第2話 天使と悪魔
「てかさ。名前がだっさい。なに?滝口幸之助ってー。」
週末。第一四半期のお疲れ様を込めて、職場の飲み会が開かれた。
「あとさ、マジで仕事ミスするのやめて?あーしがいっつもいっつもケツ拭いてるんですけど。」
終末。5つ下の後輩にこの世の終わりみたいな説教をされ涙目になる。あっれ?俺、なんでこんな目にあってんだっけ…?
―時を戻そう
『カチャカチャ』
「「かんぱーい!」」
『ゴクゴク…』
「っぷはぁー!」
始まりは和気藹々だった。俺は奇跡の席順に気を良くし勢いよく杯を乾かす。
「せんぱいすごぉい!はは!」
そう、マイエンジェルこと笹山カレンちゃんが目の前に座っているのである。
エクストラボーナスステージが始まった。遅刻ギリでも会社に来てよかったぜ…。
今日は散々だった。ASMRを聴き漁って寝落ちして会社に遅刻しかける。A社に送るべき書類をB社に送る。発注数を1桁間違えそうになる。寝不足からか会議で爆睡する…などなど。
ま、全部自分が悪いんだけどな!
完全無欠レックス・ドリーム様とは似ても似つかない、超ダメ男である。
そんなダメダメな1日だったが、目の前の天使が僕を癒す。
『ゴクゴク…』
「すっごいです…喉乾いてたんですか?」
「あぁ、まぁね。笹山さんは、お酒飲める?」
「私は…あんまり。へへ。」
「そっかそっか。ま、無理して飲まないでよ。もうそういう時代じゃ無いしね。」
「ありがとうございますっ!」
『ゴクゴク…』
そう言って笹山ちゃんはジョッキを煽る。いや、絶対飲めるクチだろう!
「俺は、特にしたいこともない大学生活だったなぁ。卒業までサボり続けた結果、まぁぎりっぎりこの会社が拾ってくれた。」
飲み会ド定番の「大学〜採用までナニしてた?」を展開する。この話が始まったと言うことは話題が尽きるのも近い。
「笹山さんは?なんでこの会社に??」
「あたしは…。」
顔が紅潮している。少し飲み過ぎじゃないか?まぁ、でも酔った姿もかわいいなぁ。
「あたしは、マイクとかスピーカーとか音響機器が好きなんですよ。」
斜め上の回答だった。そして、ちょっと伏目がちになって続ける。
「ほんとは…声優になりたかったんです。」
「声優?!」
「はい。会社に入る前は専門学校に通いました。大学とダブルスクールです。でも、ぜんっぜんだめでした。」
極めて狭き門とは聞くが、こんな可愛い子もなれないのか。残酷な世界である。
「ちょっとでもそういう、音響系に携わりたいなと思ってたんです。そしたら、この会社が。だから、いずれは音響事業部にいきたいですっ!」
「なるほど。」
思い入れが違う。そりゃ毎日バリバリ働くわけだ。
俺たちがいるのは家電事業部。確かに、明確にやりたいことがあるなら少しでも実績を上げなきゃだわ。
「すげぇなぁ。俺とは雲泥の差だ。」
「だめですよ!さっきからせんぱいの口からはマイナスの言葉しか出てませんっ!」
「あーははは。ごめんごめん。」
いかんいかん。ちょっと卑屈になりすぎたかもしれん。
「さ、じゃあ、笹山ちゃんの今後の健闘を祈って、もっかい乾杯!!」
『『カチャン』』
―で、今に至るってわけ。
人は見かけによらねぇな?!目の前の天使が、まさか最凶の悪魔だったとは…。
いやでも、俺は信じ続けたい!これも『声優時代に身につけた演技』であると。
「マジさ。幸之助のせいであーしが異動できなくなったら、一生恨ぁむかんな?マジ覚悟しとけよ?ぁ?」
「へい…。」
「返ぇん事ちっせぇんだぉ!そんなんじゃ声優でやってけねぇぞ!」
やってくつもりなんかない。あ、でも最近ちょっと齧ってるか。
あぁ…はやく帰って配信したい…。
「なんでそんなに音響事業部に異動したいんだ?」
「あ?…なんでもいいだろぉ。」
もう酔いすぎて寝てしまいそうである。
「そ、そうだね。ごめん。」
「…ダミヘ。」
「ん?」
「なんだよ。ダミヘも知らねぇのかよ。」
「はは、すいません。」
「トイレ!!!」
そう言ってヨタヨタと歩き去る笹山ちゃん。千鳥足が酔っ払い感を増長する。
嵐は一旦過ぎ去った。
ふむ。ダミヘダミヘ。この隙に検索を試みる。
んん?これか?
『ダミーヘッドマイク』
うわぉ!人間の頭の形をしている!?
最近なにかと俺の中で話題のASMR。世間でも注目されてるのか。まだまだ知らないことがいっぱいあるなぁ。
「たでやーす。」
「おう。おかえり。」
「はぁい、カレンちゃんだよー。」
『ドサッ』
「おいおい!!!やめr…うわ酒クサッ!」
酔っ払いだからな。酒臭いのは当たり前として。さすがに5つ下の女子と密着するのは言い逃れできんぞ!?セクハラではありませーん!!
「で。ダミヘ調べたか?バカ口アホ之助。」
ホントものすごい失礼な奴である。しかしまぁ、この状況で相殺してやろう。
「これだろ。」
「おぉー偉い!ちゃんと調べられたねぇ。」
「うっせぇ。早く席戻れ!」
「こうやって、囁かれるの好きでしょ?」
一瞬俺の中で、何か『理性の蓋』みたいなのが外れかけた。
ケラケラ笑いながら、笹山ちゃんは元いた席に戻る。ホントマジ、もう…勘弁してください。
「ダミヘ。高いんだよ。」
彼女は続ける。
「高すぎて、皆が皆手に入らない。」
「だな?安くても…7、8万はするな。」
「だから、ちょっとでも気軽に手に入るようにしたい。それが、あたしの夢。」
物凄い真っ当な夢だ。声優も目指した経験があって、音響関係に興味があって仕事の夢もある。はぁ。俺の1億倍は真っ当に社会人をしている。
「ASMR好きなの?」
「ナイショ。」
「えぇ…?そこまで言ってんのにか?」
「たっきーせんぱいとは、まだ仲良くないし。言う義理ないっしょ?」
「たしかに。そうだな。」
もう一歩のところで尻尾を引っ込められてしまった。ま、確かに俺たちはなんでも無い。ただの『同僚』だ。
彼女が寝入ると同時に、怒涛の飲み会が終わった。
「ほんと、すいません!」
爽やかな青年が平謝りする。誰だ…?
「りょう君すきー!」
あぁ!そっか!!彼氏だ!彼ぴっぴ!ははー!
「おい、カレン。ちゃんとお礼言えよ!」
「ほいー。あざーす!たっきーばいばーい!」
「ありがとうございました!このお礼はいつか。」
「あぁ、いいですいいです大丈夫。気をつけて帰ってください。」
『ブゥーン』
はぁ。なんか疲れたな。
今日は、配信せず寝るか。
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