第1話 レックス・ドリーム
「じゃーみんな、またなっ!」
俺の名前はレックス・ドリーム。ロレアンヌ王国の王位継承権第一位。レックスとは『王』を意味する。名実ともに王となる存在さ。
ははっ!やめてくれよ。そんな、イケメンだなんて。
「そんな分かりきったこと、言うなよ。」
…はぁ。何やってんだろうな。俺。
今日の視聴者は…2人。まぁ、昨日はゼロだったしまだ良い方か。午前2時。あと数時間後には、出勤だ。
本当の俺は
まさしく、下り坂。なんも良いことのない人生にウンザリしているところだ。
だが、そんな俺にも唯一の楽しみがある。
「おはよーございまーす。」
「あ、たっきー先輩!おはようございます!」
会社の同僚、隣の席に座る
「せんぱいせんぱい。聞いてください。」
きたきた!このささやき声である。
「ん?」
「昨日、毎朝トレインズ負けたんですよ。部長の機嫌、悪いかもです。」
あぁ〜これやこれ〜。毎日あるわけではないのだが、笹山ちゃんのささやき声に癒されるのである。これは本当にすごい。ノーベル平和賞をあげよう!
「あぁ、そう言うことか。さんきゅっ!」
「今日は、せんぱい特に眠そうですね。」
おぉ!今日はまだ続くのかっ!俺も少しささやき気味になる。
「あぁ。ちょっと夜更かししちゃってね。はは。」
「こちょこちょしてあげましょうか?」
「いや、大丈夫。コーヒー買って来たから。」
こちょ…なんで?こういうちょっと不思議なところも彼女の魅力だ。
断ってから後悔したが、正直『こちょこちょ』してもらえばよかった。
「おい!滝口!」
部長が俺を呼びつける。お花畑の脳内に、一気にマグマが流れ込む。
「頑張って、ください!」
「おう!」
今日は大当たりの日だ。ありがとう!頑張れるわ!
―その夜
「待たせたな!臣民諸君!!今宵もレックスと有意義な時間を過ごそうじゃないか!」
珍しく今日の配信は5人が見てくれている。
あくまでも俺は『王位継承権第一位のレックス・ドリーム』。『臣民』と呼んでいる視聴者との懇談の場を設ける優しい優しい王子様だ。身のこなし、声、その他全ての所作はスマートで完ぺk…
『ガタンッ』
「のわっ!」
『ガサガサガサ』
「あたたたた」
『ガサガサ…』
「ととと!!うお!」
『ザザザッコツンコッコッ』
最悪だ。安物のスマホスタンドのネジが緩んでいた。あたふたしていると、うまくスマホが掴めずもはや配信どころではない。
『どうしたレックス!?』
『事故ってて草』
『レーーーックスさまー!!!』
『王位継承権落第不可避』
次々とこの事故を揶揄するコメントが付く。うるせぇうるせぇ!!俺は!!俺様はぁ!!
…はぁ…。
こんなんじゃ、なんの威厳も示せな…ん?
『ASMRきもちー。』
『今のとこイヤホンで聞くとめっちゃASMRwww』
おん?なんだ?
えーえす?なに?
「はは、すまんすまん。気を取り直して続けよう!イッツSHOW TIMEッ!」
ハッキリ言ってコンセプトはメチャクチャである。それもそうだ。ヘルニアで会社を休んでる最中、気を紛らわせるために始めたぶい…VTuber?だ。キャラ付けは「異世界転生モノ」の見よう見まね、喋り方は「イケメンっぽい」声をなんとなく出す、話す内容なんて全く無い。
始めるに当たって一応色々資料を漁った。その中に「壁に向かって延々と話し続けよう!」ってのがあった。これが簡単そうに見えて…実際地獄のように難しい。特に独り身の俺は良いとも悪いとも誰も言ってくれない。マジでこれから始めようとする人は気をつけてくれ!!
「じゃあ!また明日もここで会おう!さらばだっ!」
折角の5人の臣民も、終いにはゼロ。
「はぁ。」
「ゼぇ〜ロぉ〜ははははは。」
『ザー』
『ピチャッ…ピチャッ』
もう色々と壊れ始めている。午前2時。雨、止みそうも無い。
そういえば、さっきついたコメント。AM…ARS…なんだっけ。
『ASMRきもちー。』
ASMR…?
サッと動画サイトで検索してみる。
うっわ。めちゃくちゃ出てくる。どれどれー?
「みなさん。こんばんわ〜。」
「ご主人。どうでしょうか。」
「はぁー。」
「ふっふっふー。」
「とぅくとぅくとぅく。」
うおぉ…なんかすげぇな。これが、ASMR。ほう。
聴覚や視覚の刺激によって感じる心地よさ。脳がゾワゾワする反応…。確かに、学生の頃はチョークで黒板に書く音とか…妙に心地よい感覚があったりした。そう言うことか。
ん?これって。待てよ。
「せんぱいせんぱい。」
「部長の機嫌、悪いかもです。」
「こちょこちょしてあげましょうか。」
ハッとした。これだ。
笹山ちゃんに感じていた癒しの波動。あれの正体は、これだっ!!!
なるほど。心地よいわけだ。俺は無心でASMRを聞き漁った。
「たっきーせんぱい。耳かき。してあげますね。」
「ふー。」
『ゴソゴソ』
「はー」
『ガサガサ』
あぁ。んー。なるほどね。これは、無形文化財。人間国宝。気持ちよさが、俺を天国へと誘なう。ささやいて…笹山ちゃ。
ん、ぐぇっ…なんだ。苦しい…笹山ちゃ…苦じいよ。ぐっ。
「ハッ…!ぐぅ…。」
有線イヤホンが、喉に絡みついて圧迫していた。どうやら寝落ちしたらしい。あっぶねぇ…危うくマジで昇天するところだった。
時計を見ると、現在朝6時40分。
「あ。」
「おわっ!!!!」
遅刻デッドラインまで、あと5分。
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