第13話

 大阪教育大学は大阪府と奈良県にまたがる山の上にある。地図的にギリギリ大阪府だ。駅から正門まで一切何もなく、関西大学や近畿大学みたいな学生街とは無縁であるうえに歩く距離が長い。そしてやっと正門に着いたら今度は登山だ。幸い長いエスカレーターが三基設置されているので、それで学舎まで行けるのだが、点検中とかになれば階段をひたすら昇るしかない。もちろん昇りのエスカレーターはあるが、下りのエスカレーターはない。高齢の教授はどうやって校舎まで行くのかと不思議になるくらい山の上の大学だ。そんな大学だが入ってよかったことはあの家を出られたことと、今までの学校と違ってクラスという固定された集団のくくりがないことだ。一人暮らしだと祖父の暴力におびえる必要もないし、犯罪者の両親と接することもない。それに今まで学校で感じてきた集団からの疎外感もない。だけどそれでも自然に人との接触を避けてしまうのは、やはり祖父への恐怖心からなのだろう。それに教育大学だから父みたいな犯罪者予備軍も紛れ込んでいるかもしれないという恐怖心もあった。僕は大学でも目立たずおとなしく生きていた。ただ単位を落とさないくらいに思って大学生活を送っていた。サークルにも入らず、バイトもしていないので、ただ講義を受けているだけの生活だったから時間だけはあった。だから考え事をする機会が増えた。もちろん矢早さんのことだ。大学に入ってからあの夢を見ることも多くなった。しかし矢早さんの『声』は未だに聴こえない。僕はその『声』を求めて必死に考える。だが矢早さんが何を僕に伝えたいのか、まったくわからない。犯罪者の息子である僕を責めているのか、それとも僕の存在という決して逃げられない罪を僕に深く理解させようとしているのか。いずれにせよ昔はあの環境からの現実逃避のためだった手段は紛れもないリアルな罪の意識となって僕をきつく掴んでくる。それ故に現実のものとして罪の意識は日に日に大きくなる。そして思う。この罪の意識こそが僕がいま生きている唯一のアイデンティティなのだと。この社会に対して、そして矢早さんに対しての贖罪の意識こそが本物の僕なのだ。だからこそ余計に考える。矢早さんは高校の頃から母に裏切られ怨みをもって二十年少し生きてきたと思う。矢早さんは何を思い、考え、どうやって生きてきたのだろう。そしてなぜあのタイミングで自殺したのか。僕はキャンパス内にある健康促進のための大教大Walk&Runコースという一キロ、二キロ、三キロのコースの二キロコースを時間があれば散歩しながら、いつも矢早さんのことを考えていた。そんな日々を送っていたが、一回生のときは単位を落とさなかった。しかし二回生になるとどうも集中力がなくなりやる気が出ず、授業への関心を失い欠席することが多くなっていくつか単位を落とした。決して消えない罪の意識と矢早さんのことで頭がいっぱいになり、そこで僕は今まで一切帰らなかった実家に戻り、母の卒業アルバムを熟読して矢早さんの友達を見つけて、矢早さんと母と父の間に何があったのか真実を聞こうと考えた。実現する可能性は低いが、現実を知るためにこれに賭けてみようと考えた。

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