第7話
それからすぐに警察が来て、ブルーシートで囲まれた手水舎は警察の手で手際よく現場検証が行われた。死体には何も身元を証明するものがなかったため、申し訳ないですが顔見知りか確認してくださいと僕たちに一人の警察官が優しい口調で言い、僕がその死体を確認すると全く知らない人だった。祖父も祖母も知らないと言い、父が確認するとしばらく間があったが、やはり知らない人だと答えた。最後に呆けている母が確認すると「矢早君?」と呟いた。すると父の顔が一瞬曇った。警察官は母にお知り合いですかと尋ねる。すると母は「高校の同級生です」と答えた。身元を確認できますかと尋ねる警察官に母は「確認できるかわかりませんが、卒業アルバムがあります。矢早君の実家の住所は載っています」と答えたので、警察官が見せてくれますかと優しく言う。部屋に置いてあると言うので、警察官と母が部屋に向かう後ろを僕もついて行った。そのときいつも母に無関心の父の顔を見ると母の後ろ姿に明らかに鋭い視線を送っていた。僕はなんだか恐怖を感じたが、その時はあまり気にしなかった。特に深い意味はなかったが、僕が母について行った理由は家が狭いので僕と母が同じ部屋だからである。一人部屋を使っているのは父だけだ。部屋に着くと母は押入れを開け、中に置いてあるカラーボックスから卒業アルバムを取り出した。警察官は写真を撮ったり何かメモしたりして、ありがとうございますと一言だけ言って部屋から出て行った。思いのほか早く現場は片付けられ、警察は遺体とともに引き上げていった。ただ呪という赤い文字だけは残したままだった。僕はその文字を見てふと思った。母の高校の同級生という矢早さんと母と父の間にむかし何かあったのではないかと。普段無表情の父が一瞬見せたあの怒りに満ちたあの表情。父には誰にも知られたくないことがあるのだ。それはきっと矢早さんと関係している。だから矢早さんは自らの命を絶つ場所にわざわざうちの神社を選んだのではないか。そう考えるとあの赤い文字の意味も理解できる。父や母に対するメッセージ。そう思った僕は母がいないうちに部屋に戻り、卒業アルバムを取り出した。するとそこに一枚の写真が挟んであった。写真には今まで見たことのない満面の笑顔で先ほどの遺体の矢早さんと顔を引っ付け、二人でピースサインをしている高校生の母がいた。写真には一九九一・九・二十一と日付が入っていた。僕の罪の意識が大きく疼きはじめた。
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