④
「あの男は何を考えているのでしょう?紙面衆はそんじょそこらの神通力の使い手では指一本触れることはできません。例え、邪神討伐部隊の隊長であっても、長である僕に勝つことなど万に等しい」
「煌龍様のこと、悪く言わないでください」
「……随分、あの男に心酔しているのですね」
「あっ……いえ、わたくしは……」
白彩は真白と食事をするが、会話はあまり弾まなかった。
「真白様こそ、どうして一度も会ったことのないわたくしと結婚しようとするのですか?」
例え掟で決められたことでも、嫌がる素振りすら見せない。
「その、真白様というのはやめてくれるとありがたいです。長と言っても、実際は透歌姫である、あなたの方が尊い方なのですから」
「わ、わたくしは透歌姫というものでは――」
「僕は昔、あなたのお爺様の救われたのです」
「えっ……」
「写真少しの間、お預かりしていました」
眼の前に出されたのは誘拐される直前に白彩が見ていた二枚の写真。真白は古い方の写真の男を指差しながら、「この方の名前は月白様。月に白いと書いてそう読みます」と白彩の祖父について語る。
「月白様は立派な方でした。長として先代の透歌姫であるあなたのお婆様・彩霞様を支え、沢山の色無しを救ってきた」
「色無しを救う?」
「はい。俺は最初から紙面衆の生まれではなく、十歳までとある農村で育ちました」
真白の両親は二人との大地の神を宿す茶色の瞳の人で、彼の兄弟も全員そうだった。しかし、彼だけは色無しで生まれ、両親から虐待され、兄弟からも切り離されて育った。村民も彼のことを迫害し、真白の幼少期は絶望しかなかった。
そんなとき。地方で紙面衆の儀式があった月白に拾われた。
紙面衆はとき折、外の世界で生まれた霊力者を拾うことはある。しかし、紙面衆の存在を隠す為に目立ってそれを行うことは無かった。
しかし、月白は真白のみならず可能な限り、排外を受ける色無しを紙面衆に向かい入れ育てた。
「ですが、月白様はもう亡くなりました。彼が守ったものを今度は俺が守りたくて、必死に霊力の修行に励みました」
長に選ばれるのは、紙面衆で一番強い霊力者だ。十歳まで外の世界で生きていた真白が粋となるには、血の滲むような努力が必要だった。
「白彩。あなたもそうです。透歌姫であることも守る理由ですが、それと同時にあなたは月白様の孫。僕にとってはそれだけであなたを守らなければならない理由なのです」
煌龍が幽閉されている座敷牢に一人の男が尋ねる。
「面会時間は十分です」
「あぁ。わかっている」
同じ濃い赤の眼が暗闇の中、お互いを射貫いていた。
「どうして、俺が紙面衆の宮に閉じ込められていることを知っているだ?連火炎虎」
「無様だな。こんなところに閉じ込められて。さっさとあの娘を手放さば済んだんだ」
「……一つ聞いてもいいか?恐らく白彩は屋敷に居るとき、連れ攫われた。俺が邪神祓いの儀式で忙しい中、トキや焔が勝手に彼女を屋敷から連れ出すなんてことはない筈だ。
それど、連火の屋敷周辺には強力な結界が施されている。それを容易に突破するとは思えない」
「彼等が使う、霊力とやらでどうにかできたのでは?」
「その可能性もあるが、
煌龍は格子に阻まれて無理なのに、父親に頭突きでもするように鉄格子に額をぶつける。
「おまえが結界を掻い潜る方法を紙面衆に教えたのだろう‼」
結界は神力を籠める程に強力になるが、力押しには強くなる半面、抜け穴なども生まれやすくなる。だから、結界の構造は連火家でも煌龍と現当主の炎虎しか知らない。
「先日、紙面衆が俺の所に来てな。支乃森白彩を寄越せと。だが、素直におまえに伝えても俺の言うことなど聞かないだろうと思って、一芝居打たせてもらった。まさか、おまえが國の存亡よりも一人の娘を選ぶとは思わなかったからな」
「おまえはそうやって、何もかも犠牲にしてきたんだな!しかも、國や民の為でなく、己の地位と金の為に!」
座敷牢に煌龍の怒号が木霊する。
「知っているぞ‼母上が死んだあと、おまえが本部の長官に就任して、多額の金も受け取ったことを‼」
煌龍の母・恋寧は連火炎虎が色深しの為に邪神討伐に連れ出し死んだ。その戦いの功績で炎虎は邪神討伐部隊本部の長官に就任。そして、邪神を倒した多額の謝礼金を受け取った。
「地位や金の為に、妻や娘、それて息子である俺や白彩までも利用するおまえなんか大嫌いだ‼糞親父‼」
普段、嫌いでもそこまでの暴言は言わないのに、糞親父と呼んだ。煌龍はそうとう鶏冠にきていた。
「おまえの思い通りにも、紙面衆の思い通りにもならないからな!」
息子の癇走った声に炎虎は「好きにしろ」と言って去って行った。
「絶対に負けない」
真白との戦い。煌龍にとってますます負けられないものとなった。
「戦いは明日……、わたくしはどうすればいいのでしょう……」
煌龍が勝てば、これまで通り彼の帰りを待ち、舞と歌の稽古をして、帰ると疲労する日々が戻る。しかし、負ければここでより窮屈な暮らしになるかもしれない。
―けれど、煌龍様が勝っても、わたくしの所為で迷惑がかかる。—
自分に邪神を祓う特別な力があると言われても、白彩はいまいち信じられない。だが、本当なのだとしたら、そんな娘を連火家に囲うことで新たな火種が生まれてしまう。
勝負の前に自ら透歌姫になることを選んだ方がいいのではなかろうかと考えていた。
「白彩様。お客様です」
しかし、彼女の元に思わぬ、来客が……
「白彩さん、久しぶり」
「撫子さま⁉」
「こんな所に連れて来られて窮屈だと思ってね」
白彩と撫子は、撫子が持ってきた菓子でお茶をした。
「どうして、わたくしがここに居ることを知っていたのですか?」
「私も一応紙面衆に守られる虹族の人間だし、夫である副虹様の臣下が紙面衆出でね。色彩眼を持っていたから既に破門されているけれど、情報は流れてくるの」
「まさか、白彩さんが透歌姫だとは思わなかったけれど」と苦笑する撫子に白彩は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「申し訳ございません。わたくしの所為で、煌龍様が……煌龍様が……」
「白彩さん……」
白彩は「やはり、わたくしは大人しく紙面衆に居た方が――」と自らの運命を受け入れようとした。
しかし、「それは駄目よ」と撫子に引き留められる。
「で、でも……」
既に白彩の涙腺は結界して、ポロポロ涙が零れ落ちていた。それを拭いながら、撫子は問うた。
「煌龍がどうして勝負を挑んだのかわかる?」
「いいえ……」
「あの子にとって、白彩さんが大切だからよ」
「たい、せ、つぅ……」
「うん。あの子は邪神討伐部隊の隊長で民を誰よりも守ってきたけれど、本当は何よりも近くに居る大切な人を守りたくて色彩眼を鍛えてきたの」
―もう最初に守りたかった私たちの母上は死んでしまった。—
―けれど……—
「そして、今あの子が一番大切なのは白彩さん。あなたよ」
「わたくしが?」
白彩は自分の身に宿す得体の知れない力より信じられない。しかし……
「白彩さんはどうなの?このまま、透歌姫になって、あの子と離れ離れになることで後悔しない?」
「後悔……」
―する。きっと……—
「わたくしは……」
―煌龍様と離れ離れなんて嫌だ……—
昼間、そう告げられたときの己の気持を改めて感じた白彩。もう顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「煌龍のことを信じて、今はたくさん泣こう。辛かったね」
「あ、あぁぁぁ……」
撫子に抱きしめられながら、白彩はたくさん涙を流した。するといつの間にか寝てしまった。
夢の中で、歌声が聴こえる。自分のとは違う、緑の植物に包まれるような生命に溢れた声。
『白彩。この歌はね、あなたのお父様が教えてくれたの』
笑顔で翡翠は白彩に『この歌は外の世界に逃げた私たちをいつも支えてくれた。だから、あなたも自由に生きて』と抱きしめる。
「ははさま……」
眠気眼で起き上がると、撫子は既に帰っていた。だが、側に彼女の髪飾りも置いてある。
―撫子様。ありがとうございます。これは明日のお守りにしまう。—
白彩は明日のことを考えながら、窓を開けた。庭には真っ白な百合の花が咲き誇っている。
「百合……」
白彩は古い方の写真を裏返す。夢の中で翡翠が歌っていたものと歌詞がまったく同じだった。
―撫子様だけじゃない。きっと、母様も父様もわたくしと煌龍様のことを願っています。—
白彩の中にも一つの決意が芽生えた。
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色彩に歌い舞う、白き瞳の花嫁 葛西藤乃 @wister777noke
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