イギリス領のアジアの港町にて、とある船の船長・コリンスは、とあるお嬢様が公開中に見かけた人魚を、彼女と共に探し出してほしいという命令を受ける。しかし、実のところ、コリンスには、その「人魚」に心当たりがあった。
十九世紀のアジアを舞台に、おてんばな少女のひと時の冒険と、その後の人生を描き出した、中編歴史小説。専門的な言葉は出てきますが、章の最後に用語解説が乗っているので、それらをひも解きながら読んでいきます。
作中の時代は一見平和ですが、あちこちに火種が燻っているような、非常に危険な時代でもあります。そんな場所と時代でも、心温まる瞬間があったこと、そして、その時に得たものが「彼女」に灯り続けていることは、力強い希望として受け取りました。
物語は東インド会社が健在だった頃のインドから始まる。物語の題材としてはあまり見かけない舞台設定だが、これが抜群に面白い。生き生きとした情景描写と人間描写は、それが我々の住む現代と地続きであることを感じさせ、ぐいぐい引き込まれてしまう。
カメラはイギリス軍人から現地の女性労働者、富豪のお嬢様へと切り替わり、当時の社会を多角的に捉える。しかしその大きなスケールの中で描かれるのは、人魚を見たいというお嬢様の小さな願望だ。そこに歴史上の大事件を扱った歴史小説にはない凄みがある。リアルな人間の営みを感じさせる。
物語後半では一気に40年が経過し、アメリカ、イギリス、そして日本へ、時代の激動とお嬢様の流転が描かれる。そして、立場が入れ替わったかつてのお嬢様と使用人の、40年越しの小さな秘密の告白と友情。
時代と場所を超えても人間の本質は変わらない。そんなことを思わせてくれるラストシーンが、静かに胸を打つ。