第6話

 僕が実家から自転車で行ける公立高校に通うようになり、祖父からの暴力を以前よりは受けなくなった。部活に入るな、教師の言うことは勉強のこと以外聞くな、中学と違い祖父の見える地域から通う同級生はいなかったため、友達はうちの家系のレベルにあった人を選べとか言葉での束縛や言葉の暴力は相変わらずあった。それでも僕の祖父に対する暴力という恐怖心は消えることはなかった。そして僕は高校に入学して、また現実逃避したかのように僕の中の罪の意識が高まった。何気なく授業をしている教師も父がそうであるように生徒のことを性的対象として認識しているのではないかと思うと嫌悪感がした。僕は高校に入って以来今まで以上に教師と女子生徒を避けた。母がそうであったように教師を自分の権力欲のために見る女子生徒を避けたかった。それは僕の存在自体の罪以外の何でもないのだからだ。僕は高校でもやはり現実から逃げたのだ。僕は中学以上に目立たない存在として学生生活をやり過ごすことになった。そして何事もなく高二になり、十月に入り本気で進路を考える時期になっていた。僕の学力では国立大学は難しい。関西の難関私大を目指そうかと考え始めたころだった。僕はいつものように朝の六時に境内の軽い掃き掃除に向かった。その日は二〇一二年十月二十四日だったのを今でもはっきり覚えている。朝の六時とはいえ十月の大阪の朝はまだ薄暗い。竹箒を持って家から境内に出ると、手水舎に人影が見えた。朝から参拝者かなと僕は思い挨拶しようと人影に近づいて行くと、僕は一瞬で固まってしまった。参拝者と思ったその人影は足が宙に浮いている。僕は固まったまま目線だけを上に動かす。それは首吊り自殺した人の死体であった。僕はしばらくその場から動けなかった。初めて見る死体。そして初めて感じるリアルな死。たった数十秒くらいだったはずなのに、僕にはそれがとても長く感じた。我に返った僕は慌てて家に引き返す。すると玄関にたまたま母がいて、僕は「人が死んでいる」と小声で呟いた。僕が言った言葉の意味のわからない母は僕を差し置いて境内に出た。僕は母の後ろから「手水舎」と大声で叫んだ。すると母も死体を見つけたらしく、その場で固まってしまった。大声を聞いた祖父が何事だと奥から出てくる。僕はすぐに「人が死んでいるんだ」と祖父に報告すると、祖父も境内に出たので僕も後をついていき手水舎を指さした。すると祖父は「なんでこんなところで自殺するんだ!! 人の迷惑も考えろよ」と明らかに怒りの声をあげた。そして祖父は死体に近づいていくと足元を見て「こいつ何やっているんだ。もうすぐ七五三だぞ。弁償してもらわないといかんな」と更に怒声をあげた。その怒声につられて僕も足元を見ると手水舎前の砂利に血のような真っ赤のペンキで大きく「呪」と書いてあった。祖父は人が死んだというのに顔色一つ変えないで自分の神社の被害を先に心配している。そういう人だとわかっていたが、僕はただ恐れの対象だった祖父に初めて怒りを覚える。祖父は「警察に電話しろ」と僕に命令した。僕は人が死んでいるのに何も感じてないどころか、うちの神社で自ら死を選ばざるを得なかった人に怒りをぶつけている自己中心的な祖父に僕は心の底から憎しみを感じた。僕はこぶしを握り締めて怒りに震えながら社務所に向かった。

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