第5話 リリィ・ドリーム
「笹山さん。ちょっといい?」
「はい。」
今日は俺の方からモーションをかける。
「今度さ、俺の家…の方、来てくれないか?」
「家、の方?」
「あぁ、ちょっと見せたいものあってさ。」
「私もちょうど、話したいことがあるんですっ。またファミレスとかd」
「ファミレスだと、見せられない…ものなんだ。」
「えっ。」
―時が止まった。
両手で口を押さえて固まる笹山ちゃん。
そりゃそうだ。大体のものは大きくても写真か何かで見せられる。これも今思えば俺の作戦ミスだ。ほんと、気の利かない男でごめんな…。
「いや、変なもんじゃない!まじで!」
「えぇー?」
ジトっとした目でこっちを見る。いやはや、またこうやって目を合わせることができて嬉しい限り。
なんて浮かれてる場合じゃない!この疑いを晴らさねば。
「わかり、ました。じゃあ、せんぱいの家…の方…いきます。」
断じてそういう意図はなかったが、マジ可愛い。ごめん。
とりあえず、またまた金曜日の会社帰りになった。
そういえば、俺の話に埋もれてたが…笹山ちゃんも『話したいことがある』って言ってたな。
やっぱり、断られるのだろうか。その場合、やんわりと言われるのはショックがデカい。どうせなら、ベロンベロンの閻魔状態で心臓を一突きしてほしいなぁ。
―そんなこんな、金曜日。
「ここ。俺んち。ちょっと待ってて!!」
「は、はい。」
そう言ってアパートの入り口付近で待機してもらう。
急いで帰り、『例の物』を担ぎ出す。決していかがわしい物なんかじゃない。
「はっはっはっ。お待たせ!」
「はい。あっ。」
目を丸くして俺を見る。それもそのはずだ。
「え、ダミー…ヘッドマイク。え、え!?なんでですか。」
「これが、俺の本気度合い。」
「本気…。これ、高かったんじゃ?」
「音響事業部にね。同期がいるんだけど。1台融通してもらえたんだ。ははは。値段は…聞かないで。」
ぶっちゃけマジで中古車一台買えそうな値段だった。社内割があっても相当高かった。
「すごい。すごいです!せんぱいすごい!!!」
目を輝かせ、頭部をなめ回すように見る笹山ちゃん。へへ。これだ。この反応だ…あぁ。
そして、立ち話もナンなんで公園のベンチに腰を落とす。男女ペアと頭部1台が1列に並ぶ。めちゃくちゃシュールな光景である。
「で、笹山さんの話ってなに?」
「あ、そだ。これ。見てください。」
そう言って1枚の紙を渡された。
「リリィ・ドリーム。」
「へ?これって。」
「私なりに、設定を考えてみました。」
「マジ!?え、それつまり。えっと。」
「私も、やります。やりたいです。」
リリィ・ドリーム。14歳。レックス・ドリーム王子の妹にしてヒーリング魔法の使い手。
『ヒールヴォイス』は、聴く全ての人を癒す。
リスナーの要望に応える形でオーダーメイドでASMRを届ける。コンセプトは『無垢な癒し』。
「どうでしょうか…?」
「いい。いいよこれ!!すごい。すごすぎる!!!」
正直、非の打ちようがなかった。妹、ヒーラー、ASMR。癒しの要素が惜しげも無く詰め込まれている。これに笹山ちゃんの声が合わされば。最高最強になること間違いなしだ。
「ありがとう、ございますっ!」
「マジ、断られるんじゃないかって思ってた。いいの、か?」
「すっごく、考えました。でもせんぱいが言ってくれました。私の声には人を癒す力があるって。それを、信じてみたかったんです。」
「うっわ。泣きそう。はは。」
「あと純粋に、この前困ってる私に手を差し伸べてくれたせんぱいに、恩返しがしたかったんです。」
そんな、恩返しなんて。これからの人生、そうやって人と人が支え合っていくことなんていくらでもあるだろうに。
だが、この気持ちは素直に嬉しい。
「ありがとう。」
「がんばりましょう!」
「で、活動なんだけどさ。どこでしよっか…?」
「あ。え。あ。」
ぶっちゃけ、そこまで考えていなかった。
―カラオケか?
「じゃ、録音するよ?」
「は、はい。」
L「ぞわぞわぞわぞわ」
L「とぅくとぅく」
「おまたせしやした!お飲み物ですぁ!」
「ひぃ!」
「うぉう!!」
―ネカフェか?!
L「ふぅふぅふぅふぅ」
L「ぺたぺたぺた」
「ズォオオオ…ズォオオオ」
「い、いびき…?」
―公民館か!?
R「すくすくすく」
R「ぱりぱりぱりぱり」
「あら、面白いお人形さんね。」
「あ、はい…。」
「ははは。」
―で。
「結局、ここが一番落ち着く…?」
「そ、そうですね。」
万策尽きそうになったので、一旦俺の家に落ち着いた。しょうがねぇよな!?な!?
「じゃ、気を取り直して録音してみんべ。」
「あ、いや。録音じゃないです。生配信、します。」
「え?まじ?」
「はい。リリィは、配信でデビューします。」
「そっか。わかった。台本…は?」
「ありません。」
「えぇ!?」
目つきが変わり、声のトーンも落とし気味になる笹山ちゃん。
L「お兄さま。」
L「ごきげんよう。」
そう囁き、薄く微笑む。なんだ。なんなんだ、この感覚は。
そうか。もう既に彼女は、いつも隣にいる可憐な成人女性ではく。
レックスが妹、14歳の『リリィ・ドリーム』なのだ。
R「おぉ。リリィ。準備は良いな?」
L「はい。お兄さま。」
R「では、参ろうか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます