第7話 発情
スティアニーが体がおかしくなると告白したあとも、二人は変わらず一つのベッドで寝ていた。腕や足が触れるだけでカチコチに固まってしまうのが不憫で「やっぱり寝るのは別にしようか?」とジルネフィが話しても、スティアニーは頑なに首を横に振り続けている。
そのせいでスティアニーは再び寝不足になりつつあった。日中何度もあくびを噛み殺し、食後は少しうつらうつらすることもある。
(どうしたものかな)
一人で寝るのは嫌だと言うし、かといってこのままというのもよくない。「これじゃ、また体を悪くするんじゃないだろうか」とジルネフィは気がかりに思っていた。
(こういうとき人間相手にはどうするのがいいのか……)
「お師さま?」
声をかけられてハッとした。見ればすっかり寝る準備の整った弟子が心配そうな顔で見ている。
「なんでもないよ。それじゃ、寝ようか」
「はい。灯り消しますね」
枕元の灯りを消したスティアニーに「おやすみ」と言うと、小さな声で「おやすみなさい」と返ってきた。そうしておずおずといった雰囲気でジルネフィの寝間着を握り締める。
(小さい頃は、よくこうしてどこかを掴まれたな)
それにどう応えていいのかわからず、いつも手探り状態だった。
(いや、それはいまも変わらない)
いつのも癖で抱き寄せた小柄な体は相変わらず強張っている。だからといって腕を離せば今度はそのことを気にするのだろう。手探り状態なのはあの頃と変わらないなとジルネフィは目を閉じた。
(あの頃は不安なんだろうなと予想できただけよかった)
しかし、いまはどうだろう。小さかった頃のように不安を感じているようには見えない。そうなると、ジルネフィにはどうするのがいいのかさっぱりわからなくなる。
ジルネフィが触れてもスティアニーが怯えなくなったときから、二人は一緒のベッドで寝るようになった。きかっけは一人ではうまく眠れないらしいスティアニーに気づいたからで、一緒に寝るようになっても時々不安そうな表情を浮かべていた。寝間着のどこかしらを掴むのもその頃に見られた癖だ。
あのときは不安のせいだとすぐに予想できた。魔獣がいる森に何日も一人きりでいたのだから無理もない。
(あのときは人肌というもので何とかなったけど)
人間は人肌というもので落ち着くと耳にしたことがあったジルネフィは、それならと寝るときに抱きしめるようになった。寒くないように、怖くないように、不安にならないようにと優しく抱きしめて眠った。気持ちは拾った猫と一緒に寝ていたときと同じだった。
それが功を奏したのか、気がつけばスティアニーのほうから身を寄せて眠るようになった。寝間着のどこかを掴む癖も出なくなり、日中の笑顔も増えた。その後も変わらず抱きしめながら眠っていたのは、それがジルネフィにとっての日常になったからだ。
(それも、そろそろ卒業したほうがいいのかもしれない)
スティアニーはこのままでいいと言っているが明らかに様子がおかしい。養い親としては、このまま寝不足になり体調を崩すほうが気になる。そこまで考えたジルネフィは不意に笑ってしまいそうになった。
(拾った子とはいえ、ここまで考えるようになるなんてね)
猫相手でさえここまで考えなかった。人間を好いていなかったとは思えない自分の変わりように、つい喉の奥で笑ってしまう。それに気づいたのか、腕の中の温もりがモゾモゾと動いた。向かい合うように寝ているスティアニーの足元もゴソゴソ動いている。その動きから体を離そうとしていることがわかった。
(やっぱり無理しているんじゃないか)
そっと目を開き、腕の中に視線を向けたときだった。
「ジルさま」
暗い中で菫色の瞳が見上げている。暗い部屋で人間であるスティアニーはジルネフィが目を開けていることに気づいていない。一方のジルネフィには菫色の瞳も愛らしい顔もしっかりと見えていた。
普段スティアニーは「お師さま」と呼び名前で呼ぶことはない。先日の熱のときに聞いたのも久しぶりで、それだけつらいのだろうと思い魔力による治癒を行う決断をした。ところがいまはそういった状況でもない。それなのに、なぜ名前を口にしたのだろう。
疑問に思いながらジルネフィがほんの少し足を動かしたときだった。膝がスティアニーの太ももに触れた瞬間、小柄な体がビクッと震えた。
(……なるほど、そういうことか)
柔らかな寝間着の足の間が少し膨らんでいる。顔を赤らめながら「体がおかしい」と言っていた原因はこれに違いない。
(そういえば発情の話はしたことがなかったな)
もっぱら本で学ばせるばかりで、ジルネフィが発情に関する話をしたことはなかった。そもそも人間は年中発情しているようなもので、それなら説明しなくても本能でわかるのだろうと予想したからだ。
ジルネフィが考えたとおり、スティアニーから発情について聞かれたことはない。尋ねるのはもっぱら魔術のことばかりで、人間に関することを問われたこともなかった。
スティアニーには自身が人間であることを伝え、ジルネフィが純粋な人間でないことも伝えてある。だから人間のことを尋ねなかったのかもしれない。そのことも踏まえてジルネフィは生殖に関わる本も渡していた。だから自分の体の変化にはある程度予想がついていたに違いない。
(それにしても発情を恥ずかしがるなんて、スティはやっぱり人間なんだな)
魔族は情欲や肉欲を恥じたりしない。むしろ欲望に従順に動くのが当たり前だった。それが人間から見れば卑しい行いということなのだろうが、魔族からすれば人間のほうが矛盾に満ちているように見える。
(そういえば自慰のやり方が書かれた本は与えていないままだった)
人間の世界には、その手の物が山のようにあふれていた。あまりの数にどれが適当かわからず後回しにしていたのを思い出す。
(本能でどうにかするのだろうと楽観視していたけど、その辺りも考慮すべきだったかな)
とはいえ、いまから本を探すのもどうだろうか。それならと、ジルネフィは自ら手ほどきすることを考えた。大人が子にそういった手ほどきをするのは人間もやるというし、おかしなことではないだろう。
「スティ」
声をかけると、起きているとは思わなかったのかスティアニーの身体がビクッと震えた。慌ててジルネフィから離れようとするのを、腰を引き寄せながら「いいんだよ」と囁く。
「お、師さま」
「大丈夫。それは自然なことだからね」
「……っ、お師、さま……っ」
「ほら、落ち着いて」
部屋の中は真っ暗だが、窓から差し込むわずかな月光さえあれば細かな表情もよく見える。魔族の中でもとくに夜に強い種族の血を引いているジルネフィには、白い肌を真っ赤にしているスティアニーがはっきりと見えていた。
(あぁ、いつの間にかこんな表情を浮かべるようになって)
恥ずかしそうに赤くなっている顔からは、どことなく色気のようなものが漂っている。それなのに不安そうにジルネフィの寝間着をギュッと握る子どものような仕草が愛らしい。
「スティ、わたしに触れられるのは嫌じゃない?」
菫色の瞳をわずかにさまよわせながらも、スティアニーがこくりと頷いた。
「ここに触れることも平気?」
そう言って熱を持った下肢に手のひらを当てると、驚いたように全身を震わせた。慌てて「お師さま」と口にしたものの、スティアニーに拒絶する気配はない。
「別に痛いことをしようとしているわけじゃない。ここがこうして昂ぶったときにどうすればいいのか教えてあげるだけだよ」
「それとも、やっぱり怖い?」と問いかければ、すぐさま「怖くないです」と返ってきた。
「お師さまを怖いだなんて、絶対に思いません」
わずかに潤んだ目が強くジルネフィを見る。
「それじゃこうしたときにどうすればいいのか、やり方を教えてあげよう」
ジルネフィの言葉に、目元を赤くしたスティアニーが再びこくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます