着を着たアニスは入院患者のように見えるが、本人は元気そのものといった感じで応対している。

伊勢湾警備隊に快く迎え入れてもらえた事や元の世界にも帰れそうな事・・・その前途が明るくなってきたからだろうか・・・アニスはすっかり本調子を取り戻していた。

子供達を相手に屈託のない笑顔を向けるその姿は、年相応の少女らしいものだった。


「アニスさん、ちょっと雰囲気変わりました?」

『ああ・・・記憶が戻ったから、ね・・・これが、本来の私なのよ・・・変かな?』


だがさすがに記憶を失っていた間の行動を共にしていた彼らに素の自分を見せる事は若干の不安があった。

案の定というか・・・さっそくミサキが違和感を覚えたようで・・・それを指摘されたアニスの声が震える。

この子達からしたら、あの時のアニスと今の彼女では別人と言えなくもないのだ。

だが子供たちの反応は、とても暖かいものだった。


「いいえ、ぜんぜん!無事に記憶が戻って何よりですよ」

「そっか、記憶が戻ったのか・・・良かったな姉ちゃん」

「じゃあ私達も少しは役に立てたのかしら、おめでとうアニスさん」

『みんな・・・ありがとう』


小さな異世界の友人達は、以前と違う彼女に態度を変えることなく受け入れてくれた。

アニスは安堵のあまり力が抜けていくのを感じる・・・どうやら自分が思った以上に不安だったようだ。

目の前で笑う子供達が堪らなく愛おしい・・・もし人数が少なかったら思わず抱き締めてしまったかも知れない、そんな気分だ。

そんなアニスの前に、モニカが一歩踏み出した。


「私、アニスさんのお話が聞きたいです・・・記憶が戻ったアニスさんがどんな人だったのか・・・聞かせて貰えますか?」


モニカは真剣な眼差しで、アニスをまっすぐに見つめている。

アニスとしても、この子達に自分の事を知ってもらいたい・・・だがその全ては異世界の話だ。

この場で勝手に喋ってしまって良いのだろうか・・・そう思ってアニスが木谷女医の顔を伺うと、空気を読んだ彼女は席を立った。


「やっぱり私も軽く運動してくるわ・・・そうね、1時間くらい留守を任されてくれる?」

「「はーい」」


子供達の声に見送られ、木谷女医は部屋を後にした。

これでアニスも心置きなく話せるだろう。


『じゃあ、話すわね・・・』


それからアニスは語り出した。

王女として生まれた事、人類を襲った魔王軍の侵略の事、勇者召喚の儀式の事・・・

やがて、その話にイセカインが登場してくると・・・先程から彼女と距離を取っていたカケルも興味深そうに耳を傾けた。


その話は長きに亘った・・・気を使ってくれたのか、約束の一時間が過ぎても木谷女医は帰って来ない。

イセカインが倒された事、アニスもまた勇者となった事、そして深界王の登場・・・皆、真剣に耳を傾けていた。


『・・・深界王を倒してイセカインを送り届けたすぐ後・・・私は記憶を失って、この世界に来ていた・・・きっと送還の儀式にミスがあったのね』


あるいは・・・とアニスは思う。

・・・あの時思った「イセカインと離れたくない」という願いが儀式を変質させて、自分をこの世界に送り込んだのではないかと・・・


「ひょっとしたら、深界王が儀式の邪魔をしたのかも知れませんね」


ミツルのその意見は、伊勢湾警備隊の長官と同じものだった。


「この世界だけじゃなく異世界にまで悪さするなんてな・・・相変わらず汚いやつらだぜ」


深界王達の卑怯なやり口にコウタは憤慨している。

彼らも深界王という共通の敵の話題には共感するところが大きいのだろう。


「でもすごいわ、アニスさんも勇者としてイセカインと一緒に戦ったんですね」

『そんな、私なんて・・・ストームフェニックス達が私に力を貸してくれたおかげだもの・・・』


そう言ってアニスは腕輪を見つめる・・・その金色の腕輪には今も3つの星が輝いている。

彼らはこの世界にあっても、アニスの呼びかけに応えて力を貸してくれている。


(この力で・・・今度はイセカインのいるこの世界を助けるんだ・・・)


きっとそれこそが、自分がこの世界にやってきた意味。

そんな使命感に燃えるアニスだった。



「伊勢湾上に謎の物体が出現しました、例のプレアディス7連凄団と思われます」

「ついに現れたか・・・」

「しかも伊勢湾となると・・・おそらく敵の狙いはここじゃろうな」

「だが、こちらから出向く手間が省けたとも言えるだろう・・・カケル隊長とアニス王女を呼び出してくれ」


指令室のモニターに衛星からの映像が表示された。

一週間ぶりに出現した敵は青と藍の二体、それらが伊勢湾上空をゆっくりと移動していた。

モニターにその動きから計算された今後の進路の予測線が引かれていく・・・やはり目的地はここのようだ。


「アメリカ海軍から入電、哨戒中のゴッドフリードを救援に向かわせるとのことです」

「それはありがたいな、勇者達の整備状況は?」

「ライナー、スカイ、マリン共に修理は完了しています、いつでも出られますよ!」

「よし、まずは彼らに先行してもらおう・・・ゴッドフリードと協力して敵の侵攻を沿岸で食い止めるんだ」


伊勢湾沿岸には対深界用に遠隔操作式の無人砲台も設置されている、当然無効化されるだろうが多少の時間稼ぎにはなるだろう。

着々と防衛体制が整っていく中・・・カケルとアニスはなかなか現れなかった。


「遅い・・・二人からの連絡はないのか?」


確か2人とも同じ建物内に居たはずだ・・・少なくともアニスには外出は控えるように言ってある。

真っ先に思い浮かんだのは2人が勝手にイセカインに乗って出撃した可能性だが・・・イセカインの反応はこの本部にある。

となると、何らかの不測の事態が発生したと考えるべきだろうか・・・と、そこへオペレーターが悲痛な声を上げた。


「長官、大変です!カケル君とアニス王女が・・・」

「どうした?!まさか別の敵がすぐ近くまで・・・」

「いえ・・・その・・・喧嘩をしています」

「なんだって?!」



敵が現れた事は、二人にもすぐに伝わっていた。

知らせを受けたアニスは、すぐにイセカインの搭乗席に乗り込もうとして・・・カケルに止められたのだ。


『カケル・・・いったい何のつもりよ・・・』

「そこは僕の席だよ、勝手に乗らないで」

『でも私が行かないと戦いにならないでしょう?』

「だからって、なんでイセカインに乗るのさ?!」

『どのみち、合体したら私はここに乗るようになってるんだから良いでしょ!』

「良くないよ、アニスお姉さんには火の鳥がいるじゃないか!」

『火の鳥じゃないわ、不死鳥!ストームフェニックスよ!』

「どっちでも良いよそんなの、とにかく、僕のイセカインに触らないで!」

『いつイセカインがカケルのものになったのよ!』


激しく火花を散らして睨み合う二人。

翻訳機を介して日本語と異世界の言葉が次々に飛び交っている。

アニスに与えられた翻訳機の性能もさることながら、2人が互いに相手が何を言いそうなのか予想がついていたのも大きいだろう。


「カケル君・・・やめようよ」

「あ、アニスさんもここは抑えてください」


見かねたモニカとミサキが止めに入るが、喧嘩はいっこうに収まらない。


『だいたい子供のカケルがイセカインに乗っても何も出来ないでしょう?』

「子供って・・・アニスお姉さんだって似たようなものじゃないか!」

『ざ~んねんでした、私は魔術も使えるし、勇者としても戦えるもん!』

「むむむ・・・」


今の自分はイセカインと並び立つことが出来る勇者、もう無力なお姫様ではないのだ・・・アニスは得意げに胸を張った。

対して、戦う力を何一つ持たないカケルは言い返す言葉を失ってしまった。


『カケルは何が出来るのかな~?私が知らないこの世界の凄い技とか使えるのかな~?』


カケルが言い返さなくなったことで、調子に乗ったアニスは更にまくし立てる。

悔しさに両手をきつく握りしめ、ぷるぷると震えていたカケルだったが・・・その唇を振るわせながら小さく声を発した。


「・・・ない・・・てよ」

『なに?声が小さすぎて聞こえないわよ?言いたい事があるなら、もっとはっきり言いなさいよ』


アニスのその言葉に、カケルの感情が爆発した。


「お姉さんの力なんて要らない!異世界に帰ってよ!」


そう叫んでカケルはイセカインの搭乗席に乗り込んだ。

そのままエンジンをかけて、放水車形態のイセカインを走らせる。


「カケルくん!」


慌ててモニカがその後を追いかけるが、カケルは速度を緩めない。


『カケル・・・』


アニスは呆然と立ち尽くしていた。

カケルは泣いていた・・・その涙がアニスの胸に、棘のようにちくちくと刺さったのだ。


『わ、私は悪くないわよ・・・だってカケルが・・・』

「いや、さすがに大人げないと思うぜ」

「そうですね・・・たしかにカケル君にも問題はありましたが、あれはあんまりです」


子供達の非難するような視線が、アニスに追い打ちをかける。


『で、でも・・・』

「アニスさん、カケル君はね・・・」


それでもまだ釈然としない様子のアニスに歩み寄り、モニカは語り始めた。

それは幼馴染の彼女にしか語ることの出来ない、一人の少年の物語。


まだイセカインと出会う前のカケルが、他人を避けいつも一人でいるような子供だった事。

そんな彼がイセカインと出会って少しずつ変わっていった事。

コウタやミツル、ミサキ達が深界の事件に巻き込まれ時に、何もないはずの彼が見せた勇気。

それがきっかけで皆がカケルと友達となって、今がある事を。


『そう・・・カケルはいつも・・・』


熱心に語るモニカの話を聞きながら、アニスも記憶を失っていた時の事を思い出していた。

あの時のカケルは、旅館に一人残された自分の前に現れて、敵から護ろうとしてくれたのだ。


「俺達だって、戦える力があったらって思うよ、でも・・・」

「カケル君はそんな力がなくたって出来る事があるって教えてくれたんです」

「カケル君はアニスさんみたいなすごい力は持ってないけど、それでも、私・・・達の勇者です」


思わず、私の、と言いそうになったのを誤魔化すモニカに、子供達は一瞬笑顔を浮かべた後・・・アニスに向かって頭を下げた。


「「だから、お願いします!」」

「カケル君を、助けてあげてください」

『みんな・・・ふふっ、しょうがないわね』

「アニスさん、それじゃあ・・・」


苦笑しながら返答したアニスに、子供達の表情が輝く。


『だって私達、友達だもの・・・ね?』


そう言ってアニスが取り出して見せたのは、鎌倉で買ったお揃いのキーホルダーだった。



カケルを乗せたイセカインは門の前で停止していた。

カケルは必死にアクセルを踏み込むが、イセカインはピクリとも動かない。


「なんでだよ、イセカイン?!」

『ここから先は私有地ではありませんので、カケルに運転させるわけにはいきません』

「じゃあイセカインが早く敵の所に向かってよ!」

『では降りてください、今のカケルを連れては行けません』

「なんでだよ・・・やっぱり僕が弱いから?戦う力が僕にないから?」


カケルを連れていけない・・・そう言われて思い出すのは深界王との決戦の時の事だ。

やはり何も出来ない自分は足手纏いでしかないのか・・・そう問いかけるカケルに返ってきた言葉は、予想とは違うものだった。


『いいえ、今のカケルにはもっと大事なものが欠けています』

「もっと・・・大事なもの?」

『はい、私の知るカケルは、誰よりも強い勇気を持っていました』

「勇気ならあるじゃないか!」

『勇気とは決して蛮勇の事ではありません・・・仲間を思う心が生み出す力です』

「仲間を思う心・・・」

『カケルは、アニス王女の事がそんなに嫌いですか?』

「それは・・・」


核心を突かれ、カケルは口ごもってしまう。

アニスについて、改めて考えると自分でもよくわからなかった。


・・・綺麗な人だった。

金色の髪と、イセカインと同じ色の青い瞳の、まるで本の中から出てきたようなお姫様。

記憶を失って戸惑う彼女を見て、カケルは護りたいと思った。

・・・強い人だった。

記憶を取り戻した彼女はすごい力を持っていて、イセカインの窮地を救ってくれた。

勇者としてイセカインと一緒に戦うその姿は、カケル自身が何度も憧れたものだった。


そう、カケルは勇者のアニスが羨ましくて・・・悔しかったのだ。

悔しくて、それで妬んでいた・・・自分の欲しい物を持っているアニスが妬ましかったのだ。


「そうか・・・僕は、アニスお姉さんが嫌いなんじゃない」


自分の嫉妬心を自覚して、カケルは自分のした事を理解する。


(イセカインの言う通り・・・今の僕は、勇者失格だ・・・)


嫉妬心に振り回され、アニスに当たってしまった。

そして今イセカインをも巻き込んでいる・・・そんな自分が酷く醜く感じられた。


「ごめん、もう降りるよ・・・今の僕は、ここにいる資格なんてない」


放水車のドアを開けると、カケルは搭乗席から降りた。

きっとモニカ達にも嫌な思いをさせただろう、謝らなければ・・・

そう思いながらカケルが踏み出した先に、その少女は立っていた。


「アニス・・・お姉さん」

『カケル・・・』


自責の念からカケルはその顔をまっすぐ見ている事が出来ず、視線を逸らしてしまう。

アニスを前にして、今自分のすべき事はわかっている・・・だが声が上手く出てくれない。


「あ・・・あ・・・」


出そうとした声がかすれる・・・息が苦しい・・・


(ただ謝るのがこんなに難しいなんて・・・)


―――謝ったくらいで許してもらうつもりなのか?―――


そんな声が脳裏をよぎる。


―――このまま一生嫌われて生きろ、それがお前への罰だ―――


その言葉はとても合理的で、今のカケルには相応しいと思った。


だが・・・


(・・・そんなのは嫌だ!)


アニスと友達になった証・・・お揃いのキーホルダーを握り締め・・・カケルは勇気を振り絞って叫んだ。


「ごめんなさい!」

『ごめんなさい!』


全く同じタイミグで発せられた同じ意味の言葉を、翻訳機が1テンポ遅れて互いに伝えた。

アニスもまた、カケルと同じように苦しんでいたのだ。


「え・・・」

『え・・・』


そして同じ表情で互いを見つめる。


「・・・あははっ」

『・・・ふふっ』


気付けば、どちらからとなく二人は笑っていた。

その互いの笑顔に安心感を覚える・・・さっきまで喧嘩していた事がとても馬鹿らしく思えた。


『カケル、あなたのイセカインを勝手に借りてたわ、ごめんなさい』

「気にしないで、僕の方こそアニスお姉さんの力に嫉妬してた、ごめんなさい」


二人は改めて謝罪を交わし、がっちりと握手した。


『・・・な、なんか恥ずかしいわね』

「・・・そ、そうだね」


意見が一致したところで、弾かれたようにその手を放す。

きっと今の自分の顔色は、目の前の相手と同じに違いない・・・二人ともそう感じていた。


『カケル、アニス王女・・・無事に仲直りはできたようですね』

「イセカイン?!」

『うぇ?!今の全部見てたの?!』


タイミングを見計らって声を掛けたつもりのイセカインだが、まだ少し早かったかも知れない。

恥ずかしがる二人をなだめ、現状を伝える。


『ゴッドフリード達は先程、敵と交戦状態に入ったようです』

「そっか、僕達も急がなきゃ!」

『私はストームフェニックスで行くわ、急ぎましょ!』

「ええと、僕は・・・」

『もう足手纏いだなんて言わないわよ・・・早くイセカインに乗りなさい』

「うん!」


イセカインに乗るのを躊躇ったカケルの頭をアニスが乱暴に撫でる。

記憶喪失の時に撫でられたのとはずいぶん違うが、今のそれも悪くはなかった。




伊勢湾沿岸では藍と青・・・今回も二体の敵が人型形態を見せていた。

藍色の姉は騎士甲冑のような重厚な姿。

対して青い妹は細身の剣士風の姿をしていた。


『我が名はエレクトラ、プレアディス7連凄団が次女なり!』

『私はターユゲーテ、プレアディス7連凄団の第3女・・・お手柔らかに頼むよ』


これに相対するは修理を終えたばかりのイセライナー、イセスカイ、イセマリン・・・そしてアメリカ海軍所属のゴッドフリードだ。

敵が人型になっているのに対して、こちらは各員が基本の形態をとっていた。


戦いの口火を切ったのは、沿岸線上の固定砲台だ。

対深界凄命体用の特殊弾頭を搭載したミサイル群が一斉に火を噴いた。

それに合わせるようにイセライナーが列車砲を、上空からイセスカイが爆撃を、海上からはイージス艦形態のゴッドフリードが対艦ミサイルを発射する。


『おおっと、これはすごい歓迎だ』

『油断するなターユデーテ、あの船はタウラスフィールドを抜いてくる』

『姉さんは心配性だね・・・アレ以外は無視しても問題ないって事じゃないか』


二人は雨あられと降り注ぐ弾幕を意に介さずといった様子だ。

その視線は油断なくゴッドフリードに注がれている。

彼に搭載されたパルスレーザー砲だけが、タウラスフィールドを越えてプレアディス達を傷つけることが出来るようだ。


『にゃろ、オレっち達の事は完全に無視かよ!』

『まったく、舐められたものですね』


平気で背を向けてくるプレアディス達に、イセスカイとイセライナーが果敢に攻撃を仕掛けるが・・・やはりその攻撃はタウラスフィールドに無効化されてしまう。

しかし二人は決して攻撃の手を緩める事はなかった。


(このペースだと弾切れまでは5分足らず・・・頼みましたよ・・・マリン)


潜水艦形態のイセマリンはこれらの攻撃に参加することなく、海中に潜んでいた。

仲間達の弾幕に隠れるように、その足元にまで接近する。

今、彼の武装はそのほとんどを取り外されていた・・・どの道、彼らの武装ではプレアディスを傷付ける事が出来ないのは先刻承知済みなのだ。


彼に代わりに搭載されたのは博士保有の観測機器の数々だ。

何に使うかも不明のこれら機器だったが、アニスの協力によって魔力なるものを検知することが出来た。

そして博士はさっそく得られたデータを有効活用する事にしたのだ。


『疑似魔力生成・・・魔力式ソナー放射開始』


元々魔力についての研究も行っていた博士は、アニスの協力によって魔力の生成にまで至っていた。

とは言え、まだ生み出せる魔力量は少なく攻撃手段としての実用は難しい。

そこで考え出されたのが、この魔力式ソナーである。

超音波と共に微量の魔力を放出することで、より高精度の探知と解析を可能としたのだ。

このソナーによってイセマリンが得たデータは即座に指令室の博士の元に送られる。


「ふむ、思った通りじゃ・・・あのタウラスフィールドはこの地球で発明されていないもの・・・魔力に対しては素通しと言って良い程に無防備じゃな」

「では、アニス王女が到着するまで持ち堪えられれば勝機があるな」

「いいや、手段はまだ他にもあるぞい」


この敵に対して異世界の技術である魔術は極めて有効である事が改めて証明されたわけだが、博士は他の手段も用意しているかのように自信ありげな表情を浮かべていた。


「他の手段?そんな新兵器を開発している時間は・・・」


特にここ最近となると、日本の技術スタッフは勇者ロボたちの修理で手一杯だったはず・・・

訝しむ表情を見せる長官を尻目に、博士はゴッドフリードへ指示を出した。


「アンノウン弾頭、GOじゃ!」

『OK、アンノウン弾頭、発射する』


ゴッドフリードが発射したのは、これまでのものと同じ対艦ミサイル・・・のように見えた。

しかしそのミサイルは敵に命中する前に爆発し・・・空中に赤い花を咲かせた。


「花火?」

「いいや、アレはな・・・」


『なんだこれ?!痛い!』


博士が解説を始める前に、その攻撃を受けた敵・・・ターユゲーテが痛みを訴えた。

見ると磨き上げたラピスラズリのようなその装甲が、まるで荒いやすりをかけたかのように削り取られていた。


「どうやら思った以上に効果があったようじゃな」

「博士、あの武器は?」

「爆薬の代わりにたっぷり詰めただけじゃよ・・・奴らの破片をな」


これまでに倒したプレアディスは全て細かな破片となって砕け散っていた。

回収したその破片を弾頭に詰めただけの雑な武器・・・それがアンノウン弾頭だった。

しかし地球上にある兵器を無効化するタウラスフィールドを、この武器は無視することが出来るようだ。


「博士、この弾頭は他にも?」

「もちろん、まだたくさんあるぞい・・・勇者各員、弾頭を切り替えるのじゃ」


博士の指示を受けて、イセライナー達もこの弾頭に切り替える。

これまで無視してきた攻撃が急に殺傷力を持ってプレアディス達を襲った。


『だから油断するなと言ったのだがな・・・』

『痛たた・・・さすがに、これは予想外だよ姉さん』


虚を突かれてこの攻撃を食らったのはもっぱら青い妹の方・・・ターユゲーテだ。

致命傷にはならないものの、その全身に傷を負って痛そうにしている。

対して藍色の姉エレクトラは大きな盾を傘のように展開して、降り注ぐ攻撃を防いでいた。


『まさか妹たちの破片を武器にして使ってくるとはな・・・』

『やっぱり地球人は邪悪な存在って認定して良いんじゃないかな?』

『好き勝手言ってくれるな、侵略者が・・・』


破片の弾幕に紛れて、ゴッドフリードがパルスレーザー砲の発射態勢を取っていた。

その炉心を露出して収束したエネルギーをレーザーとして照射する。

発射は一瞬だ、回避行動など取らせない。


一瞬の閃光が勇者達の視界を、指令室のモニターを真っ白に染める。


「モニター復旧急げ!」

「たしか予備のカメラがあったはず・・・切り替えるんじゃ」


激しい閃光によって不具合を起こしたカメラの復旧は時間が掛かりそうなので、博士は予備のカメラを起動させる。

全然違う方向を向いていた予備カメラが、その向きを変えて伊勢湾を映していく。


「一体でも倒してくれていれば良いが・・・」


超出力のパルスレーザー砲と言えども、過度な期待は禁物だ。

油断なく敵の居た位置へとカメラを向ける・・・その光景を見たオペレーターが悲痛な声を上げた。


「そんな・・・無傷だなんて・・・」

「く・・・やはり対策されておったか・・・」


モニター上には発射前と変わらぬ姿で空に浮かぶエレクトラとターユゲーテの姿。

その身体に傷らしきものは・・・先程の破片によるもの以外には、付いていなかった。


「く・・・こうなっては、アンノウン弾頭だけで何とかするしかないぞ」

「もうじきイセカイン達も到着するはずだ、それまで持ちこたえてくれゴッドフリ・・・?!」


長官の激励の声は、ゴッドフリードに届く事はなかった。

なぜならゴッドフリードは、もう・・・


「これは・・・いったい何が起きたんじゃ・・・」


モニターの映像が後方に引き・・・ゴッドフリードの姿が映る。

その胴体には大きな穴が開き、周囲の装甲が溶けだしていた。


『『ゴッドフリード!』』


視界の回復した勇者達もそれに気付いて悲痛な声を上げる。

アメリカが誇る勇者ゴッドフリード・・・彼は完全に沈黙していた。


『ふぅ・・・あぶなかったぁ・・・寿命が縮む所だったよ』


そんな中で暢気な声を上げたのはターユゲーテだ。

パルスレーザー砲の照準は確実に彼女を捉えていたはずだ。


『縮む所か、尽きる所だったぞ・・・姉上に感謝せよ』

『・・・そうだね、ありがとうマイア姉さん』


エレクトラに窘められ、ターユゲーテは何もない空間に向かって感謝の言葉を告げる。

するとその声に応えたかのように、その手前の空間が紫色を帯びていった。


「光学迷彩・・・いや、魔力式ソナーには何の反応も・・・」


姿を現したそれは、まるで紫水晶の塊のように半透明で、その向こう側が透けて見えていた。

そしてその紫水晶は形を変えていく・・・高位の聖職者のような姿となった。

半透明の紫水晶は薄く伸びて布地のように柔らかくはためいている。


「紫色・・・やはり虹の7色か・・・」


最初の赤から順にオレンジ、黄、緑、青、藍・・・最後に現れた紫。

この事が意味する事は容易に想像できた。


「という事はあれが・・・」

『はい、私はマイア・・・プレアディス7連凄団の長姉を務めております』

「!」


長官のその言葉が聞こえていたかのように、プレアディスの長たるマイアは名乗りを上げた。


『地球人よ・・・時空をも歪め、この宇宙の平穏を脅かすあなた方を、私は邪悪と判断しました』

『へっ、随分とお高くとまった宇宙人だぜ』


穏やかな声で声明を述べるマイアに対して・・・イセスカイがアンノウン弾頭のミサイルを放つ。

ミサイルは命中する前に爆発し、かつてセラエノだった黄色い破片をまき散らす。


『・・・愚かしい』


マイアが小さく呟いたその時・・・黄色い破片はさらに細かく分解され・・・黄砂となって風に舞った。

そして黄砂はイセスカイのジェットエンジンの吸気口へと吸い込まれていき・・・


『な・・・こいつは・・・!』

『スカイ!』


イセスカイのエンジンが停止した・・・マイアは妹の破片を操り、一時的にタウラスフィールドを展開したのだ。

エンジンが停止したことによりイセスカイが墜落していく。


『妹たちの破片に目を付けたようですが、それは迂闊でしたね』


続いてイセライナーのアンノウン弾頭が暴発した。

次々と爆発する破片によって、イセライナーの車体がずたずたになっていく・・・


「なんということじゃ・・・よもや破片を操る能力があるとは・・・」


最後に残されたイセマリンは非武装だ。

しかし、マイアはそれを見逃すことはない。


『パルスレーザー砲・・・あなた方は本当に恐ろしい兵器を造り出しましたね』


マイアは海面へとその腕を向けた・・・強いエネルギーの光がその掌に収束していくのが見えた。


「まさか・・・あの光は・・・」


次の瞬間、激しい閃光によってモニターが白く染まった。

その現象はまさしく、ゴッドフリードが放ったパルスレーザー砲と同じ光景だ。


真っ白なモニターからは何も見ることが出来ない・・・しかしイセマリンの反応が消えた事から何が起こったのかは想像がついた。



『どうやら、これでお終いのようですね・・・』


伊勢湾の沿岸には、もはや動くものは存在していなかった。

イセスカイ、イセライナーが残骸となって転がり・・・浜辺にはゴッドフリードとイセマリンの残骸が鎮座している。

すっかり日も沈み・・・遠くの街並みの光が煌々と灯っている光景が、燃え尽きる前のろうそくの灯を思わせる。


『これより文明の初期化に入ります、来なさいエレクトラ、ターユゲーテ』

『『はい』』


マイアの紫水晶の身体に、二人の妹達が融合していく。

青と藍の二色が鎧のようにその身体を覆っていった。

3体による合体で、マイアの力は大幅に増幅されている・・・先程のパルスレーザー砲を連射する事も可能だろう。


マイアはゆっくりと高度を上げていく・・・その射界に地球の大都市を入れようとしているのだ。


「く・・・イセカインは間に合わなかったか・・・」


だが例え間に合っていた所で、あのマイアの力を前にどれ程抗えたことか・・・

ホワイトアウトしたモニターの前で、長官はがっくりと肩を落とした。


その時・・・


『諦めちゃダメだ!』

『諦めちゃダメよ!』


・・・二人のその声が指令室に響いた。


「カケル隊長に・・・アニス王女か・・・どうやら仲直りは出来たようだな」


ようやく連絡が取れた二人の無事を喜ぶ長官のその声も、どこか力ないものになっていた。


『長官、諦めないでください・・・まだ僕達がいます!』

「だがプレアディスは3体共に健在だ、君達だけではとても・・・」


その時、カケル達からも伊勢湾の惨状が見えてきた。

勇者達の残骸が転がる痛々しいその光景は、何よりも敵の強大さを物語っていた。


『くっ・・・みんな・・・』

「彼らは良く戦ってくれた・・・だがあの敵にはまったく歯が立たなかった、悔しいがこれが現実だ」

『長官・・・』


血を吐くような長官の声に、カケルはその絶望を察した。

これまで彼らが窮地に立たされた事など一度や二度ではない・・・だがその度に勇気を振り絞って戦ってきた、それが彼ら伊勢湾警備隊なのだ。

その長官の心が今、初めて折れている・・・それ程までに敵は圧倒的なのだ。


『だからって諦めるの?この世界の人間ってそんなに腰抜けだったのかしら?』

「アニス王女・・・」


挑発するかのようなその物言いだが、今の長官は怒る事もない・・・腰抜けと言われても仕方ない、そう自覚してしまっているのだ。


『あの時・・・深界王との戦いの最中で私はこの目で見たわ、この世界に溢れる勇気の力を・・・私の世界とは比べ物にならない多くの人々の希望が、あの時確かにこの世界を支えていた・・・あれは嘘だったの?!』


今のアニスははっきりと覚えている・・・あの時繋がった二つの世界が見せた奇跡を・・・それはどんな絶望にも負けない無限の力・・・


『嘘じゃないのなら、もう一度立ち上がりなさい!いいえ、今から私がたたき起こしてあげるわ!』


ストームフェニックスが大きく翼を広げて岩瀬湾へと舞い降りた。

その炎が伊勢湾を包み込んでいく・・・


『アニスお姉さん?!いったい何を・・・』


沿岸火災を起こしているようにしか見えないその光景だが、その炎は延焼することなく・・・それどころか炎に包まれた物を再生していく・・・


「これはまさか・・・お嬢ちゃん、君はストームフェニックスの力をここまで引き出せるのか?」


博士が驚愕の声を上げた。

その目の前の画面には、消失していた勇者達の反応が再び灯り出している。

不死鳥ストームフェニックスの再生の力・・・しかし彼が知っているそれを大きく上回る規模での発動だ。


『マスターアニスはアラシと違って本人が魔力を保有しておりますので・・・』

「ストームフェニックス・・・数十年ぶりに会ったと思ったら、嫌味を言いおって」

『私からしたら数百年ぶりです、まさかまだ生きているとは思いませんでした』

「ぬかせ、わしはまだまだくたばらんわい」


親しげに喋り出した二人に、周囲の目が集まる。


「博士?いったい何を・・・」

「まぁ話せば長くなるんじゃが・・・おっと、今はそれよりも勇者達の様子を見るんじゃ」

「勇者達?・・・これは・・・!」


長官は目の前の信じられない光景に目を丸くした。

不死鳥の力はカメラも修復しており・・・指令室のモニターが勇者達の姿を映している。


『俺はいったい何を・・・』

『傷が・・・直っている?!』

『あれ、なんで不時着してるんだ?!』

『解析不能な状況です・・・何が起こったのですか?』


倒されたはずの勇者達がまるで何事もなかったかのように、無傷の姿でそこにいた。

どうやら本人達もこの状況が理解出来ていないようで、その混乱が見て取れる。


「長官・・・どうやら本当に、諦めるのは早かったようじゃな」

「ああ・・・しかしこれはいったい・・・どんな奇跡が起こったんだ・・・」

『言ったでしょう?叩き起こしてあげるって・・・どう、目は覚めたかしら?』


呆然としていた長官の耳にアニスの声が自信たっぷりに響く。

その声を聞いていると、心に再び勇気の炎が燃え滾るのを感じた。


「ああ、目覚めバッチリだ、ありがとう」

『じゃあ状況を確認するわ、敵の姿が見えないけれど・・・どこに消えたの?』

「敵は我々の文明を破壊するつもりのようだ・・・おそらく高度を取って上空から都市を・・・これは!」


マイアはゆっくりと上昇を続けており・・・その姿は成層圏に迫っていた。


「成層圏・・・だと・・・」


イセカイザー、いやゴッドイセカイザーの出力を以てしても、成層圏まで上昇する事は出来ない。

かろうじて射撃の届く距離まで昇った所で、パルスレーザーの狙い撃ちにあう可能性が高い。

それに何よりも、敵の目的・・・文明の破壊がいつ始まってもおかしくない状況だった。


『成層圏って宇宙だよね?宇宙まで行く方法はあるの?』

「・・・く・・・それは・・・」


カケルの問いに、答えに詰まる長官だが・・・


「方法ならあるぞ」

「博士?!」

「・・・とは言っても、君達次第じゃがな・・・」


そう言いながら博士がコンソールを叩くと、イセカインの搭乗席のモニターに見慣れない文字列が表示された。


『・・・コード、MAX・・・博士、これは?』

「イセカイザーの新しい合体用のプログラムじゃ・・・名付けて、ブレイブフォーメーションMAX」

『新しい合体・・・ブレイブフォーメーション・・・MAX・・・』

「じゃがこれは、まだ試作段階も良い所・・・それもぶっつけ本番・・・合体を成功させるには、君とアニスお嬢ちゃんの気持ちを一つにする必要がある・・・君達に出来るかな?」

『合体が成功すれば・・・宇宙にも行けるんだね?』

「ああ、正直な所どれくらいのパワーとなるかは予測もつかないが・・・それくれいは平気でやってのけるじゃろう・・・だが、もしも合体が失敗すれば・・・君達二人の命の保証は出来んぞ?」

『そんな・・・』


それを聞いてカケルは戸惑った。

自分の命をかけるのは構わないが、アニスの命まで掛かるとなると話は別だ。

たまたま異世界から迷い込んだ彼女に、命のかかった合体を強要するわけにはいかない。


『大丈夫よカケル、やりましょう』

『でも失敗したら、アニスお姉さんも・・・』


物怖じしてしまった様子のカケルに、アニスは優しく語り掛ける。

不安そうにしながらも、しっかりと見つめ返してくるカケルの瞳から、優しさが伝わってくるのを感じた・・・


(カケルは失敗に怯えているんじゃない・・・私を心配してくれているんだ)


アニスも決して失敗が怖くないわけではない。

だが今なら、このカケルと一緒なら失敗する気はしなかった。


『私達なら出来るわよ・・・だって私、カケルの勇気を知ってるもの』

『アニスお姉さん・・・』

『ふふっ、お姉さんに任せなさいって!』

『わかった、アニスお姉さんを信じるよ』


カケルは、モニター上のコードMAXの表示を叩いた。

次の瞬間・・・カケルのブレスレットと、アニスの腕輪が同時に光を放った。


『いくよ、アニスお姉さん!』

『レッツ・・・』

『『ブレイブフォーメーション・・・MAX!』』


伊勢湾の海が大きく波打った。

荒れ狂う波の中から垣間見えるのは、海の色をした鱗と大きな背びれ・・・

アニスの腕輪から実体化した水竜リヴァイアサンが姿を現したのだ。


そのリヴァイアサンと並走するように、沿岸線をイセライナーが駆けていく・・・

やがて二体は空へと舞い上がり・・・イセライナーの青い車体と、リヴァイアサンの青い身体が空中に二本の線を描いた。


『イセライナー!』

『リヴァイアサン!』


二人の声に応えるようにイセライナーとリヴァイアサンはその軌道を交差させる。

二体は互いの中心点で合体し、Xの形となった。


『イセマリン!』

『マーゲスドーン!』


肉食恐竜を思わせる姿をした鋼の竜が、そのXの中心に食らいつく。

水中から浮上した潜水艦が二つに分かれ、その両足に装着された。


『イセスカイ!』

『ストームフェニックス!』


ジェット機と不死鳥が互いに真正面から接近していき・・・ぶつかる寸前に機首を真上に向けた。

そのまま二体はきりもみ回転をしながら上昇していく・・・そして互いに展開した脚部ががっちりとドッキングした。


『準備OKだよアニスお姉さん!』

『いくわよカケル!』


ドッキングした二機は上空でUターンして、手足を折りたたんだイセカインの元へと降りてくる。

二機の間に挟まれるようにイセカインが合体、そのまま降下するとX字を肩と腕に変形させた巨大な身体が待っていた。


『これで完成・・・?!』


そのまま接続すると思われたが・・・上手くはまらない。

なんとか形を保持しようとするが、各部位に負荷がかかり全身から火花が散った。


『そんな・・・ここまで来て・・・』


このままでは合体を維持出来ない・・・負荷に負けて身体が崩れそうになったその時。

不安定な部位へと、グレーのパーツが飛んで来た。


『この俺をのけものにしないでもらおうか』

『ゴッドフリード!』


まるで始めからそう設計されていたかのように、ゴッドフリードのパーツが接続部を補強していく。

残ったのパーツは左腕に集まり、盾のような形となった。

その全身を勇気のエネルギーと魔力が駆け巡っていく・・・最後に勇者達の各パーツが組み合わさって出来た兜が頭部に収まり、展開した装甲が仮面のように顔を覆う。


「やった、合体せいこ・・・わわっ!」

『え・・・ふぎゃっ!』


搭乗席へと転送されたアニスがカケルの上から振ってきた。

とっさに受け止めようとしたカケルだったが、もう17歳になるアニスの身体は小学生のカケルには重すぎたようだ。

二人は重なり合うようにして倒れてしまった。


『いたた・・・カケル、大丈夫?』

「うん・・・な、なんとか・・・」


カケルに覆いかぶさるような体勢になりながらも、アニスが上体を起こす。

イセカインのモニターには、合体した各部位がグリーンで表示され、どれも問題なく機能している事を現している。


『やった・・・やったよカケル!』

「うん、僕達・・・合体出来たんだ!」


無邪気に合体成功を喜ぶ二人。

その光景は指令室を賑わせていた。


「機体各部の安定を確認、ブレイブフォーメーションMAX成功です!」

「まさに最大級の合体・・・イセカイザーMAXと言ったところか・・・やってくれたな、カケル隊長」


右肩には水竜の頭部、左肩にはイセライナーの先頭車両という左右非対称な姿だが不思議と違和感はない。

その背には、ジェット機の翼が炎を纏い、白銀の両脚の膝下は黒い潜水艦・・・踵についたスクリューは水中で機能する事だろう。


「まさか・・・ここまで上手くいくとはのう・・・」


博士はその雄姿を感慨深そうに眺めていた。

幼い頃に異世界で出会った勇者ロボに憧れ、目指した長年のロボット研究の集大成が今そこにあるのだ。


「後は君達に頼んだぞ・・・カケル君、アニスお嬢ちゃん」


イセカイザーMAXがその翼を広げた。

不死鳥とジェット・・・二つの力によってその巨体が大空へ舞い上がっていく。

しかし成層圏まで浮上したマイアからも、その姿は見えていた。


『まだ立ち上がってくるのですね・・・仕方ありません』


その両手にエネルギーが収束していく・・・


「成層圏に高エネルギー反応!パルスレーザー来ます!」

「二人とも、気を付けろ!」

『ぱるすれーざー・・・って何よ?!』


だがアニスにはその意味が通じない。

カケルも実物を見たことがなかったが、レーザーという言葉からなんとか説明を試みた。


「えっと・・・すっごい光みたいなの!」

『そう、光ね・・・』


納得したようにそれだけ言うと、アニスは何やらつぶやき始めた・・・なぜか急に翻訳機が機能しなくなる。

カケルがその様子を不安そうに見ていると、前方で何かが光るのが見えた。

その光は一瞬で膨れ上がり、視界を真っ白に染め上げ・・・なかった。


『うん、本当にすっごい光だったわね・・・カケルの言った通りだわ』

「アニスお姉さん?・・・いったい何を・・・」


カケルの問いに、アニスは何でもないような顔で答えた。


『反射した』

「え・・・」

『光って聞いたから、魔術で反射出来るかなって・・・私、光属性結構使えるし・・・』

「これが・・・魔術・・・」


アニスが使ったのはただ光を反射する魔術だ。

光属性の魔術の中では特別難しくない・・・むしろ簡単な部類に入る。

光を生み出すわけでもないので、魔力消費も控えめだ。

しかし、この場面においては・・・その効果は絶大だった。


『これは・・・何が起きたのですか・・・』


魔術で反射されたパルスレーザーは、そのまま発射地点へと返っていき・・・マイアの両腕を焼き払っていた。

しかしそのダメージは鎧のように装着された妹達の部分に止まっており、高火力のパルスレーザーの直撃を受けたにしては少ない被害と言える。


『姉上、こちらの攻撃を跳ね返したのではないかと』

『痛たた・・・地球にそんな技術は無かったと思うんだけど・・・』


不測の事態に姉妹たちは困惑していた。

パルスレーザーはとても強力な兵器だったが、また反射される可能性があるとなっては、もう使えない。


『少し・・・地球人を甘く見ていたかも知れませんね』

『少し?かーなーり甘く見てたんじゃないの?』


そう呟いたマイアの言葉に応えるものが現れた。

イセカイザーMAXはこの成層圏でも全く問題なく、自由に飛び回れるようだ。


『プレアディス7連凄団!このイセカイザーMAXがいる限り、お前達の思い通りにはさせないぞ!』


カケルの声に合わせて、イセカイザーが見得を切る。

初めてとは思えない息ぴったりの様子に、二人の絆の深さが伺える。

だが今のアニスはそんな二人に嫉妬することはなかった・・・自分には自分の絆がある、割り込む必要などないのだ。


『イセカイザーMAX・・・それが地球の最大戦力ですか』

『姉上、我らの力をお使いください』


マイアを覆う鎧の一部が形を変えて一振りの剣となった。

その藍色の剣を構えると、彼女は油断なく少しずつ距離を詰めていく。


『こっちも剣で対抗だ、カイザーブレード!』


カケルの声に合わせて、イセカイザーお馴染みの勇者の剣が姿を現す。

イセカイザーがカイザーブレードを正眼に構えると、胸の不死鳥が吐いた炎が剣に纏わりついた。


「アニスお姉さん・・・これは・・・」

『ふふっ、炎の剣、ファイヤーブレードよ・・・かっこいいでしょ?』

「うん!かっこいい!」


自慢げに微笑むアニスに、カケルも素直に微笑み返す。

もうその力に嫉妬する事もない。

カケルだって勇者の一員なのだ。


『いっけぇ!ファイヤースラッシュ!』


イセカイザーが炎の剣を振り下ろす。

マイアもまた藍色の剣で真正面から斬撃を受け止める。


『く・・・タウラスフィールドが効いていない?!』


炎の魔力を帯びたその剣は、その機能を損なわれる事なく、最大限の威力を放つ。

だがマイアも決してパワー負けしていなかった。

イセカイザー渾身の斬撃をしっかりと受け止めている・・・だが。


ピキィ・・・


その藍色の剣・・・エレクトラの身体はぶつかり合う二人の力に耐えられなかったようだ。

その刀身に亀裂が入ったかと思うと、剣は半ばから折れてしまった。

マイアはとっさに間合いを取ろうとするが・・・完全には間に合わず、その身体に傷と受けてしまった。

その鎧が切り裂かれ・・・内側にある紫水晶のボディにも一筋の傷が走る。


『く・・・姉上、申し訳ありません』

『構いません・・・しかし、どうやら接近戦はこちらが不利のようですね』


そう言うなり、マイアの身体が砕け散った。

正確には本体たるボディを残して、その身体を構成する紫水晶のおよそ半分が拳大程の結晶の塊となってその周囲に飛び散ったのだ。

随分スマートな姿となったその本体には、妹達の鎧が装着され、ぴったりと全身を覆った。


『弱そうになったわね・・・このまま決着をつけるわよ!』

「なんか嫌な感じがする・・・アニスお姉さん、気を付けて」


再びマイアに接近したイセカイザーを衝撃が襲った。

その正体は紫水晶の塊。

マイアは周囲に飛び散った塊を自在に動かしてイセカイザーに攻撃してきたのだ。


『センサーに反応がありません、何らかのジャミングが行われているようです』


厄介な事に紫水晶はイセカイザーの各種センサーで補足することが出来なかった。

その上、半透明なその塊は透明度を上げている・・・目視するのも困難な状況だ。


『なるほどね・・・これがあいつの奥の手ってわけ』


実はこの攻撃はそれだけではない。

マイアは攻撃に紛れるように、より細かな結晶の欠片をイセカイザーの内部に潜り込ませ・・・タウラスフィールドによって各回路を無効化しようとしていたのだが・・・

その全身を巡る魔力に邪魔され、思うような効果は得られなかったのだった。


本来ならば欠片によって合体が維持できなくなっているはずのイセカイザーが、何事もないように動き続けている。

そればかりか・・・


『魔力式ソナー』


イセマリンに搭載された魔力式ソナーが疑似魔力ではなく本物の魔力を受けて最大限の機能を発揮していた。

魔力を帯びた超音波によって、センサーでは認識できない紫水晶の位置が明らかにされていく。


『マキシマムアクアブリット!』


そして、リヴァイアサンの頭部から放たれた水の奔流が紫水晶の塊を吹き飛ばしていく。

これで遮るものは何もなくなった、イセカイザーが間合いを詰めていく。


ここに来てマイアは確信した。


『やはりこれは特異点・・・異なる次元の者が、そこに居るのですね』

『特異点?』


そう言えば以前にもそんな言葉を聞いた気がする・・・異なる次元の者、おそらくそれは異世界人のアニスの事だろう。


『特異点・・・異なる次元の力を持ちて、この宇宙の静寂を破らん・・・ああ、なんということ』


それは初めてマイアが見せた感情らしきもの・・・恐れだ。

その動揺の色を隠すことなくマイアは一歩、また一歩と後ずさっていく・・・それはここが成層圏である事を忘れているかのような動きだった。


『だからって何だってのよ、別に私はこの世界をどうこうしようなんて思っちゃいないわよ』


急に悪者のように言われ、怖がられるこの状況はアニスにとって心外極まりない。

だがマイアはすっかり恐慌状態・・・パニックに陥っていて、アニスの言葉など届いていないようだった。


『おぞましい・・・来るな・・・それ以上私に近付くな!』


我を失ったマイアは、やたらめったらに攻撃してきた。

無軌道なその攻撃は威力こそ凄まじいものがあるが、回避は容易い。

それらをカイザーブレードで弾きながら、イセカイザーはじわじわと距離を詰めていく。


『こ、この宇宙から消え去りなさい!異物が!』


そして、ついには反射されたことすら忘れ、その両腕からパルスレーザーを撃つ体勢を取る。


『マイア姉さん、正気に戻って!』

『姉上、どうか心穏やかに!』


嘆願する妹達の声も聞こえぬまま、マイアは最大限のエネルギーをレーザーにして放った。

それはもちろん、アニスの魔術によって反射される・・・


先程のそれを大きく上回る出力で放たれたレーザーが、反射によって威力はそのままにマイアの身に降り注いだ。


『姉さ・・・ん・・・』

『姉・・・上・・・』


そのエネルギーに耐えられず、二人の妹が消滅していった。

マイア自身もまた、レーザーに焼かれ、その身体の多くを損傷している。

ボロボロになってもなお、マイアは正気を取り戻す様子はなかった。


そのあまりの取り乱しように、カケル達も戦う気がなくなってきた・・・その時。


『まだわからないのですか、マイア姉様』

『?!』


突然聞こえてきたその声・・・何者かはわからないが、その声は悲しげな響きをしていた。


『メロペー?!どこにいるの?力を貸しなさい!私と共にこの宇宙を護るのです!』

『姉様・・・私には戦う力がない事をお忘れですか?』

『それでも盾くらいの役には立ちましょう、来なさい!はやく!』


メロペーと呼ばれた存在は、声だけで姿を見せる事はなかった。

このマイアを姉と呼ぶ以上はプレアディスの仲間なのだろうが、その声がマイアの求めに応じる様子はないようだ。

もっとも、妹を盾にするつもりの姉になど、誰も従う気にはならないだろうが。


『地球の方々、私はメロペー・・・プレアディスの末妹です・・・姉が大変ご迷惑をおかけしました』


その声は通信回線に乗って指令室に届いていた。

弱々しく、気を付けないと聞き逃しそうな声だ。

だが彼女はプレアディスの末妹と名乗っている・・・長官は油断することなく言葉を選んだ。


「メロペー・・・我々に交渉を求めている、という事で良いのか?」

『はい、見ての通り、我が姉は妄執に囚われております、それも数百年も前から・・・』

「どういう事か・・・聞かせて貰えるだろうか?」

『我々プレアディスは、この宇宙の誕生より、数億年の長きに渡り・・・この宇宙の平穏を護ってきました』

「・・・途方もない話になってきたな、簡潔に説明願えるだろうか」

『申し訳ありません、では・・・』


放っておけばこの宇宙の歴史を長々と語り出しそうな彼女に、要点だけ纏めてもらうと・・・

果てしなく長い時の中で、ずっと宇宙の平和を護ってきた彼女だが、ある時を境に「異なる時空」を恐怖するようになってしまったという・・・それは時を重ねる毎に不治の病のごとく悪化していった。

そんな折、この地球から立て続けに2回もの時空振動が検出されたのだ。


1度目のそれは、アニスの中途半端な召喚術によってイセカインが召喚された時。

そして2度目は、アニスが二つの世界を長時間繋いだ送還によって、この世界に飛ばされてしまったあの時だ。

妄執に囚われたマイア達は、すぐさま地球人を疑って攻撃を仕掛けてきた、それが事の顛末らしい。


『戦う力を持たない私には姉を止める力がなく、しかしいち早くこの事態を知らせる為に、姉たちに先んじて分身を派遣したのです』


それが由比ヶ浜に現れた赤い球体だった。

今思えば、あの球体は一切の攻撃行動を取っていない。

確かにあれが、新たな敵の到来に備えるきっかけになったのも事実だ。


『こうして姉妹たちを失ってもなお、姉の妄執は収まる事がありませんでした・・・もはやどうする事も出来ないでしょう・・・申し訳ありませんが、姉を終わらせてあげて頂けますでしょうか』

「しかし、あれは君のお姉さんなんだろう?本当にそれで良いのか?」

『この宇宙を護るのが私達の使命・・・ですが今の姉はこの宇宙を乱す存在となってしまいました・・・きっとこのままでいる事は姉の本意ではないはずです・・・どうか姉を救ってください』


もはや狂気に囚われた彼女を止める手段はそれしか残されていないのだろう。

彼女の声が悲しみに包まれている理由がよくわかった。

どの道、暴走を続ける彼女をこのまま放置するわけにはいかない。


「了解した・・・心中お察しします」

『・・・ありがとうございます』


あるいは何も聞かなかった方が、純粋に人類の敵としてマイアを倒せたのかも知れない。

だが聞いてしまった、そして頼まれてしまった・・・その思いを無下にする事など出来はしない。


「聞いての通りだ、カケル隊長、アニス王女・・・辛い役割だが、これは君達にしか出来ない・・・頼めるだろうか」

『・・・わかったわ、私がやる』

「アニスお姉さん?!」

『大丈夫よ、こういうのは初めてってわけでもないしね・・・それに私も全くの無関係じゃないみたいだし』


確かに異世界での戦いの中で、アニスはこれと似たような事は経験をした事があった。

まだ子供のカケルに、あんな思いをさせる必要はない・・・そう思ったのだが・・・


「僕が背負うよ、こっちの世界の問題だもの」

『カケル・・・』

「アニスお姉さんも、異世界でこういう思いをしてきたんでしょう?・・・ならきっと、これは僕にとっても必要なことだから・・・」

『・・・なら、2人で一緒に背負いましょう』

『『いいえ、背負うのは我々全員です』』

「みんな・・・ありがとう」


伊勢湾、アメリカ、異世界・・・出会った全ての勇者達が支えてくれている・・・それは何よりも心強かった。


かつて宇宙の平和を護ってきたというプレアディス・・・

もしも運命が違っていたなら、こうして支えてくれたのは彼女達だったのかも知れない。

だが狂ってしまった運命は止められない。

狂気に取り憑かれたマイア・・・その魂を救うべく、イセカイザーは最期の一撃を放つ。


『カイザースラッシュ・・・マキシマム!』


全ての勇者たちの思いを乗せたカイザーブレードが、哀れなる紫水晶を打ち砕いた。


『ありがとう・・・勇者達・・・』


砕け散った紫水晶の破片が、キラキラと輝きを放ちながら大気圏に吸い込まれ消えていく・・・

それはまるで散っていったプレアディス達への手向けの花のようだった。


「メロペー、貴女はこれからどうするつもりですか?」

『私に与えられた力は「観測」・・・私にはこの宇宙の行く末を見守る事しか出来ません』


この宇宙の全てを見渡す事が出来る観測の力・・・それが姉妹達の中で唯一、戦う力を持たないという彼女に与えられた能力だった。


『私はこの先も未来永劫ずっと見守り続けましょう・・・あの牡牛座の片隅で』


そして願わくば・・・、と彼女は言葉を続ける。

彼女はずっと観測してきた、この宇宙を・・・そして地球を。

異世界の人間であるアニスがこの世界の者達と結んだ絆・・・それこそが彼女にとっての希望だった。

それはきっと、この宇宙を正しく導いてくれるに違いない・・・かつて彼女達がそうであったように・・・


『地球と異世界の勇者達・・・この宇宙の未来があなた達と共にありますように・・・』


その言葉を残し・・・彼女の気配が消えていく・・・

宇宙の彼方・・・牡牛座の一点、7つの星が集うその場所に、一つだけ色の違う赤い星が今日も瞬いていた。



『カケル・・・やっぱり私って、この世界にとって危険な存在なのかな・・・』


無事使命を果たしたイセカイザーが大気圏を降下していく・・・不死鳥の炎に護られ、その身体が燃え尽きる事はない。

その搭乗席で、アニスはカケルに問いかけた。

この世界に存在しない力が平穏を乱す・・・それは的外れとも言い切れないと思えた。

この力がいつか、災いとなってこの世界の平和を脅かすとしたら・・・そうなった時を思うと手が震える。


「大丈夫だよ、アニスお姉さん・・・そんな事には絶対にならないから」


振るえるその手を握り締めながら、カケルは力強く断言した。

いつしか、少年のその顔は・・・一人前の勇者の顔になっていた。


「それに、もしもそうなった時は・・・僕が必ずアニスお姉さんを止めてみせる」

『そう・・・ね・・・カケル・・・頼りにして・・・いるわ・・・』

「アニスお姉さん?!」

『ごめん・・・そろそろ限界・・・みたい・・・』


カケルに倒れ掛かるようにして、アニスは意識を失った。

あれだけ魔力を使ったのだ、無理もない。


「おつかれさま・・・アニスお姉さん」


穏やかな寝息を立て始めたアニスの身体をしっかりと支えながら、カケルはその寝顔を見守っていた。




次にアニスが目覚めたのは、それから10日後の事だった。

その目に最初に映って来たのは、心配そうに彼女を見守る子供達の姿。

もちろん、その中にはカケルの姿もあった。


「やっとお目覚めのようね・・・この子達ったら、毎日貴女のお見舞いに来てたのよ」


木谷女医が呆れたような顔で彼女に告げる。


「だってよう・・・もう10日も眠ってたんだぜ?」

「まったく、寝坊にも程がありますよ」


コウタとミツルがぼやくが、その言葉とは裏腹に表情はとても嬉しそうだ。


「アニスさん、お腹空いてますよね?」

「このお粥、私達で作ったんです、食べてください」


ミサキとモニカが作ったというお粥は溶き卵の入った卵粥だ。

軽く振られたゴマの風味が食欲をそそる。


『ありがとう、いただくわね・・・熱っ!』

「そんなにがっついちゃダメだよ、アニスお姉さん・・・ふーふーしなきゃ、ふーふー・・・」

「むー、カケル君はふーふーしちゃダメ!」


アニスが火傷しないようにふーふーして食べさせようとしたカケルからモニカがお粥を取り上げる。

不満そうな顔をするカケルだが、モニカはもっと不満そうな顔をしていた。


アニスは体調に問題も見られず、博士が開発中の異世界転移装置の手伝いをする日々を送り始めた。

その合間に、アニスはこの世界の事を学ぶべく勉強を始めるが・・・元々勉強が得意ではない上に異世界人の学力。

アニスは小学生レベルから学ぶ事になった・・・カケル達小学生が教師役だ。


「アニスさんって・・・勉強ダメだったのね」

「まさかコウタ君より出来ないなんて思いませんでしたよ」

『ううぅ・・・ご、ごめんなさい』


ミサキとミツル、カケル達の中でも学力の高い二人はあまりのアニスのダメっぷりに呆れながらも、根気よく勉強を教えてくれた。

たとえ世界が変わっても苦手な物は苦手だったのだ。

それでもなんとかアニスは勉強を続け・・・簡単な日本語と小学生並みの学力を身に着けたのだった。


そして博士の研究の方も順調に進み・・・ついにアニスが元の世界へ帰る日がやって来た。


「いよいよじゃな、お嬢ちゃん・・・準備は良いかの?」

「・・・はい」


研究施設の庭に直径50mはある巨大な転移装置が設置されていた。

これが今の技術の精一杯だそうで・・・いずれは小型化も視野に入れているらしい。

その中心地点にアニスが立つ・・・転移に支障をきたさないように、アニスは最初に着ていた服装をしていた。


「その腕輪にちょいと細工させてもらった・・・うまくいけば、それを介してこちらと通信が出来る筈じゃ」

「成功を祈ってるわ」


異世界との行き来は博士の夢でもある。

今日はその第一歩だ・・・決して失敗は許されない。

万全を期するため、アニスは儀式の呪文を唱え・・・二つの世界が再び繋がる。


「アニスお姉さん・・・」


カケル達もアニスを見送りに来ていた。

計算上は転移の成功率は99%だが、100%ではない・・・子供達は皆ハラハラした表情で見守っている。


「カケル、それに皆・・・ありがとう」


あの日彼らと出会えた事は、アニスにとって最大の幸運だった。

異世界で出来た大切な友達・・・その顔を忘れる事のないように、アニスは一人ひとりしっかりと焼きつけていく。

今アニスの懐には、あの時に貰った物が入っていた・・・彼らとお揃いのペンダント、そしてカケルに貰ったはちみつの小瓶。

ほのかにコーヒーの香りのするはちみつは、甘くて優しい味がした・・・これらを異世界に持ち帰る事が出来るかは賭けだと博士は言っていた。


転移装置の周辺が異世界と交わり・・・不思議な空間を生み出していく。

いよいよ、その時が来たのだ。


「アニスお姉さん!」

「カケル君?!」

「ダメですよ!転移に巻き込まれてしまいます!」


周囲の制止を無視してカケルがアニスに駆け寄った。

その頬を涙がこぼれ落ちる・・・アニスはそっとカケルの頭を撫でた。


「カケル・・・こんな事で泣いてちゃダメでしょ・・・」

「アニス・・・お姉さんだって・・・」


カケルを見つめるアニスの青い瞳にも、涙が滲んでいた。


「イセカインをお願いね・・・私が言うまでもないかな」

「うん、任せてよ・・・僕もきっと、アニスお姉さんみたいな勇者に・・・」


そう言いかけたカケルの唇に・・・柔らかいものが触れた。


「カケル、あなたはもう立派な勇者よ・・・次に会える時を楽しみにしてるわ」


そう言ってアニスがカケルを突き飛ばしたその瞬間・・・転移装置が強い光を放った。


激しい閃光が辺りを包み込んでいく・・・目を開けていられない程だ。

やがて、その光が収まった時・・・カケルが目を開くと、アニスの姿はそこから消えていた。




アニスがゆっくりと目を開けると、そこは魔王城の最奥、王の間・・・

イセカインによって深界王が倒されたあの瞬間へと、アニスは帰って来たのだ。

以前のように記憶喪失にはなっていない・・・カケル達の事、異世界での出来事はすべて覚えている。

その事を認識してアニスは、ほっと安堵の息をついた。


「人間の王女よ・・・雰囲気が変わったか?」


その背後から聞こえてきたのは魔王の声だ。

深界王にその身を乗っ取られ、意思を奪われてきた魔王だが・・・今や深界王の呪縛から解放され、どこか清々しい表情をしている。

魔王と言われなければ、そうは思わないかも知れない程だ。


「魔王陛下・・・と呼ぶべきかしら?」

「今の余がその名に値するかはわからぬが、好きに呼ぶが良い」

「では魔王陛下・・・人間の王女として、私は和平を申し込みます」

「和平・・・だと」

「ええ、私は決めたのよ・・・この世界を変えようって・・・これはその第一歩ってとこね」

「ふ・・・よかろう、だがそれは余の代に限るぞ?」


基本的に魔族達は、より力のある者をその王に戴かんとする。

年老いたこの魔王が魔王でいられる時間など、そうは長くないかに思われた。

そして野心を持つ者が王となれば、再び魔族達の侵略が始まる事だろう。

その時人類は、イセカイン抜きで戦わねばならないのだ。


「構わないわ、それで充分よ」


だがアニスはそう言って頷いた。

その表情は自信に満ちている・・・そんな心配はないとでも言うように。


「やはり先程とは雰囲気が違う・・・まるで勇者のような顔をするようになった」


魔王の発したその言葉に、アニスは嬉しそうに微笑みを浮かべて答えた。


「当然よ・・・私も勇者だもの」


そして彼女は歩き出す。

その右腕には、星を宿した金色の腕輪が輝き・・・異世界からのメッセージの着信を告げていた。


彼女の勇者としての戦いは、これから始まるのだ。

これから、この世界を希望に満ちたものに変えていく・・・あの異世界のように・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者 イセカイザー 榛名 @haruna1law

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ