—額に口付けされたのは、はじめてだった……—



昨夜、煌龍とに唇を落とされた額をそっと撫でる白彩。


人より体温の高いかれに触れられたけれど、一晩経ってはもうその熱は引いている。なのに、白彩の額は不思議な熱を帯びていた。



―最近、煌龍様と触れ合うことが多いなぁ……—



恥ずかしい筈なのに、触れ合っている間はふわふわと心が何処かに行ってしまう。けれど、胸の中で幸せで一杯で、回を重ねるごとにそれが増していく。



―あの感覚を知ってから、煌龍様の側にずっと居たくて居たくて……。いつも、あの方のことを考えてしまう……—



これでは本当に煌龍のことを異性として好いているようだ。


おもむろに白彩は父や母、赤子の自身が映っている写真を取り出す。


「母様はどのようにして、父様のことを好きになったのでしょう……」


そんなことを溢すと窓辺から怪しげな紫色の光が見えた。光は徐々に強くなり、白彩はそれから眼が離せない。



―何なの、これは……。見てはいけない気がするのに……自分の視線が固定されたみたい……—



それも自分の意志ではなく、何者かの意志によって強制されているようだった。身体も動かせず、瞬きもできない。


そうしていく内に紫の光に呑まれ、白彩は気を失った。そのとき、紫色の水晶が力を失ったように色が抜け、空っぽになった。


「思ったより簡単でしたね」


「この屋敷の結界を退ける方法を聞かされていたからな」


「でも、これで粋様も安心なされる」


「いや、まだだ。これは作戦の第一段階に過ぎない。これから、透歌姫を色彩虹國神宮しきさいこうこくじんぐうに連れて行くぞ」






『色彩虹國神宮』。嘗て神の世界であった天界が瓦解したことにより、日々日々は己や家で神を所有するようになった。閣下、神社など天上の神を祀る場所が存在する意味を失ったこの國に於いて、唯一存在する神の社である。


神の御霊一つとして無い空っぽの社だが、元々色彩虹國神宮は地上に堕ちた神々が人間の瞳にその御霊を宿らせる盟約を交わした場所である。


本来は以前の帝の都だっや旧都にあったが、虹帝が住処を変えたときに彩都に移された。


旧都に社を構えていたころより、色彩虹國神宮はあらゆる儀式や祭りごとが行われる重要な場所だ。


邪神祓いの儀もここと執り行われる。


神宮には現在、邪神討伐のあらゆる部隊や色彩眼の名家が儀式の準備で詰めていた。第一部隊は儀式の中心となる本殿付近で陣を作っている。陣とは、神力を地面などに籠め、ある条件下で神通力を発揮させる装置のようなもの。


「邪神祓いって、こんなに大掛かりなものだったんだな」


この儀式に参加している家の一つが陣を作る様子を愛牙は見ていた。家一軒分の広さの陣を幾つも作る必要があって、少々驚いていた。


「この規模の陣を幾つも作る必要があるなんて、どれだけの神力が必要なんだ?」


現在神宮に居る者は、邪神と闘う為に色彩眼の訓練を積み重ねてきた神力の多い者ばかり。彼等が大量の陣を作っているから、現在この場所は神力が飽和状態となっている。


「こんなに神力が満ちているなら、邪神がうようよ湧いてきそうだ」


「だから、俺たちが待機しているのだろう。見ろ邪神だ」


煌龍の言葉通り二人の背後から、蠅のような邪神が向かってきた。子犬程の大きさしかないが、愛牙はそれを一瞬にして打ち抜く。


「やれやれ。これで何体目?」


「今日だけで二十体は倒しているな」


「どれも雑魚だけど、流石にうっとおしいなぁ……」


「ぼやいている暇があるなら、警戒しろ。今は雑魚ばかりだが、その内大物が来るかもしれない。おれはあっちを巡回しているから、おまえは反対側を回れ」


「へぇーい……」


神宮内を巡回し、邪神が居ないか見て回る。



―ん?あれは……—



すると、林の影に装束を身に纏った者の影が見えた。



―あれは紙面衆……。何故ここに?彼等が神宮に来るのは儀式の当日だけの筈。—



紙面衆の役割は儀式の実行だけで、準備には一切入らない。儀式直前に陣に不備がないか確認はするが、数日前から神宮に入るという話しは聞いていない。


不審に思いながらあとを付けると紙面に書かれたという字が見えた。



―可笑しい⁉長自らが既に居るなんて‼—



基本外に出ることの無い粋が一人隠れるようにこの場に居る。


「粋様、お待たせしました」


「うん。ご苦労」


いや。一人では無かった。先程まで粋しか居なかった筈なのに、大気が歪んだかと思えば人が三人現れた。うち二人は紙面衆であったが、もう一人は……



―白彩⁉何故ここに⁉—



「漸く手に入りましたね」


「あぁ。漸く透明な歌声の娘が……僕たちの姫君が今この手に……」


気を失っている白彩の顎を粋は掴み、そのまま唇を奪おうとする。


「白彩に触れるなあああぁ‼」


その前に煌龍は紙面衆に攻撃を仕掛ける。炎を纏わせた剣を振りかざすが、彼等は手を振りかざす。すると、見えない壁に阻まれ、刃が届くことは無かった。


「どういうつもりですかな。連火煌龍殿」


「それはこちらの台詞だ‼何故、紙面衆が俺の婚約者を連れてこの場に居る‼連火の屋敷から誘拐したのか‼」


「誘拐しただなんて人聞きの悪い。僕らは自分たちの姫を取り戻しただけですよ」


「話しにならない‼白彩に手を出すというのなら、紙面衆といえど手加減はしない‼」


再び攻撃を仕掛けるが、煌龍の周囲を無数の紙面衆が取り囲う。


「邪神討伐第一部隊隊長・連火煌龍。我々への攻撃を帝への反逆と見なし、身柄を拘束する」


多勢に無勢。それでも、煌龍は白彩を取り返そうと剣を抜くが、粋が紫の光を彼に向ける。すると白彩のとき同様意識を失った。


「やれやれ。紫の水晶の在庫がどんどん減っていく。深紫得探以外から無化先の神力を貰う当てが決まっていないのに……」


そう呟きながら、粋は手元の空水晶を眺める。


紙面衆により、連火煌龍の身柄拘束と支乃森白彩の誘拐が秘密裏に行われた。彼等は宮中の紙面衆の白き宮に連行される。

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