第23話

 二○一六年十月二十四日。決行日は決まっている。矢早さんの命日だ。僕は父と母に罰を下して、矢早さんの『声』を完全に聴き取る。そして池田さんの言ったように祖父の呪縛から本当の自分の自我を取り戻す。これがそのための唯一の方法なのだ。どうして僕は今まで気が付かなかったのだろう。十月二十三日の夕方、僕は河内国分駅から電車に乗った。そして結構発展している都会の布施駅で電車を降りた。その足で僕は近くのホームセンターに行き、必要なものを買った。まだ時間があったので、駅前のカラオケ店に入り歌も歌わずソフトドリンクを飲んで時間を潰した。そろそろだなと思うと僕はまた電車に乗り、実家に向かった。実家近くの駅に着いたとき夜の十一時過ぎだった。実家まで徒歩十五分ちょっと。少し早すぎたなと思いながら実家に向かう。実行の時間までまだ間があるので僕は実家近くの公園で時間を潰そうと公園に向かったら、公園前の掲示板に子供に声をかけている黒い服を着た大人の絵が描かれた不審者注意のポスターが貼ってあるのに気が付いた。真夜中の住宅街を一人で徘徊する今の僕が不審者と思われるかもしれないけど、それでも僕は本当の不審者はすぐ近所に住んでいますよと大声で叫びたくなった。権力を利用して未成年の女子生徒と次々関係を持つ教師、バレなければ何をやってもいいと思っている奴。最後は権力でもみ消せばいい。そんな奴が次期宮司になり、地域で権力を持つのかと思うと少し可笑しくなりながら、僕は静かに夜の公園に入った。むかし一人で遊んでいたブランコに座り、こんなに小さかったかなと思う。思えば僕はいつも一人きりだった。奪われるだけの存在で、何も与えてもらえなかった。だがこれからは違う。僕があの家族から奪うのだ。ブランコに座りながら僕は無意識に「罪には罰、罪には罰」と小声で繰り返していた。しばらくしてGショックを見ると日付も変わり程よい時間になっていたので、僕はゆっくりと実家へと向かった。深夜の神社は鬱蒼と巨木が生い茂り照明もないからひどく不気味で、初めての人は入るのにかなり勇気がいる。矢早さんも多分下見には来ていたはずだが、深夜の神社に入るのは勇気がいることだったのだろうと思った。しかし矢早さんはそれ以上の覚悟を持って深夜の神社に入ったに違いない。僕は自分にそう言い聞かせて覚悟を決めて慣れた神社に入る。そして手水舎のところにホームセンターで買ってきた荷物の入ったレジ袋を置いた。社務所を見ると真っ暗でみんな寝静まっているようだ。僕は財布から父の部屋のスペアキーを取り出すと買ってきた赤ペンキの缶の蓋をその鍵で開けた。鍵が少し赤く染まる。そして刷毛で砂利の上に大きく「呪」と書いた。それから家の鍵を取り出し、荷物の中からロープを取り出した。砂利の上を慎重に歩き、音を出さないように社務所へ向かった。スマホのライトで扉の鍵穴を照らして玄関の鍵を開けて扉をゆっくりと横に引いて玄関に入る。それでも建付けが悪いのでガラガラと音はなった。僕は手を胸に当てて、心の中で落ち着けと繰り返す。だが、僕の心配とは裏腹に家の中は真っ暗で静まり返っていた。僕は玄関に入ってしばらくロープを見つめる。これで終わる。これからはお前たちが奪われる番だと呟く。そして僕は玄関の鍵を突き刺したまま扉を開けた状態でくるりと踵を返した。手水舎に戻ると矢早さん見ていてください、罪には罰を与えますからと僕は再び呟く。そして僕はロープを手水舎の梁に向かって投げて硬く縛った。矢早さん、『声』を聴かせてくださいと言い、お風呂用の小さなプラスチック椅子を取り出す。その上に立つ。そして僕は迷わずロープに首をかけた。思いっきり椅子をける。するとカラカラと乾いた音がして椅子は暗闇に転がっていった。


 このとき初めて僕は矢早さんの本当の『声』を聴いた。それはまさに池田さんの言っていた禁止を謳う『声』だった。

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存在と罪 紀伊かえで @hi592665

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