第3話 プロポーズ

「ホント、すいませんでした!」

週明け、出勤直後に呼び出され謝られる。半泣きの笹山ちゃん。


「あぁ。いいっていいって。俺も仕事で負荷かけちゃったり悪かったし…はは。」

「昔から…その…お酒にやられてしまうことが多くて。」

昔からって…飲めるようになったのはここ4年くらいでしょうよ。まぁでもこの感じだと大学時代も滅茶苦茶失敗してるな?

とはいえ、自分の非を謝ることができる。なんていい子なんだ。


「あの、よければ今度。お詫びさせてください。」

「おわ…?」

「ご飯でもどうですか?」

「まじ?!あ、いやほんと、そんな気を遣わなくていいって!あとだってほら…。」

「…?」

そんな目で見るな!


「彼氏に悪いし…。」

「え…いませんよ。」

は?じゃあ、あの爽やかな青年は…。


「あ、そう?んー。じゃ、今週金曜日、とか?」

「わかりましたっ!」

正直、以前ほどワクワクしていない自分がいる。それは彼女の『本性』を見てしまったからなのか。それとも親密度が上がってレアリティが下がってしまったからなのか。思えば、先週金曜日の18時半頃が最高潮だったかもしれん。


今週は割と調子が良い。

突然販促プロジェクトのリーダーを任されることになり、資料作りに追われた。その他の仕事も順序立てて流すことで笹山ちゃんの手を煩わせることも少ない…と思う。今のところは。


「よしっ。たっきーせんぱい。資料確認お願いします!」

「あぁ、ごめん!これから会議だから…共用サーバーに上げといて。帰ってきたら見るから。」

「もうすぐお昼ですよ?ご飯食べられないじゃないですか。」

「メーカー側がどうしてもこの時間じゃなきゃってさ。じゃ…」

ん?引っ張られる感覚がある。

「せんぱい。」

「お?」

何かをささやく笹山ちゃん。回転しかけた椅子を少し戻す。

「金曜日、楽しみですね。」


それだけで、猛烈に頑張れる気がした。やっぱワクワクするなぁオイ!!

我ながら実に単純である。


「久しぶりだな!諸君!」

平日夜、きまぐれに配信を始める。本当に久しぶりである。

当初は1日30分でもと思って始めたが、今や0分の日ばかりだ。

挨拶される臣民しんみんことリスナーは今のところゼロ。まぁ、こんなゴールデンタイムにいる暇人もないか…。


話題は無い。全く無い。


こういう時便利なのは『臣民しんみん進言しんげん』という時間である。要するにリスナーが話題を振るのである。全くの偶然だが、王子というキャラ付けが功を奏した。

人気ないクセに変なところでこだわりを発揮する。


「というわけで、皆の意見を聞かせてくれ。」

フリは完璧。しかし、


『…。』


肝心の臣民しんみんが不在である。マジで誰に向かって話してるんだ俺は。

諦めかけた刹那、


『またASMRやってください!』


一つ、コメントがついた。待望のコメントだ。


「ふむ。AS…何やら分からんが、何をすれば良いのだ?」

『マイクに向かって、囁いてください!』

「囁く…?」

コメントがついた嬉しさは滲ませない。あくまでも冷静に振る舞うクールな王子。

知らないことは知らないと言う。あくまでも臣民しんみんに寄り添う優しき王子。


「こうか?何を…囁けばいいんだ?」

『オノマトペとか。』

「オノマトペ?」

全く知らない単語だ。


『擬音です!』

「擬音か。ふむ。」


「とことことこ」

「ぺちぺちぺち」

「がたがたがた」

「ねちゃねちゃねちゃ」


思いつく限りの擬音を発してみる。マイクに向かって囁く様は滑稽そのものだろう。顔を出さないからこそできる境地だ。


「さくさくさく」

「てれてれてれ」

「ぱたぱたぱた」

「まねまねまね」


夢中で発し続けた。中には多分オノマトペですらないモノも混ざっていただろうが…とにかく夢中だった。

もうすぐ枠いっぱい、30分が経とうというところで再びコメントがついた。


『きもちくて寝落ちしかけてました!ありがとうございますレックス様!!』


なんと、感謝された。気持ちいいのか!?

こんな、冴えないオッサンが囁くだけで。癒される人が、いるとは。

申し訳なさと同時に一つの真理に辿り着く。


「そうか。誰でもいいんだ。」


音には人を癒す力がある。特にASMRは、脳に直接届く。気持ち良さ、安らぎ、満足感。全てをいっぺんに浴びることができる。

そしてそれは、誰が発しても良い。受け取り手は、この世に溢れるASMRの中から自分の好みを選別して視聴する。


「こりゃ、面白いことになりそうだぜ。」

俺の中に考えが浮かんだ。このチャンスを、逃すわけにはいかない。


「いいの?ファミレスで。」

「こっちの方が、気兼ねなく過ごせるかと思いましてっ!」

「確かに。そうだね。」

金曜日の退勤後。笹山ちゃんプレゼンツ、詫びファミレス会が始まった。今度は勿論ノンアルコール。

お互いに素面で色々なことを話す。思いの外会話は途切れず、あっという間に時間が過ぎていった。


「そいや、声優やってたんだよね?」

「やってたというか、専門学校に通ってただけです…。」

「そっか。なんか、今でも聞けるものとかないの?」

「え?!えぇ…っとそれは…。」

あ、てかそれはいわゆる黒歴史みたいな感じなのか?あぁ、軽率だった。


「MAGのラジオCMなら…。」

「MAG?」

「私の通ってた声優学校です。」

ほう。MAGか。知らんな。


「あ、これか。メディア&アニメーション文化学園。」

「それ…です。そのページのCMアーカイブにまだあると思います…。」

案外丁寧に誘導してくれた。はは、よかったよかった。


『ねぇねぇ。MAGって知ってる?メディア&アニメーション文化学園。』

『第一線で活躍する声優・俳優排出ナンバーワン!』

『あなたの夢を叶えるところ。MAG!』

『MAGでけんさく!』


全編にわたって『囁き声』で耳がくすぐったくなるような、モロASMRだ。

すごい。すごすぎる!


「めっちゃいい。」

余韻に浸りまくっていた。


「え!?あ…あぁ、はい。ありがと、ございます。」

みるみる顔を赤くする笹山ちゃん。


「マジでお世辞抜きで、プロだと思った。」

「ありがとうございます。」

「なんで辞めちゃったの?」

「自信が…なかったんです。」

先週同様少し伏し目がちになる。でも、話しを続けてくれた。


「プロになるのって、誰かを蹴落としてでも自分が輝かなきゃいけないんです。私はそれができなかった。する勇気が無かった。」

「蹴落とす、か。確かに、厳しい世界だ。」

「専門学校はホント楽しかったです。周囲と高め合って。チームワークも良くて。でも、の強い子たちには勝てませんでした。私は、蹴落とされたんです。」

絶望とまではいかないが、悔しかったのだと思う。自分の追いかけた夢。もう少しで手が届きそうだった夢。それを、一瞬で追い抜かれる無力感。


でも、だ。アプローチの仕方は一つじゃない。遠回りしたっていい。バカだアホだと言われてもいい。自分の気持ちに蓋をして、目を背けるのは絶対に後悔する。


「その夢さ。もう一度追っかけてみないか?」

「え?」

にわかに、目がきらめく。


「実は俺、VTuberやってんだ。だから、その。俺と、一緒に配信者になってくれないか?」

一世一代の、プロポーズだ。

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