③
「……こ、こは……」
「僕等の宮内にある座敷牢ですよ。連火煌龍殿」
耳に届いた声に煌龍はすぐさま意識を覚醒させる。眼の前の粋に飛びかかろうとしたが、両手を特殊な縄で縛られていた。縄の所為で神通力も使えず、格子越しに粋を睨むことしかできず、歯痒い。
眼に映る者をすべて焼き切る炎のような煌龍の視線に答えるように粋は紙面を取っ払った。
「そ、その眼……」
「はじめまして。これが本来の僕の姿・真白です」
その面の下から現れた瞳は、白彩と同じ色の無い、神を宿さない、白いものだった。
「驚きましたか?紙面衆の頭が色無しであることに」
「おまえ……」
「僕だけではありません。紙面衆はみな、神の力が無い透明な瞳をしているのです。そして、あなたの婚約者だった支乃森白彩は、先代の粋の孫娘。我等が最も貴
ぶべき透明な歌の姫なのです」
「白彩が……おまえたちの姫だと……」
「これから、特別に
色彩虹國に神が堕ちる以前。邪神こそ居なかったが、それに代わる魑魅魍魎共が土地や人々を脅かしていた。
そんな存在に人間が対抗する手段は、『霊力』という神力に似た力だった。神力とは元来生物なら誰もが持っている力で、力量に差はあれど、霊力の使い手はそれなりに居た。そして、霊力が多い者の特徴として、瞳の色彩に色が無く透明だった。
彼等は人に仇なす妖怪や悪霊を退治してはいたが、一層するようなことは無かった。一気に数を減らせば、災いが國に振りかかると考えていたからだった。
しかし、当時のまだ皇帝と呼ばれた者から國中の魑魅魍魎を一掃するように命じられた。
霊力使い手は否応なしにすべての妖怪、悪霊を殲滅した。だが、それが悲劇のはじまりだった。
殲滅した魑魅魍魎から、大量の瘴気が放たれた。殆どは地上に漂っていたが、一部が神の住まう天界にまで届き、結果天上世界は滅び、神は地上に堕ちた。
堕ちたあとも瘴気は神々の心身を蝕み、その後は歴史にあるように人々に瞳に逃れ生き残った。
そして、瘴気に穢れ邪神へと化した嘗て神だった存在と瞳に神を宿した人間たちとの戦いがはじまる。人々が神の力を手にしたことにより、結果人間は霊力を失っていった。
だが、稀に色彩眼を持って生まれず、高い霊力をその身に内包する者も居た。その者たちは神力を持たない『色無し』として蔑まれてきたが、彼等には色彩眼を持つ者たちと違い、瘴気を消すのでは無く、浄化する力を持っていた。
そもそも、霊力は人ならざるものに干渉する力。神力では力で無理矢理消滅させるしかなかった邪神も瘴気を浄化して無力化できる。また、瘴気の傷も浄化の力で癒し、回復力も高められる。
色彩眼以上に邪神と対抗し得る力だが、圧倒的に数が少なかった。どれ程、強力な力を持っていたとしても、数が少ないものがあっという間に踏み潰されてしまうのが自然の摂理。
神力を持つ者たちからの迫害と霊力を危険視する邪神たちからの容赦ない攻めに、色無したちはますます数を減らした。
そんな中、皇帝から虹帝と改名へと改名したばかりの國の頂きに立つ人から、自分たちの一族や有事の際に国を守ることと引き換えに身の安全を保障する盟約を持ちかけられた。
それを受けた色無したちは、
色無しだけで子を成していくと、紙面衆の新たな世代は色彩眼を持たない霊力者だけが生まれるようになった。稀に例外はあるが、紙面衆は神力を持たない霊力者の集団となった。
そして、紙面衆の中にはどの時代にも必ず一人、声一つで一帯の瘴気を完全に浄化することのできる女性が居た。
彼女が歌えば、空気は澄み、その一帯からは邪神が消え、寄り付かなくなるような透明な歌声。
紙面衆は透明な歌声を持つ娘を『透歌姫』と呼び、事実上の紙面衆のトップとして名目上の長である粋と添い遂げるが慣わしだった。
透歌姫には他の誰にもできない役割があり、帝の都から邪神を祓う儀式で歌い都を守らなければならない。
歴代の姫たちは邪神祓いの儀式でその透明な歌声を都中響き渡らせることを何百年も続けてきた。
それは、先代の粋であった月白の妻、つまり先代の透歌姫であった彩霞も同じだった。紙面衆は自由を奪われ、一族の者以外との接触が許されない閉鎖的な所だったが、それを受け入れて生きていくしかない。
しかし、月白と彩霞の息子であった百合彦は違った。身を守る場所がある代わりに、掟に縛られることに嫌気がさし、紙面衆を離反し、外で生きるようになった。
紙面衆は話し合いの末、百合彦のことは捨て置くことになったが、ある問題が起きた。
十六年程前に、透歌姫・彩霞が寿命を迎えた。透歌姫は死期を悟ると本人の意思に関係なく、予知夢のようなものを見る。予知夢の内容は次の透歌姫を生む夫婦の身姿。
透明な歌声ははその時代で最も霊力の高い娘が授かるもの。当然、強い霊力を持つ紙面衆内で生まれるのが常だった。
しかし、彩霞が夢で見た夫婦は自分の息子と緑の瞳をした女性であった。
紙面衆は早急に百合彦たちを探したが、百合彦は既に亡くなり、彼の妻と娘の居所も攫めなかった。
結局、時代の透歌姫を支柱に納めることなく、彩霞が亡くなった。その五年後、透歌姫が居ない中で邪神祓いを行わなければならなかった。
そのときは、当時の粋だった月白がある術を用いて行った。しかし、それは不完全で邪神祓いを次に行う周期が最短の十年になっただけでなく、代償として月白は命を落とした。
彩霞が亡くなってから二回目の邪神祓いが迫り、紙面衆は途方に暮れていた。だが、今年の春にある噂が流れた。
連火家の次期当主が色無しの娘を婚約者に向かい入れたと。
紙面衆はその娘が当代の透歌姫であるか確かめ、白彩が透明な歌声の娘であることを確認した。
そうして、白彩を迎え入れようと現在に至る。
「……何が向かい入れるだ‼その霊力とやらを使って、無理矢理連れて来ただけだろう‼」
「そう言われてしまうと心苦しいですが、これもすべてはこの國の安寧の為。白彩には我々と共に虹帝と色彩虹國を守っていかなければなりません。ご理解いただけますと幸いです」
「誰が理解などできるか‼こんな姑息な手を使う輩などに‼それから、白彩の名を軽々しく言うな!」
「おやおや。先日お会いしたときは、もっと冷静な方に見えましたが、実のところ気が短いのでしょうか?」
「白彩に会わせろ!」
自分のことを蔑まれても煌龍は歯牙にはかけなず、白彩のことを第一に考える。
しかし、粋いや、真白も白彩を手放す気はなかった。
「あなたを嵌めたことに関しては少々申し訳なく思います。わざと白彩をあそこに連れいき目撃させ、僕等に攻撃させましたから。でも、お陰であなたを捕らえる大義名分ができた」
「おのれぇ……」
「そう怒らないでください。実はあなたが僕たちに歯向かったことは紙面衆しか知りません。まだ、誰にも言っていない。
そこで、提案です。白彩を僕たちに渡してくれさえすれば、今回のことは水に流します」
突然の要求に煌龍は相手に食ってかかった。
「何を言っている‼白彩は物ではない‼」
「いえ。物です。白彩も僕も紙面衆も、虹帝と色彩虹國を守る道具でしかない」
「おまえ等……」
「それに、白彩が紙面衆に居なければ、邪神祓いの儀式は誰がやるのですか?彼女がここに居さえすれば、この国の未来は保証されるのです。
あとはあなたが頷くだけ」
「そんなこと――」
「まさか、國を守る邪神討伐部隊部隊の隊長が断る訳ありませんよね。第一部隊・連火煌龍隊長?」
「俺は……」
煌龍の意志は既に決まっている。
「白彩に話しをさせてくれ」
「わたくしが……姫……」
同じ頃。白彩も煌龍と同じことを説明された。
「はい。あなた様は我々紙面衆がお守りすべき透歌姫でございます」
「わ、わたくしは……連火煌龍様の、婚約者です」
「それは間違いです。白彩様は真白様と結婚し、紙面衆として色彩虹國の為に生きなければなりません」
「い、嫌です……」
「急にこんなことを言われても困りますよね。しかし……」
白彩の説明をした紙面衆の者は彼女に近付き、「我々とあり方は違えど、同じく色彩虹國の為に闘う邪神討伐部隊の連火殿がどちらを選ぶのかは明白です」。白彩の心に釘を打った。
―そうよ……。煌龍様なら、わたくし一人より、もっと大勢の人の未来を選ばなくてはならない立場……—
打ち付けられた傷は深く、白彩の感情は深淵の闇に沈むかのようだった。
説明を受けたあと。白彩は用意された部屋に閉じ籠って、意気消沈していた。
―わたくし……いつの間にか、ベットに慣れていたのね……—
布団に横になっても落ち着かない。連火の屋敷に来た頃は逆だったのに、あの家が恋しい。いや、煌龍が恋しい。
―でも、煌龍様にはもう会えないのかもしれない……—
泣きたい気持ちの白彩の元に、真白が現れる。
「はじめまして。白彩」
「えっと……」
「僕はきみの夫となる男です。真白といいます。どうぞ、お見知りおきを……」
そう言って白彩の両手に触れようとしたが、「触らないで‼」と拒絶された。
―嫌だ。こんな状況で煌龍様以外の男の人に触られたくない……—
煌龍に肌を触れられたときは恥ずかしさや戸惑いはあれど、恐怖などは無かった。
叔父の草一郎には常に恐怖を抱いていたから、
「嫌われてしまったようですね。でも、今はいいです。それよりも来ていただけますか?」
白彩を連れ出した真白は、「一度、あなたと話しをさせてほしいと連火殿が言ったのです」と行き先に誰が居るのか告げた。
「最後の挨拶くらいはさせてあげようかと思いまして」
―煌龍様に会える……—
嬉しい筈なのに、嬉しくなかった。白彩も煌龍が別れの挨拶をしようとしているのだと思った。
―これが最後……もう二度と煌龍様には会えない……—
辛いが、それが煌龍の意志なのだと白彩は受け入れた。
連れて来られた座敷牢に煌龍は閉じ込められていた。白彩は駆け寄りたかったが、格子が二人の間を隔てる。
「煌龍様‼」
「白彩‼無事だったか!」
「わたくしは大丈夫です。それよりも、わたくしの所為で煌龍様が――」
「俺は気にしていないから謝るな。前にも言っただろ」
「ですが――」
「白彩。聞いてくれ」
とうとう別れを告げられるのだろ白彩は身構えた。
「俺はそこに居る真白という男に勝負を持ちかけようと思う」
しかし、告げられた言葉は予想だにしなかったものだった。それは真白も同じで、眼を見開く。
「おまえを賭けた勝負だ」
「何を言っているのですか?仮に勝負などして僕が負けても白彩は渡しません」
「俺だって、例え紙面衆に歯向かった反逆者となっても、白彩を渡すつもりはない」
「くぅ……」
「お互いに譲る気が無いのなら、手っ取り早く勝負で決めてもいいだろう」
「……煌龍様」
「すまない、白彩。本当は勝負などでおまえの行く末を決めるなんて最低だが、俺はおまえを手放す方がもっと辛い」
「白彩はあなたの物ではなく、我々紙面衆が守るべき透歌姫です。白彩が居なければ、邪神祓いは――」
「確かに話しを聞くと、俺は白彩を諦めるべきなのかもしれない。俺は邪神討伐の家系であり、邪神討伐部隊の部隊長だ。國の未来を考えるのならそれが正しい」
「なら――」
「だが、それと引き換えに白彩が不自由になるなど、許せない。俺も屋敷に白彩を閉じ込めてしまうことがあるが、紙面衆はそれ以上だ。白彩をそんな所にはやれない」
白彩を渡さないと宣言した煌龍は「本当の理由はそれだけではないが、白彩……俺は絶対に勝負に勝っておまえを取り戻す。だから、そのときに告げる。俺の気持を……どうか受け止めてくれ」と白彩を見つめる。
「煌龍様……」
格子の隙間からお互いの指先が触れる。
「指切りげんまんだ」
指切りなど子供っぽいが、煌龍らしかった。
「わかりましたよ。その勝負、受けて立ちます。その代わり、あなたが負けたときは潔く引き下がってもらいます」
「安心しろ。絶対に負けないからな」
鮮烈な火の瞳と真っさらで透明な瞳が交差した。
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