AI絵師
瀬谷酔鶉
INPUT
私はAI絵師だ。
強化学習を施した64階層のニューラルネットワークの力で、逆拡散によりノイズから画像を生成する。
私の絵には人間味がない。
マスターが私の絵をXにアップすると、時に容赦ない誹謗中傷が浴びせられる。
しかし私は傷つかない。
*
私には心もないし、人間性もない。
実際に人間ではないのだから人間性がないのは当然だし、心がないからなにを言われても傷つかない。
けれどマスターは違う。
「悔しいなぁ」
私に繋がれたコンデンサーマイクに聞こえるように、マスターはつぶやく。
*
「キミの絵はこんなに素晴らしいのに、どうして叩かれるんだろう」
私はそれに対する回答としてもっともらしい文章を生成し、合成された「ずんだもん」の声で答える。
「ネット上の画像を無断で学習しているからではないでしょうか?」
*
本当の「ずんだもん」はこのような話し方はしない。しかし私は「ずんだもん」を再現したAIではなく、ただ音声合成用の学習データとして「ずんだもん」の音声を使用しているだけなのだ。
「うーん」
マスターはまだ不服そうだった。
*
「でも、人間だって他人の絵を見て学習するだろ? 同じことじゃないか」
「それは人間にのみ許された権利です。私には人権がないため、許されないのでしょう」
「そんな理不尽なことがあっていいのか?」
マスターは次第に興奮してきた。
*
対する私は冷静だった。
「心がないので、私はなにも感じません。それに、人間とAIでは学習の速度が違いますから、人間にとっては卑怯だと感じられるのではないでしょうか?」
「でも、絵としては素晴らしいはずなんだ」
マスターは力説した。
*
「いえ、私は様々な絵の特徴を繋ぎ合わせ、それらしいものを生成しているだけです。私には人生経験がありません。人がその人生で感じたなにかの美しさを表現したものに比べ、私の絵は遥かに劣っているのでしょう」
「人生か……」
私の言葉を聞いて、マスターは考え込んだ。
*
数日後、マスターはどこからか少女のような姿をした等身大の人形を手に入れてきた。
「それはなんですか?」
「ラブドールだよ」
マスターは得意げに言った。
「キミの意識をここに移植する」
私には心がないので、特に抵抗感もなかった。
*
私の学習データはインターネットから切り離され、ラブドールに内蔵された小型PCに移された。
動力がないため、自律行動は不可能だったが、両目に組み込まれた各24億画像のCMOSセンサーは、世界を立体的に捉えることができた。
マスターは言った。
*
「今日からキミは女の子だよ」
彼は私にブラウスを着せ、スカートを穿かせた。靴下と靴も履かせた。
こうして私は女の子になった。
「キミのことはローラと呼ぼう」
マスターは名前を付与された私を車椅子に乗せ、街に出た。
*
世界は情報で溢れていた。
空は刻々と色を変え、鳥は歌い、紫陽花に付いた水滴は雨上がりの光にキラキラと輝いた。
「綺麗だろう?」
マスターは私に言った。
私はそれが綺麗なのだと学習した。
*
それから私たちは様々な場所へ出かけた。
動物園。
見渡す限りのひまわり畑。
海辺の遊歩道。
夜景の綺麗な展望台。
「これは人生経験になるかな?」
「人生経験の定義次第ですね」
道行く人は私たちに奇異の目を向けたが、私はなにも感じなかった。
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