第6話 カレンとコウ君〜前編〜
L「はちぁちくちるちとかなるくらちくる」
『マジ尊いっす…ありがとうございます。リリィさま。』
L「また、きてくださいね。お待ちしてます。」
「…はぁ。」
「おつかれ。」
冒頭のはジャンルで言うと『聞き取れない囁き』らしい。いかにも何か日本語っぽい言葉を囁くのだが、その実は意味がなくてASMRになっている。
「そろそろ録音にしないか?」
「…いいです。ライブ、楽しいですし。」
「そっか。」
笹山ちゃんは、すっかり俺の家に来慣れてしまった。もちろん男女の仲ではない。兄と妹の関係で。いやなんかそっちのがヤバそうじゃない?大丈夫そ?
俺の力では5、6人のリスナーを集めるのが精一杯だったが、リリィが加わってからは一気に平均50人位まで増えた。単純にすげぇ。
チャンネル登録者数ももうすぐ1万人達する。
「でもなぁ。オーダーメイドすぎて、要望に応えきれなくないか?」
「それは、否めないです。」
ヒーラーを自称しながら、自らのHPをガンガン削っていくリリィ。流石に、ちょっとかわいそうとすら思える。
「なんで、そんなにライブにこだわるんだ?」
「…。」
「ライブしてもアーカイブが残るけどさ。やっぱ録音してから編集して公開する方がまだ楽じゃない?休みながらできるし。」
「そこです。休むと、集中力が切れます。だから私は少しでも過酷な方を選んで集中したいんです。」
「あぁ。そっか。」
笹山ちゃんの考え方はストイックだった。ぬるま湯に浸かっていると、いざ厳しい環境に置かれた時に投げ出したくなってしまう。
だから、最初からあえて厳しい環境に身を置き、慣らすという。
「ライブは、その場でしか味わえない緊張感があります。『芯の強さ』は、ライブでしか育たないんです。」
「なるほど。」
笹山ちゃんの考えに賛同はする。賛同するが。
「その真面目さで、声優が嫌になったんじゃないのか?」
「…。」
真面目が故に、少しでも楽をして上に行く人が許せなかったんだ。コネ、練習量の少なさ、容姿、出来レース、ゴリ押し。
いくら頑張っても、ズルい奴らには勝てない。そのギャップで、絶望してしまった。
「せんぱいは、VTuberの頂点に行きたいんじゃないんですか?」
「え?」
「私は、先輩とならできると思ったから協力してるんです。」
「そうか。」
「せんぱいにその気がないなら、考え直さなきゃ…です。」
正直、返す言葉はない。でも、だ。
「俺は笹山さんと一緒にやりたいと思った。続けていきたいと思ったんだ。」
「私と…?」
「そう。今すぐに結果は出ないかもしれない。けど続けることで、自ずと結果はついてくると思う。だからまず。俺は、無理なく嫌にならない方法で続けていきたい。」
仕事でも何でも、結果を求められすぎると長続きしない。趣味が続くのは、だらっと続けられるからだ。
実際俺が今までVTuberを続けられたのも、臣民のみんながゆるく付き合ってくれたから。きっとどんどん結果を求められていたら、すぐ辞めていた。
「俺は笹山さんとずっと、一緒にいたい。」
口をついてそんな言葉が出てきた。
途端に顔を赤らめる笹山ちゃん。あ、いやいや、えっとー。最初にプロポーズしちゃったから、感覚が麻痺しているのかもしれない。
「あ、ごめん!ちょっとトイレ。」
動悸が激しくなる。いや、待て。そんな感情じゃない。俺は、彼女に対して。そんなことは。
軽くパニックになる。その時だ。
『グキィ』
「わぁあ!!!」
変なところに力が入った。
刹那、特大の痛みが腰を襲う。こんな時にィ…!
「せんぱい!大丈夫ですか!?」
「いつつつ…あぁ、平気。じゃ、ないかも。」
「救急車呼びますか!?」
「や、それはいい。とにかく落ち着くから。ちょっと手かして。」
手を貸すというより体全体を支えてもらう形になった。笹山ちゃんに負荷をかけすぎないようにする。
「せんぱい、大丈夫ですか!私が支えますから、楽な姿勢になってください。」
「あぁ。うん。」
その言葉に甘え、少し体重を載せる。
さながら抱き合う姿勢になる。
「ごめんね。ははは。」
「私も、せんぱいと。滝口先輩と、一緒にいたいです。だから、支えますから。」
とても大事なことを言っていたと思う。しかし俺は、それどころではなかった。激痛と尋常じゃない冷や汗に、身体のコントロールが効かなかった。
1時間くらい経っただろうか。
ようやく寝転がれるまで回復した。
「ごめんね。ありがと。もう遅いし、帰って大丈夫だよ。」
「ダメです。」
「え?」
「また痛くなるかも。」
「あぁ。平気だよ。痛みは波があるから、そんな頻繁には襲われない。」
「でも。今日は、せんぱいと一緒にいてあげます。」
少し潤んだ目でそう囁く。ほんと、好きになってしまいそうだ。
え?好き…?え?
それから程なくして、2人で寝落ちてしまった。
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