第4話 喜怒哀楽ジェットコースター
L「お疲れですか?ふふ。私に任せてください。」
L「はぁーはぁー」
L「すくすくすく」
L「ぺちゃぺちゃぺちゃ」
L「ふぅーふぅー」
L「今日も一日、お疲れさまでした。じゃあ、また。」
-金曜日の夜、ファミレスにて。
「実は俺、VTuberやってんだ。だから、その。俺と、一緒に配信者になってくれないか?」
覚悟を決め、大勝負に出る。キッパリ断られるかもしれない。でも、笹山ちゃんがどうしても必要だと思った。
「え、あ、あの。」
「分かる。分かるよ。俺もバカなお願いをしてる。でもさ。笹山さんの声を聞いて思った。君の声は、人を癒す力がある。」
畳みかける。…少し勢いに任せすぎたか?
「…。」
「はは。…ごめん。」
「ちょっと…飲み物取ってきます。」
「あぁ、うん。」
もしかしたら、色々と終わったかもしれない。笹山ちゃんとの関係。俺のVTuberとしての活動。サラリーマン人生。
「マジあいつキモすぎぃ!なんなん!?」
酒を煽りながら飲み会で言いふらされるところを想像してゾッとする。そして何よりも。
「せんぱい、おはようございますっ!」
仮に俺がセクハラとかで異動になって、このささやきが他の人に取られるのかと思うと。とてつもなく悔しい。出過ぎた真似をしてしまった!あぁあ!
「あ、おかえり。」
「…。」
『コトン』
コップを置く音が響く位には静かだ。
「先輩は、どのくらい本気ですか。」
「ん?」
「ちょっとやってみようなのか。全てのVTuberの頂点まで行きたいのか。」
さっきまでの穏やかさからは一転、真剣な眼差しを向けられる。
「そりゃ、笹山さんを誘うくらいだから。中途半端な気持ちじゃない。でも俺にはまだスキルも何にもない。だから、一緒に作り上げたい。それに、協力して欲しい。」
「ちょっと、考えさせてもらっていいですか。」
「おん。うんうん!そうしよう。あ、ちなみに、これが俺。」
「レックス・ドリーム、ですか。」
もう隠すことも恥ずかしいこともない。全てを笹山ちゃんの前に曝け出す。
「では先輩、また来週。」
「うん。今日はありがとね。」
「はい。ありがとうございました!」
今まで見たことの無い『作り笑い』が彼女の顔に張り付いていた。そうか、ダメか。
感触は本当に良くなかった。『プロポーズ』をしてからはお互いあまりしゃべらずに、目もほぼ合わせることなく解散した。
まるで失恋したような気分だ。今までの彼女に対する感情は、恋愛のそれとは違ったと思う。でも、ものすごい喪失感に襲われる。はぁ、こんな短期間に2度もこんな気分になるとはね。憂鬱な土日が始まる。
『ポポポポ…ポポポポ』
ん…土日はアラーム設定してないはずなのに?なんだ?
部長からの電話だった。嫌な予感がする。
「はい。あ、部長おはy…え!?マジすか!?あ。はい。わかりました!すいません!!今からすぐ行きます!」
緊急招集。予感的中。詳しくは聞けなかったが、仕事で何かミスがあったようだった。
しかも休みの日の呼び出し。相当マズい気がするぞ…。
「おはようございます!」
誰もいない薄暗いオフィスに響き渡る。
一角に、灯りがともっていた。そこに、見慣れた顔が並ぶ。
「部長、笹山…さん。」
「…せんぱい。ごめんなさい。」
「とにかく、事態の収拾が先だ。滝口、任せたぞ?」
「あぁ、はい!」
笹山ちゃんは俯き気味ではあるが、冷静に聞き取りに応じてくれた。なるほど、想像以上にまずい状況だ。
俺は今週の頭から『ある家電の販促プロジェクト』のリーダーを任された。
その家電は大手メーカーの最新機種で、当社もかなりの力を注ぐプロジェクトだ。その中で、量販店やショッピングモールでの見本展示のための『デモ機在庫』の確保を進めていた。
各社在庫の取り合いになることが予想されていたために、少しでも早く確保するため奔走した。
そして協議の末、『30台確約』という例にない数のデモ機確保に喜んでいた。いたのだが。
「蓋を開けてみたら、型落ち機種だったと。」
「…ホント…すみません。申し訳ございません!」
「謝らないでいいよ。俺も資料もらって確認した時に気づけなかった。これは全部俺のミスだ。」
『型落ちデモ機』が届いたショッピングモールからの電話で事態が発覚した。さて、どうしようか。
起きてしまったことはどうしようもない。まずはショッピングモールに詫びの電話を入れる。それから土日でも繋がるメーカー営業に片っ端から電話を入れる。
断られる覚悟と首を飛ばす覚悟でとにかく謝る。
だが、不幸中の幸い。人生、悪いことばっかじゃない。
メーカー側が、途中で型落ち機種だと気づいて最新機種に出荷を振り替えてくれていたのだ。
「本当ですか!?」
「連絡遅くなってすみません。5台出荷した時点で振り替えられたので、多分被害は最低限で済むと思います!」
「5台ですね。すぐ取りに行きます!!」
「いいんですか?では、よろしくお願いします。」
「はぁ…よかった。」
「あぁ~ずびばぜん~せんぱぁい!」
「ひとまず、窮地は脱した。ふぅ~。」
いかんいかん。まだ全部終わったわけじゃない。
「じゃ、行ってくるわ。」
「私も行きます!」
「え?でも力仕事になるかもだぞ?」
「私が蒔いた種です。私も、責任をとります!」
「そか。じゃ、行こう。」
それから、2人で協力して5台の回収と交換に向かった。当社がこの型落ち5台を引き取ることでこの件は収まるらしい。これにて、本当の一件落着だ。
『バンッ』
「はい。お疲れ。コーヒーとジュース。どっちがいい?」
「あ、ありがとう。ございます。」
缶コーヒーを手に取る笹山ちゃん。
『プシュッ』
「んっんっ。はぁ。終わった終わった。」
「ほんと、すみませんでした。」
「いいってことよ。さっきも言ったけど。これは俺のミスだ。笹山さんは何も心配する必要な…。」
そう言った途端に、泣き崩れる彼女。いままでギリギリのところで我慢してた感情が、一気にあふれ出す。
「怖かったよな。」
「ひっく…すっごく怖かったです。もう、仕事ができないかもと思うと。怖かったです。」
「そんなことはないさ。結局は誰かがなんとかしてくれる。あと、自分も頑張ったじゃんか。」
「はい。…はい。」
震える手でコーヒーを握りしめる。そして、
『プシュァッ』
「んっんっんっ…ぷはぁ!」
一気飲み。思い返してみれば、飯も飲み物もほぼとっていない。
「ははは!なんか食いに行くか。」
「はい!先輩となら、どこへでも。」
「あ?なんだそれ。じゃ、まず車返し行くぞ。」
「はいっ!」
この1週間位に笹山ちゃんの喜怒哀楽を全て見た気がする。
さてさて、今日も今日とてがっつり食いにいきますか。
L「お仕事、大変ですか?うまくいってないですか?」
L「えらいです。すごく頑張っていて。」
L「リリィは…頑張ってるあなたを癒してあげます。」
L「あなたの好きな音は、なんですか?」
L「わかりました。じゃあ、いきますね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます