第7話 カレンとコウ君〜後編〜

「ん…。お?」

『ごそごそ』

「ぉお!?」

朝。

昨日の朧げな記憶を呼び覚ます。

えっと…何がどうなって、彼女が隣で寝てるんだっけ?

あぁ。俺の腰が悲鳴を上げて…介抱してくれてたんだ。

できる限り状況を整理して落ち着こうとするが、変な汗が出てくる。


「んーーふぁぁあ。はっ。せんぱい。おはようございます。」

「あ、あぁ。」

「体の調子はいかがですか?」

「すこぶる…元気元気!はは!」

「よかったです。」

とろんとした目で俺を見る。

まだ完全に目覚めてないようだ。


「ごめんな。昨日は。」

「いえ。先輩が元気なら、良いです。」

「なんか作ろうか。目玉焼きとかでいい?」

「はい。あ、でも。もう少しこうやってお話ししたいです。」

「お、おぉ。」

促されるまま。俺も枕に頭を落とす。

多分、向き合うともろに目が合う。妙に恥ずかしい気分になり、天井を見つめる。


「ヘルニアは、昔からなんですか?」

「あ、いや。ここ最近なんだ。全くね…厄介な爆弾だよ。」

「一回悪くすると繰り返すんですね。」

「そうみたいだね。やれやれ。」

「リリィが、癒してあげます。」


「ふー。ふー。」

そう言って耳に吹きかける彼女。しまった!耳のガードがガラ空きだったァ!


「ひゃぁあ!」

突然のくすぐったい感触に変な声を出す。


「ふふ。はははは。」

ケラケラと小さく笑う笹山ちゃん。

あぁ、この笑顔。彼女は本当に笑顔が可愛い。


「そういうことすんなら、もう話さないぞ。」

「あ、ごめん。ね。ねぇ!」

そうやって体を起こそうとする俺に、腕を伸ばす。

ぎゅっと、抱きつくような体勢になる。


「ね、先輩。」

朝日で煌めく目で俺を見る。多分、お姫様とか物語のヒロインとか。そういう類の。ものすごく真っ直ぐで澄んだ目だ。

5秒か10秒か、1時間だろうか。見つめあったまま、時が止まった。


『ピンポーン』


「んお!?」

なんだよ。なんだなんだ。

色々タイミングが悪…良すぎるぞ宅急便。まったく。くそっ!


「なんか、食べよっか。」


『シャー』

『ジュー』

『コトコトコト』


「ほい。有り合わせで悪いな。」

「わぁ。おいしそ!」

ハムエッグ。白米に味噌汁。1人では滅多に作らないが、腕を振るってみる。


「ほい。ケチャップ。」

「あ、私目玉焼きソース派です!」

「まじ?」

「はいっ!ふふ。いただきまーすっ!」

そう言って目玉焼きを食べてくれる笹山ちゃん。


「おいひぃれす!」

「ただ焼いただけだがな?」

「せんぱいが、焼いてくれたんですっ。」

幸せだ。すごく幸せな気持ちになる。

同棲中のカップルってこんな感じなんだろうか。

よし、こうなったらもう一歩踏み込んでみるか。


「その、『せんぱい』ってのやめないか?」

「えー?せんぱいはせんぱいです。」

「あと、会社外ではタメ語でいいよ。共同作業者なわけだし。対等な関係でありたい。」

「共同…ふむふむ。じゃあ…コウ君、とか?」

おう!カップルすぎやしねぇか!?


「あれー?でもそういや、俺の名前。ダッサイって言ってなかったっけー?」

「あ、あれは…あれはぁ!!」

少し意地悪をしてみる。ちょっと焦る笹山ちゃん。


『ポポポポ…ポポポポ』

ケータイが鳴る。今日はとことん間が悪い。


「ん?」

「あ。りょう君。ちょっと、出てくるっ。」

そう言って外へ出る笹山ちゃん。りょう君。前に酔い潰れたとき迎えに来た彼か。いやでも、彼氏じゃないってことは…?

5分ほどで戻ってきた。


「ん。じゃあね。…ごめん。弟からだった。」

「弟か!」

「そ。笹山諒っていうの。」

「この前飲み会に迎えに来たイケメン君、弟さんだったんだ。」

遺伝子は争えない。姉がこんだけ可愛けりゃ、弟もイケメンなはずだ。


「あ、はい…その節は大変ご迷惑を…。コウ君、今はすっごい好きな名前。です。」

「あ、ありがとう。」

好きな名前、か。思えばあの飲み会が始まりだった。あの時に笹山ちゃんからボロクソ言われてなければ、まだ最底辺の配信者だし、仕事もダラっとするだけのダメリーマンだった。

彼女は、俺が変わるきっかけをくれた。


「それより!!コウ君っ。私のことはなんて呼ぶのー?」

「え、その話まだ続いてたんだ!?えっと…うーん。」

「ねーえー?」

ハムエッグが少し冷え始める。えーっと、どうしようかなぁ。んー。


「カレ…ン?」

「わぁ…!」

嬉しそうだなおい。いいのか!?呼ぶぞ!?


「カレン。」

「ふふ。コウ君。」

決して会社では出せない呼び方が互いに決まった。これで、俺たちは一蓮托生。

より一層活動に力を入れていく所存だ。

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