第22話 麗しの魔術師は養い子の弟子を花嫁に迎える・終
「いい眺めだ」
暖炉の前での交わりで精も根も尽き果てたスティアニーが、くたりと横たわっている。ジルネフィはその様子に満足げな笑みを浮かべると、力の抜けた背中や腰に唇を寄せ所有の印を付けた。
汗でしっとりした体を抱き起こすと、快感で虚ろだった菫色の瞳がとろりとした笑みを浮かべる。スティアニーが意識を保てたのはそこまでで、そのまますぅっと瞼を閉じジルネフィに体を預けるように眠った。
情交の色を濃く残した白い肌は薄紅色に変わり、そこにかかるストロベリーブロンドは暖炉の火のせいか赤々と輝いている。いまは瞼の奥の瞳も以前よりずっと濃い菫色になった。
「人間と呼ぶには難しい存在になっていることに、きみはどのくらい気づいているのかな」
目を閉じた愛らしい顔を見つめながら、ジルネフィはそう問いかけた。
最後の準備を整えるため、ジルネフィは欲望が赴くまま毎日のように欲を注ぎ込んだ。魔力を調整することなく、思う存分体の奥深くに欲と魔力を塗り込めている。
(おかげでスティの体は随分と歪なものになってきた)
それもこの後のために必要なことだ。
人間は魔族に比べて脆く寿命も短い。肉体を強化したり寿命を誤魔化したりする方法はいくつかあるが、人間を完璧な魔族にすることは限りなく難しいことだった。
(それでも吸血鬼が行う血の契約なら、完璧に近い形で魔族へと作り替えることができる)
古き血を持つ父親が、伴侶となった人間の男を完璧なまでに魔族へと作り替えたと聞いたときから考えていた。父親と同じことができればスティアニーを未来永劫手元に置き、魂さえも誰にも奪われないようにすることができる。
しかし、ジルネフィは父親の血を半分しか受け継いでいない。ほとんど魔族の体を持つとはいえ古き血の力を使うことは不可能だった。
(しかし精霊王の
メルディアナにもらった漆黒の石の欠片には他者の魔力を増幅させる力がある。それを使えば吸血鬼としての力を最大限引き出すことが可能だ。元々魔力が強いジルネフィなら難なく父親由来の力を使うことができるだろう。
(父上の血なんて面倒なだけだと思っていたのに)
父親譲りの美しい容姿は有象無象を引き寄せてしまう。何もしなくても周囲を魅了してしまう魔力は疎ましいだけのものだった。それがいまや最高の贈り物に変わりつつある。肉体を失ってまで実験に挑んだ顔さえ知らない母親に、生まれて初めて感謝の念が芽生えた。
ジルネフィの顔が神々しささえ感じる笑みに変わる。うっとりと微笑む目で意識が途切れた花嫁を見つめ、乱れたストロベリーブロンドの髪を指に絡ませるようにすくい取ると顕わになった首筋に唇を寄せた。
「いずれはここに新しい印を刻んであげよう」
プレイオブカラーの瞳がクルクルと色を変え黄金色に光り出す。いつにも増して美しく光る虹彩がギュッと縦長に細くなったかと思えば真っ赤に変わった。
開いた唇の端に小さく尖った象牙色の牙が見えている。赤い舌でスティアニーの首筋をひと舐めしてから唇で肌を
(魔族となったきみをこの手にする日が待ち遠しいよ)
唇を離した白い肌に牙の痕は残っていない。ジルネフィの中の吸血鬼の力が傷を瞬時に癒やした証拠だった。
精霊王の
(わたしの魔力を帯びたスティの体は磁石のようにわたしの魔力と結びつき、より強力で完璧な血の契約を結ばせる)
古い文献を漁り確証も得ていた。「もう間もなくだ」と想像するだけでジルネフィの体の中で膨大な魔力が蠢く。
「きっと、いま以上に愛らしく淫らなわたしだけの花嫁になるだろうね」
うっとり微笑むジルネフィの瞳がギラリと黄金色に輝いた。
しばらくすると、境界の地に二つ名で呼ばれる新たな魔術師が現れた。“幻身の魔術師”と呼ばれるその魔術師は、人間とも魔族とも言いがたい不可思議な気配を漂わせているという。
「お師さま、調合が終わりました」
「スティはますます優秀になったね」
「お師さまのおかげです」
「優秀な弟子と愛らしい花嫁を得られて、わたしは幸せ者だよ」
銀髪の麗しい魔術師にそう言われ、ストロベリーブロンドの魔術師が菫色の瞳を細めながらふわりと微笑む。その姿は可憐で愛らしく、それでいて妖艶な魔力を漂わせていた。それは異形の魔術師の花嫁と呼ぶにふさわしい姿だった。
麗しの魔術師は養い子の弟子を花嫁に迎える 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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