第19話 独占欲

「妖鳥族の中でも、とくに美しい声を持つ者たちを妙鳥みょうちょうと呼ぶんだよ」


 ベッドに座ったジルネフィは、スティアニーに招かれざる客の説明を始めた。話をしながらストロベリーブロンドの髪を手櫛で何度も梳く。


妙鳥みょうちょう、」


 ジルネフィの手櫛に頬を赤くしながらも、スティアニーは忘れないようとつぶやくように復唱した。


「そう。妙鳥みょうちょうの声は魔族を喜ばせる。人間の世界にも美しい歌声を持つ伝説の生き物がいるね」

「セイレーンですか」

「そのとおり。東のほうには迦陵頻伽かりょうびんがというものもいる。畏れ忌み嫌われるものもいるけど、それでもそういった存在が人間の世界で語り継がれるのは人間も魔族同様に美しい歌声が好きだからだろうね」

「わかるような気がします。僕も歌は好きです。それに……お師さまの声も好きです」


 そう言って耳を赤くするスティアニーからは、初心ながらわずかな色香が漂っている。先ほど耳たぶをまれ首に吸いつかれた感覚が残っているせいだろうが、それでも師の話をしっかり聞かなければという真面目な様子を見せていた。


(どんなときも真面目なのは小さい頃から変わらないな)


 そして頑固なまでに勤勉な弟子の姿を貫こうとする。


(そういえばあのときもそうだった)


 スティアニーが弟子のまねごとを始めたばかりのときのことをジルネフィは思い出していた。

 あの日は境界の地も珍しく暑く、スティアニーは師の手伝いをするため涼しい午前中に薬草摘みに出かけた。ところが昼食の時間になっても帰って来ない。ジルネフィが様子を見に行くと、数倍はあろうかという大きな魔獣に睨みつけられているスティアニーの姿があった。


(あんなにガタガタ震えていたというのに、そういう状況でさえ勤勉さを見せた)


 真っ青な顔で額には脂汗も滲んでいた。ところが菫色の瞳は必死に魔獣を見つめ、ぶつぶつと魔獣の特徴をつぶやいている。おそらく忘れないようにと言葉にしていたのだろうが、そのちぐはぐな様子にジルネフィは大いに興味を持った。


(思えば、あのあたりからスティに惹かれたのかもしれない)


 だから正式な弟子にした。面倒なことが嫌いだったはずなのに丁寧に魔術を教え、世話を焼き、手放すことなく傍らに置き続けた。


「お師さま、どうかしましたか?」

「いや、スティは昔から勉強熱心だったなと思い出してね。そんなところも愛らしいと思っているよ」

「……ジルさま」


 振り返った目元がうっすらと赤くなっている。


「そんなスティがわたしは大好きだよ」


 見開く菫色の瞳を見つめながら顔を寄せ、額に触れるだけの口づけをした。それにふわりと笑ったスティアニーが、わずかに眉尻を下げながら正面を向く。


「スティ?」

「僕は、さっきの妖鳥族の人が苦手です。僕の知らないジルさまを知っていて……それにジルさまに触れたこともあって……」


 つぶやくような声にわずかだが仄暗い感情が見え隠れする。


「あの人が、ジルさまの名前を呼ぶのは嫌です。こんなこといままで思ったことなかったのに、すごく嫌で……。そんなふうに思ってはいけないとわかってるのに、それなのに嫌な気持ちで胸がいっぱいになって……」


 スティアニーがくるりと体の向きを変えた。そうしてジルネフィの胸に身を寄せるように抱きついた。


「ジルさまは僕のものです」


 小さくも力強い声とは裏腹に、背中に回る手はおずおずといった感じだ。それでもこれまで自分の欲をあまり口にすることがなく、こうして行動に出すこともなかったことを考えれば大きな変化と言えるだろう。

 そんなスティアニーを抱きしめたジルネフィは、プレイオブカラーの色をクルクルと忙しなく変えていた。赤や青から黄味がかった色になり、最後に黄金色に輝く。そうして爛々と輝く瞳で胸に顔を埋めるストロベリーブロンドを見つめた。


「わたしはずっとスティのものだし、スティも永遠にわたしのものだよ」


 これだけの欲を口にするようになったのだから、そろそろいいかもしれない。ジルネフィが妖艶な笑みを浮かべる。


「スティ、お願いがあるんだけど聞いてくれるかな」

「何ですか……?」


 何かよくないことを言われると思ったのか、そっと視線を上げるスティアニーの表情は固い。それをプレイオブカラーの瞳が優しく見つめ返した。


「今夜、わたしのすべてをここに迎え入れてほしいんだ」

「……っ」


 ここと言いながら下腹部を撫でるジルネフィの手に華奢な背中がヒクンと震える。


「わたしのものは長くて大きいだろう? これまでは負担になるだろうからと全部は入れないようにしていたんだ」


 言いながらスティアニーの耳に唇を寄せる。


「でもね、本当は全部を入れたくて仕方がなかった。それを今夜許してほしい」

「……っ」


 耳に唇が触れるだけで感じてしまうのか、スティアニーの唇から甘い吐息が漏れた。「さて、何て答えるだろう」と見つめるジルネフィに、小さな声ながらはっきりと「はい」と答えたスティアニーが両手で広い背中をギュッと抱きしめた。

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