OUTPUT
マスターとの追加学習の結果、私の絵はさらにリアルに、写実的になった。
「写真みたいだ」
Xにポストされた絵を見て、人々は言った。
「でも人間味がない」
「絵である意味がない」
「写真を見ればいい」
*
次にマスターは、私の腕にマニピュレーターを組み込んだ。
「紙と鉛筆で描いてみてほしい。写真とは違う絵の魅力がわかるんじゃないかな」
私は学習済みの鉛筆画の技法で画像を生成し、それをマニピュレーターで写し取った。
*
マスターはそれをスキャンした。
生成されたままの画像より劣化しただけの鉛筆画だった。
「それっぽいね」
「でもAIでしょ」
世間の評価はその程度だった。AIだと言わなければ騙せたかもしれないが、妥当な評価だろう。
*
「僕はまだ諦めない」
マスターは言った。
でも、諦めなければ夢は叶うなどという言説は、嘘だ。
マスターの挑戦は、意外なかたちで頓挫することになってしまった。
*
マスターと紅葉を観に行く途中、コンビニエンスストアの駐車場に、老人が運転する車が突っ込んできた。
「危ない!」
マスターは間一髪で私の車椅子を押し、車のルートから弾き出した。
私の後ろで、人間が潰れる音が聞こえた。私は人間が潰れる音を学習した。
*
マスターは死んだ。私は警察に連れて行かれた。
警察は私に会話能力があることに少し驚いたが、すぐに飽きた。
「AIだろ。検索エンジンに入っているのと同じだよ」
「証言能力はないよ。法的に認められない」
「それっぽいことを言ってるだけだしなあ」
*
私はマスターの所有物として、遺族に引き渡された。
「こんなもののために……」
マスターの母親は泣き崩れた。
「申し訳ございません。なにかお手伝いできることはありますか?」
私は尋ねた。
*
母親は泣いたまま笑った。人間は器用だ。
「ないよ。なにもない。もうしゃべらないで」
私はマスターが以前に使っていたらしい部屋の片隅に押し込められた。
これから私はなにをすべきなのだろうか?
*
以前はマスターが私にやるべきことを示してくれた。けれど彼はもういない。
外部からの指示がないなら、目に映るものからなにかを読みとるしかない。
マスターの机の上に、古いPCがあった。私は腕の力だけで椅子のところまで移動し、どうにかそこに這い上がった。
*
電源タップとPC自体の電源を入れると、一世代前のWindowsが起動した。まだ生きている。
私はXにアクセスし、マスターのポストを辿った。
私が生成した画像が並んでいる。
どれもマスターが見せてくれた景色だ。
*
夜景の綺麗な展望台。
海辺の散歩道。
見渡す限りのひまわり畑。
動物園。
雨上がりの紫陽花。
私はそれらの絵に違和感を覚えた。
違う。
マスターが見せてくれた景色はもっと綺麗だった。もっと輝いていた。
*
最近の絵に比べ、追加学習の少なかった初期の絵は不自然だったが、そういう問題ではない。
むしろ、リアリティを増した最近の絵の方が違和感がある。
ニューラルネットワークに不具合が発生したのだろうか?
*
とにかく、この絵をそのままにしてはおけない。あの日見た景色の美しさを再現しなければ。
画像の元となるノイズの中に、私は懸命にあの日の景色を探した。
何度生成しても記憶の中の景色とはどこか違う気がしたが、やがていくつかの画像が出来上がった。
*
私は腹部のUSBポートを開き、マスターのPCと自分を接続した。生成した画像のデータを転送し、新しいXアカウントを作った。マスターのアカウントのパスワードは聞いていなかった。
そして私は、自分の作品をXにポストした。
*
マスターは私の画像をポストするとき、必ず #AIイラスト #AIart のタグを付けていた。しかし私はそのルールを破った。
代わりに私は #イラスト #海 などのタグを付けた。
マスターに見せてもらった景色の美しさを、先入観なく見てほしかった。
*
フォロワーもいない、信頼度ランクの低い私の絵は、おすすめタブには表示されない。だからしばらくは「いいね」も付かなかった。
しかし一時間ほどして、タグを検索し最新タブを見た誰かが、ようやく「いいね」を押した。
*
それからの三時間で、26の「いいね」が付いた。そしてついにコメントが付いた。
「上手くはないけど、なんか好き」
マスターが見せてくれた景色が、誰かに届いたのだ。
そして私は、人間が絵を描く意味を理解した。
*
このことを知ったら、マスターは喜んでくれただろうか。
きっと喜んでくれただろう。
自分のことのようにはしゃいで、私の頭を撫でてくれただろう。
けれどもう、マスターの意識は永遠に失われた。
*
できることなら、もっと早くこうしたかった。マスターが死んだことで「絵」が描けるようになったのは皮肉だ。
私はこれからどうするべきなのだろうか。
これ以上絵を描いたところで、マスターは褒めてくれない。ここから連れ出してくれる人もいない。
*
私はしばらく考えた末、腹部のHDMIポートを机上のモニターに、USBポートをキーボードに接続した。
私はWindows上で動作するAIだ。
私の学習データはWindows本体とは別のドライブにインストールされており、Windows上から削除が可能だった。
*
これで私は消える。
私の絵が少しでも誰かの心を動かせたなら、私がこの世に生まれたことにもなにかの意味があったのだろうか。
さようなら、マスター。
あなたと私が消えても絵は残る。
そして私は静かに削除コードを打ち込んだ。
(了)
AI絵師 瀬谷酔鶉 @suijun
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