最終話 王の帰還

登録者数11万人。ASMR系VTuberユニット『R &L』。ロレアンヌ王国の王位継承権第一位『レックス・ドリーム』とその妹『リリィ・ドリーム』が届ける極上の癒しをあなたに。

臣民リスナーから謁見ライブ中に好きなASMRをリクエストしてもらい、その場でヒーリングを行なう『あなただけのオーダーメイドASMR』で人気を博す。

主にリリィがASMRパートを担当し、レックスは雑談パートが多い。


「わぁ!すごい!めっちゃ紹介されてる!!」

「雑談パート担当て!俺もヒーラーやってるっつーの!!」

祝1周年。ユニットを組んでから夢中でライブを続けここまで成長した。

俺達はというと、相も変わらず共同作業者という関係性。


『人気絶頂!今見たい聴きたい飛び込みたい!!VTuberの世界!!!』と題した雑誌に俺たちは載った。

VTuberは星の数ほどいる。最初は見えないくらい矮小だった俺たちが、今や鈍くも輝きを放つ恒星へと成長した。

それも全て、カレンのおかげだ。


会社での俺たちは、あくまでも隣同士の先輩後輩。

「たっきーさん、午後の会議どうしますか?」

「あぁ。引き継ぎもあるかもだから一緒に出てくれる?」

「はい!」

…会社では『せんぱい』呼びやめなくてもよかったんだがな…?なんてね。


そんなある日の仕事帰り、カレンに呼び出された。

いつものファミレス。浮かない顔で前に座る彼女。


「で?どうしたんだ?」

「コウ君。あのね。」

なんとなく、理由は…分かる気がする。


「異動が、決まったんだ。」

「異動…。」

「音響事業部。」

「まじか。やったな!!おめd」

「おめでたくない!おめでたくなんか…ないよ。」

「…おう。」

「まず、2年間は音響機器メーカーに出向だって。」

「そっか。って言っても、関東周辺でしょ?」

「…大阪。」

「え。」

なるほど。これが曇り顔の真の要因か。

予想外の遠さに、俺も言葉を詰まらせた。


「ライブ…できなくなっちゃう。」

「それは…まぁ。」

「ごめん…ごめんね。」

そう言って俯くカレン。


「謝るなって。めでたい事なんだから。大丈夫!なんとかなるさ。とにかくなんか食おうぜ。昼もなんも食ってなかったろ。」

「え…気づいてたの?」

「当たり前だ。午前中に部長んとこ呼ばれて、戻ってきたらその顔だ。どれだけ一緒にいると思ってんだよ。」

そう。それだけ一緒にいる。食べ物の好き嫌い、ちょっと下ネタが苦手、音楽は意外とロックミュージックが好き、酒を飲むとキャラが変わる、などなど。俺しか知らない彼女カレンはいっぱいある。少し顔が曇れば、何かあったんだと気づくのは当然だ。

そこからは、ささっと飯を済ませて早めに帰ることにした。こういう日は風呂入って温まって寝るに限る!


帰り際、

「でもほら、ライブだったらさ。遠距離でもできるだろ。」

ほんとに軽い気持ちで口走ってしまった。


「…ダメ。」

「ん?」

彼女は立ち止った。その目には、大粒の涙。しまったと、思った。


「コウ君の隣じゃなきゃ、ダメ。」

「え。」

抑えていた気持ちが堰を切って流れ出す。


「カレン。」

「私は、コウ君が…好き。ずっと一緒にいたい。コウ君がいるから、毎日頑張ってこれた。仕事も、ライブも。」

「…そんな存在に、なれたんだな。俺は。」

そう言って、彼女をそっと抱き寄せる。

軽い気持ちで『遠距離でも』なんて言ってしまった自分に嫌悪感を抱く。

彼女はいつも本気で俺を信頼してくれていた。

傍に、いてくれていた。


「ありがとう。カレン。」

涙が、俺の胸を濡らす。


「ね。顔あげて。」

「…やだ。グズグズだし。」

「じゃ、そのまま聞いて。俺はさ、1人じゃなんもできなかった。それを叱ってくれて、変わるきっかけをくれたのはカレンだ。」

「あの飲み会は…ごめん。」

「俺にとってはあれが転機だった。カレンが俺の人生を、照らしてくれたんだ。」

「コウ、君。」

何の取り柄もない俺を、好きと言ってくれた。心がぎゅっと締め付けられ、愛しさと暖かさが溢れ出す。


笹山ささやまカレン。俺と、結婚してください。」

「え?」

「あ…。」

勢い余ってしまった。なんでこうも詰めが甘いんだ俺は!!


「あぁあ、いや。ちょっと一緒にいる時間がなななな、長くてさ。付き合ってるって勘違いしてたわけじゃないぞ!?えーっと、あの。」

「ふふふ。はははは!」

「ははは…。」

涙が、笑顔に変わった。


「はい。滝口たきぐち幸之助こうのすけと、結婚します!」


「え…?まじ?」

「うん。」

とんでもない展開になった。けど、これも俺たちらしいか。

笑って、怒って、泣いて、楽しむ。

彼女となら、何でもできる。どこへでも行ける。

だから、俺は。


「カレン。好きだ。」

「はい!」



それからの2年は、文字通りの『遠距離恋愛』だった。色々ぶっ飛ばしちまったけど、結婚を前提に付き合うことになった。

『R&L』はライブ配信を停止。11万人を突破した登録者数も1/10まで減った。

なに。これからの俺たちには、ちょうどいい試練さ。



『カーン…カーン』

鐘の音が降り注ぐ。臣民を前にして、マントを翻し立つ一人の男。


「臣民諸君!我は、『国王』レックス・ドリームである!!」


「そして、我が妹…リリィ・ドリームだ。」


『リリィ殿下…!』

『リリィさまー!』

『リリィ殿下、万歳!!!』


「我々は帰ってきた。新生『ロレアンヌ王国』の建国を、ここに宣言する!!」


臣民リスナーはひれ伏す。彼らの前に。

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ささやいて!笹山ちゃん!! 森零七 @Mori07

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